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世界は静かに壊れている【ショートショート集・短編集】  作者: 御影のたぬき


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【コメディ】トイレ・インフィニティ

 俺の名前は佐藤健二、三十五歳。職業はIT企業の中間管理職で、年収は五百万ちょっと。妻と小学生の娘が一人いる。ごく普通のサラリーマンだ。趣味は休日の昼寝と、たまに見るアニメくらい。特に変わったこともない、平凡な人生を送っている。


 その日は金曜日の夜だった。会社の飲み会で少し飲みすぎて、午前一時過ぎに帰宅した。妻と娘はすでに寝ていて、俺はリビングでスマホをいじりながらぼんやりしていた。深夜番組を流しながら、SNSをスクロールする。いつもの夜だ。


 午前二時を回った頃、突然尿意が襲ってきた。ビールを五杯も飲んだのだから当然だ。俺は立ち上がり、リビングの電気を消して廊下に出た。我が家は2LDKのマンション。トイレは廊下の突き当たりにある。


 廊下の電気をつけて、トイレのドアを開けた。いつものトイレだ。便器、手洗い場、トイレットペーパー。何も変わったところはない。俺は用を足し始めた。酔いも少し回っていて、頭がぼんやりしている。


 用を足し終えて、手を洗った。鏡に映った自分の顔は少し赤く、目が充血している。飲みすぎたかな、と思いながら手を拭いた。そしてトイレのドアを開けて、廊下に出ようとした。


 ドアを開けると、そこは廊下ではなかった。別のトイレだった。


 俺は一瞬、何が起きたのか理解できなかった。ドアを開けたら廊下に出るはずだった。それなのに視界に入ったのは、また別のトイレだ。便器、手洗い場、トイレットペーパー。さっきのトイレとほぼ同じだが、微妙に違う。壁紙の色が少し明るく、便器の形も微妙に異なっている。


「え?」


 俺は思わず声を出した。後ろを振り返ると、さっきまでいたトイレがある。前を見ると、新しいトイレ。まるでトイレとトイレが繋がっているような状態だ。


 酔っているせいで幻覚を見ているのだろうか。俺は目をこすり、もう一度前を見た。やはりトイレだ。別のトイレ。しかも、さっきのトイレのドアを閉めると、そこは完全に独立した一つのトイレ空間になっている。


「なんだこれ」


 俺は少しパニックになりながらも、冷静になろうとした。まず状況を整理する必要がある。俺は自宅のトイレに入った。用を足した。そしてドアを開けたら、別のトイレに出た。これが事実だ。


 まずは、この新しいトイレから出てみよう。俺は新しいトイレの中に完全に入り、後ろのドアを閉めた。そして前を見ると、もう一つドアがある。出口のドアだ。


 俺はそのドアに近づき、ノブを掴んだ。深呼吸をして、ドアを開けた。


 そこにはまた別のトイレがあった。


「は?」


 今度は完全に混乱した。三つ目のトイレだ。便器、手洗い場、トイレットペーパー。基本的な構造は同じだが、また微妙に違う。壁紙の色が緑がかっていて、床のタイルの模様も異なる。


 俺は後ろを振り返った。さっきのトイレがある。そして前には新しいトイレ。まるでトイレの連鎖だ。トイレ、トイレ、トイレ。延々とトイレが続いている。


「ふざけんな」


 俺は思わず叫んだ。これは絶対に夢だ。酔っ払って変な夢を見ているに違いない。俺は自分の頬を叩いた。痛い。リアルな痛みだ。夢じゃない。


 俺は深呼吸をして、もう一度状況を整理した。トイレから出ようとすると、別のトイレに繋がる。それが延々と続く。まるで無限ループだ。トイレの無限ループ。トイレ・インフィニティ。


 こんなことがあるわけがない。絶対に何かのトリックだ。俺は三つ目のトイレの中をよく観察した。壁を叩いてみる。普通の壁だ。床を踏んでみる。普通の床。便器も手洗い場も、すべて普通だ。


