【ヒューマンドラマ】屍の街
第100話「屍の街」
その街は、世界の果てにあった。
地図には載っていない。
しかし、必要な者には道が見える。
街の名前は、ない。
人々は、ただ「あの街」と呼ぶ。
そこは、死者が住む街だった。
私の名前は、中村恵。二十八歳。
平凡な会社員として、東京で働いていた。
しかし、今、私はバスに乗っている。
目的地は、あの街。
死者が住む街。
なぜなら、会いたい人がいるから。
もう二度と会えないと思っていた人に。
バスの中には、他にも乗客がいる。
老人、中年の女性、若い男性。
みんな、静かに座っている。
話す者は、誰もいない。
ただ、窓の外を眺めている。
窓の外には、霧が立ち込めている。
白く、深い霧。
その霧の向こうに、街がある。
運転手は、無言だ。
顔は見えない。
ただ、黙々と運転を続けている。
バスは、曲がりくねった道を進む。
どれくらい走っただろうか。
時間の感覚が、曖昧になる。
やがて、霧が晴れ始めた。
そして、見えてきた。
街が。
あの街が。
バスが停車する。
ドアが開く。
私は、立ち上がった。
他の乗客も、同じように立ち上がる。
そして、一人ずつバスを降りた。
外に出ると、空気が違った。
冷たく、静かで、どこか懐かしい。
街は、古い町並みだった。
石畳の道。木造の家屋。小さな商店。
まるで、時間が止まっているかのような。
しかし、人はいる。
道を歩く人々。
店の前で話している人々。
みんな、普通に生活している。
しかし、彼らは死者だ。
この街に住む、すべての人が。
私は、道を歩き始めた。
目的地は、決まっている。
中央広場。
そこに、彼がいるはずだ。
道を進むと、様々な人とすれ違う。
老人、子供、若者。
みんな、穏やかな表情をしている。
悲しみも、苦しみも、ない。
ただ、静かに生活している。
ある老婆が、私を見た。
「あら、生きている方ね」
老婆は、微笑んだ。
「誰かに会いに来たの?」
「はい」
「そう。きっと、会えるわ。この街では、会いたい人に必ず会える」
老婆は、そう言って去っていった。
私は、歩き続けた。
やがて、中央広場に辿り着いた。
そこには、噴水があった。
その周りに、ベンチが並んでいる。
そして、一人の男性が座っていた。
私は、声を失った。
彼だ。
間違いない。
彼が、そこにいる。
私は、ゆっくりと近づいた。
男性は、こちらに気づいていない。
ただ、空を見上げている。
私は、声をかけた。
「健太……」
男性が、振り向いた。
そして、驚いた顔をした。
「恵……?」
彼は、立ち上がった。
高橋健太。
私の元恋人。
三年前に、事故で亡くなった人。
「どうして……ここに……」
「会いたかったの」
私は、涙を堪えながら言った。
「もう一度、健太に会いたかった」
健太は、複雑な表情をした。
そして、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「恵……ありがとう。来てくれて」
「健太……」
私たちは、しばらく見つめ合った。
三年ぶりの再会。
しかし、彼は死んでいる。
そして、私は生きている。
この再会は、一時的なものだ。
「座ろうか」
健太は、ベンチを指差した。
私たちは、並んで座った。
しばらく、沈黙が続いた。
何を話せばいいのか、わからなかった。
やがて、健太が口を開いた。
「恵、元気だった?」
「ええ……まあ」
「仕事は?」
「相変わらずです。忙しいですけど」
「そっか」
健太は、微笑んだ。
その笑顔は、生前と変わらなかった。
優しく、温かい笑顔。
「恵、この街のこと、知ってる?」
「少しだけ。死者が住む街だって」
「そう。ここは、死んだ人間が生前の記憶と姿で生きている街なんだ」
健太は、噴水を見ながら言った。
「みんな、死んだことを自覚している。でも、ここでは普通に生活できる」
「苦しくないんですか? 死んだのに、生きているなんて」
「最初は、混乱したよ。でも、今は慣れた」
健太は、私を見た。
「ここは、悪い場所じゃない。みんな優しいし、争いもない。ただ、静かに時間が流れている」
「でも……」
「でも、寂しい。それは本当だ」
健太は、俯いた。
「生きている人と会えないから。大切な人と、もう二度と会えないから」
「だから、私は来ました」
「ありがとう」
健太は、私の手を握った。
その手は、温かかった。
死者のはずなのに、温かい。
「でも、恵。この街に来るには、制約があるって知ってる?」
「制約……?」
「この街に来られるのは、人生で一度だけ。そして、滞在できるのは三日間だけ」
健太は、真剣な顔で言った。
「三日が過ぎたら、二度とここには来られない」
「三日……」
「そうだ。だから、大切にしないと」
