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世界は静かに壊れている【ショートショート集・短編集】  作者: 御影のたぬき


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【ゴシックホラー】血の伯爵夫人

 霧が立ち込める森の中を、馬車が進んでいく。

 私、エミリア・グレイは窓の外を眺めながら、不安を抱いていた。

 目的地は、カーライル伯爵の館。

 私は新しい家庭教師として、伯爵の娘に教育を施すために雇われた。

 しかし、この仕事を引き受けたことを、すでに後悔し始めていた。

 なぜなら、村人たちの反応が異常だったからだ。

「カーライル伯爵の館に行くのか?」

 宿屋の主人は、私の言葉を聞いて顔色を変えた。

「やめておけ。あの館には近づくな」

「どうしてですか?」

「あそこは呪われている。伯爵夫人が……」

 主人は言いかけて、口を閉じた。

「何も聞かなかったことにしろ。とにかく、行かない方がいい」

 主人の忠告を無視して、私は馬車に乗った。

 契約書にはすでにサインをしている。今更引き返すことはできない。

 馬車は森の奥へと進む。

 木々は枯れ、鳥の鳴き声も聞こえない。

 不気味な静寂が、辺りを支配していた。

 やがて、霧の向こうに巨大な館が姿を現した。

 カーライル伯爵の館。

 黒い石造りの建物。尖った塔。割れた窓ガラス。

 まるで、悪夢の中の城のようだった。

 馬車が門の前で止まった。

「ここまでだ」

 御者は言った。

「中には入れない。一人で行ってくれ」

「え、でも……」

「早く降りろ。俺はもう帰る」

 御者は明らかに怯えていた。

 私は仕方なく馬車を降りた。

 御者は私を置いて、すぐに馬車を走らせた。

 一人取り残された私は、館の門を見上げた。

 鉄の門は錆びついている。

 門を押すと、軋んだ音を立てて開いた。

 庭園は荒れ果てていた。

 枯れた薔薇。倒れた彫像。干上がった噴水。

 かつては美しかったであろう庭園も、今は廃墟と化していた。

 玄関に辿り着き、ドアをノックする。

 しばらく待つと、ドアが開いた。

 そこには、老いた執事が立っていた。

「エミリア・グレイ様ですね。お待ちしておりました」

「はい」

「どうぞ、中へ」

 執事は私を館の中に案内した。

 玄関ホールは広く、天井が高い。

 しかし、埃が積もり、蜘蛛の巣が張っている。

 シャンデリアには蝋燭が灯されているが、その光は弱々しく、影を作るばかりだった。

「こちらです」

 執事は私を応接室に案内した。

 部屋には、暖炉の火が灯されていた。

 しかし、その火もまた弱々しく、部屋全体を暖めるには至っていない。

「伯爵様がすぐにいらっしゃいます。少々お待ちください」

 執事は去っていった。

 私は一人、応接室で待った。

 部屋を見回す。

 壁には古い肖像画が飾られている。

 その中の一枚に、私は目を留めた。

 美しい女性の肖像画。

 漆黒の髪。蒼白い肌。深紅の唇。

 そして、何よりも印象的なのは、その目だった。

 冷たく、鋭く、まるで私を見透かしているような目。

 肖像画の下には、プレートが取り付けられていた。

「カーライル伯爵夫人 リディア・カーライル」

 伯爵夫人……。

 その時、ドアが開いた。

 振り返ると、そこには中年の男性が立っていた。

 痩せていて、顔色が悪い。目の下には深い隈がある。

「エミリア・グレイさんですね。私がカーライル伯爵です」

「お会いできて光栄です、伯爵」

 私は頭を下げた。

 伯爵は疲れた表情で椅子に座った。

「わざわざ遠くから来ていただき、感謝します」

「いえ」

「娘のことは、手紙で説明した通りです。彼女は十歳で、教育が必要です。あなたには、彼女に読み書きや歴史、音楽などを教えていただきたい」

「承知しました」

「ただ……」

 伯爵は言いかけて、躊躇した。

「ただ、何でしょうか?」

「この館には、いくつかルールがあります」

「ルール?」

「一つ。夜、自室から出ないこと」

 伯爵は真剣な顔で言った。

「二つ。北の塔には近づかないこと」

「北の塔?」

