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世界は静かに壊れている【ショートショート集・短編集】  作者: 御影のたぬき


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41/83

【ポストアポカリプス】十八時間後の世界

 2134年。世界は、些細な諍いから崩壊した。

 それは、ある小さな島の領有権を巡る問題だった。二つの国が、その島を自国の領土だと主張した。最初は外交交渉だった。だが、交渉は決裂し、経済制裁が始まった。そして、軍事的緊張が高まった。

 一発の銃声が、すべてを変えた。

 国境付近で、兵士同士が衝突した。死者が出た。両国は、互いを非難した。そして、戦争が始まった。

 最初は、局地的な紛争だった。だが、両国には同盟国があった。同盟国は、条約に基づいて参戦した。そして、さらに多くの国が巻き込まれた。

 わずか三ヶ月で、紛争は世界大戦へと発展した。


---


 天城陽介は、その日も普通に会社へ向かっていた。

 陽介は三十五歳のサラリーマンだった。地方の小さな町で、平凡な日々を送っていた。結婚はしていない。恋人もいない。ただ、毎日仕事をして、家に帰り、テレビを見て眠る。それが陽介の人生だった。

 その日、陽介は地下鉄に乗っていた。スマートフォンでニュースを見ていた。

「世界情勢、さらに悪化。各国、軍事兵器の開発を加速」

 陽介は、ため息をついた。

 最近、ニュースは戦争の話ばかりだった。だが、陽介の町は平和だった。戦争は、遠い場所で起きている出来事のように思えた。

 その時、地下鉄が急停止した。

 アナウンスが流れた。

「緊急事態です。全員、最寄りの地下シェルターに避難してください」

 陽介は、困惑した。

「地下シェルター、って」

 周りの乗客も、同じように困惑していた。

 駅員が現れた。

「皆さん、落ち着いてください。政府からの緊急通達です。直ちに地下シェルターに避難してください」

「何が起きているんですか」

 誰かが尋ねた。

 駅員は、青ざめた顔で答えた。

「核攻撃の、可能性があるそうです」

 乗客たちは、パニックになった。

 陽介も、震えた。

 核攻撃。それは、冗談ではなかった。


---


 陽介は、駅員の指示に従って地下シェルターに避難した。

 シェルターは、駅の地下深くにあった。古い施設で、冷戦時代に作られたものらしい。

 シェルターには、多くの人々が避難していた。皆、不安そうな顔をしていた。

 陽介は、壁に寄りかかって座った。スマートフォンを見たが、電波が届かなかった。

 時間だけが、過ぎていった。

 どれくらい経ったのだろうか。

 突然、地面が揺れた。

 激しい揺れだった。シェルターの天井から、埃が落ちてきた。人々が叫んだ。

 陽介は、壁にしがみついた。

 揺れは、長く続いた。

 やがて、揺れが止まった。

 シェルター内は、静まり返った。

 誰かが呟いた。

「始まったのか」

 陽介は、何も言えなかった。


---


 それから、時間の感覚がなくなった。

 シェルター内には、時計があった。だが、陽介は時計を見る気になれなかった。

 人々は、恐怖に怯えていた。子供が泣き、大人が祈っていた。

 陽介は、ただ座っていた。何も考えられなかった。

 何度も、揺れがあった。

 爆発の音が、遠くから聞こえた。

 世界が、終わろうとしていた。

 陽介は、自分の人生を振り返った。

 平凡な人生だった。特別なことは何もなかった。恋もした。だが、うまくいかなかった。仕事も、特に成功したわけではなかった。

 こんな人生で、終わるのか。

 陽介は、笑った。

 笑うしかなかった。


---


 十八時間後、揺れが止まった。

 シェルターのスピーカーから、アナウンスが流れた。