私は、頷いた。
三日間だけ。
それが、私たちに許された時間。
その日は、ずっと健太と一緒にいた。
街を歩き、話をし、思い出を語り合った。
健太は、生前と変わらなかった。
優しくて、面白くて、少し不器用で。
私は、何度も涙を堪えた。
これが夢なら、どんなに良かっただろう。
彼が生きていて、また一緒にいられたら。
しかし、現実は違う。
彼は死んでいる。
そして、私は三日後には帰らなければならない。
夕方になり、健太は私を小さなホテルに案内した。
「ここが、生きている人のための宿泊施設だよ」
ホテルは、古いが清潔だった。
フロントには、中年の女性がいた。
「いらっしゃい。お部屋は二階です」
私は、部屋に案内された。
シンプルな部屋。ベッド、机、椅子。
窓からは、街が見える。
夕暮れの街は、オレンジ色に染まっていた。
「今夜は、ゆっくり休んでね」
健太は、ドアの前で言った。
「明日も、会えますか?」
「もちろん。朝、迎えに来るよ」
「ありがとうございます」
健太は、去っていった。
私は、一人部屋に残された。
ベッドに座り、窓の外を眺める。
街は、静かだった。
人々の話し声も、車の音も、ない。
ただ、風が吹く音だけ。
私は、涙を流した。
ようやく、会えた。
健太に、会えた。
でも、これは永遠じゃない。
三日後には、別れなければならない。
それが、辛かった。
翌朝、健太が迎えに来た。
「おはよう、恵」
「おはようございます」
私たちは、街を歩いた。
健太は、様々な場所を案内してくれた。
小さな図書館。古い教会。静かな公園。
そして、健太の家。
「ここが、僕の家なんだ」
小さな一軒家だった。
中に入ると、きれいに整理されていた。
「一人暮らし?」
「うん。ここでは、みんな一人ずつ家を持っている」
健太は、お茶を入れてくれた。
私たちは、リビングで向かい合って座った。
「恵、聞いてもいい?」
「何ですか?」
「僕が死んでから、どうしてた?」
私は、少し躊躇した。
しかし、正直に答えることにした。
「辛かったです。健太がいなくなって、世界が色を失ったみたいでした」
「そっか……ごめん」
「謝らないでください。健太は、悪くないんです」
私は、続けた。
「最初の一年は、何も手につきませんでした。仕事も、食事も、すべてが無意味に感じました」
「でも、今は?」
「今は……少しずつ、前に進めています。健太がいない世界でも、生きていかなければならないから」
健太は、悲しそうな顔をした。
「恵を、一人にしてごめん」
「いいんです。健太は、一生懸命生きました。事故は、誰のせいでもありません」
私は、微笑んだ。
「それに、こうして会えたんですから」
「そうだね」
健太も、微笑んだ。
その後、私たちは昔の思い出を語り合った。
初めて出会った日。
初めてのデート。
一緒に旅行したこと。
喧嘩したこと。
仲直りしたこと。
すべてが、懐かしかった。
そして、愛おしかった。
「恵、僕たちって、幸せだったよね」
「ええ、とても」
「もっと一緒にいたかった」
「私も」
私たちは、手を握り合った。
そして、しばらく黙っていた。
言葉は、いらなかった。
ただ、一緒にいるだけで、幸せだった。
二日目の夜、健太は私を特別な場所に連れて行った。
街の外れにある、小高い丘。
そこからは、街全体が見渡せた。
「綺麗……」
私は、感嘆の声を上げた。
街は、無数の灯りに照らされていた。
まるで、星空のような。
「この街で一番好きな場所なんだ」
健太は、隣に座った。
「ここから街を見ていると、安らぐんだ」
「そうなんですね」
私たちは、並んで夜景を眺めた。
風が、優しく吹いている。
星が、空に輝いている。
すべてが、穏やかだった。
「恵」
「はい」
「明日で、三日目だね」
「……ええ」
私は、胸が締め付けられた。
明日で、最後。
もう、ここには来られない。
「恵、僕から一つだけお願いがあるんだ」
「何ですか?」
「帰ったら、前を向いて生きてほしい」
健太は、私を見た。
「僕のことは、忘れてもいい。新しい人を見つけてもいい」
「そんな……」
「いいんだ。恵には、幸せになってほしい」
健太は、微笑んだ。
「僕は、もう死んでいる。でも、恵は生きている。だから、生きてほしい」
「でも、私は……」
「恵」
健太は、私の手を握った。
「僕は、ここで幸せだよ。この街は、静かで穏やかで、苦しみもない」
「本当に……?」
「本当だよ。だから、心配しないで」
健太は、空を見上げた。
「ただ、一つだけ寂しいことがある」
「何ですか?」
「恵と、一緒にいられないこと」
健太の目には、涙が浮かんでいた。
「でも、それは仕方ない。僕たちは、違う世界の人間だから」
