表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界は静かに壊れている【ショートショート集・短編集】  作者: 御影のたぬき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/203

【ヒューマンドラマ】完全再現ラーメン屋

 俺の名前は、田中健一。三十五歳。

 IT企業のサラリーマンだった。

 過去形なのは、昨日、会社を辞めたからだ。

 十年間、働いた会社。

 給料は、まあまあ。

 ボーナスも、まあまあ。

 しかし、やりがいは、ゼロだった。


 毎日、パソコンと向き合い、コードを書く。

 会議に出て、報告書を作る。

 つまらない。

 人生、こんなものなのか。

 俺は、常に思っていた。

 何か、もっと刺激的なことがしたい。

 自分の好きなことを、仕事にしたい。


 そして、俺には、特殊な能力があった。

 それは、「完全味覚再現」。

 一度食べた料理の味を、完璧に再現できる能力だ。


 この能力に気づいたのは、子供の頃だった。

 母親が作ったカレーを食べた時。

 俺は、すぐにその味を覚えた。

 使った材料、分量、調理方法。

 すべてが、頭の中に入ってきた。


 そして、次の日、自分で作ってみた。

 全く同じ味になった。

 母親は、驚いた。

「どうやって作ったの?」

「わからない。でも、できた」


 それ以来、俺は色々な料理を食べては、再現してきた。

 レストランの料理。

 有名シェフの料理。

 海外の料理。

 すべて、一度食べれば再現できた。


 しかし、これを仕事にすることは、考えていなかった。

 料理人になる気はなかった。

 だから、普通にサラリーマンになった。


 しかし、最近、考えが変わった。

 この能力を、活かしたい。

 そして、思いついたのが、ラーメン屋だった。


 ラーメン。

 俺の大好物。

 週に五回は食べる。

 色々な店を巡ってきた。

 有名店、隠れた名店、チェーン店。

 すべて、制覇した。


 そして、気づいた。

 俺なら、すべての店の味を再現できる。

 いや、それ以上のものを作れる。

 複数の店のいいとこ取りをして、究極のラーメンを作れる。

 これは、勝てる。


 俺は、決断した。

 脱サラして、ラーメン屋を開く。


 しかし、問題があった。

 資金だ。

 ラーメン屋を開くには、最低でも一千万円は必要だ。

 俺の貯金は、五百万円。

 足りない。


 俺は、親に頭を下げた。

「お金を貸してくれ。ラーメン屋を開きたい」

 母親は、驚いた。

「ラーメン屋? あなた、料理人じゃないでしょ」

「でも、できる。俺には、才能がある」

「才能って……」


 俺は、能力のことを説明した。

 母親は、半信半疑だった。

 しかし、実際に作ってみせた。

 池袋の人気店「麺屋虎徹」のラーメンを、完全再現した。

 母親は、食べて驚いた。

「本当に、同じ味だわ……」

「だろ?」

「でも、これって、大丈夫なの?」

「味に権利はないよ。合法だ」


 結局、母親は五百万円を貸してくれた。

 これで、一千万円。

 俺は、準備を始めた。


 まず、物件探し。

 ラーメン激戦区、池袋を選んだ。

 なぜなら、ここで成功すれば、どこでも成功できるからだ。

 池袋には、無数のラーメン屋がある。

 有名店も多い。

 競争は、激しい。

 しかし、だからこそ、やりがいがある。


 俺は、駅から徒歩五分の物件を見つけた。

 十坪。

 カウンター十席。

 家賃は、月二十万円。

 高いが、立地がいい。

 契約した。


 次に、内装。

 シンプルにした。

 白い壁。

 木のカウンター。

 清潔感を重視した。

 費用は、三百万円。


 そして、厨房機器。

 寸胴鍋、ガスコンロ、製麺機、冷蔵庫。

 すべて、中古で揃えた。

 費用は、二百万円。

 残りは、五百万円。

 運転資金に回す。


 そして、メニュー開発。

 これが、一番重要だ。

 俺は、過去に食べたラーメンを思い出した。