「外部の放射線量が、安全基準を下回りました。退避可能です」

 人々は、顔を見合わせた。

 誰も、動かなかった。

 外に出るのが、怖かった。

 だが、やがて一人の男が立ち上がった。

「俺は、出る」

 男は、シェルターの出口へと向かった。

 他の人々も、それに続いた。

 陽介も、立ち上がった。

 そして、外へと向かった。


---


 陽介が地上に出ると、世界は変わっていた。

 空は、灰色だった。太陽は見えなかった。厚い雲が、空を覆っていた。

 建物は、崩れていた。かつて高層ビルだったものは、今や瓦礫の山だった。

 街は、静かだった。車の音も、人の声も聞こえなかった。ただ、風が吹いているだけだった。

 陽介は、その光景を見て、呆然とした。

 世界は、本当に終わったのだ。

 陽介の隣に、一人の女性が立った。

「信じられない」

 女性は呟いた。

 陽介は、女性を見た。三十代くらいだろうか。長い髪を一つに束ねていた。

「あなたも、シェルターに」

「ええ」

 女性は頷いた。

「柳生美波と言います」

「天城陽介です」

 二人は、黙って街を見つめた。

 やがて、美波が言った。

「これから、どうするんでしょう」

「分かりません」

 陽介は正直に答えた。

「ただ、生き延びるしかないと思います」

 美波は、頷いた。

「そうですね」


---


 陽介と美波は、シェルターの周辺を探索した。

 他の生存者たちも、同じように探索していた。

 食料を探す者。水を探す者。家族を探す者。

 陽介は、近くのコンビニに入った。だが、店内は荒らされていた。棚には、何も残っていなかった。

「駄目ですね」

 美波が言った。

「ええ」

 陽介は、店を出た。

 その時、一人の男が陽介に声をかけてきた。

「おい、あんたら」

 男は、大柄だった。作業服を着ていた。

「何ですか」

「俺は、椿大地。同じシェルターにいた」

 陽介は、大地を思い出した。確かに、シェルターで見かけた顔だった。

「天城です。こちらは柳生さん」

「よろしく」

 大地は、手を差し伸べた。

 陽介は、大地の手を握った。

「大地さん、これからどうするつもりですか」

「俺は、生き残る」

 大地は力強く言った。

「この状況でも、人間は生きられる。そのためには、協力しなきゃならない」

「協力」

「ああ。一人じゃ、無理だ。だから、俺たちで協力して、生き延びるんだ」

 陽介は、大地の言葉に頷いた。

「その通りですね」

「なら、一緒に来い。俺は、生存者を集めてる」

 陽介と美波は、大地について行った。


---


 大地は、陽介たちを廃墟の中のビルに案内した。

 そこには、既に何人かの生存者がいた。老人、若者、子供。様々な人々がいた。

「ここが、俺たちの拠点だ」

 大地が言った。

「まだ水道が生きてる。地下に貯水タンクがあるんだ」

「食料は」

「近くの倉庫に、缶詰がある。放射能の影響を受けてないやつだ」

 大地は、陽介たちに部屋を案内した。

「ここで、休んでくれ。明日から、仕事を分担する」

 陽介は、部屋に入った。小さな部屋だったが、清潔だった。

 陽介は、ベッドに横になった。

 そして、初めて泣いた。

 世界は、終わった。

 だが、自分は生きている。

 それが、嬉しいのか悲しいのか、陽介には分からなかった。


---


 翌朝、陽介は目を覚ました。

 窓の外は、相変わらず灰色だった。

 陽介は、食堂へ向かった。そこでは、生存者たちが朝食を取っていた。

 缶詰のスープと、乾パン。それが、朝食だった。

 陽介は、美波の隣に座った。

「おはようございます」

「おはよう」

 美波は、疲れた顔をしていた。

「昨夜は、眠れましたか」

「いいえ」

 美波は首を横に振った。

「悪夢ばかり見ました」

 陽介は、何も言えなかった。