「健太……」
私も、涙を流した。
「ありがとう。来てくれて」
健太は、私を抱きしめた。
「これで、もう思い残すことはない」
私は、健太の胸で泣いた。
声を上げて、泣いた。
三年間、ずっと堪えていた涙を、すべて流した。
健太は、ずっと私を抱きしめていてくれた。
優しく、温かく。
まるで、生きているときのように。
三日目の朝。
最後の日。
私は、健太と一緒に街を歩いた。
もう一度、すべての場所を見ておきたかった。
中央広場。
図書館。
教会。
公園。
そして、健太の家。
すべてを、心に刻んだ。
昼過ぎ、私たちはバス停に向かった。
帰りのバスが、もうすぐ来る。
バス停には、他にも何人か待っている人がいた。
みんな、生きている人だ。
そして、みんな泣いていた。
別れが、辛いのだろう。
私も、同じだった。
「恵」
健太が、声をかけた。
「最後に、一つだけ聞いてもいい?」
「何ですか?」
「僕のこと、愛してくれてた?」
私は、頷いた。
「今も、愛しています」
「ありがとう」
健太は、微笑んだ。
「僕も、恵を愛してる。これからも、ずっと」
その時、バスが来た。
ドアが開く。
乗客たちが、一人ずつバスに乗り込む。
私の番が来た。
「行かないと」
「うん」
健太は、私を抱きしめた。
最後の抱擁。
「元気でね、恵」
「健太も」
私たちは、離れた。
私は、バスに乗った。
窓際の席に座る。
外を見ると、健太が手を振っていた。
私も、手を振り返した。
バスが動き出した。
健太の姿が、遠ざかっていく。
私は、窓に手を当てた。
「さようなら……」
涙が、止まらなかった。
バスは、霧の中に入った。
街が、見えなくなった。
そして、すべてが白く染まった。
目が覚めると、私は自分の部屋にいた。
ベッドに横たわっている。
夢だったのだろうか。
しかし、手には、何かが握られていた。
開いてみると、小さな石だった。
あの街で、健太がくれた石。
「忘れないように」と言って。
私は、石を胸に抱いた。
夢じゃなかった。
本当に、会えたんだ。
健太に。
それから、私は変わった。
健太の言葉通り、前を向いて生きることにした。
仕事を頑張り、趣味を見つけ、友人と過ごす時間を大切にした。
辛いときもあった。
健太を思い出して、泣きたくなるときもあった。
しかし、その度に、あの街での三日間を思い出した。
健太の笑顔。
優しい言葉。
温かい抱擁。
それらが、私を支えてくれた。
数年が過ぎた。
私は、新しい人と出会った。
彼の名前は、佐藤雄一。
優しくて、誠実な人。
最初は、罪悪感があった。
健太を裏切っているような気がした。
しかし、思い出した。
健太の言葉を。
「新しい人を見つけてもいい」
健太は、そう言ってくれた。
だから、私は雄一と付き合うことにした。
そして、幸せだった。
雄一は、健太とは違うタイプの人だった。
でも、それがいい。
健太の代わりではなく、新しい人として、雄一を愛した。
ある日、雄一が言った。
「恵、結婚しませんか」
プロポーズだった。
私は、驚いた。
そして、嬉しかった。
しかし、同時に不安もあった。
健太は、どう思うだろうか。
私が、別の人と結婚することを。
その夜、私は一人で考えた。
そして、結論を出した。
健太は、きっと喜んでくれる。
私が幸せになることを。
だから、私は雄一の求婚を受け入れた。
結婚式の日。
私は、白いドレスを着ていた。
雄一は、タキシード姿だった。
式場には、家族や友人が集まっていた。
みんな、祝福してくれた。
そして、誓いの言葉を交わした。
指輪を交換した。
キスをした。
幸せだった。
本当に、幸せだった。
しかし、心のどこかで、思っていた。
健太にも、見てほしかった。
この幸せな瞬間を。
披露宴が終わり、私は一人でテラスに出た。
夜空を見上げる。
星が、輝いていた。
その中の一つが、健太のような気がした。
「健太、見ていますか?」
私は、空に向かって話しかけた。
「私、幸せです。雄一と結婚しました」
風が、優しく吹いた。
「健太のおかげです。あの三日間がなければ、私は前に進めなかった」
涙が、頬を伝った。
「ありがとう。本当に、ありがとう」
星が、一瞬強く輝いた気がした。
まるで、答えてくれているかのように。
私は、微笑んだ。
健太は、きっと見守ってくれている。
あの街から。
屍の街から。
それから、私は雄一と幸せな日々を送った。
子供も授かった。
娘の名前は、楓。
元気で、明るい子だった。
私は、母親として、妻として、充実した日々を過ごした。
しかし、時々、あの街のことを思い出した。
健太は、今も元気だろうか。
あの静かな街で、穏やかに暮らしているだろうか。
会いたい。
もう一度、会いたい。
