【現代ファンタジー】収納無限の男
それは、ある朝突然だった。
七条健人は二十九歳。普通のサラリーマンだった。
いつものように目を覚まし、いつものように着替えようとした時、視界の端に奇妙なものが見えた。
半透明の画面。
まるでゲームのインターフェースのような。
健人は目を擦った。だが、消えない。
画面には、こう書かれていた。
【インベントリ】
収納数:0
容量:無制限
重量制限:なし
「何だこれ」
健人は呟いた。
試しに、近くにあったボールペンを手に取り、「収納」と念じてみた。
次の瞬間、ボールペンが消えた。
手の中から、文字通り消えた。
そして、画面の表示が変わった。
【インベントリ】
収納数:1
ボールペン×1
「マジか」
健人は驚いた。
今度は「取り出す」と念じてみた。
すると、ボールペンが手の中に現れた。
健人は、自分に何が起きたのか理解した。
無制限のインベントリ。転生物の小説やゲームでよくあるアレが、現実で使えるようになっていた。
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最初の一週間、健人はこの能力を試した。
本を収納してみた。消えた。
パソコンを収納してみた。消えた。
冷蔵庫の中身を全部収納してみた。全部消えた。
どれだけ入れても、重さを感じない。容量の制限もない。
そして、取り出す時は、念じるだけで瞬時に手元に現れる。
「これ、便利すぎるだろ」
健人は興奮した。
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健人は、この能力を日常生活に活用し始めた。
まず、通勤が楽になった。
これまで重いカバンを持って満員電車に乗っていたが、今はカバンの中身を全てインベントリに収納している。
手ぶらで出勤。
会社に着いたら、必要なものだけ取り出す。
同僚たちは不思議そうに見ていたが、健人は気にしなかった。
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ある日、上司が大量の資料を持ってきた。
「健人、これコピー取っといて。百部ね」
健人は資料を受け取り、コピー機に向かった。
だが、途中で思いついた。
資料をインベントリに収納し、コピー機の前で取り出す。
コピーが終わったら、また収納する。
これを繰り返せば、重い資料を運ばなくて済む。
健人は実行した。
同僚が見ていた。
「健人、資料どこ行った?」
「あ、これから取りに行くところ」
健人は誤魔化した。
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昼休み、健人はコンビニに行った。
いつもなら弁当を一つ買うだけだが、今日は違った。
弁当を十個買った。
店員が驚いた顔をしたが、健人は気にせず全部インベントリに収納した。
手ぶらで会社に戻る。
自分のデスクで、インベントリから弁当を一つ取り出す。
残りの九個は、いつでも食べられる。
「これ、最高じゃん」
健人は笑った。
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だが、問題も起きた。
ある日、健人は間違えて同僚の書類を収納してしまった。
「あれ、俺の企画書どこ行った」
同僚が慌てていた。
健人は焦った。
インベントリを開いて確認すると、確かに同僚の企画書が入っていた。
「ああ、これ俺が間違えて持ってった」
健人は企画書を取り出して返した。
「どこに持ってったんだよ」
「いや、その」
健人は言い訳に困った。
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それから、健人はもっと大胆になった。
週末、健人はスーパーに行った。
カートを二つ取り、食料品を大量に買い込んだ。
米、パスタ、缶詰、レトルト食品、飲料水。
レジで会計を済ませ、駐車場に出た。
そして、全てインベントリに収納した。
手ぶらで家に帰る。
家で必要な分だけ取り出す。
「もう買い物で重い荷物を持つこともないな」
健人は満足した。
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ある日、健人は友人から引っ越しの手伝いを頼まれた。
「悪いな、健人。手伝ってくれ」
友人の家に行くと、大量の荷物があった。
本棚、テーブル、椅子、テレビ、冷蔵庫。
「これ、全部運ぶの大変だな」
友人が溜息をついた。
健人は、ニヤリと笑った。
「任せとけ」
健人は、友人が見ていない隙に、荷物を次々とインベントリに収納した。
本棚も、テーブルも、冷蔵庫も。
全部消えた。
「よし、運ぶか」
健人が言うと、友人は驚いた。
「え、もう運んだの?」
「ああ、トラックに積んだ」
健人は嘘をついた。
新しいアパートに到着すると、健人は友人が部屋の鍵を開けている間に、荷物を取り出して配置した。
友人が部屋に入ると、既に全ての荷物が置かれていた。
「早っ」
友人は呆然とした。
「どうやったんだよ」
「企業秘密」
健人は笑った。
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だが、調子に乗りすぎた健人は、ある日失敗した。