 大地が、立ち上がった。

「みんな、聞いてくれ」

 生存者たちが、大地を見た。

「俺たちは、これから生き延びなきゃならない。そのためには、仕事を分担する必要がある」

 大地は、紙を取り出した。

「水の確保。食料の調達。警備。医療。それぞれの仕事に、人を割り振る」

 生存者たちは、黙って聞いていた。

「まず、水の確保だが」

 大地は、数人を指名した。

「次に、食料の調達」

 陽介も、指名された。

「天城、お前は食料班だ」

「分かりました」

 陽介は頷いた。

 こうして、陽介たちの新しい生活が始まった。


---


 それから一週間が経った。

 陽介たちは、廃墟の中で生活をしていた。

 毎日、食料を探し、水を確保し、生き延びていた。

 ある日、陽介は美波と共に食料を探しに出かけた。

 廃墟の中を歩いていると、陽介は奇妙な光景を目にした。

 瓦礫の上に、一人の男が立っていた。男はスーツを着て、マイクを持っていた。

 そして、周りには人々が集まっていた。

「皆さん、聞いてください」

 男は、声を張り上げた。

「私は、かつて国会議員だった鷺宮官兵衛です」

 陽介は、立ち止まった。

 鷺宮は、続けた。

「私は、この混乱を収めるために、新政府を立ち上げました」

「新政府、だと」

 陽介は呟いた。

「我々は、秩序を取り戻します。そのために、皆さんの協力が必要です」

 鷺宮は、人々を見渡した。

「まず、税金を納めてください」

 陽介は、耳を疑った。

「税金、だと」

 美波も、驚いた表情をしていた。

「世界が滅んだのに、税金を取るんですか」

 鷺宮は、真面目な顔で答えた。

「もちろんです。政府を運営するには、資金が必要です」

「何を言っているんだ」

 群衆の中から、誰かが叫んだ。

「政府なんて、もう必要ない」

「いいえ」

 鷺宮は、きっぱりと言った。

「政府がなければ、社会は成り立ちません。我々は、秩序を守らなければならないのです」

 陽介は、呆れた。

 世界が終わったのに、まだ政治をやろうとしている。

 陽介は、美波を促して、その場を離れた。


---


 拠点に戻ると、陽介は大地に鷺宮のことを話した。

「新政府、だと」

 大地は、笑った。

「馬鹿げてる」

「でも、本気みたいです」

「放っておけ」

 大地は手を振った。

「どうせ、長続きしない」

 だが、陽介の予想に反して、鷺宮の新政府は徐々に勢力を拡大していった。

 鷺宮は、生存者たちに秩序と安全を約束した。そして、多くの人々がそれに従った。

 陽介は、不思議に思った。

 なぜ、人々は鷺宮に従うのか。

 美波が、答えた。

「人は、秩序を求めるんです」

「秩序、ですか」

「ええ。混乱の中では、何かにすがりたくなる。政府という名前だけでも、安心感を与えるんです」

 陽介は、納得した。

 人間は、どんな状況でも変わらない。


---


 それから数週間後、陽介たちの拠点に、鷺宮の使者が現れた。

「天城陽介さんですね」

 使者は、書類を持っていた。

「はい」

「新政府からの通達です。あなたの拠点は、新政府の管轄下に入りました。つきましては、税金を納めていただきます」

 陽介は、書類を見た。

 そこには、食料、水、労働力の提供を求める内容が書かれていた。

「これは、冗談ですか」

「いいえ、本気です」

 使者は、真顔で答えた。

「新政府は、秩序を守るために活動しています。そのためには、皆さんの協力が必要です」

「秩序、ね」

 陽介は、書類を返した。

「お断りします」

「それは、できません」

 使者は、冷たく言った。

「もし従わない場合、強制執行を行います」

「強制執行、だと」

 大地が、割って入った。

「お前ら、何様のつもりだ」

「我々は、政府です」

 使者は、動じなかった。