しかし、それは叶わない。
あの街に行けるのは、人生で一度だけ。
もう、二度と行くことはできない。
それが、ルールだった。
月日は流れた。
私は、年を取った。
娘も成長し、結婚して、家を出た。
雄一とは、今も仲良く暮らしている。
しかし、体は衰えてきた。
病気も増えた。
そして、ある日。
私は、病院のベッドで目を覚ました。
医者が言った。
「もう、長くはありません」
余命、数週間。
私は、受け入れた。
人は、いつか死ぬ。
それは、避けられない。
雄一は、泣いていた。
娘も、泣いていた。
「ごめんなさい」
私は、謝った。
「でも、私は幸せでした。みんなのおかげで」
雄一は、私の手を握った。
「恵、ありがとう。一緒にいてくれて」
「こちらこそ」
娘も、手を握った。
「お母さん、大好き」
「私も、大好きよ」
私は、微笑んだ。
そして、思った。
死んだら、あの街に行けるだろうか。
屍の街に。
そこで、また健太に会えるだろうか。
数日後。
私は、静かに息を引き取った。
家族に見守られながら。
痛みは、なかった。
ただ、眠るように。
そして、目が覚めた。
私は、どこかに立っていた。
霧の中。
白く、深い霧。
そして、道が見えた。
石畳の道。
その道を歩き始めると、霧が晴れていった。
そして、見えてきた。
街が。
あの街が。
屍の街。
私は、驚いた。
本当に、ここに来たんだ。
死んだから、ここに来られたんだ。
私は、道を歩いた。
懐かしい景色。
中央広場。
図書館。
教会。
公園。
すべてが、変わっていなかった。
そして、広場に辿り着いた。
噴水の前に、誰かが座っていた。
私は、近づいた。
その人は、振り向いた。
健太だった。
「恵……?」
健太は、驚いた顔をした。
「どうして……」
「私、死にました」
「そうか……」
健太は、立ち上がった。
そして、私に歩み寄った。
「おかえり、恵」
「ただいま」
私たちは、抱き合った。
涙が、溢れた。
「会いたかった」
「僕も」
私たちは、しばらく抱き合っていた。
そして、離れた。
「恵、この街での生活、知ってる?」
「少しだけ」
「ここでは、死んだ人がみんな穏やかに暮らしている。時間は、ゆっくり流れる」
健太は、街を見回した。
「苦しみも、悲しみも、ない。ただ、静かに生きている」
「それは、いいですね」
「でも、寂しいこともある」
「何ですか?」
「生きている人と、もう会えないこと」
健太は、私を見た。
「でも、恵が来てくれた。もう、寂しくない」
「私も、です」
私は、微笑んだ。
「これから、ずっと一緒にいられますね」
「うん」
健太も、微笑んだ。
私たちは、手を繋いで歩き始めた。
この街で、新しい生活を始めるために。
屍として。
しかし、幸せな屍として。
それから、私たちは一緒に暮らした。
健太の家で。
二人で、静かな日々を過ごした。
朝は、一緒に散歩。
昼は、図書館で本を読む。
夜は、丘の上で夜景を眺める。
毎日が、穏やかだった。
そして、幸せだった。
ある日、私は健太に聞いた。
「雄一のこと、怒っていませんか?」
「雄一?」
「私が結婚した人です」
「ああ」
健太は、首を振った。
「怒ってないよ。むしろ、感謝してる」
「感謝?」
「雄一が、恵を幸せにしてくれたから」
健太は、微笑んだ。
「僕は、恵が幸せになることを願っていた。それが叶って、嬉しい」
「健太……」
「雄一は、いい人だったんでしょ?」
「ええ。とても」
「なら、良かった」
健太は、空を見上げた。
「恵、この街には他にも色々な人がいるよ」
「色々な人?」
「家族、友人、知り合い。みんな、ここで暮らしている」
「そうなんですか」
「うん。会いに行ってみたら?」
「でも……」
「いいんだよ。僕は、ここで待ってる」
健太は、優しく言った。
私は、街を歩き始めた。
そして、様々な人に会った。
祖父。祖母。
学生時代の友人。
昔の同僚。
みんな、ここにいた。
そして、みんな幸せそうだった。
ある日、私は一人の女性に会った。
見覚えのある顔。
「あら、恵ちゃん?」
「お母さん……?」
私の母親だった。
十年前に亡くなった、母。
「久しぶりね」
母は、微笑んだ。
「元気だった?」
「ええ……お母さんも」
「私は、ここで元気よ」
私たちは、カフェで話した。
母は、この街での生活を楽しんでいるようだった。
「恵ちゃん、高橋くんと一緒なんでしょ?」
「はい」
「良かったわね」
母は、嬉しそうに言った。
「あの子、いい子だもの」
「お母さん、雄一のことは……」
「彼もいい人だったわね」
母は、私の手を握った。
「恵ちゃん、幸せだった?」
「はい。とても」
「なら、良かった。母親として、それ以上の喜びはないわ」