 そして、ベストな組み合わせを考えた。


 スープは、「一番堂」の豚骨ベース。

 麺は、「味彩」の太麺。

 チャーシューは、「麺屋虎徹」の厚切り。

 味玉は、「ラーメン次郎」の半熟。

 ネギは、「辛龍タンメン」の大量。


 すべて、最高の要素を組み合わせた。

 そして、試作した。

 食べてみた。

 美味い。

 完璧だ。

 これなら、勝てる。


 店の名前は、「麺匠たなか」。

 シンプルで、覚えやすい。

 オープン日は、三ヶ月後の四月一日。

 準備期間は、十分だ。


 俺は、毎日、試作を繰り返した。

 スープの温度、麺の茹で時間、チャーシューの味付け。

 すべてを、完璧にした。


 そして、ついにオープン日が来た。

 四月一日、朝十時。

 開店準備を始めた。

 スープを仕込み、麺を準備し、トッピングを用意した。

 すべて、完璧だ。


 午前十一時、開店。

 しかし、客が来ない。

 一時間待っても、誰も来ない。

 俺は、不安になった。

 このまま、誰も来ないのか。


 しかし、午後一時、ついに最初の客が来た。

 サラリーマン風の男性。

 三十代くらい。

「いらっしゃいませ!」

 俺は、元気よく迎えた。

「ラーメン一つ」

「はい!」


 俺は、ラーメンを作り始めた。

 スープを温め、麺を茹で、トッピングを乗せる。

 すべて、手際よく。

 五分後、完成。

「お待たせしました!」


 客は、ラーメンを見て、目を輝かせた。

「美味そう……」

 一口、スープを飲んだ。

 そして、驚いた顔をした。

「うまい! めちゃくちゃうまい!」


 客は、すぐに完食した。

 そして、言った。

「ごちそうさま。また来ます」

「ありがとうございます!」


 俺は、嬉しかった。

 初めての客。

 そして、満足してくれた。


 その後、口コミで広まった。

 SNSで、「池袋に新しいラーメン屋ができた。超うまい」と投稿された。

 すると、客が増えた。

 二人、三人、五人。

 一週間後には、行列ができた。

 十人、二十人、三十人。


 俺は、嬉しかった。

 しかし、同時に大変だった。

 一人で、すべてをこなさなければならない。

 調理、接客、会計。

 休む暇もない。

 朝から晩まで、働きっぱなし。

 しかし、充実していた。

 これが、俺のやりたかったことだ。


 一ヶ月後、売上は順調だった。

 一日の客数は、平均五十人。

 客単価は、千円。

 つまり、一日五万円。

 月にすると、百五十万円。

 家賃や材料費を引いても、利益は五十万円。

 悪くない。


 しかし、問題も起きた。

 近くのラーメン屋が、文句を言ってきた。

「お前、どこからレシピ盗んだんだ?」

 それは、「麺屋虎徹」の店主だった。

 厳つい顔をした、五十代の男性。


「盗んでません。自分で考えました」

「嘘つけ。うちのチャーシューと、全く同じ味だ」

「偶然です」

「偶然なわけあるか!」


 店主は、怒鳴った。

 しかし、俺は、動じなかった。

 なぜなら、味に権利はないからだ。

 合法だ。

「訴えるなら、訴えてください。でも、勝てませんよ」


 店主は、舌打ちした。

 そして、去っていった。

 しかし、これは始まりに過ぎなかった。


 他の店主たちも、次々と文句を言ってきた。

 「一番堂」の店主。

 「味彩」の店主。

 「ラーメン次郎」の店主。

 みんな、怒っていた。

「俺たちの味を、真似するな!」


 しかし、俺は、譲らなかった。

「真似てません。インスパイアされただけです」

「インスパイア? ふざけるな!」


 彼らは、団結した。

 そして、「池袋ラーメン協会」を作った。

 目的は、俺を追い出すこと。


 協会は、様々な妨害をしてきた。

 俺の店の前で、ビラを配った。

「この店は、パクリ店です」

 SNSで、悪評を流した。

「麺匠たなかは、最低の店」


 しかし、客は減らなかった。

 なぜなら、美味かったから。

 客は、正直だ。

 美味ければ、来る。

 まずければ、来ない。

 それだけだ。