「政府には、法を執行する権利があります」

「法、だと」

 大地は、笑った。

「世界が滅んだのに、まだ法があると思ってるのか」

「もちろんです」

 使者は、きっぱりと言った。

「法がなければ、人間は獣と同じです」

 陽介は、ため息をついた。

 この男は、本気で言っているのだ。


---


 結局、陽介たちは新政府の要求を拒否した。

 だが、それから数日後、新政府の警備隊が拠点にやってきた。

 彼らは、武装していた。瓦礫から作った槍や、拾った銃を持っていた。

「天城陽介、出てこい」

 警備隊のリーダーが叫んだ。

 陽介は、外に出た。

「何の用ですか」

「税金を納めなかったな」

「ええ」

「なら、強制的に徴収する」

 警備隊は、拠点の中に入ろうとした。

 大地が、立ちはだかった。

「入るな」

「どけ」

「嫌だ」

 大地は、槍を構えた。

 警備隊のリーダーも、槍を構えた。

 一触即発の状況だった。

 その時、陽介が叫んだ。

「待ってください」

 陽介は、リーダーに近づいた。

「話し合いましょう」

「話し合い、だと」

「ええ。暴力では、何も解決しません」

 リーダーは、迷った。

 やがて、リーダーが言った。

「分かった。鷺宮様と話をしろ」

 陽介は、頷いた。


---


 陽介は、新政府の本部に連れて行かれた。

 本部は、かつて市役所だった建物だった。建物は半壊していたが、まだ使える状態だった。

 陽介は、鷺宮の部屋に案内された。

 鷺宮は、机に座っていた。机の上には、書類が山積みになっていた。

「天城陽介さんですね」

「はい」

「私は、鷺宮官兵衛。新政府の代表です」

 鷺宮は、陽介に椅子を勧めた。

「座ってください」

 陽介は、座った。

「鷺宮さん、なぜ税金を取るんですか」

「政府を運営するためです」

 鷺宮は、当然のように答えた。

「警備隊を維持し、インフラを整備し、人々を守る。そのためには、資金が必要です」

「でも、お金なんてもう意味がないでしょう」

「いいえ」

 鷺宮は首を横に振った。

「お金がなくても、物々交換があります。食料、水、労働力。それらを集めて、分配する。それが、政府の役割です」

 陽介は、黙った。

 鷺宮は、続けた。

「天城さん、あなたは政府を馬鹿にしていますね」

「いいえ」

「嘘をつかないでください」

 鷺宮は、鋭い目で陽介を見た。

「あなたは、政府なんて必要ないと思っている」

 陽介は、正直に答えた。

「ええ、そう思います」

「なぜです」

「だって、政府が世界を滅ぼしたんですから」

 陽介は言った。

「政治家たちが権力を争い、戦争を始めた。その結果が、これです」

 鷺宮は、黙った。

 やがて、鷺宮が口を開いた。

「その通りです」

「え」

「あなたの言う通り、政府が世界を滅ぼしました」

 鷺宮は、俯いた。

「私も、その一人です。私は、国会議員として、戦争を止められなかった」

 陽介は、鷺宮の表情を見た。

 そこには、後悔があった。

「だからこそ、私は新政府を作ったんです」

 鷺宮は、陽介を見た。

「もう一度、やり直すために」

「やり直す、ですか」

「ええ。今度は、失敗しない。秩序を守り、人々を守る。それが、私の贖罪です」

 陽介は、何も言えなかった。

 鷺宮は、立ち上がった。

「天城さん、協力してください」

「でも」

「お願いします」

 鷺宮は、頭を下げた。

 陽介は、驚いた。

 かつての国会議員が、頭を下げている。

 陽介は、迷った。

 そして、答えた。

「条件があります」

「何ですか」

「税金ではなく、協力という形にしてください。強制ではなく、自発的に」

 鷺宮は、考えた。

 やがて、鷺宮が頷いた。

「分かりました」


---


 それから、陽介たちの拠点は新政府と協力関係を結んだ。