私は、涙を流した。
母に、ずっと言いたかったこと。
「お母さん、ありがとう。育ててくれて」
「どういたしまして」
母も、涙を流した。
私たちは、しばらく抱き合っていた。
それから、私はこの街で多くの人と再会した。
父。兄。幼なじみ。恩師。
みんな、ここにいた。
そして、みんな穏やかだった。
この街は、本当に不思議な場所だった。
死者が集まる場所。
しかし、悲しみはない。
みんな、生前の記憶を持ちながら、新しい人生を生きている。
ある日、私は健太に聞いた。
「この街は、誰が作ったんですか?」
「わからない」
健太は、首を振った。
「でも、この街には管理者がいるらしい」
「管理者?」
「うん。街の秩序を保つ人」
「会ったことは?」
「ない。でも、噂では聞く」
健太は、教会を指差した。
「あそこに、時々現れるらしい」
私たちは、教会に向かった。
中に入ると、静かだった。
祭壇の前に、一人の老人が座っていた。
「いらっしゃい」
老人は、振り向いた。
その顔は、優しかった。
「あなたたちが、恵さんと健太さんですね」
「はい」
「私は、この街の管理者です」
老人は、立ち上がった。
「この街について、知りたいことがあるのでしょう?」
「はい」
「では、教えましょう」
老人は、私たちを椅子に座らせた。
そして、語り始めた。
「この街は、死者のための安息の地です」
「安息の地……」
「そうです。死んだ人間は、本来ならば無に帰ります。しかし、この街では、生前の記憶と姿で生き続けることができます」
「なぜ、そんなことが?」
「それは、世界の慈悲です」
老人は、微笑んだ。
「すべての人間は、愛する者と別れなければなりません。しかし、それは辛いことです」
「ええ」
「だから、この街が作られました。死者と生者が、再び会える場所として」
「生者も、来られるんですよね」
「はい。しかし、制約があります」
「一生に一度だけ、三日間だけ」
「その通りです」
老人は、頷いた。
「それ以上は、許されません。なぜなら、生者は生きるべき世界があるからです」
「わかります」
「そして、死者はここで安らかに暮らします。永遠に」
老人は、窓の外を見た。
「この街には、終わりがありません。時間は流れますが、誰も歳を取りません。苦しみもありません」
「それは、幸せなことですね」
「そう思いますか?」
老人は、私を見た。
「永遠に生きることは、幸せでしょうか」
「わかりません」
「私もです」
老人は、微笑んだ。
「しかし、少なくとも、ここにいる人々は満足しています」
「それなら、いいことですね」
「ええ」
老人は、立ち上がった。
「あなたたちも、ここで幸せに暮らしてください」
「ありがとうございます」
私たちは、教会を出た。
そして、手を繋いで歩いた。
この街で、永遠に。
それから、長い時間が過ぎた。
どれくらいだろうか。
十年? 百年? 千年?
わからない。
この街では、時間の感覚が曖昧だ。
しかし、それでいい。
私は、健太と一緒にいる。
それだけで、幸せだ。
ある日、私たちは丘の上にいた。
いつものように、夜景を眺めている。
「恵」
健太が、私を呼んだ。
「何?」
「この街に来て、後悔してない?」
「後悔? するわけないでしょう」
「でも、雄一も、娘さんも、いつかここに来るかもしれない」
「ええ」
「その時、気まずくならない?」
私は、首を振った。
「大丈夫よ。雄一も、楓も、きっと理解してくれる」
「そうかな」
「そうよ」
私は、健太の手を握った。
「私は、あなたも雄一も、両方愛しているの。それは、矛盾じゃない」
「恵……」
「人間の心は、広いのよ。複数の人を愛することができる」
私は、空を見上げた。
「雄一と過ごした時間は、幸せだった。でも、あなたと過ごす時間も、幸せ」
「ありがとう」
健太は、私を抱きしめた。
「恵、愛してる」
「私も」
私たちは、キスをした。
そして、しばらく抱き合っていた。
星空の下で。
永遠に続く、この街で。
さらに時間が過ぎた。
ある日、新しい人がこの街に来た。
私は、その人を見て、驚いた。
「雄一……」
そこには、佐藤雄一がいた。
私の元夫。
彼も、死んだのだ。
「恵……?」
雄一は、私を見て驚いた。
「ここに、いたのか」
「ええ」
私たちは、カフェで話した。
雄一は、私が死んでから十年後に亡くなったらしい。
「楓は?」
「元気だよ。孫もできた」
「そう……良かった」
「恵、この街のこと、教えてくれるか?」
「ええ」
私は、雄一にこの街のことを説明した。
そして、健太のことも。
「そうか。健太さんと、一緒にいるんだな」
「ええ。ごめんなさい」
「謝ることないよ」
雄一は、微笑んだ。
