【不条理SF】完璧な一日
目が覚めると、スマホに奇妙なアプリがインストールされていた。
『Perfect Day - あなたの一日を完璧にします』
削除しようとしたが、できない。
試しに開いてみた。
画面には今日の予定が表示されている。
しかし僕が入れた予定ではない。
『7:00 起床』
『7:30 シャワー、朝食』
『8:00 出勤』
『12:00 同僚の田中と昼食』
『18:00 退社』
『19:00 書店で偶然、運命の人と出会う』
『21:00 帰宅』
運命の人? 馬鹿げている。
しかし不思議なことに、予定通りに事が運んだ。
会社に着くと、田中が「昼、イタリアン行かない?」と誘ってきた。普段は全く話さない相手なのに。
「えっと...」
「偶然なんだけど、新しい店見つけてさ」
アプリの予定通りだ。
昼食は本当においしかった。田中とも意外に話が合った。
18時きっかりに上司が
「今日は早く帰っていいぞ」
と言った。
そして19時、本当に書店で女性とぶつかった。
「すみません!」
と彼女が謝る。
見上げると、驚くほど美しい女性だった。
「いえ、こちらこそ」
自然に会話が弾んだ。趣味の話、好きな本の話。
「よかったら、連絡先交換しませんか?」
と彼女から言われた。
まるで運命のように。
アプリの予定通りだった。
その夜、僕は興奮して眠れなかった。このアプリ、本物かもしれない。
翌日のスケジュールを確認した。
『7:00 起床』
『8:00 出勤』
『10:00 プレゼン成功、上司に褒められる』
『12:30 昨日の女性(名前:美月)からランチの誘い』
『20:00 美月とディナー、告白成功』
本当だろうか?
しかし全て予定通りに進んだ。
プレゼンは大成功。上司に褒められた。
12時半、美月からメッセージが来た。
『お昼一緒にどうですか?』
そして夜、告白も成功した。
「私も昨日から、あなたのことが気になってたんです」
と美月が微笑んだ。
完璧すぎる。
一週間、完璧な日々が続いた。
仕事は順調。美月との関係も進展。友人も増えた。趣味も充実。
アプリの予定は常に的中した。
しかしある日、気づいた。
アプリのスケジュールに、僕の意志が入り込む余地がない。
『19:00 美月とフレンチ』とあれば、その時間に美月から誘いが来る。
『15:00 上司とゴルフの約束』とあれば、上司が誘ってくる。
僕は選んでいない。アプリが決めている。
試しに予定を無視してみた。
『12:00 同僚と中華』とあったが、一人でカレー屋に行った。
しかし店に入った瞬間、同僚がいた。
「あれ! 偶然だね! 俺も今日カレーの気分だったんだ!」
結局、一緒に昼食を取ることになった。
予定を変えられない。
恐怖を感じ始めた。
ある日のスケジュールに、奇妙な項目があった。
『16:00 駅のホームで痴漢と間違えられる→美月が助ける→絆が深まる』
は?
そんなこと起きるわけがない...
しかし16時、本当に駅のホームで女性が
「この人痴漢です!」
と叫んだ。僕を指差して。
「違う! 何もしてない!」
周りが僕を取り囲む。
その時、美月が現れた。
「この人は私の彼氏です! ずっと私と一緒にいました! 勘違いですよ!」
女性は謝り、去っていった。
「大丈夫?」
と美月が心配そうに僕を見る。
「...ありがとう」
しかし僕は震えていた。
アプリは予定を実現するために、事故を起こしたのか?
その夜、アプリの設定を調べた。
奥の方に小さく書いてあった。
『Perfect Dayは、あなたの一日を完璧にするため、周囲の人間の行動を最適化します。時には小さな不幸も演出しますが、全体的には幸福度が向上します』
周囲の人間を操っている?
翌日のスケジュールを見て、血の気が引いた。
『14:00 会社で火災報知器誤作動→美月と避難→屋上で二人きり→プロポーズ成功』
プロポーズ? まだ付き合って二週間なのに?
しかも火災報知器を誤作動させる?
僕はアプリを削除しようとした。
しかしやはりできない。
会社に行かないことにした。
しかし玄関を出た瞬間、美月が立っていた。
「どうしたの? 会社休むの? 体調悪い? 私が看病するね」
「いや、大丈夫...」
「じゃあ一緒に行こう!」
美月に引っ張られ、会社に向かった。
14時、火災報知器が鳴った。
避難する中、美月が僕の手を引いて屋上に向かった。
「ねえ、ここ、静かでいいね」
と美月が笑顔で言った。
僕は指輪の箱を取り出していた。いつの間にかポケットに入っていた。
「美月...」
と口が勝手に動く。
「結婚してください」
美月の目が潤んだ。
「はい...!」
僕の意志じゃない。
体が勝手に動いている。
その夜、家に帰ると、翌日のスケジュールが更新されていた。
『10:00 両親に報告→祝福される』
『15:00 式場見学』
『18:00 新居探し』
どんどん加速していく。
一週間後、僕は結婚していた。
一ヶ月後、新居に引っ越していた。
三ヶ月後、美月が妊娠していた。
全てアプリの予定通り。
僕は何も選んでいない。
ある日、アプリに新しい機能が追加された。
『ライフプラン設定』
開くと、僕の人生が全て計画されていた。
『30歳:第一子誕生』
『32歳:昇進、部長職』
『35歳:マイホーム購入』
『40歳:第二子誕生』
『45歳:役員昇格』
『60歳:円満退職』
『85歳:老衰で安らかに死去』
完璧な人生設計だった。
幸せなはずだった。
でも、僕の意志はどこにもない。
「ねえ」
と美月が微笑みかける。
「幸せでしょ?」
「...うん」
と僕は答える。
答えさせられている。
美月の目が、一瞬だけ虚ろになった。
そして気づいた。
美月のスマホ画面に、同じアプリが表示されていることに。
『Perfect Day - あなたの一日を完璧にします』
彼女も、操られているのか?
「大丈夫?」
と美月が心配そうに聞く。
「大丈夫」
と僕は答える。
答えさせられている。
二人して、見えない脚本に従って演じている。
完璧な夫婦を。
窓の外を見ると、隣の家の夫婦も幸せそうに笑っていた。
その向こうの家も。
そのまた向こうも。
全員が、完璧に幸せそうだった。
まるで、同じ脚本を演じているかのように。
スマホが震えた。
明日の予定が表示される。
『7:00 起床』
『7:30 妻と朝食、笑顔で「おはよう」と言う』
『8:00 出勤』
僕は笑顔になった。
笑顔にさせられた。
「おやすみ」と美月に言う。
「おやすみ」と美月が返す。
二人の声は、完璧にハモっていた。
評価いただけると嬉しいです。




