【サスペンス】赦し
刑務所の地下、特別監房がある。
そこには、七人の死刑囚が収監されていた。
八雲司は精神科医だった。四十二歳。彼は政府から依頼を受け、この七人の死刑囚と面談することになった。
目的は、彼らの罪を記録すること。そして、人間の闇を理解すること。
司は、一人目の死刑囚と対面した。
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【第一の罪:傲慢】
独房の中に座っていたのは、四十五歳の男だった。九鬼龍之介。元大手企業の社長。
「よく来たな、医者」
龍之介は傲慢な笑みを浮かべた。
「私の話を聞きたいか。いいだろう、特別に教えてやる」
龍之介は、自分の会社で数百人の従業員を過労死に追い込んだ。利益のためなら人の命など何とも思わなかった。
「私は正しかった。弱い者が淘汰されるのは自然の摂理だ」
龍之介は最期まで反省しなかった。
「私は神だった。この世界を動かしていた。お前のような凡人には理解できまい」
司は、その傲慢さに言葉を失った。
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【第二の罪:嫉妬】
二人目は、三十八歳の女性だった。四方美咲。元女優。
「全部、あの女のせいよ」
美咲は憎悪に満ちた目で言った。
「私より若くて、私より綺麗で、私より人気があった。許せなかった」
美咲は、自分よりも成功した後輩女優を殺した。毒を盛り、苦しませて殺した。
「でも、まだ足りない。あの女が持っていた全てを奪いたかった」
美咲の嫉妬は、死んでも消えなかった。
「私が一番じゃなきゃ、意味がないの」
司は、その執念の深さに戦慄した。
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【第三の罪:憤怒】
三人目は、五十二歳の男だった。六角剛。元警察官。
「俺は、怒っていた」
剛は低い声で語った。
「世界に、社会に、全てに怒っていた」
剛は、無差別殺人を犯した。街中で銃を乱射し、十三人を殺した。
「誰でもよかった。ただ、この怒りをぶつけたかった」
剛の怒りは、理由がなかった。ただ、怒りそのものが存在していた。
「俺は、まだ怒っている。死ぬまで怒り続ける」
司は、その純粋な憎悪に恐怖した。
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【第四の罪:怠惰】
四人目は、三十一歳の男だった。三千院蓮。元無職。
「面倒くさい」
蓮は、だるそうに言った。
「全部、面倒くさかった」
蓮は、自分の両親と妹を殺した。理由は、世話をするのが面倒だったから。
「働くのも、生きるのも、全部面倒だった」
蓮は、何もしたくなかった。ただ、楽に生きたかった。
「だから、邪魔な奴らを消した。それだけ」
司は、その無気力さに絶望した。
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【第五の罪:強欲】
五人目は、六十歳の男だった。宝生源蔵。元銀行員。
「金だ。全ては金のためだ」
源蔵は、金に取り憑かれていた。
「私は、顧客の金を横領した。数十億円だ。だが、足りなかった」
源蔵は、金のために人を殺した。邪魔な者を消し、さらに金を奪った。
「もっと欲しかった。世界中の金が欲しかった」
源蔵の強欲は、際限がなかった。
「金があれば、何でもできる。神にだってなれる」
司は、その果てしない欲望に呆れた。
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【第六の罪:暴食】
六人目は、四十三歳の男だった。八神颯。元料理人。
「美味かった」
颯は、恍惚とした表情で言った。
「人肉は、本当に美味かった」
颯は、連続殺人犯だった。被害者を殺し、その肉を食べた。
「最初は罪悪感があった。だが、食べてみると、それは消えた」
颯は、二十人以上を食べた。
「もっと食べたかった。色々な人を、色々な部位を」
颯の食欲は、人間の域を超えていた。
「次は、お前を食べたいな」
司は、吐き気を堪えた。
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【第七の罪:色欲】
七人目は、三十五歳の女性だった。九条紬。元教師。
「愛してたの」
紬は、狂気じみた笑顔で言った。
「あの子を、心から愛してた」
紬は、教え子の少年を監禁し、暴行し、最終的に殺した。
「でも、あの子は私を愛してくれなかった。だから、壊した」
紬の愛は、歪んでいた。
「愛は罪じゃない。愛のためなら、何をしてもいいの」
紬は、自分の行為を正当化していた。
「また愛したい。誰でもいいから、愛されたい」
司は、その狂気に恐怖した。
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司は、七人全員と面談を終えた。
そして、報告書をまとめた。
だが、司の心は壊れかけていた。
七人の死刑囚は、それぞれが人間の闇を体現していた。七つの大罪。人間が持つ、最も醜い感情。
司は、自分の中にもその闇があることに気づいてしまった。
傲慢。嫉妬。憤怒。怠惰。強欲。暴食。色欲。
誰もが持っている。ただ、表に出さないだけ。
だが、あの七人は、それを解放した。そして、罪を犯した。
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ある夜、司は悪夢を見た。