「僕も、わかってる。恵が健太さんを愛していたこと」
「雄一……」
「でも、僕も恵を愛していた。それは、本当だ」
雄一は、私の手を握った。
「恵、ありがとう。一緒にいてくれて」
「こちらこそ」
私も、微笑んだ。
それから、雄一もこの街で暮らし始めた。
彼は、別の場所に家を持った。
そして、時々、私たちと会った。
最初は、気まずかった。
しかし、次第に慣れた。
雄一は、健太と友人になった。
二人は、時々一緒に散歩したり、チェスをしたりしていた。
そして、私は二人と仲良く過ごした。
不思議な関係だった。
でも、それでいい。
この街では、すべてが許される。
愛も、友情も、すべて。
またさらに時間が過ぎた。
そして、ある日。
娘の楓も、この街に来た。
「お母さん!」
楓は、私を見つけて走ってきた。
「楓……」
私たちは、抱き合った。
「会いたかった」
「私も」
楓は、涙を流していた。
「お母さん、ここにいたんだね」
「ええ」
「お父さんも?」
「ええ。お父さんもいるわ」
私は、楓を雄一の家に連れて行った。
雄一は、楓を見て涙を流した。
「楓……大きくなったな」
「お父さん……」
二人は、抱き合った。
そして、健太も紹介した。
「楓、この人が健太さん」
「はじめまして」
健太は、頭を下げた。
「お母さんから、話は聞いています」
楓は、微笑んだ。
「お母さんを、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
私たちは、四人で食事をした。
そして、たくさん話した。
楓の人生のこと。
孫のこと。
幸せだったこと。
辛かったこと。
すべてを、語り合った。
そして、楓は言った。
「お母さん、幸せ?」
「ええ、とても」
「なら、良かった」
楓は、微笑んだ。
「私も、幸せだったよ」
「ありがとう、楓」
私は、娘を抱きしめた。
「産んでくれて、ありがとう」
「こちらこそ」
私たちは、泣きながら笑った。
そして、この街で新しい生活を始めた。
家族として。
愛する者たちと共に。
この街には、終わりがない。
時間は、永遠に流れる。
しかし、それは退屈ではない。
なぜなら、愛する者たちがいるから。
健太。
雄一。
楓。
母。
父。
友人たち。
みんな、ここにいる。
そして、みんな幸せだ。
屍の街。
死者が住む街。
しかし、ここには生がある。
本当の意味での、生が。
苦しみのない、穏やかな生が。
私は、この街を愛している。
そして、ここにいる人々を愛している。
これから、永遠に。
この街で、愛する者たちと共に生きていく。
屍として。
しかし、幸せな屍として。
ある夜、私は一人で丘の上にいた。
星空を見上げている。
そこに、健太が来た。
「一人?」
「ええ。少し考え事をしていたの」
「何を?」
「この街のこと」
私は、健太を見た。
「ねえ、この街って、天国なのかしら?」
「天国……」
健太は、考えた。
「わからない。でも、天国に近いものだと思う」
「そうね」
私は、再び星空を見上げた。
「生きているとき、天国なんて信じていなかった」
「僕も」
「でも、今は信じる。だって、ここがそうだから」
「恵」
健太は、私の肩を抱いた。
「この街に来て、良かった?」
「ええ。本当に」
私は、健太に寄りかかった。
「あなたに会えた。家族に会えた。みんなと、また一緒にいられる」
「僕も、同じ気持ちだよ」
私たちは、しばらく星空を眺めていた。
そして、健太が言った。
「恵、永遠って、長いよね」
「ええ」
「でも、君と一緒なら、永遠も短く感じる」
「私も」
私たちは、キスをした。
そして、手を繋いで丘を下りた。
家に帰るために。
この街の、私たちの家に。
それから、私はこの街で様々なことを学んだ。
生きることの意味。
死ぬことの意味。
そして、愛することの意味。
ある日、私は街の図書館で一冊の本を見つけた。
「屍の街の物語」
その本には、この街の歴史が書かれていた。
この街が作られたのは、遥か昔。
人間がまだ、死を恐れていた時代。
ある賢者が、死者のための安息の地を作った。
それが、この街だった。
賢者は言った。
「死は、終わりではない。新しい始まりだ」
その言葉通り、この街では死者が新しい人生を始める。
苦しみのない、穏やかな人生を。
私は、その本を読みながら思った。
この街は、本当に奇跡だ。
死んだ人間が、再び愛する者と会える。
それは、どれだけ多くの人を救っただろうか。
ある日、私は街で一人の少女に会った。
年齢は、十歳くらい。
彼女は、一人で泣いていた。
「どうしたの?」
私は、声をかけた。
少女は、顔を上げた。
「お母さんが……お母さんが来ないの……」
「お母さん?」