「三つ。夫人の部屋には、絶対に入らないこと」

 伯爵の声は、低く、重かった。

「夫人……ですか?」

「ええ。私の妻です」

「お会いできますか?」

「いいえ」

 伯爵は首を振った。

「妻は……病気で、部屋から出られません。誰にも会いたがりません」

「そうですか……」

「ルールを守っていただければ、問題はありません。もし破った場合……」

 伯爵は私を見た。

「その結果については、保証できません」

 伯爵の目は、本気だった。

「わかりました。ルールは守ります」

「では、娘を呼びましょう」

 伯爵は鐘を鳴らした。

 しばらくして、ドアが開き、少女が入ってきた。

 十歳くらいの少女。栗色の髪。青い目。

 しかし、その表情は暗く、どこか怯えているように見えた。

「アリス、こちらがあなたの新しい家庭教師、エミリア先生です」

「はじめまして、アリス」

 私は微笑んだ。

 アリスは小さく頷いただけで、何も言わなかった。

「アリス、挨拶をしなさい」

 伯爵が言うと、アリスは小声で答えた。

「はじめまして……」

「よろしくね、アリス」

 私はできるだけ優しく言った。

 伯爵は立ち上がった。

「では、執事にあなたの部屋を案内させます。明日から、アリスの教育をお願いします」

「承知しました」

 執事が再び現れ、私を二階の客室に案内した。

 部屋は広いが、やはり埃が積もっている。

 ベッドには古いシーツが掛けられていた。

「夕食は七時です。食堂でお待ちください」

「ありがとうございます」

 執事は去っていった。

 私は荷物を置き、窓から外を眺めた。

 庭園の向こうに、北の塔が見えた。

 黒い石造りの塔。窓には鉄格子がはめられている。

 伯爵は、あの塔に近づくなと言った。

 なぜだろう。

 そして、夫人の部屋にも入るなと。

 一体、この館には何があるのか。

 夕食の時間になり、私は食堂に向かった。

 食堂には、伯爵とアリスがすでに座っていた。

「どうぞ、座ってください」

 私は席に着いた。

 食事が運ばれてきたが、質素なものだった。

 パンとスープ、少しの肉。

 伯爵は黙々と食事をしている。

 アリスは、ほとんど手をつけていない。

「アリス、食べなさい」

 伯爵が言ったが、アリスは首を振った。

「お腹が空いていないの……」

「食べないと、体が弱くなるぞ」

「でも……」

 アリスは俯いた。

 私は、アリスに話しかけた。

「アリス、明日から一緒に勉強しましょう。楽しいと思うわ」

 アリスは私を見たが、すぐに視線を逸らした。

「……はい」

 食事が終わり、私は部屋に戻った。

 ベッドに横たわり、天井を見つめる。

 この館は、何かがおかしい。

 伯爵の疲れた顔。

 アリスの怯えた表情。

 そして、夫人の部屋に入るなというルール。

 一体、何を隠しているのか。

 その夜、私は眠れなかった。

 風が窓を叩く音。

 廊下を歩く足音。

 そして……。

 そして、遠くから聞こえる、女の笑い声。

 低く、冷たく、まるで悪魔のような笑い声。

 私は布団を被り、耳を塞いだ。

 しかし、笑い声は止まらない。

 やがて、それも消え、館は再び静寂に包まれた。

 翌朝、私はアリスの教育を始めた。

 書斎で、二人きりで勉強する。

 アリスは賢い子供だったが、集中力が続かない。

 何度も窓の外を見て、不安そうな顔をする。

「アリス、大丈夫?」

「……はい」

「何か心配なことがあるの?」

 アリスは黙っていた。

 しばらくして、小声で言った。

「先生……この館から、早く逃げた方がいいです」

「え?」

「ここは、危険です」

 アリスは私を見た。

 その目には、恐怖が浮かんでいた。

「母が……母が、怖いです」

「お母様?」

「母は……もう、母じゃないんです」

 アリスは震えていた。

「何を言っているの、アリス?」

「母は……化け物になったんです」

「化け物?」

「夜になると、母は部屋から出てきます。そして……そして……」

 アリスは言葉を詰まらせた。

 その時、ドアが開いた。

 振り返ると、執事が立っていた。

「アリス様、お父様がお呼びです」

「……はい」

 アリスは立ち上がり、部屋を出て行った。