 俺はスマホを取り出した。時刻は午前二時十五分。ネットにも繋がっている。SNSも普通に見られる。スマホは正常に動作している。


 妻に電話をかけてみた。コール音が鳴る。しばらくして、眠そうな妻の声が聞こえた。


「もしもし、何?こんな時間に」

「あ、ごめん。ちょっと変なことが起きてて」

「変なこと?」

「トイレから出られないんだ」

「は?何言ってるの、酔ってるの?」

「酔ってるけど、マジで。トイレから出ようとしたら別のトイレに繋がってて、延々とトイレが続いてるんだよ」


 妻は数秒沈黙した後、呆れたような声で言った。


「あんた、本当に酔っぱらってるわね。早く寝なさい」

「いや、マジなんだって」

「はいはい、マジマジ。もう切るわよ」


 妻は電話を切った。信じてもらえなかった。当然だろう。俺だって、こんな話を聞いたら信じない。


 俺は仕方なく、前に進むことにした。三つ目のトイレから、四つ目のトイレへ。ドアを開けると、やはり別のトイレだった。四つ目のトイレは壁が黄色で、便器が少し古い型だった。


 そして五つ目、六つ目と進んでいく。トイレ、トイレ、トイレ。延々とトイレが続く。それぞれ微妙に違うデザインだが、基本的な構造は同じだ。便器、手洗い場、トイレットペーパー。


 十個目のトイレに入った時、俺は少し疲れてきた。酔いも手伝って、めまいがしてくる。便器に座り込み、頭を抱えた。


「何なんだよ、これ」


 俺は呟いた。こんな状況、誰が信じる。トイレから出られない。トイレが延々と続く。まるでホラー映画だが、怖いというより、馬鹿馬鹿しい。トイレの無限ループなんて、コントみたいだ。


 俺はスマホで「トイレ 無限ループ」と検索してみた。するといくつかヒットした。都市伝説のような話だ。深夜にトイレに入ると、別の次元のトイレに迷い込むという噂。ネットの書き込みによると、同じような体験をした人が何人かいるらしい。


 ある書き込みにはこう書いてあった。


「私も同じ体験をしました。深夜二時、トイレに入ったら別のトイレに繋がって、延々と続きました。最終的に百個くらいトイレを通過したら、元のトイレに戻れました。頑張ってください」


 百個?冗談だろ。俺はまだ十個しか通過していない。あと九十個も行けというのか。


 別の書き込みには、こう書いてあった。


「トイレの無限ループは、深夜二時のトイレに入ると発生する現象です。原因は不明ですが、ある一定数のトイレを通過すると元に戻れるそうです。人によって必要な数は違うみたいです」


 俺は肩を落とした。つまり、進むしかないということか。後戻りはできない。一度通過したトイレのドアは、開けても元のトイレに戻るだけだ。後ろのドアを開けてみたが、やはり一つ前のトイレだった。


 俺は立ち上がり、また前に進むことにした。十一個目、十二個目、十三個目。トイレを通過するごとに、デザインが変わっていく。和風のトイレ、洋風のトイレ、近未来的なトイレ。バリエーションは豊富だ。