「うん。お母さんに会いに来たの。でも、見つからない」
少女は、また泣き出した。
私は、少女を抱きしめた。
「大丈夫よ。きっと見つかるわ」
「本当?」
「ええ。この街では、会いたい人に必ず会える」
私は、少女の手を取った。
「一緒に探しましょう」
私たちは、街を歩いた。
そして、ある家の前で、少女が叫んだ。
「お母さん!」
家から、一人の女性が出てきた。
女性は、少女を見て驚いた。
「花ちゃん……?」
「お母さん!」
二人は、抱き合った。
そして、泣いた。
私は、その光景を見て、涙を流した。
この街では、こういう再会が毎日起きている。
それは、本当に美しいことだった。
女性は、私に頭を下げた。
「ありがとうございます。娘を連れてきてくださって」
「いえ」
私は、微笑んだ。
「花ちゃんが、自分で見つけたんですよ」
少女は、母親の手を握りながら言った。
「お母さん、もう離れないよね?」
「ええ、もう離れないわ」
母親は、娘を抱きしめた。
「ずっと、一緒よ」
私は、その場を離れた。
二人の時間を、邪魔したくなかったから。
その夜、私は健太に話した。
「今日、素敵な再会を見たの」
「どんな?」
私は、少女と母親のことを話した。
健太は、微笑んだ。
「それは、良かったね」
「ええ。この街って、本当に素晴らしいわ」
「うん」
健太は、窓の外を見た。
「でも、恵。この街にも、悲しいことがあるんだ」
「悲しいこと?」
「生きている人が、ここに来られないこと」
健太は、私を見た。
「この街に来られるのは、人生で一度だけ。そして、三日間だけ」
「ええ」
「だから、一度も来られずに死んでしまう人もいる」
「そうなの?」
「うん。道がわからなかったり、勇気が出なかったり、様々な理由で」
健太は、悲しそうな顔をした。
「そういう人たちは、愛する者と再会できないまま、ここに来る」
「それは……辛いわね」
「そうだね」
私たちは、しばらく黙っていた。
そして、私は言った。
「でも、ここに来れば、いつか会えるわよね」
「うん。死んだら、必ずここに来る。だから、いつかは会える」
「なら、大丈夫ね」
私は、健太の手を握った。
「時間はかかるかもしれないけど、いつかは」
「そうだね」
健太も、微笑んだ。
ある日、私は管理者の老人に会いに行った。
教会で、老人は祈りを捧げていた。
「失礼します」
「ああ、恵」
老人は、振り向いた。
「どうしましたか?」
「聞きたいことがあります」
「どうぞ」
私は、老人の前に座った。
「この街に、来られない人もいるんですよね」
「ええ」
「その人たちは、どうなるんですか?」
老人は、深く息を吐いた。
「彼らは、愛する者が死ぬまで待ちます」
「待つ……」
「そうです。何十年も、何百年も、待つのです」
老人は、窓の外を見た。
「そして、ようやく再会できたとき、涙を流します」
「それは……辛いですね」
「ええ。しかし、それもまた愛です」
老人は、私を見た。
「待つことも、愛なのです」
私は、その言葉を胸に刻んだ。
待つことも、愛。
それは、本当にそうだ。
私も、健太を待っていた。
三年間、生きている間。
そして、死んでから、ここで再会できた。
その喜びは、言葉にできないほど大きかった。
ある日、街で祭りが開かれた。
年に一度の、大きな祭り。
街中が、飾り付けられた。
提灯が吊るされ、屋台が並び、音楽が流れる。
私は、健太、雄一、楓と一緒に祭りに行った。
四人で、屋台を回った。
焼きそば、たこ焼き、りんご飴。
すべてが、懐かしかった。
「お母さん、これ食べる?」
楓が、綿あめを差し出した。
「ありがとう」
私は、綿あめを一口食べた。
甘くて、ふわふわで、幸せな味がした。
夜になり、花火が上がった。
色とりどりの花火が、空に咲く。
私たちは、四人で並んで花火を見た。
「綺麗だね」
健太が言った。
「ええ」
私は、健太の手を握った。
そして、雄一の手も握った。
楓も、私の肩に寄りかかった。
四人で、繋がっている。
家族として。
愛する者たちとして。
花火が、次々と打ち上げられる。
その光が、私たちを照らす。
この瞬間を、私は忘れない。
永遠に、心に刻む。
なぜなら、これが幸せだから。
本当の意味での、幸せだから。
祭りが終わり、私たちは家に帰った。
楓は、雄一の家に泊まることにした。
私と健太は、二人きりになった。
「今日は、楽しかったね」
「ええ」
私は、健太に寄り添った。
「ねえ、健太」
「何?」
「私たち、結婚しましょうか」
健太は、驚いた顔をした。
「結婚……?」
「ええ。もう十分一緒にいたし、結婚してもいいんじゃないかしら」
健太は、しばらく考えた。
そして、微笑んだ。
「そうだね。結婚しよう」
「本当?」