 執事は私を見た。

「エミリア様、アリス様の言うことを真に受けないでください」

「でも……」

「アリス様は、病んでおられます。母を亡くしたショックで、時々妄想を口にされます」

「母を……亡くした?」

「ええ。夫人は三年前に亡くなりました」

 執事は静かに言った。

「ですから、夫人の部屋には誰も入れません。伯爵様が、そう決めたのです」

「そうだったんですか……」

「アリス様は、母が生きていると信じています。そして、化け物になったと。可哀想に、現実を受け入れられないのです」

 執事は去っていった。

 私は、混乱した。

 夫人は死んでいる。

 しかし、昨夜聞こえた笑い声は何だったのか。

 そして、アリスの恐怖は、ただの妄想なのか。

 その夜、私は再び眠れなかった。

 時計が真夜中を告げる。

 すると、また聞こえてきた。

 女の笑い声。

 廊下を歩く足音。

 私は、ベッドから起き上がった。

 ルールでは、夜は自室から出るなと言われている。

 しかし、好奇心が勝った。

 部屋のドアを少しだけ開け、廊下を覗く。

 薄暗い廊下。

 しかし、その向こうに人影が見えた。

 黒いドレスを着た女性。

 長い黒髪。

 ゆっくりと廊下を歩いている。

 私は、声を失った。

 女性は、夫人の肖像画に似ていた。

 リディア・カーライル。

 しかし、執事は夫人は死んだと言った。

 ならば、あれは誰だ。

 女性は、階段を下りていった。

 私は、後をつけることにした。

 ルールを破ることになるが、真実を知りたかった。

 階段を下り、一階に降りる。

 女性は、館の奥へと進んでいく。

 やがて、女性は一つのドアの前で止まった。

 そのドアを開け、中に入る。

 私は、そのドアに近づいた。

 ドアには、小さなプレートが取り付けられていた。

「夫人の部屋」

 私は、躊躇した。

 ルールでは、この部屋に入るなと言われている。

 しかし、中で何が起きているのか知りたかった。

 ドアに耳を当てる。

 中から、声が聞こえてきた。

 女性の声。

「ああ……ああ……」

 苦しそうな声。

 そして、何かを啜る音。

 私は、ドアを少しだけ開けた。

 中を覗く。

 そこには……。

 そこには、信じられない光景があった。

 黒いドレスを着た女性が、床に倒れた執事の上に跨っていた。

 そして、執事の首に噛みついている。

 血が流れ出ている。

 女性は、その血を啜っていた。

「ああ……美味しい……」

 女性は恍惚とした表情で言った。

 私は、悲鳴を上げそうになったが、必死に口を押さえた。

 女性は、執事の血を飲み終えると、立ち上がった。

 そして、ゆっくりとこちらを向いた。

 私は、その顔を見て凍りついた。

 蒼白い肌。深紅の唇。そして、鋭い牙。

 リディア・カーライル。

 彼女は、吸血鬼だった。

「誰……?」

 リディアは私を見た。

 その目は、赤く光っていた。

「新しい血の香り……」

 リディアは微笑んだ。

「ああ、なんて良い香り……」

 私は、走った。

 全速力で廊下を駆け抜ける。

 背後から、リディアの笑い声が聞こえた。

「逃げても無駄よ……」

 私は階段を駆け上がり、自室に飛び込んだ。

 ドアに鍵をかけ、ベッドの下に隠れる。

 心臓が激しく鳴っている。

 しばらくして、ドアをノックする音がした。

「開けて……」

 リディアの声。

「開けて、エミリア……」

「嫌です! 来ないで!」

「怖がらなくていいのよ。私は、あなたを傷つけたりしない」

「嘘です! あなたは吸血鬼だ!」

 リディアは笑った。

「そうよ。私は吸血鬼。でも、それが何?」

「来ないでください!」

「エミリア、あなたは美しい。あなたの血を、私は欲しい」

 ドアが激しく叩かれる。

 しかし、鍵は外れない。

 やがて、リディアは諦めたのか、足音が遠ざかっていった。

 私は、一晩中ベッドの下に隠れていた。

 翌朝、日が昇ると、私は部屋から出た。

 廊下には、誰もいない。

 昨夜のことが、夢だったのではないかと思えるほど、静かだった。

 食堂に行くと、伯爵とアリスがいた。

「おはようございます」

 私は挨拶した。