 陽介たちは、食料や水を提供し、新政府は警備や医療を提供した。

 だが、陽介は新政府を完全には信用していなかった。

 ある日、陽介は美波に言った。

「鷺宮は、本気で世界を立て直そうとしている」

「そうですね」

「でも、それは可能なんでしょうか」

 美波は、首を傾げた。

「分かりません。でも、試してみる価値はあると思います」

 陽介は、頷いた。

 そして、空を見上げた。

 相変わらず、空は灰色だった。


---


 それから数ヶ月が経った。

 新政府は、徐々に勢力を拡大していった。多くの生存者が、新政府の下に集まった。

 だが、問題も起きていた。

 新政府の内部で、権力闘争が始まっていた。鷺宮の側近たちが、互いに争っていた。

 陽介は、それを聞いて呆れた。

 人間は、本当に変わらない。

 ある日、陽介は街を歩いていると、奇妙な光景を目にした。

 瓦礫の上に、簡素な教会が建てられていた。そして、そこには多くの人々が集まっていた。

 陽介は、教会に近づいた。

 中では、一人の男が説教をしていた。

「皆さん、聞いてください」

 男は、白い服を着ていた。

「私は、柏木悟。神の使いです」

 陽介は、眉をひそめた。

「この世界の終わりは、神の裁きでした」

 柏木は、声を張り上げた。

「人間は、傲慢でした。戦争を繰り返し、地球を汚しました。だから、神は人間を罰したのです」

 人々は、頷いていた。

「だが、神は慈悲深い」

 柏木は、両手を広げた。

「我々に、もう一度チャンスを与えてくださった。だから、我々は神に感謝し、祈らなければなりません」

 陽介は、教会を出た。

 美波が、陽介の隣に立った。

「また、宗教ですか」

「ええ」

 陽介は、ため息をついた。

「人は、神にすがるんですね」

「不安だからです」

 美波は言った。

「未来が見えない。だから、何かを信じたくなる」

 陽介は、頷いた。

 人間は、本当に愚かだ。


---


 それから、さらに数ヶ月が経った。

 新政府は、巨大な組織になっていた。だが、内部の腐敗も進んでいた。

 鷺宮の側近たちは、賄賂を受け取り、権力を乱用していた。

 陽介は、鷺宮に会いに行った。

「鷺宮さん、これではいけません」

「何がです」

「あなたの側近たちが、腐敗しています」

 鷺宮は、黙った。

 陽介は、続けた。

「このままでは、また同じことを繰り返します」

「分かっています」

 鷺宮は、疲れた顔で答えた。

「でも、どうすればいいのか分からないんです」

「側近を解任してください」

「できません」

 鷺宮は首を横に振った。

「彼らがいなければ、政府は回りません」

 陽介は、呆れた。

「それでは、意味がないじゃないですか」

「分かっています」

 鷺宮は、俯いた。

「でも、私には力がないんです」

 陽介は、何も言えなかった。

 鷺宮は、ただの人間だった。完璧ではなかった。


---


 陽介は、拠点に戻った。

 大地が、陽介を迎えた。

「どうだった」

「駄目でした」

 陽介は、首を横に振った。

「鷺宮さんは、もう限界です」

「そうか」

 大地は、腕を組んだ。

「なら、俺たちはどうする」

「分かりません」

 陽介は、正直に答えた。

「ただ、新政府に頼るのは危険だと思います」

「じゃあ、独立するか」

「独立、ですか」

「ああ。俺たちだけで、生きていく」

 陽介は、考えた。

 それも、一つの選択肢だった。

 だが、その時、美波が言った。

「でも、それでは何も変わりません」

「え」

「私たちが独立しても、他の人々は新政府に従い続けます。そして、新政府は腐敗し続けます」

 美波は、陽介と大地を見た。

「私たちが、変えなければならないんです」

「どうやって」

「新しいシステムを作るんです」

 美波は、言った。

「政府でも、宗教でもない。人々が自主的に協力するシステムを」

