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世界は静かに壊れている【ショートショート集・短編集】  作者: 御影のたぬき


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39/85

【SFアクション】三千メートルの殺意

 2095年。世界は、瞬間移動の時代を迎えていた。

 神代凰牙は、ビルの屋上に立っていた。眼下には、夜の街が広がっていた。無数の光が瞬いている。

 凰牙は手首の装置を見た。ジャンパー。個人用短距離転送装置。これを使えば、最大三キロメートル先まで瞬間移動できる。

 発売から三年。ジャンパーは人々の生活を一変させた。通勤も、移動も、すべてが瞬時になった。

 だが、同時に犯罪も増えた。

 ジャンパーを使った強盗、誘拐、殺人。犯人は痕跡を残さず、瞬時に逃走する。警察は対応しきれなかった。

 だから、凰牙のような「ジャンパー・ハンター」が必要になった。

 凰牙は元警察官だった。だが、ジャンパー犯罪の増加に嫌気がさし、辞職した。今は民間のハンターとして、ワープ犯罪者を追っている。

 凰牙のスマートフォンが鳴った。依頼だった。

「神代さん、依頼です」

 声の主は、神楽透矢。凰牙のサポート役だった。

「内容は」

「連続殺人犯『幻影』。既に五人が殺されています」

 凰牙は眉をひそめた。

「幻影、か」

「ええ。ジャンパーを使い、被害者に近づき、殺害後は瞬時に逃走。誰も幻影の顔を見ていません」

「手がかりは」

「ジャンパーの使用履歴を分析しました。移動パターンに規則性があります」

「次の標的は」

「橘柚乃。二十代の女性。明日、彼女が狙われる可能性が高いです」

 凰牙は頷いた。

「分かった。彼女を保護する」

「気をつけてください。幻影は、今までのターゲットを一度も逃していません」

 凰牙は通信を切った。

 そして、ジャンパーを起動した。


---


 瞬間、凰牙の視界が歪んだ。

 次の瞬間、凰牙は別の場所に立っていた。三キロ先のビルの屋上だった。

 ジャンパーは便利だが、慣れないと吐き気がする。凰牙は何度も使っているため、もう慣れていた。

 凰牙は再びジャンプした。目的地は、橘柚乃の自宅だった。

 数回のジャンプを繰り返し、凰牙は柚乃のマンションに到着した。

 凰牙はインターホンを押した。

「はい」

 女性の声が返ってきた。

「橘柚乃さんですか。神代と申します。あなたの身を守るために来ました」

 沈黙があった。

 やがて、ドアが開いた。

 そこには、若い女性が立っていた。長い黒髪に、不安そうな目をしていた。

「どういうことですか」

「あなたは、連続殺人犯に狙われています」

 柚乃は顔色を変えた。

「嘘」

「本当です。今すぐ、安全な場所に移動してください」

 柚乃は震えた。

「でも、なぜ私が」

「分かりません。ただ、あなたが次の標的である可能性が高い」

 柚乃は迷った。だが、やがて頷いた。

「分かりました」

 柚乃は荷物をまとめ始めた。

 凰牙は部屋の中を警戒しながら待った。

 その時、窓ガラスが割れた。

 凰牙は反射的に身を伏せた。

 窓から、一人の男が飛び込んできた。いや、飛び込んだのではない。ジャンプしてきたのだ。

 男は黒いコートを着て、顔を仮面で隠していた。

 幻影だった。

 凰牙は銃を抜いた。

 だが、幻影は凰牙を無視し、柚乃に向かった。

 凰牙は撃った。

 だが、幻影は消えた。ジャンプしたのだ。

 次の瞬間、幻影は柚乃の背後に現れた。

 凰牙は叫んだ。

「伏せろ」

 柚乃は床に伏せた。

 凰牙は再び撃った。弾丸は幻影の肩をかすめた。

 幻影は舌打ちし、再びジャンプした。

 凰牙も、ジャンプした。


---


 二人は、瞬間移動を繰り返しながら戦った。

 部屋の中、廊下、階段。凰牙と幻影は空間を駆け巡った。

 凰牙は幻影を追った。だが、幻影は巧みにジャンプを使い、凰牙を翻弄した。

 やがて、二人はビルの屋上に出た。

 凰牙は幻影に銃を向けた。