 伯爵は、疲れた顔で頷いた。

「おはようございます」

 私は、勇気を出して言った。

「伯爵、昨夜……」

「何か問題がありましたか?」

「夫人が……夫人が、廊下を歩いていました」

 伯爵の顔色が変わった。

「あなたは……夫人を見たのですか?」

「はい。そして、執事が……」

「執事は、もういません」

 伯爵は静かに言った。

「彼は、昨夜亡くなりました」

「やはり……」

「エミリア先生、あなたにはすべてを話すべきでしょう」

 伯爵は深く息を吐いた。

「私の妻、リディアは吸血鬼です」

「吸血鬼……」

「三年前、彼女は病に倒れました。死の淵にあった彼女を、私は何としても救いたかった」

 伯爵は語り始めた。

「ある日、怪しげな男が館を訪れました。彼は、妻を救う方法があると言いました」

「それが……」

「吸血鬼の血を与えることでした。私は、藁にもすがる思いで、その提案を受け入れました」

 伯爵は俯いた。

「妻は蘇りました。しかし、吸血鬼として」

「そんな……」

「最初は、動物の血で満足していました。しかし、次第に人間の血を求めるようになった」

 伯爵は震えていた。

「私は、妻を北の塔に閉じ込めました。しかし、彼女は強力です。時々、封印を破って館を徘徊します」

「だから、夜は部屋から出るなと……」

「ええ。しかし、あなたは破ってしまった」

 伯爵は私を見た。

「エミリア先生、今すぐこの館を出てください」

「でも……」

「妻は、あなたの血を欲しがっています。このままでは、あなたも犠牲になります」

「アリスは?」

「アリスは……私が守ります」

 アリスは、涙を流していた。

「先生……逃げて……」

 私は、悩んだ。

 このまま逃げるべきか。

 しかし、アリスを置いていくことはできない。

「伯爵、リディア夫人を倒す方法はありませんか?」

「倒す……?」

「はい。吸血鬼を倒す方法が、何かあるはずです」

 伯爵は首を振った。

「彼女は私の妻です。倒すことなどできません」

「しかし、このままでは……」

「わかっています」

 伯爵は苦しそうに言った。

「わかっていますが、私には……私には、できません」

 その時、ドアが開いた。

 振り返ると、そこにはリディアが立っていた。

 昼間だというのに、彼女は平然と立っている。

「あら、皆さんお揃いね」

 リディアは微笑んだ。

「リディア、部屋に戻りなさい」

 伯爵が言ったが、リディアは無視した。

「エミリア、昨夜は逃げられてしまったわね」

「来ないで!」

「大丈夫よ。今はまだ、満腹だから」

 リディアは執事の方を見た。

「彼の血は美味しかったわ」

「リディア!」

 伯爵が叫んだ。

「何よ、あなた。私は何も悪いことをしていないわ」

「人を殺しているんだぞ!」

「生きるためよ。吸血鬼は血を飲まなければ生きられない」

 リディアは冷たく言った。

「それに、あなたが私をこうしたんでしょう?」

「それは……」

「後悔しているの? 私を救ったことを?」

 伯爵は答えられなかった。

 リディアは、アリスに近づいた。

「アリス、お母さんよ」

「来ないで!」

 アリスは叫んだ。

「あなたは、もうお母さんじゃない!」

「ひどいわ、アリス。私はあなたの母よ」

「違う! お母さんは死んだ!」

 リディアの表情が変わった。

「死んだ……?」

「そうよ! あなたは化け物よ!」

 リディアは、悲しそうな顔をした。

「化け物……そうね、その通りね」

 リディアは、ゆっくりと後ずさった。

「私は、化け物……」

 そして、リディアは泣き始めた。

「私は……私は、ただ生きたかっただけなのに……」

 伯爵は、リディアに近づいた。

「リディア……」

「触らないで!」

 リディアは叫んだ。

「私は、もう人間じゃない! 化け物なのよ!」

「そんなことはない。君は私の妻だ」

「嘘よ! あなたも、私を恐れているくせに!」

 リディアは走り去った。

 伯爵は、その背中を見送った。

「リディア……」

 私は、決意した。

「伯爵、リディア夫人を救う方法を探しましょう」

「救う……?」

「はい。吸血鬼を人間に戻す方法があるかもしれません」

「そんな方法が……」