 二十個目のトイレに入った時、少し変わったことが起きた。そのトイレには、便器の上に猫がいた。三毛猫だ。猫は俺を見て、鳴いた。


「にゃー」

「え、猫?」


 俺は驚いた。トイレに猫がいる。しかも、普通に便器の上で丸くなっている。俺は猫に近づいてみた。猫は逃げずに、俺を見上げている。


「お前、何してんの」


 猫は答えない。当たり前だ。俺は猫を撫でてみた。柔らかい毛並みだ。リアルな感触。夢じゃない。本物の猫だ。


 俺は猫を抱き上げてみた。猫は大人しく抱かれている。軽い。そして温かい。俺は猫を抱いたまま、次のトイレに進んだ。


 二十一個目のトイレに入ると、猫が突然暴れ始めた。俺の腕から飛び降りて、トイレの隅に逃げた。そして壁の隙間に消えてしまった。


「あ、待て」


 俺は猫を追いかけようとしたが、もういなくなっていた。壁の隙間なんてなかったはずなのに、猫は消えた。


「何だったんだ、あの猫」


 俺は首を傾げながら、また前に進んだ。三十個目のトイレに入った時、今度は便器の中に金魚がいた。本物の金魚だ。便器の水の中を泳いでいる。


「金魚?」


 俺は便器を覗き込んだ。確かに金魚だ。赤い金魚が、便器の水の中を優雅に泳いでいる。手を入れてみた。水は冷たく、金魚は俺の手を避けて泳いだ。


「意味わかんねえ」


 俺は呟いた。猫に金魚。次は何が出てくるんだ。俺はもう何も驚かないぞ、と思いながら次のトイレに進んだ。


 四十個目のトイレに入った時、壁に鏡があった。大きな鏡だ。俺は鏡に映った自分の姿を見た。疲れた顔をしている。髪は乱れ、シャツはしわくちゃだ。


 鏡の中の自分が、突然笑った。


「え?」


 俺は驚いた。俺は笑っていない。それなのに、鏡の中の俺は笑っている。しかも、不気味な笑い方だ。口を大きく開けて、歯を見せている。


「何だよ、これ」


 俺は鏡に近づいた。鏡の中の俺も近づいてくる。そして、鏡の中の俺が口を開いた。


「お疲れ様」


 鏡が喋った。俺の声で。俺は思わず後ずさった。鏡の中の俺は、まだ笑っている。


「あと六十個だよ」


 鏡の中の俺が言った。俺は驚いて身を引いた。あと六十個。つまり、百個通過すれば元に戻れるということか。


「マジかよ」

「マジだよ。頑張ってね」


 鏡の中の俺は言って、また普通の鏡に戻った。俺が映っている。普通の俺だ。さっきの笑顔はもうない。


 俺は深呼吸をして、次のトイレに進んだ。あと六十個。長い。でも、ゴールは見えた。百個通過すれば終わる。俺は前を向いて歩き始めた。


 五十個目のトイレに入った時、便器がなかった。便器のない、ただの空間だ。壁と床だけ。トイレットペーパーもない。何もない。


「便器がない?」


 俺は困惑した。トイレなのに便器がない。それってトイレなのか。次のドアを探した。壁の一部にドアがある。それを開けて、次のトイレに進んだ。


 五十一個目のトイレは、天井が異様に高かった。まるで教会のような高い天井だ。便器が小さく見える。俺は上を見上げた。天井には、シャンデリアのようなものがぶら下がっている。トイレにシャンデリア。豪華すぎる。


 六十個目のトイレに入った時、床が畳だった。和風トイレだ。便器も和式で、昔ながらのタイプだ。俺は少しノスタルジックな気分になった。子供の頃、学校のトイレが和式だったのを思い出す。


 七十個目のトイレに入った時、壁が全面ガラス張りだった。外が見える。そこには夜景が広がっていた。高層ビルの夜景だ。まるで高層ビルの中にいるような感覚だ。俺は窓に近づいて、外を見た。本物の夜景だ。車が走り、ビルの明かりが輝いている。


「ここ、どこなんだよ」


 俺は呟いた。トイレの無限ループは、ただのループじゃない。異なる空間を繋いでいる。それぞれのトイレが、別の場所、別の次元にあるのかもしれない。


 八十個目のトイレに入った時、便器が二つあった。二つの便器が並んでいる。俺は笑ってしまった。誰が二つも使うんだよ。でも、ここまで来たら何でもありだ。


 九十個目のトイレに入った時、壁に時計があった。大きな柱時計だ。針が動いている。時刻は午前二時三十分。俺がトイレに入ってから、まだ三十分しか経っていない。でも、体感的にはもっと長く感じる。


 そして、ついに百個目のトイレに入った。このトイレは、最初のトイレと同じデザインだった。見覚えのある壁紙、便器、手洗い場。俺の自宅のトイレだ。


 俺は興奮した。やっと戻れる。百個通過した。これで元に戻れる。俺はドアに向かって駆け寄り、ノブを掴んだ。深呼吸をして、ドアを開けた。


 そこには廊下があった。我が家の廊下だ。見慣れた景色。俺は思わず「やった!」と叫んだ。


 廊下に出て、リビングに向かった。リビングの電気をつけると、いつもの部屋だ。ソファ、テレビ、テーブル。すべて元通り。俺は安堵のため息をついた。


 スマホを見ると、時刻は午前二時三十五分。トイレに入ってから三十五分。長い三十五分だった。俺はソファに倒れ込み、天井を見上げた。


「何だったんだ、あれ」


 俺は呟いた。トイレの無限ループ。百個のトイレを通過して、やっと元に戻れた。信じられない体験だ。誰にも信じてもらえないだろう。


 俺はスマホでさっきの検索履歴を見た。「トイレ 無限ループ」。やはり、同じような体験をした人がいるらしい。俺だけじゃない。安心した。


 でも、これからはもう深夜二時にトイレに行くのはやめよう。そう心に決めて、俺は目を閉じた。


 しばらくして、また尿意が襲ってきた。さっき用を足したのに、もうトイレに行きたい。ビールの飲みすぎだ。俺は立ち上がり、時計を見た。午前二時五十分。もう大丈夫だろう。深夜二時はとっくに過ぎている。