「逃げ場はない」

 幻影は笑った。

「逃げ場がないのは、お前だ」

 幻影は凰牙に向かって走った。

 凰牙は撃った。

 だが、幻影はジャンプし、弾丸を避けた。そして、凰牙の背後に現れた。

 凰牙は振り返り、拳を繰り出した。

 幻影は避け、凰牙の腹を蹴った。

 凰牙は吹き飛ばされた。

 幻影は凰牙に近づいた。

「お前では、俺を捕まえられない」

 幻影はナイフを取り出した。

 凰牙は起き上がり、ジャンプした。

 幻影も、ジャンプした。

 二人は再び、空間を駆け巡った。


---


 凰牙は、幻影の移動パターンを分析していた。

 幻影はランダムにジャンプしているように見えたが、実は規則性があった。

 幻影は、常に三キロの最大距離でジャンプしていた。そして、ジャンプの方向は、常に東西南北のいずれかだった。

 凰牙は、次のジャンプ先を予測した。

 凰牙は、幻影より先にその場所にジャンプした。

 幻影が現れた。

 凰牙は、幻影に銃を向けた。

「終わりだ」

 幻影は驚いた。

「どうして」

「お前の移動パターンは、読めた」

 凰牙は撃とうとした。

 だが、幻影は仮面を外した。

 凰牙は、固まった。

 その顔は、見覚えがあった。

「刹那、か」

 夜月刹那。かつて、凰牙の相棒だった男だった。


---


 刹那は笑った。

「久しぶりだな、凰牙」

「お前が、幻影だったのか」

「ああ」

 凰牙は銃を下ろせなかった。

「なぜだ。なぜ、こんなことを」

「お前のせいだ」

 刹那は冷たく言った。

「お前が、俺を裏切ったからだ」

「裏切った、だと」

「三年前、あの事件を覚えているか」

 凰牙は思い出した。

 三年前、凰牙と刹那はある事件を追っていた。犯人を追い詰めたが、犯人は人質を取った。

 凰牙は、人質を優先した。だが、刹那は犯人を撃とうとした。

 凰牙は、刹那を止めた。その隙に、犯人は逃げた。

 刹那は、凰牙を責めた。だが、凰牙は自分の判断が正しいと信じていた。

 それ以来、二人の関係は壊れた。刹那は警察を辞め、姿を消した。

「あれは、仕方なかったんだ」

 凰牙は言った。

「人質を見捨てるわけにはいかなかった」

「だが、犯人は逃げた。そして、その後も殺人を繰り返した」

 刹那は怒りを込めて言った。

「お前の判断のせいで、多くの人が死んだ」

 凰牙は黙った。

 刹那は続けた。

「俺は、お前を許せなかった。だから、俺は復讐することにした」

「なぜ、無関係な人を殺す」

「無関係じゃない」

 刹那は笑った。

「あの時、お前が見捨てた犯人が殺した人々の遺族だ」

 凰牙は息を呑んだ。

「お前は、遺族を殺していたのか」

「ああ。お前に、彼らの苦しみを知らせるために」

 凰牙は拳を握った。

「それは、間違っている」

「間違っていない」

 刹那は叫んだ。

「お前が間違っていたんだ」


---


 凰牙は、銃を向けた。

「刹那、もう終わりにしよう」

「終わらせたいのは、こっちだ」

 刹那は、ジャンプした。

 凰牙も、ジャンプした。

 二人の最終決戦が始まった。

 街中を、二人は瞬間移動しながら戦った。ビルの屋上、地下鉄のホーム、高速道路。三キロ圏内を縦横無尽に移動しながらの戦いは、まるで空間が歪むようだった。

 凰牙は刹那を撃った。だが、刹那はジャンプして避けた。

 刹那は凰牙にナイフを投げた。だが、凰牙もジャンプして避けた。

 二人は、互いに譲らなかった。

 やがて、凰牙は気づいた。

 刹那のジャンパーが、過熱している。

 ジャンパーは連続使用すると、オーバーヒートする。刹那は、限界に近かった。

 凰牙は、刹那を追い詰めた。

 刹那は、最後のジャンプをしようとした。

 だが、ジャンパーが故障した。

 刹那は、その場に留まった。

 凰牙は、銃を向けた。

「終わりだ、刹那」

 刹那は笑った。

「ああ、終わりだ」

 凰牙は、刹那を撃った。弾丸は、刹那の足を貫いた。

 刹那は倒れた。

 凰牙は、刹那に近づいた。

「なぜ、こんなことになった」

「お前のせいだ」