「探してみる価値はあります」

 私は、アリスを見た。

「アリス、一緒にお母さんを救いましょう」

 アリスは、涙を拭いて頷いた。

「……はい」

 私たちは、古い書物を探し始めた。

 館には、膨大な蔵書があった。

 その中に、吸血鬼に関する記述を見つけた。

「ここに、何か書いてあります」

 私は、本を読み上げた。

「吸血鬼を人間に戻す方法。それは、吸血鬼を作った者の血を飲ませること」

「吸血鬼を作った者……」

 伯爵は考えた。

「あの男だ。三年前に現れた、あの男」

「その男を探せば……」

「しかし、どこにいるかわからない」

 その時、アリスが言った。

「北の塔に、何かあるかもしれません」

「北の塔?」

「母が閉じ込められていた場所です。そこに、手がかりがあるかも」

 私たちは、北の塔に向かった。

 塔の扉は、厳重に封印されていた。

 しかし、伯爵が鍵を開けた。

 中は、薄暗く、冷たかった。

 階段を上り、最上階の部屋に辿り着く。

 そこには、リディアがいた。

 窓辺に座り、外を眺めている。

「リディア……」

 伯爵が声をかけると、リディアは振り返った。

「何の用?」

「君を救いたい」

「救う……? どうやって?」

「吸血鬼を作った男を探す。その男の血を飲めば、君は人間に戻れるかもしれない」

 リディアは首を振った。

「無理よ。あの男は、もうこの世にいないわ」

「え?」

「彼は、私を吸血鬼にした後、自ら日の光を浴びて消滅したの」

 リディアは悲しそうに言った。

「彼もまた、吸血鬼だった。そして、その呪いに耐えられなかったのよ」

「そんな……」

「だから、私を人間に戻す方法はないの」

 リディアは立ち上がった。

「私は、このまま化け物として生き続ける」

「リディア、諦めないで」

 私は言った。

「必ず、方法はあります」

「ないわ」

「あります! 私が探します!」

 リディアは私を見た。

「あなたは……優しいのね」

「リディア夫人、あなたは化け物なんかじゃありません」

「でも、私は人を殺した」

「それは、生きるためです。あなたは、悪くありません」

 リディアは、涙を流した。

「ありがとう……エミリア……」

 その時、窓の外が明るくなった。

 夜明けだった。

 日の光が、部屋に差し込む。

 リディアは、その光に照らされた。

「あ……」

 リディアの体が、煙を上げ始めた。

「リディア!」

 伯爵が叫んだ。

 しかし、リディアは微笑んだ。

「いいの……これで、いいの……」

「リディア、ダメだ!」

「私は、もう疲れたの。この呪いから、解放されたい」

 リディアは、日の光の中に歩み出た。

「さようなら……愛する人たち……」

 リディアの体は、光に包まれ、消えていった。

 伯爵とアリスは、その場に崩れ落ちた。

「リディア……」

「お母さん……」

 私は、二人に寄り添った。

「リディア夫人は……解放されました」

「解放……」

「はい。もう、苦しむことはありません」

 伯爵は、涙を流した。

「ありがとう、リディア……」

 アリスも、泣いていた。

「お母さん……さようなら……」

 館には、再び静寂が訪れた。

 しかし、今度は恐怖の静寂ではなく、安らぎの静寂だった。

 数日後、私は館を去ることにした。

 伯爵とアリスは、私を見送った。

「エミリア先生、本当にありがとうございました」

「いえ」

「あなたのおかげで、妻は救われました」

「私は、何もしていません」

「いいえ。あなたがいなければ、妻は永遠に苦しみ続けていたでしょう」

 伯爵は微笑んだ。

「ありがとうございます」

 アリスも、笑顔を見せた。

「先生、また会いたいです」

「ええ、私も」

 私は、馬車に乗った。

 館を離れながら、私は振り返った。

 カーライル伯爵の館。

 もう、呪われた館ではない。

 リディアは、解放された。

 そして、伯爵とアリスは、新しい人生を始めるだろう。

 私は、窓の外を眺めた。

 霧が晴れ、青空が広がっていた。

 すべてが、終わったのだ。

 リディアの物語はこうして幕を閉じた。

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