 しかし、協会はさらにエスカレートした。

 俺の仕入れ先に、圧力をかけた。

「麺匠たなかに、材料を売るな」


 仕入れ先は、困った。

 協会には、有名店が多い。

 彼らの機嫌を損ねたくない。

 結局、仕入れ先は、俺との取引を断った。


 俺は、困った。

 材料がなければ、ラーメンは作れない。

 しかし、諦めなかった。

 別の仕入れ先を探した。

 遠くの業者。

 協会とは関係ない業者。

 何とか、見つけた。

 そして、取引を再開した。


 半年後、俺の店は、池袋で一番人気のラーメン屋になっていた。

 行列は、常に五十人以上。

 一日の客数は、百人を超えた。

 売上は、月三百万円。

 利益は、百万円。

 大成功だった。


 しかし、協会は、まだ諦めていなかった。

 彼らは、最終手段に出た。

 テレビ番組に、俺を告発した。

「麺匠たなかは、他店の味を真似ている」


 番組は、取材に来た。

 ディレクターが、俺に聞いた。

「本当に、真似てるんですか?」

「真似てません。インスパイアされただけです」

「でも、他の店主たちは、怒ってますよ」

「それは、彼らの自由です。でも、俺は何も悪いことはしていません」


 番組は、放送された。

 俺は、悪者として描かれた。

「パクリラーメン屋」と。


 しかし、意外なことが起きた。

 視聴者の反応が、俺に好意的だったのだ。

 SNSで、「別に真似てもいいじゃん。美味ければ」と擁護する声が多かった。

 そして、番組を見た人々が、俺の店に来た。

「テレビで見ました。食べてみたいです」


 行列は、さらに長くなった。

 協会の作戦は、逆効果だった。


 一年後、俺は忙しくなりすぎていた。

 一人では、もう限界だった。

 俺は、アルバイトを雇うことにした。

 名前は、佐藤ユウキ。二十二歳。

 調理師学校を卒業したばかりの青年だった。


「田中さんの下で、学びたいです」

「なぜ、うちで?」

「ラーメンが、最高に美味いからです」


 俺は、彼を雇った。

 しかし、すぐに問題が起きた。

 ユウキは、才能がなかった。

 いや、正確には、普通だった。

 調理は丁寧だが、センスがない。

 何度教えても、俺と同じ味にならない。


 ある日、ユウキが泣きながら言った。

「俺、向いてないのかな……」

「なぜ、そう思う?」

「だって、うまくできない。田中さんみたいに」


 俺は、ユウキの肩を叩いた。

「俺には、特殊な能力がある。お前と比べるのは、フェアじゃない」

「能力?」

「ああ。味を完全に再現できる能力だ」

「そんな……」

「でも、お前には、お前の強みがある」

「強み?」

「お前は、丁寧だ。一つ一つの作業を、真剣にやる。それは、才能だ」


 ユウキは、目を拭いた。

「本当ですか?」

「本当だ。だから、諦めるな」


 それから、ユウキは努力を続けた。

 毎日、練習した。

 スープの温度管理、麺の茹で時間、トッピングの盛り付け。

 すべてを、完璧にしようとした。


 三年後、ユウキは一人前になった。

 俺と全く同じ味ではないが、美味いラーメンを作れるようになった。

 客も、認めた。

「ユウキさんのラーメンも、美味いね」


 ユウキは、嬉しそうに笑った。


 開店から五年後、大きな出来事があった。

 それは、大地震だった。

 池袋を襲った、震度七の地震。

 多くの建物が損壊した。

 ラーメン屋も、例外ではなかった。

 協会の店主たちも、被害を受けた。

 俺の店も、損傷した。

 しかし、幸い、営業は続けられた。


 地震の翌日、俺は炊き出しを始めた。

 被災者のために、無料でラーメンを提供した。

 長い行列ができた。

 俺とユウキは、一緒に作り続けた。

 朝から晩まで。


 その様子を、協会の店主たちが見ていた。

 そして、一人が近づいてきた。

 「麺屋虎徹」の店主だった。

「手伝わせてくれ」

「え?」

「うちの店は、壊れて営業できない。でも、何かしたい」

「いいんですか?」

「ああ。ラーメン屋として、当然だ」


 彼は、厨房に入った。

 そして、一緒にラーメンを作り始めた。

