表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界は静かに壊れている【ショートショート集・短編集】  作者: 御影のたぬき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/83

【サスペンス】赦し

 刑務所の地下、特別監房がある。


 そこには、七人の死刑囚が収監されていた。


 八雲司は精神科医だった。四十二歳。彼は政府から依頼を受け、この七人の死刑囚と面談することになった。


 目的は、彼らの罪を記録すること。そして、人間の闇を理解すること。


 司は、一人目の死刑囚と対面した。


---


【第一の罪:傲慢】


 独房の中に座っていたのは、四十五歳の男だった。九鬼龍之介。元大手企業の社長。


「よく来たな、医者」


 龍之介は傲慢な笑みを浮かべた。


「私の話を聞きたいか。いいだろう、特別に教えてやる」


 龍之介は、自分の会社で数百人の従業員を過労死に追い込んだ。利益のためなら人の命など何とも思わなかった。


「私は正しかった。弱い者が淘汰されるのは自然の摂理だ」


 龍之介は最期まで反省しなかった。


「私は神だった。この世界を動かしていた。お前のような凡人には理解できまい」


 司は、その傲慢さに言葉を失った。


---


【第二の罪:嫉妬】


 二人目は、三十八歳の女性だった。四方美咲。元女優。


「全部、あの女のせいよ」


 美咲は憎悪に満ちた目で言った。


「私より若くて、私より綺麗で、私より人気があった。許せなかった」


 美咲は、自分よりも成功した後輩女優を殺した。毒を盛り、苦しませて殺した。


「でも、まだ足りない。あの女が持っていた全てを奪いたかった」


 美咲の嫉妬は、死んでも消えなかった。


「私が一番じゃなきゃ、意味がないの」


 司は、その執念の深さに戦慄した。


---


【第三の罪:憤怒】


 三人目は、五十二歳の男だった。六角剛。元警察官。


「俺は、怒っていた」


 剛は低い声で語った。


「世界に、社会に、全てに怒っていた」


 剛は、無差別殺人を犯した。街中で銃を乱射し、十三人を殺した。


「誰でもよかった。ただ、この怒りをぶつけたかった」


 剛の怒りは、理由がなかった。ただ、怒りそのものが存在していた。


「俺は、まだ怒っている。死ぬまで怒り続ける」


 司は、その純粋な憎悪に恐怖した。


---


【第四の罪:怠惰】


 四人目は、三十一歳の男だった。三千院蓮。元無職。


「面倒くさい」


 蓮は、だるそうに言った。


「全部、面倒くさかった」


 蓮は、自分の両親と妹を殺した。理由は、世話をするのが面倒だったから。


「働くのも、生きるのも、全部面倒だった」


 蓮は、何もしたくなかった。ただ、楽に生きたかった。


「だから、邪魔な奴らを消した。それだけ」


 司は、その無気力さに絶望した。


---


【第五の罪:強欲】


 五人目は、六十歳の男だった。宝生源蔵。元銀行員。


「金だ。全ては金のためだ」


 源蔵は、金に取り憑かれていた。


「私は、顧客の金を横領した。数十億円だ。だが、足りなかった」


 源蔵は、金のために人を殺した。邪魔な者を消し、さらに金を奪った。


「もっと欲しかった。世界中の金が欲しかった」


 源蔵の強欲は、際限がなかった。


「金があれば、何でもできる。神にだってなれる」


 司は、その果てしない欲望に呆れた。


---


【第六の罪:暴食】


 六人目は、四十三歳の男だった。八神颯。元料理人。


「美味かった」


 颯は、恍惚とした表情で言った。


「人肉は、本当に美味かった」


 颯は、連続殺人犯だった。被害者を殺し、その肉を食べた。


「最初は罪悪感があった。だが、食べてみると、それは消えた」


 颯は、二十人以上を食べた。


「もっと食べたかった。色々な人を、色々な部位を」


 颯の食欲は、人間の域を超えていた。


「次は、お前を食べたいな」


 司は、吐き気を堪えた。


---


【第七の罪:色欲】


 七人目は、三十五歳の女性だった。九条紬。元教師。


「愛してたの」


 紬は、狂気じみた笑顔で言った。


「あの子を、心から愛してた」


 紬は、教え子の少年を監禁し、暴行し、最終的に殺した。


「でも、あの子は私を愛してくれなかった。だから、壊した」


 紬の愛は、歪んでいた。


「愛は罪じゃない。愛のためなら、何をしてもいいの」


 紬は、自分の行為を正当化していた。


「また愛したい。誰でもいいから、愛されたい」


 司は、その狂気に恐怖した。


---


 司は、七人全員と面談を終えた。


 そして、報告書をまとめた。


 だが、司の心は壊れかけていた。


 七人の死刑囚は、それぞれが人間の闇を体現していた。七つの大罪。人間が持つ、最も醜い感情。


 司は、自分の中にもその闇があることに気づいてしまった。


 傲慢。嫉妬。憤怒。怠惰。強欲。暴食。色欲。


 誰もが持っている。ただ、表に出さないだけ。


 だが、あの七人は、それを解放した。そして、罪を犯した。


---


 ある夜、司は悪夢を見た。


 七人の死刑囚が、司を囲んでいた。


「お前も同じだ」