 陽介は、美波の言葉に驚いた。

「それは、可能なんですか」

「分かりません」

 美波は、微笑んだ。

「でも、試してみる価値はあると思います」


---


 陽介たちは、新しいコミュニティを作ることにした。

 それは、政府のような強制力もなく、宗教のような盲信もない。ただ、人々が自発的に協力するコミュニティだった。

 陽介たちは、生存者たちに呼びかけた。

「私たちと一緒に、新しい社会を作りませんか」

 最初は、誰も信じなかった。

 だが、少しずつ賛同者が増えていった。

 新政府に失望した人々。宗教に疑問を持った人々。そして、ただ平和に暮らしたい人々。

 彼らが、陽介たちのコミュニティに加わった。

 コミュニティは、民主的に運営された。重要な決定は、全員で話し合って決めた。

 食料は、平等に分配された。仕事も、能力に応じて分担された。

 それは、理想的なシステムだった。

 だが、問題もあった。

 話し合いには、時間がかかった。意見の対立もあった。時には、喧嘩になることもあった。

 だが、陽介たちは諦めなかった。

 少しずつ、コミュニティは成長していった。


---


 それから一年が経った。

 陽介たちのコミュニティは、数百人の規模になっていた。

 彼らは、農業を始めていた。放射能の影響が少ない土地を見つけ、そこで作物を育てた。

 最初は、うまくいかなかった。作物は育たず、収穫はゼロだった。

 だが、試行錯誤を繰り返し、やがて成功した。

 小さな畑だったが、そこからトマトやジャガイモが収穫できた。

 人々は、喜んだ。

 久しぶりに、新鮮な野菜を食べることができた。

 陽介も、喜んだ。

 世界は終わったが、人間はまだ生きている。

 そして、未来を作ることができる。


---


 ある日、鷺宮が陽介のコミュニティを訪れた。

 鷺宮は、やつれていた。以前の威厳は、もうなかった。

「天城さん」

「鷺宮さん」

 陽介は、鷺宮を迎えた。

「お久しぶりです」

「ええ」

 鷺宮は、コミュニティを見回した。

「立派なコミュニティですね」

「ありがとうございます」

「私の新政府は、崩壊しました」

 鷺宮は、俯いた。

「側近たちが、私を追い出したんです」

 陽介は、何も言えなかった。

「私は、失敗しました」

 鷺宮は、涙を流した。

「もう一度やり直そうとしたのに、また失敗した」

 陽介は、鷺宮の肩に手を置いた。

「鷺宮さん、まだ終わりじゃありません」

「え」

「ここで、一緒に暮らしませんか」

 陽介は、言った。

「新しい生活を、始めましょう」

 鷺宮は、陽介を見た。

 そして、頷いた。

「ありがとう、天城さん」


---


 それから、鷺宮はコミュニティの一員になった。

 彼は、もう政治家ではなかった。ただの一人の生存者だった。

 鷺宮は、畑仕事をした。慣れない仕事だったが、一生懸命働いた。

 ある日、陽介は鷺宮と一緒に畑で働いていた。

「鷺宮さん、今はどうですか」

「楽しいです」

 鷺宮は、笑った。

「政治家の時より、ずっと楽しい」

「そうですか」

「ええ。あの時は、常に権力を争っていました。でも、今は違う。ただ、作物を育て、人々と話す。それだけで幸せです」

 陽介は、微笑んだ。

「良かったです」

 二人は、黙って作物を育てた。

 空は、相変わらず灰色だった。

 だが、陽介には、その空が少しだけ明るく見えた。


---


 それから数年が経った。

 陽介たちのコミュニティは、さらに成長していた。

 彼らは、学校を作った。子供たちに、読み書きを教えた。

 彼らは、病院を作った。怪我人や病人を治療した。

 彼らは、図書館を作った。かつての世界の知識を、保存した。

 少しずつ、文明が戻りつつあった。

 だが、陽介は知っていた。