 俺はトイレに向かった。廊下を歩き、トイレのドアを開けた。いつものトイレだ。俺は安心して用を足した。そして手を洗い、ドアを開けた。


 そこにはまた別のトイレがあった。


「嘘だろ!」


 俺は叫んだ。また始まった。トイレの無限ループ。二回目だ。


 俺は絶望しながらも、仕方なく前に進んだ。二つ目のトイレ、三つ目のトイレ。また百個通過しなきゃいけないのか。勘弁してくれ。


 でも、今回は少し違った。十個目のトイレに入った時、そこには他の人がいた。中年の男性だ。スーツを着て、困った顔をしている。


「あ、あなたも?」


 男性が言った。俺は頷いた。


「ええ、二回目です」

「二回目?私は初めてです。どうやって出るんですか」

「百個通過すれば戻れますよ」

「百個?そんなに?」


 男性は絶望した顔をした。俺は肩をすくめた。


「お互い頑張りましょう」

「そうですね」


 俺たちは一緒に次のトイレに進んだ。こうして、トイレの無限ループで出会った他人と、一緒に百個のトイレを通過することになった。


 途中、また猫が現れた。さっきの三毛猫だ。俺は猫を撫でた。中年男性も猫を撫でた。猫は嬉しそうに鳴いた。


 五十個目のトイレで、俺たちは休憩した。便器に座って、雑談をした。男性は営業マンで、名前は田中さんだという。俺は自分の仕事の話をした。お互いの家族の話もした。


「まさか、トイレで知り合いになるとは思いませんでしたよ」


 田中さんが笑った。俺も笑った。


「本当ですね。でも、悪い出会いじゃないですよ」

「そうですね」


 俺たちは立ち上がり、また前に進んだ。七十個目、八十個目、九十個目。そして、ついに百個目のトイレに到達した。


 ドアを開けると、そこには二つの廊下があった。一つは俺の家の廊下。もう一つは田中さんの家の廊下だろう。俺たちは別れの挨拶をした。


「お疲れ様でした」

「お疲れ様でした。また深夜二時には気をつけます」

「私もです」


 俺たちは笑って、それぞれの廊下に向かった。俺は自分の廊下を歩き、リビングに戻った。時刻は午前三時三十分。一時間が経過していた。


 俺はソファに倒れ込み、もう二度と深夜二時にトイレに行かないと心に誓った。でも、数日後の深夜二時、俺はまたトイレに入ることになる。そして、またトイレの無限ループに迷い込むのだが、それはまた別の話である。


 トイレの無限ループは、深夜二時の都市伝説として、今も続いている。もしあなたが深夜二時にトイレに入って、別のトイレに繋がったら、慌てないでほしい。百個通過すれば戻れる。そして、途中で誰かに会ったら、挨拶をしてみよう。トイレの無限ループは、意外と悪くない体験だ。


 俺、佐藤健二は、トイレの無限ループのベテランになりつつある。もう五回も体験した。最初は怖かったが、今ではむしろ楽しんでいる。毎回違うトイレに出会えるし、時々他の人とも会える。猫や金魚も現れる。トイレの無限ループは、俺にとって深夜の小さな冒険だ。


 妻には相変わらず信じてもらえていないが、それでもいい。俺だけの秘密の冒険だ。そして、もし誰かが同じ体験をしていたら、どこかのトイレで会えるかもしれない。その時は、一緒に百個のトイレを通過しよう。


 トイレの無限ループ。それは深夜二時の、少し不思議でちょっと楽しい都市伝説だ。


 俺が最初にトイレの無限ループを体験してから、一週間が経った。その間、俺は毎晩深夜二時にトイレに行くようになっていた。最初は恐怖だったが、今では期待に変わっている。今夜はどんなトイレに出会えるだろうか。誰かと会えるだろうか。