七人の死刑囚が、司を囲んでいた。
「お前も同じだ」
龍之介が言った。
「お前の中にも、傲慢がある」
「嫉妬がある」
美咲が言った。
「憤怒がある」
剛が言った。
「怠惰がある」
蓮が言った。
「強欲がある」
源蔵が言った。
「暴食がある」
颯が言った。
「色欲がある」
紬が言った。
七人が、一斉に笑った。
「お前は、いつ罪を犯す」
司は叫んで目を覚ました。
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それから一カ月後、七人の死刑囚の刑が執行された。
司は、その場に立ち会った。
一人ずつ、絞首台に送られていく。
だが、誰も後悔していなかった。誰も反省していなかった。
彼らは、最期まで自分の罪を肯定していた。
そして、死んでいった。
司は、その光景を見ながら思った。
罪とは何か。罰とは何か。
彼らを殺すことで、何が変わるのか。
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その夜、司は自分の部屋で一人、考えていた。
七つの大罪。
自分は、どの罪を犯すのだろうか。
いや、既に犯しているのかもしれない。
司は、鏡を見た。
そこに映る自分の顔が、あの七人と重なって見えた。
司は、気づいてしまった。
人間は、誰もが罪人だ。
ただ、罪を犯す機会がないだけ。環境がないだけ。
もし、あの七人と同じ状況になれば、自分も同じことをするかもしれない。
その恐怖が、司を襲った。
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翌日、司は精神科医を辞めた。
もう、人の心を見たくなかった。
自分の心すら、信じられなくなった。
司は、田舎に引っ越した。
誰とも関わらず、静かに暮らすことにした。
だが、夜になると、あの七人の顔が浮かんだ。
そして、彼らの声が聞こえた。
「お前も、いつか」
司は、その声から逃れることができなかった。
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数年後、司は小さな診療所を開いた。
だが、患者は診なかった。
ただ、一人で本を読んでいた。
哲学書、宗教書、倫理学。
罪とは何か。人間とは何か。
その答えを探していた。
だが、答えは見つからなかった。
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ある日、司の元に一通の手紙が届いた。
差出人は、九鬼龍之介の娘だった。
手紙には、こう書かれていた。
「父は、最期まで反省しませんでした。でも、私は父を愛していました。父は悪人でしたが、私にとっては父でした。罪と人間は、別のものだと思います」
司は、その手紙を何度も読み返した。
罪と人間は、別のものか。
そうかもしれない。
あの七人は、罪を犯した。だが、彼らもまた人間だった。
愛されたい。認められたい。幸せになりたい。
そういった普通の感情を持っていた。
ただ、それが歪んでしまっただけ。
司は、少しだけ救われた気がした。
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それから十年後、司は老人になっていた。
ある日、司は夢を見た。
あの七人が、再び現れた。
だが、今回は違った。
彼らは、穏やかな顔をしていた。
「お前は、罪を犯さなかったな」
龍之介が言った。
「それでいい」
美咲が言った。
「人間は、弱い」
剛が言った。
「だから、許されるべきだ」
蓮が言った。
「俺たちは、許されない」
源蔵が言った。
「だが、お前は違う」
颯が言った。
「生きろ」
紬が言った。
七人は、消えていった。
司は、目を覚ました。
涙が流れていた。
司は、ようやく理解した。
罪とは、人間の弱さだ。
そして、罰とは、その弱さと向き合うことだ。
あの七人は、最期まで向き合わなかった。
だから、救われなかった。
だが、司は向き合った。
自分の中にある闇と、十年間向き合い続けた。
そして、それを乗り越えた。
司は、もう恐れなかった。
自分の中にある七つの大罪を。
それは、誰もが持っている。
だが、それに支配されなければいい。
それと共に生きていけばいい。
司は、再び診療所を開いた。
今度は、患者を診た。
心に闇を抱えた人々を。
そして、彼らに語った。
「あなたは、罪人ではない。ただ、弱いだけだ。それでいい。人間は、弱くていい」
司の言葉は、多くの人を救った。
司は、あの七人と出会ったことを後悔しなくなった。
彼らは、司に教えてくれた。
人間の闇を。
そして、それを乗り越える方法を。
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司が死んだのは、八十歳の時だった。
穏やかな死だった。
最期の言葉は、こうだった。
「七つの罪を許せ。それが、人間だから」
司の葬儀には、多くの人が集まった。
司に救われた人々が。
そして、彼らは語った。
司が、どれだけ優しい人だったかを。
どれだけ多くの人を救ったかを。
だが、誰も知らなかった。
司が、かつて七人の死刑囚と対面し、その闇に飲み込まれかけたことを。
そして、それを乗り越えたことを。
それは、司だけが知る秘密だった。
七つの大罪と、七人の死刑囚の物語。
それは、司の心の中で、永遠に生き続けた。