会社で、部長が大事な書類を探していた。
「契約書がない。誰か見なかったか」
健人は、ハッとした。
昨日、間違えて収納してしまったかもしれない。
インベントリを確認すると、案の定、契約書が入っていた。
健人は焦った。
どうやって返そう。
このまま取り出したら、どこから出てきたのか説明できない。
健人は、トイレに行くふりをして、契約書を取り出した。
そして、部長の机の下にこっそり置いた。
「あ、あった。机の下に落ちてた」
部長が言った。
健人は、冷や汗をかいた。
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それから、健人はもっと慎重になった。
インベントリに何を入れるか、しっかり確認するようにした。
そして、この能力をもっと有効活用する方法を考えた。
ある日、健人は災害対策グッズを大量に買い込んだ。
水、食料、懐中電灯、ラジオ、毛布、医薬品。
全てインベントリに収納した。
「これで、いつ災害が起きても大丈夫だ」
健人は安心した。
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そして、健人はある実験をした。
生き物は収納できるのか。
健人は、ペットショップで金魚を買ってきた。
水槽ごと収納しようとした。
だが、できなかった。
生き物は収納できないらしい。
「まあ、そうだよな」
健人は納得した。
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ある日、健人は会社で大きなプレゼンをすることになった。
大量の資料とサンプル品を持っていく必要があった。
健人は、全てインベントリに収納した。
プレゼン会場に手ぶらで到着。
必要なものを、必要な時に取り出す。
プレゼンは大成功。
上司が褒めてくれた。
「健人、準備完璧だったな」
「ありがとうございます」
健人は笑った。
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だが、ある日、健人は恐ろしいことに気づいた。
インベントリに入れたものは、時間が止まるのか。
健人は、昨日買ったアイスクリームを収納していた。
一日経ってから取り出してみた。
アイスクリームは、全く溶けていなかった。
「時間が止まってる」
健人は驚いた。
これは、すごい。
健人は、色々なものを試した。
熱いコーヒーを収納して、一時間後に取り出す。まだ熱い。
冷たいビールを収納して、半日後に取り出す。まだ冷たい。
「これ、最高の保冷庫じゃん」
健人は興奮した。
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それから、健人の生活はさらに便利になった。
朝作った弁当をインベントリに入れておけば、昼に取り出しても作りたての状態。
買ったばかりのパンを収納しておけば、いつまでも新鮮。
健人は、この能力を最大限に活用した。
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ある日、健人は大きな買い物をした。
新しいテレビ。55インチ。
店員が配送の手配をしようとしたが、健人は断った。
「自分で持って帰ります」
「でも、これ重いですよ」
「大丈夫です」
健人は、店を出た瞬間、テレビをインベントリに収納した。
手ぶらで家に帰る。
家で取り出す。
「便利すぎる」
健人は笑った。
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だが、健人はこの能力を誰にも話さなかった。
話しても信じてもらえないだろうし、変な目で見られるかもしれない。
これは、自分だけの秘密。
そう決めていた。
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ある日、健人は彼女とデートをした。
遊園地に行った。
彼女がぬいぐるみを欲しがった。
健人は、射的のゲームに挑戦した。
見事、大きなぬいぐるみをゲットした。
「やった」
彼女が喜んだ。
だが、ぬいぐるみは大きすぎて持ち歩くのが大変だった。
「ちょっと待ってて」
健人は、彼女が見ていない隙に、ぬいぐるみをインベントリに収納した。
「コインロッカーに預けてきた」
健人は嘘をついた。
帰る時に取り出せばいい。
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だが、帰る時、健人は取り出すのを忘れた。
家に着いてから気づいた。
「しまった」
健人は慌てて彼女に連絡した。
「ごめん、ぬいぐるみ忘れた」
「え、コインロッカーに」
「うん、明日取りに行く」
健人は、また嘘をついた。
次の日、彼女に会う時、インベントリからぬいぐるみを取り出して渡した。
「ありがとう」
彼女は笑顔だった。
健人は、ホッとした。
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それから数カ月、健人はこの能力と上手く付き合っていた。
だが、ある日、異変が起きた。
インベントリの画面に、新しい表示が出た。