 金曜日の夜、俺はまた深夜二時にトイレに入った。ドアを開けると、やはり別のトイレが現れた。俺はもう驚かない。むしろ、笑顔で次のトイレに進んだ。


 今回のループは、これまでと少し違った。最初のトイレから、すでに誰かがいた。若い女性だ。二十代後半くらいだろうか。ジーンズにTシャツ、困った顔をしている。


「あ、すみません」


 女性が言った。俺は手を振った。


「いえいえ、こちらこそ。あなたも迷い込んだんですか」

「はい、初めてです。どうしたらいいか分からなくて」

「大丈夫です。百個通過すれば戻れますよ」

「百個?」


 女性は驚いた顔をした。俺は頷いた。


「ええ、大変ですけど、意外と楽しいですよ」

「楽しい?」

「まあ、見てください」


 俺は次のトイレに進んだ。女性もついてくる。二つ目のトイレには、壁一面に絵が描いてあった。抽象画のような、カラフルな絵だ。


「わあ、綺麗」


 女性が言った。俺は頷いた。


「でしょう?毎回違うんですよ」


 三つ目のトイレには、床に花が咲いていた。本物の花だ。バラ、チューリップ、ひまわり。トイレの床に花が咲いている。


「これ、本物ですか」


 女性が花に触れた。俺は頷いた。


「本物です。不思議でしょう」

「不思議というか、幻想的です」


 女性は笑った。俺も笑った。こうして、俺たちは一緒に百個のトイレを通過することになった。


 途中、様々なトイレに出会った。壁が鏡張りのトイレ、天井から水が滴るトイレ、床が柔らかいクッションのようなトイレ。それぞれが個性的で、飽きることがない。


 三十個目のトイレで、俺たちは休憩した。便器に座って、自己紹介をした。女性の名前は山田花子さん。デザイナーをしているという。


「デザイナーなんですか。だから、さっきの絵を綺麗だって言ってたんですね」

「ええ、職業病ですね。つい、デザインに目がいっちゃって」


 花子さんは笑った。俺も笑った。


「俺は普通のサラリーマンです。IT企業で働いてます」

「IT企業?じゃあ、こういう不思議な現象も、プログラムだと思います?」

「いや、プログラムじゃないでしょう。こんなリアルなプログラムは作れませんよ」

「そうですよね」


 俺たちは立ち上がり、また前に進んだ。五十個目のトイレには、また猫がいた。今度は黒猫だ。猫は俺たちを見て、鳴いた。


「にゃー」

「可愛い」


 花子さんが猫を抱き上げた。猫は大人しく抱かれている。俺は猫を撫でた。柔らかい毛並みだ。


「この猫、前も見たんですよ」

「前も?」

「ええ、三毛猫でしたけど。トイレの無限ループには、猫が出るんです」

「へえ、不思議」


 俺たちは猫を連れて、次のトイレに進んだ。でも、また猫は壁の隙間に消えてしまった。


 七十個目のトイレに入った時、そこには大きなテーブルがあった。テーブルの上には、料理が並んでいる。パスタ、サラダ、スープ、デザート。豪華な料理だ。


「これ、食べていいんですかね」


 花子さんが言った。俺は首を傾げた。


「分かりませんけど、お腹空いてますし、食べてみます?」

「いいんですか」

「まあ、毒はないでしょう」


 俺たちはテーブルに座り、料理を食べた。パスタは美味しく、サラダも新鮮だ。スープは温かく、デザートは甘い。本物の料理だ。


「美味しい」


 花子さんが笑った。俺も笑った。


「トイレで食事するなんて、初めてですよ」

「私もです」


 俺たちは食事を終えて、また前に進んだ。九十個目のトイレに入った時、壁に大きな時計があった。針が動いている。時刻は午前三時五十分。もうすぐ四時だ。


「あと十個ですね」


 花子さんが言った。俺は頷いた。


「ええ、もうすぐゴールです」


 俺たちは最後の十個を急いで通過した。そして、ついに百個目のトイレに到達した。ドアを開けると、そこには二つの廊下があった。一つは俺の家の廊下。もう一つは花子さんの家の廊下だろう。


「お疲れ様でした」


 花子さんが言った。俺も言った。


「お疲れ様でした。楽しかったです」

「私もです。また会えるといいですね」

「ええ、また深夜二時に」


 俺たちは笑って、それぞれの廊下に向かった。俺は自分の廊下を歩き、リビングに戻った。時刻は午前四時。二時間が経過していた。


 俺はソファに座り、今夜の体験を思い返した。花子さんと一緒に百個のトイレを通過した。猫に会い、料理を食べた。不思議で楽しい体験だった。


 次の週も、俺は深夜二時にトイレに入った。そして、またトイレの無限ループに迷い込んだ。今回は、誰もいなかった。俺一人で百個のトイレを通過した。


 でも、途中で面白いことがあった。五十個目のトイレに、メッセージが書いてあったのだ。壁に、マジックで書かれたメッセージ。


「佐藤さん、また会えて嬉しかったです。花子」


 俺は笑った。花子さんも、またトイレの無限ループに迷い込んだのだろう。そして、俺へのメッセージを残していった。俺もマジックを見つけて、返事を書いた。


「花子さん、俺もです。また会いましょう。健二」


 俺はメッセージを書き終えて、次のトイレに進んだ。そして、百個のトイレを通過して、元の世界に戻った。


 トイレの無限ループは、こうして俺の日常の一部になっていった。毎週金曜日の深夜二時、俺はトイレに入る。そして、百個のトイレを通過する。時々、誰かと会う。時々、一人で進む。でも、いつも新しい発見がある。