 龍之介が言った。


「お前の中にも、傲慢がある」


「嫉妬がある」


 美咲が言った。


「憤怒がある」


 剛が言った。


「怠惰がある」


 蓮が言った。


「強欲がある」


 源蔵が言った。


「暴食がある」


 颯が言った。


「色欲がある」


 紬が言った。


 七人が、一斉に笑った。


「お前は、いつ罪を犯す」


 司は叫んで目を覚ました。


---


 それから一カ月後、七人の死刑囚の刑が執行された。


 司は、その場に立ち会った。


 一人ずつ、絞首台に送られていく。


 だが、誰も後悔していなかった。誰も反省していなかった。


 彼らは、最期まで自分の罪を肯定していた。


 そして、死んでいった。


 司は、その光景を見ながら思った。


 罪とは何か。罰とは何か。


 彼らを殺すことで、何が変わるのか。


---


 その夜、司は自分の部屋で一人、考えていた。


 七つの大罪。


 自分は、どの罪を犯すのだろうか。


 いや、既に犯しているのかもしれない。


 司は、鏡を見た。


 そこに映る自分の顔が、あの七人と重なって見えた。


 司は、気づいてしまった。


 人間は、誰もが罪人だ。


 ただ、罪を犯す機会がないだけ。環境がないだけ。


 もし、あの七人と同じ状況になれば、自分も同じことをするかもしれない。


 その恐怖が、司を襲った。


---


 翌日、司は精神科医を辞めた。


 もう、人の心を見たくなかった。


 自分の心すら、信じられなくなった。


 司は、田舎に引っ越した。


 誰とも関わらず、静かに暮らすことにした。


 だが、夜になると、あの七人の顔が浮かんだ。


 そして、彼らの声が聞こえた。


「お前も、いつか」


 司は、その声から逃れることができなかった。


---


 数年後、司は小さな診療所を開いた。


 だが、患者は診なかった。


 ただ、一人で本を読んでいた。


 哲学書、宗教書、倫理学。


 罪とは何か。人間とは何か。


 その答えを探していた。


 だが、答えは見つからなかった。


---


 ある日、司の元に一通の手紙が届いた。


 差出人は、九鬼龍之介の娘だった。


 手紙には、こう書かれていた。


「父は、最期まで反省しませんでした。でも、私は父を愛していました。父は悪人でしたが、私にとっては父でした。罪と人間は、別のものだと思います」


 司は、その手紙を何度も読み返した。


 罪と人間は、別のものか。


 そうかもしれない。


 あの七人は、罪を犯した。だが、彼らもまた人間だった。


 愛されたい。認められたい。幸せになりたい。


 そういった普通の感情を持っていた。


 ただ、それが歪んでしまっただけ。


 司は、少しだけ救われた気がした。


---


 それから十年後、司は老人になっていた。


 ある日、司は夢を見た。


 あの七人が、再び現れた。


 だが、今回は違った。


 彼らは、穏やかな顔をしていた。


「お前は、罪を犯さなかったな」


 龍之介が言った。


「それでいい」


 美咲が言った。


「人間は、弱い」


 剛が言った。


「だから、許されるべきだ」


 蓮が言った。


「俺たちは、許されない」


 源蔵が言った。


「だが、お前は違う」


 颯が言った。


「生きろ」


 紬が言った。


 七人は、消えていった。


 司は、目を覚ました。


 涙が流れていた。


 司は、ようやく理解した。


 罪とは、人間の弱さだ。


 そして、罰とは、その弱さと向き合うことだ。


 あの七人は、最期まで向き合わなかった。


 だから、救われなかった。


 だが、司は向き合った。


 自分の中にある闇と、十年間向き合い続けた。


 そして、それを乗り越えた。


 司は、もう恐れなかった。


 自分の中にある七つの大罪を。


 それは、誰もが持っている。


 だが、それに支配されなければいい。


 それと共に生きていけばいい。


 司は、再び診療所を開いた。


 今度は、患者を診た。


 心に闇を抱えた人々を。


 そして、彼らに語った。


「あなたは、罪人ではない。ただ、弱いだけだ。それでいい。人間は、弱くていい」


 司の言葉は、多くの人を救った。


 司は、あの七人と出会ったことを後悔しなくなった。


 彼らは、司に教えてくれた。


 人間の闇を。


 そして、それを乗り越える方法を。


---


 司が死んだのは、八十歳の時だった。


 穏やかな死だった。


 最期の言葉は、こうだった。


「七つの罪を許せ。それが、人間だから」


 司の葬儀には、多くの人が集まった。


 司に救われた人々が。


 そして、彼らは語った。


 司が、どれだけ優しい人だったかを。


 どれだけ多くの人を救ったかを。


 だが、誰も知らなかった。


 司が、かつて七人の死刑囚と対面し、その闇に飲み込まれかけたことを。


 そして、それを乗り越えたことを。


 それは、司だけが知る秘密だった。


 七つの大罪と、七人の死刑囚の物語。


 それは、司の心の中で、永遠に生き続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