【ほのぼの?】フワリと降ってきた幸せ
それは、春の朝に起きた。
御園生凪は二十六歳。都内のデザイン会社で働いていたが、過労で倒れて実家に戻ってきたところだった。
田舎の一軒家。両親は既に他界し、凪は一人で静養していた。
その朝、凪は庭で洗濯物を干していた。柔らかい春の日差しが心地よかった。
ふと、空を見上げる。
青空に、白い綿毛のようなものが浮かんでいた。
タンポポの綿毛だろうか。だが、大きい。子供の頭ぐらいある。
そして、それはゆっくりと降りてきて、凪の目の前にフワリと着地した。
「え」
凪は息を呑んだ。
それは、物凄く可愛い生き物だった。
白くてフワフワした毛玉。丸い体に、小さな手足が生えている。顔には大きな黒い瞳が二つ。そして、ピンク色の小さな鼻。
「ピュイ」
可愛らしい声で鳴いた。
凪は恐る恐る手を伸ばした。毛玉は警戒する様子もなく、凪の手のひらに飛び乗ってきた。
軽い。羽毛のように軽い。そして、ふわふわで温かい。
「なに、あなた」
凪が尋ねると、毛玉は首を傾げた。
「ピュイピュイ」
まるで返事をしているようだった。
凪は毛玉を家の中に連れて入った。
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その日から、凪の生活は変わった。
毛玉は凪に懐いた。いや、懐いたというより、凪の一部になったかのようだ。
朝起きると、毛玉は枕元にいる。ご飯を食べる時も一緒、隣に座っている。テレビを見ると、膝の上に乗り丸くなっている。
凪は毛玉に「フワリ」という名前をつけた。
フワリは不思議な生き物だった。
何も食べなかった。水も飲まなかった。排泄もしなかった。ただ、凪のそばにいるだけで満足しているようだった。
フワリは凪を癒した。
フワリを撫でていると、心が落ち着いた。不安やストレスが消えていく。夜もぐっすり眠れるようになった。
凪は、フワリのおかげで少しずつ元気を取り戻していった。
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一週間後、庭にまた白い毛玉が降ってきた。
今度は三匹。
「ピュイピュイピュイ」
三匹とも、フワリと同じ姿をしていた。
フワリは嬉しそうに仲間たちに駆け寄った。四匹で遊び始める。転がったり、跳ねたり、じゃれ合ったり。
凪は微笑んだ。
「みんな、ここにいていいよ」
三匹は凪を見て、一斉に鳴いた。
「ピュイ」
それからも少しずつ毛玉が増えていった。
五匹、十匹、。
気がつくと、家の中は毛玉でいっぱい。
だが、凪は困らなかった。むしろ幸せだった。
毛玉たちは本当に可愛かった。いつも凪のそばにいて、凪を癒してくれた。
凪は辛いことを全て忘れていった。
毛玉たちと一緒にいるだけで幸せだった。
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一カ月後
凪の隣の家にも、毛玉が現れた。
独り暮らしの老人、百瀬勝男のところに。
「可愛いのぉ」
勝男は毛玉を抱いて笑っていた。
「凪ちゃんのところにもおるんか」
「はい、うちにはもう二十匹ぐらい」
「二十匹も。すごいのぉ」
勝男のところにも、すぐに毛玉が増えた。
「可愛いのぉ、幸せじゃのぉ」
そして、村中に毛玉が広がっていった。
みんな、毛玉を歓迎した。可愛くて、癒される。
村は、毛玉の楽園になった。
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三カ月後、村の外からも人が来るようになった。
噂を聞きつけて毛玉と触れ合いに来る観光客。
村は賑わった。
そして、毛玉は少しずつ増え続けた。
沢山の毛玉が村全体を、みんなを幸せにしていた。
凪は毎日、毛玉に囲まれて過ごした。
この幸せな日々が続けばいい。
そう思っていた。
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半年後、テレビのニュースが毛玉のことを取り上げた。
「謎の生物、全国で目撃。正体不明ながら、人々を癒す効果があるとして人気に」
専門家たちは、毛玉の正体を解明しようとした。
だが、わからなかった。
毛玉は既存のどの生物にも分類できなかった。DNA検査も不可能だった。
だが、人々は気にしなかった。
毛玉は可愛くて、癒される。それだけで十分だった。
一年後、日本中に毛玉が増えた。
都会にも田舎にも、毛玉がいた。
人々は毛玉と共に暮らし、毛玉に癒されていた。
みんな幸せになった。
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凪は、毎日毛玉に囲まれて笑っていた。
フワフワの毛玉を撫でて、その温かさを感じて、幸せを噛みしめていた。
「ピュイピュイ」
毛玉たちが鳴く。
凪も一緒に笑う。
この幸せが、永遠に続けばいい。
そう願っていた。
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二年後、世界中が毛玉に包まれた。
日本だけでなく、アメリカも、ヨーロッパも、アジアも、アフリカも。
地球上の全ての大陸に、毛玉が広がった。
人々は毛玉を愛した。
戦争は止んだ。争いは消えた。みんな、毛玉と一緒にいるだけで満足していた。
地球は平和になった。
毛玉がもたらした、幸福の時代。
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凪は、今日も毛玉に囲まれていた。
家の中も、外も、毛玉が沢山。
白くてフワフワした毛玉が、どこまでも続いている。
凪は幸せだった。
こんなに幸せなことは、他にない。
「ピュイピュイピュイ」
毛玉たちが鳴く。
凪は、その声に包まれて眠りについた。
毎日が幸せだった。