 ある日、俺はトイレの無限ループで、不思議な部屋に辿り着いた。それは百個目のトイレではなく、途中の七十五個目のトイレだった。そのトイレには、大きな本棚があった。本棚には、たくさんの本が並んでいる。


 俺は本を一冊手に取った。タイトルは「トイレの無限ループの秘密」。俺は本を開いて、読み始めた。


 本には、こう書いてあった。


「トイレの無限ループは、異次元の通路である。深夜二時、特定の条件が揃うと、トイレが異次元と繋がる。そこには、無数のトイレが存在し、それぞれが異なる空間に位置している。トイレを通過することで、異なる空間を移動することができる。百個通過すると、元の世界に戻る仕組みになっている」


 俺は本を読み進めた。さらに詳しい説明が続いている。


「トイレの無限ループは、誰にでも起こる現象ではない。特定の人にだけ発生する。その人たちは、異次元に対する感受性が高い。また、トイレの無限ループは、一種のテストでもある。百個のトイレを通過できる忍耐力と好奇心を持つ者だけが、この世界の秘密を知ることができる」


 俺は言葉を失った。テスト?秘密?俺は本をさらに読み進めた。


「百個のトイレを通過した者には、特別な能力が与えられる。それは、空間を自由に移動する能力だ。トイレを通じて、どこにでも行ける。ただし、この能力は深夜二時にしか使えない」


 俺は本を閉じた。空間を自由に移動する能力?それは本当なのか。俺は試してみることにした。


 次の深夜二時、俺はトイレに入った。そして、頭の中で強く念じた。「田中さんの家に行きたい」。田中さんは、以前トイレの無限ループで出会った営業マンだ。


 ドアを開けると、そこは田中さんの家のトイレだった。俺は驚いた。本当に移動できた。俺は田中さんの家のトイレから出て、リビングに向かった。田中さんは、ソファでテレビを見ていた。


「え、佐藤さん?」


 田中さんは驚いた顔をした。俺は笑って手を振った。


「こんばんは、田中さん。ちょっと遊びに来ました」

「どうやって?」

「トイレからです」


 俺は事情を説明した。田中さんは信じられない顔をしていたが、やがて笑った。


「そんな能力があったんですか。すごいですね」

「ええ、便利ですよ。深夜二時限定ですけど」


 俺たちは少し雑談をして、俺は田中さんの家を後にした。トイレから入って、また自分の家のトイレに戻った。


 こうして、俺はトイレの無限ループを通じて、空間移動の能力を手に入れた。毎週深夜二時、俺は様々な場所に行けるようになった。友人の家、旅行先、海外の街。どこにでも行ける。ただし、必ずトイレを通じて移動しなければならない。


 ある日、俺は花子さんの家に行ってみた。花子さんもトイレの無限ループを体験しているから、同じ能力を持っているかもしれない。俺は花子さんの家のトイレから出て、リビングに向かった。


 花子さんは、デスクで何か作業をしていた。デザインの仕事だろう。俺は声をかけた。


「こんばんは、花子さん」


 花子さんは振り返って、驚いた顔をした。


「佐藤さん?どうして?」

「トイレからです」


 俺は事情を説明した。花子さんは目を輝かせた。


「私も同じです!私も空間移動できるんです」

「本当ですか」

「ええ、この前試してみたら、できました」


 俺たちは笑い合った。こうして、俺と花子さんは、トイレの無限ループ仲間として、深夜二時の空間移動を楽しむようになった。


 時々、俺たちは一緒にどこかに行く。海外の街、有名な観光地、秘密の場所。すべてトイレを通じて移動する。不思議で楽しい体験だ。


 トイレの無限ループは、俺にとってもう恐怖ではない。それは、新しい世界への扉だ。深夜二時、俺はトイレに入る。そして、冒険が始まる。

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