 すると、他の店主たちも集まってきた。

 「一番堂」の店主。

 「味彩」の店主。

 みんな、協力してくれた。


 俺たちは、三日間、炊き出しを続けた。

 千人以上に、ラーメンを提供した。

 被災者たちは、感謝してくれた。

「ありがとう。温かいラーメン、嬉しいよ」


 三日目の夜、炊き出しが終わった後。

 俺たちは、疲れ果てて座り込んだ。

 そして、「麺屋虎徹」の店主が言った。

「田中、お前、いい奴だな」

「え?」

「最初は、パクリ野郎だと思ってた。でも、違った」

「そんな……」

「お前は、本当にラーメンが好きなんだな。人を幸せにしたいんだな」


 俺は、頷いた。

「はい」

「わかった。もう、邪魔しない。お互い、頑張ろう」


 彼は、手を差し出した。

 俺は、握手した。

 こうして、協会との対立は終わった。


 それから、俺の店は順調に成長した。

 しかし、俺は拡大しなかった。

 二店舗目を出すこともできた。

 フランチャイズ展開もできた。

 でも、しなかった。


 なぜなら、俺がやりたいのは、ラーメンを作ることだったから。

 経営者になることじゃない。

 一つの店で、毎日、ラーメンを作る。

 客と話す。

 笑顔を見る。

 それが、俺の幸せだった。


 十年後、俺は今も池袋店でラーメンを作っている。

 四十五歳になった。

 白髪も増えた。

 しかし、元気だ。


 店は、相変わらず人気だ。

 毎日、行列ができる。

 ユウキは、今や俺のパートナーだ。

 二人で、店を切り盛りしている。


 ある日、初めて見る男性が来た。

 若い男性。

 二十代くらい。

「いらっしゃいませ」

「ラーメン一つ」

「はい」


 俺は、ラーメンを作った。

 男性は、一口食べて、驚いた。

「この味……」

「どうかしました?」

「俺、料理人を目指してるんです。でも、うまくいかなくて」

「そうですか」

「でも、このラーメン、希望をくれました」

「希望?」

「はい。こんなに美味いラーメンを作れるなら、俺も頑張れる気がします」


 俺は、微笑んだ。

「頑張ってください」

「ありがとうございます」


 男性は、完食して、去っていった。

 俺は、思った。

 これだ。

 これが、俺のやりたかったこと。

 人に、希望を与えること。

 美味いラーメンで。


 俺は、これからも作り続ける。

 ラーメンを。

 この店で。

 人生が続く限り。


 そして、ある日、母親が店を訪れた。

 久しぶりの再会だった。

「お母さん、来てくれたんだ」

「ええ。息子の店、見たかったから」


 俺は、ラーメンを作った。

 特別なラーメン。

 母親の好みに合わせて、少し塩味を控えめにした。


 母親は、一口食べて、涙を流した。

「どうしたの?」

「美味しいわ……あなた、本当に立派になったわね」

「ありがとう」

「最初は、心配したわ。会社を辞めて、ラーメン屋なんて」

「うん」

「でも、正しかったわね。あなたは、自分の道を見つけた」


 俺も、涙が出そうになった。

 母親の言葉が、嬉しかった。


 母親は、店を出る前に言った。

「貸したお金、返さなくていいわ」

「え?」

「あれは、投資だったの。息子の夢への投資」

「でも……」

「成功した時点で、十分に回収できたわ。誇りという形で」


 俺は、母親を抱きしめた。

「ありがとう、お母さん」


 その夜、俺は店を閉めた後、一人でラーメンを作った。

 自分のために。

 そして、食べた。

 美味かった。

 完璧だった。


 俺は、幸せだった。

 サラリーマンを辞めて、良かった。

 この道を選んで、良かった。

 ラーメン屋として生きて、良かった。


 明日も、ラーメンを作る。

 明後日も。

 ずっと。

 それが、俺の人生だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
同作者の完結作品

水が死んだ日

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