 これは、かつての文明とは違う。

 新しい文明だった。

 人々が、互いに助け合う文明。

 権力や金ではなく、信頼と協力で成り立つ文明。

 それが、陽介たちが作ろうとしている世界だった。


---


 ある日、陽介は美波と一緒に丘の上に登った。

 そこからは、コミュニティ全体が見渡せた。

「大きくなりましたね」

 美波が言った。

「ええ」

 陽介は頷いた。

「最初は、数人だったのに」

「これからも、成長していくでしょう」

「そうですね」

 陽介は、空を見上げた。

 空は、以前より明るくなっていた。灰色の雲が、少しずつ薄くなっていた。

「いつか、青空が戻るでしょうか」

「分かりません」

 美波は、答えた。

「でも、いつか戻ると信じています」

 陽介は、微笑んだ。

「そうですね」

 二人は、丘の上に座った。

 そして、黙ってコミュニティを見つめた。

 世界は、終わった。

 だが、人間は生きている。

 そして、未来を作っている。

 それが、十八時間後の世界だった。


---


 数十年後、陽介は老人になっていた。

 コミュニティは、小さな町になっていた。数千人が暮らし、農業や工業が発展していた。

 陽介は、ベンチに座っていた。隣には、美波がいた。美波も、老いていた。

「長生きしましたね」

 美波が言った。

「ええ」

 陽介は笑った。

「まさか、ここまで生きるとは思いませんでした」

「私もです」

 二人は、笑い合った。

 その時、一人の少年が走ってきた。

「陽介おじいちゃん」

「どうした」

「見て、青空だよ」

 少年は、空を指差した。

 陽介は、空を見上げた。

 そこには、青い空が広がっていた。

 雲が晴れ、太陽が輝いていた。

 陽介は、涙を流した。

「戻ったんだ」

 美波も、涙を流していた。

「ええ、戻りました」

 二人は、抱き合った。

 そして、空を見つめた。

 世界は、終わった。

 だが、人間は諦めなかった。

 そして、新しい世界が、始まったのだ。


---


 陽介が死ぬ時、彼は満足していた。

 自分の人生は、平凡だった。だが、世界が終わった後、陽介は新しい世界を作った。

 それは、小さな世界だった。だが、そこには希望があった。

 陽介は、目を閉じた。

 そして、静かに息を引き取った。

 陽介の葬儀には、多くの人が集まった。

 人々は、陽介を悼んだ。

 そして、陽介が作った世界を、守ることを誓った。

 陽介の墓には、こう刻まれた。

「天城陽介。新しい世界の創始者」

 それは、陽介にとって最高の称号だった。


---


 それから百年が経った。

 かつて陽介が作ったコミュニティは、大きな都市になっていた。

 人々は、平和に暮らしていた。

 戦争のない世界。権力争いのない世界。

 それが、陽介が夢見た世界だった。

 ある日、歴史の授業で、教師が子供たちに語った。

「百年前、世界は終わりました。核戦争により、文明は崩壊しました」

 子供たちは、真剣に聞いていた。

「だが、人間は諦めませんでした。天城陽介という男が、新しい世界を作りました」

 教師は、陽介の写真を見せた。

「彼は、権力や金ではなく、信頼と協力で社会を作りました。それが、今の私たちの社会の基盤です」

 子供たちは、陽介の写真を見つめた。

「皆さん、覚えておいてください。人間は、どんな状況でも希望を持てば、未来を作ることができるのです」

 子供たちは、頷いた。

 そして、授業は終わった。

 教室の窓から、青空が見えた。

 雲一つない、美しい青空だった。

 世界は、終わった。

 だが、人間は生き延びた。

 そして、新しい世界を作った。

 それが、十八時間後の世界の、物語だった。

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