「うん」
健太は、私を抱きしめた。
「恵、結婚しよう。この街で、永遠に一緒にいよう」
「ええ」
私は、涙を流した。
嬉しくて、幸せで、涙が止まらなかった。
数日後、私たちは教会で結婚式を挙げた。
管理者の老人が、司式をしてくれた。
雄一と楓が、見守ってくれた。
そして、街の人々も、たくさん来てくれた。
母、父、友人たち。
みんなが、祝福してくれた。
私は、白いドレスを着た。
健太は、タキシードを着た。
そして、誓いの言葉を交わした。
「私、中村恵は、高橋健太を愛し、永遠に共にあることを誓います」
「私、高橋健太は、中村恵を愛し、永遠に共にあることを誓います」
指輪を交換した。
キスをした。
みんなが、拍手をしてくれた。
私は、幸せだった。
生きているとき、健太と結婚することはできなかった。
事故で、彼は亡くなってしまったから。
でも、ここでは叶った。
結婚という形で、永遠に繋がることができた。
披露宴では、みんなが祝福してくれた。
母が、泣きながら言った。
「恵、おめでとう。幸せになってね」
「ありがとう、お母さん」
父も、握手をしてくれた。
「高橋くん、恵を頼むよ」
「はい。必ず幸せにします」
雄一も、祝福してくれた。
「恵、おめでとう」
「ありがとう、雄一」
「健太、恵をよろしく」
「はい」
二人は、握手を交わした。
そして、微笑み合った。
楓も、涙を流していた。
「お母さん、おめでとう」
「ありがとう、楓」
「私も、いつかこんな結婚式を挙げたいな」
「きっと、挙げられるわ」
私は、娘を抱きしめた。
披露宴は、夜遅くまで続いた。
そして、私たちは新しい人生を始めた。
夫婦として。
高橋恵として。
それから、私たちは本当の意味で家族になった。
毎日、一緒に起きて、一緒に食事をして、一緒に眠る。
生きているときには叶わなかった、普通の日常。
それが、ここでは叶っている。
私は、毎日幸せだった。
そして、健太も幸せそうだった。
ある夜、ベッドで横になりながら、健太が言った。
「恵、ありがとう」
「何が?」
「こうして、一緒にいてくれて」
「当たり前でしょう。私たち、夫婦なんだから」
「そうだね」
健太は、私を抱きしめた。
「でも、本当に感謝してる。恵が来てくれなければ、僕はずっと一人だった」
「私も、健太に会えなければ、前に進めなかった」
私は、健太の胸に顔を埋めた。
「私たちは、お互いを必要としているのよ」
「そうだね」
私たちは、キスをした。
そして、抱き合ったまま眠りについた。
永遠に続く、この街で。
ある日、私は街の外れを歩いていた。
そこには、大きな門があった。
その門の向こうには、何があるのだろう。
私は、門に近づいた。
すると、管理者の老人が現れた。
「恵、いえ、健太」
「はい」
「その門の向こうには、行かないでください」
「どうしてですか?」
「その門の向こうは、無です」
老人は、真剣な顔で言った。
「この街を出ると、存在が消えます」
「消える……?」
「はい。完全に、無に帰ります」
「でも、どうしてそんな門が?」
「それは、選択のためです」
老人は、門を見た。
「永遠に生きることに疲れた者は、ここから去ることができます」
「永遠に疲れる……」
「そうです。永遠は、祝福でもあり、呪いでもあります」
老人は、私を見た。
「いつか、あなたも疲れるかもしれません。その時は、この門を選ぶこともできます」
「私は……選ばないと思います」
「なぜですか?」
「だって、愛する人たちがいるから」
私は、微笑んだ。
「健太、雄一、楓。みんなと一緒にいたいから」
「そうですか」
老人も、微笑んだ。
「それは、素晴らしいことです」
私は、門から離れた。
そして、街に戻った。
永遠は、長い。
しかし、愛する者たちと一緒なら、耐えられる。
いや、耐えるのではない。
楽しめる。
永遠を、楽しめる。
屍の街。
そこは、死者が住む場所。
しかし、そこには愛がある。
温かさがある。
幸せがある。
生きている者は、いつか死ぬ。
それは、避けられない運命。
しかし、恐れることはない。
なぜなら、死んだ後も、愛する者たちと会える場所があるから。
屍の街が、待っているから。
だから、生きている者よ。
今を大切に生きなさい。
愛する者を、大切にしなさい。
後悔のないように、生きなさい。
そして、いつか、この街で再会しよう。
永遠に続く、この街で。
愛する者たちと共に。
それが、屍の街の約束。
死者と生者を繋ぐ、優しい約束。
私、高橋恵は、今日も幸せに暮らしている。
夫の健太と。
元夫の雄一と。
娘の楓と。
そして、たくさんの愛する人たちと。
この街で、永遠に。
それが、私の物語。
屍の街での、幸せな物語。