【警告】
収納数が1000を超えました。
整理を推奨します。
「整理?」
健人は困惑した。
確かに、色々なものを収納しすぎていた。
必要なものを取り出す時、探すのに時間がかかるようになっていた。
健人は、インベントリを整理することにした。
不要なものを取り出して、処分する。
本当に必要なものだけを残す。
作業には、丸一日かかった。
だが、終わった時、インベントリはスッキリしていた。
「これでいいか」
健人は満足した。
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ある日、健人は会社で昇進した。
課長になった。
仕事が増えた。
だが、インベントリのおかげで、何とかこなせた。
大量の資料も、サンプル品も、全て収納できる。
必要な時に、必要なものを取り出せる。
健人は、誰よりも効率的に仕事をこなした。
上司は、健人を高く評価した。
「健人は、本当に有能だな」
健人は、心の中で笑った。
全部、インベントリのおかげだけどね。
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それから一年。
健人の生活は、完全にインベントリ中心になっていた。
家の収納スペースは、ほとんど空っぽ。
全てインベントリに入っていた。
服も、本も、食料も、家電も。
必要な時に取り出す。
使わない時は収納する。
部屋は、いつも綺麗だった。
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ある日、健人は引っ越すことになった。
新しいマンションに。
引っ越し業者を呼ぼうとしたが、やめた。
全部、自分でやる。
健人は、家の中の全てのものをインベントリに収納した。
家具も、家電も、服も、食器も。
全部消えた。
空っぽの部屋。
健人は、手ぶらで新しいマンションに向かった。
新しい部屋で、全てを取り出した。
完璧な配置。
一人で、一日で引っ越しが完了した。
「インベントリ、最高」
健人は笑った。
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だが、ある日、健人は重大なことに気づいた。
インベントリに頼りすぎていた。
普通の生活ができなくなっていた。
インベントリがなかったら、何もできない。
それは、少し怖いことだった。
健人は、少し反省した。
もう少し、普通の生活も大切にしよう。
そう思った。
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それから、健人はバランスを取るようにした。
インベントリは便利だけど、全てを頼るのはやめた。
普通にカバンも持つ。
普通に買い物袋も持つ。
インベントリは、本当に必要な時だけ使う。
そうすることで、健人は普通の生活も楽しめるようになった。
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ある日、健人はふと思った。
この能力、いつか消えるのかな。
もし消えたら、インベントリの中のものはどうなるんだろう。
健人は不安になった。
だが、考えても仕方ない。
今を楽しもう。
そう思った。
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それから五年。
健人は結婚した。
妻には、インベントリのことを話した。
最初は信じてもらえなかったが、実際に見せたら驚いていた。
「すごい、便利じゃない」
妻は喜んだ。
二人で、インベントリを活用した生活を始めた。
買い物も、旅行も、全てが楽になった。
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そして、子供が生まれた。
赤ちゃんの荷物は多い。
おむつ、ミルク、着替え、おもちゃ。
全部インベントリに収納した。
外出する時も、手ぶら。
必要な時に取り出す。
妻は、とても助かっていた。
「あなた、本当に便利ね」
健人は笑った。
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健人の人生は、インベントリのおかげで大きく変わった。
だが、健人は思う。
本当に大切なのは、能力ではない。
家族や友人、そういった人とのつながり。
インベントリは、ただの道具。
それを忘れなければ、きっと大丈夫。
健人は、そう信じていた。
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ある日、息子が尋ねた。
「パパ、なんでいつも手ぶらなの?」
健人は、笑った。
「パパには、秘密の収納があるんだよ」
「秘密の収納?」
「そう。いつか、大きくなったら教えてあげる」
息子は、目を輝かせた。
健人は、息子の頭を撫でた。
この能力を、いつか息子に教える日が来るかもしれない。
その時が楽しみだった。
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収納無限の男、七条健人。
彼の日常は、今日も続いていく。
インベントリと共に。
そして、家族と共に。