 刹那は苦しそうに言った。

「お前が、俺を変えた」

 凰牙は黙った。

 刹那は続けた。

「だが、お前もいつか俺のようになる。ジャンパーは、人間を変える」

 凰牙は、刹那を見つめた。

「どういう意味だ」

「ジャンパーを使えば使うほど、人間は空間感覚を失う。現実感が薄れる。やがて、何が正しいのか、分からなくなる」

 刹那は笑った。

「お前も、いつかそうなる」

 凰牙は、自分のジャンパーを見た。

 そして、何も言えなかった。


---


 刹那は逮捕された。

 柚乃は無事だった。

 凰牙は、依頼を完了した。

 だが、凰牙の心には、刹那の言葉が残っていた。

「ジャンパーは、人間を変える」

 凰牙は、自分のジャンパーを外そうとした。

 だが、できなかった。

 ジャンパーなしでは、もう仕事ができない。

 凰牙は、ジャンパーを再び装着した。

 そして、次の依頼を待った。


---


 数週間後、凰牙は透矢から連絡を受けた。

「神代さん、新しい依頼です」

「内容は」

「ジャンパーを使った銀行強盗。犯人は複数います」

「分かった」

 凰牙は、ジャンプした。

 現場に到着すると、既に犯人たちは逃走していた。

 凰牙は、犯人たちを追った。

 ジャンプを繰り返し、犯人たちを追い詰めた。

 だが、その時、凰牙は気づいた。

 自分が、どこにいるのか分からなくなっていた。

 ジャンプを繰り返しすぎて、空間感覚が麻痺していた。

 凰牙は、立ち止まった。

 刹那の言葉が、頭をよぎった。

「ジャンパーは、人間を変える」

 凰牙は、震えた。

 自分も、刹那のようになるのか。

 凰牙は、拳を握った。

 だが、仕事を続けるしかなかった。

 凰牙は、再びジャンプした。


---


 それから数ヶ月、凰牙は仕事を続けた。

 だが、次第に凰牙は変わっていった。

 現実感が薄れ、すべてが夢のように感じられるようになった。

 ある日、凰牙は鏡を見た。

 そこには、疲れ果てた自分が映っていた。

 凰牙は、自分が壊れていくのを感じた。

 だが、止められなかった。

 ジャンパーは、もう凰牙の一部になっていた。


---


 ある夜、凰牙は街を歩いていた。

 ジャンパーを使わず、歩いていた。

 それは、久しぶりのことだった。

 凰牙は、街の音を聞いた。車の音、人々の声、風の音。

 すべてが、新鮮に感じられた。

 凰牙は、気づいた。

 自分は、ジャンパーに頼りすぎていた。

 歩くことを、忘れていた。

 凰牙は、立ち止まった。

 そして、ジャンパーを外した。

 手首が、軽くなった。

 凰牙は、ジャンパーを見つめた。

 これは、便利な道具だ。だが、同時に呪いでもある。

 凰牙は、ジャンパーをポケットに入れた。

 そして、歩き始めた。

 ゆっくりと、一歩ずつ。

 凰牙は、決めた。

 ジャンパーに頼らず、自分の足で歩こう。

 それが、人間として生きることだと。


---


 翌日、凰牙は透矢に連絡した。

「透矢、しばらく休む」

「どうしてですか」

「疲れた」

 凰牙は正直に答えた。

「ジャンパーに、頼りすぎた」

 透矢は黙った。

 やがて、透矢が言った。

「分かりました。ゆっくり休んでください」

「ありがとう」

 凰牙は通信を切った。

 そして、部屋の窓を開けた。

 風が吹き込んできた。

 凰牙は、深呼吸をした。

 久しぶりに、生きている実感があった。

 凰牙は、微笑んだ。

 これから、どうするか。

 凰牙には、まだ分からなかった。

 だが、少なくとも今は、ジャンパーから離れよう。

 そして、自分を取り戻そう。

 凰牙は、そう決めた。


---


 それから一ヶ月後、凰牙は仕事に復帰した。

 だが、今度は違った。

 凰牙は、ジャンパーを必要最低限しか使わなくなった。

 歩けるところは歩く。ジャンプは、どうしても必要な時だけ。

 凰牙は、バランスを取ることを学んだ。

 ある日、凰牙は柚乃に会った。

「あの時は、ありがとうございました」

 柚乃は笑顔で言った。

「いえ、仕事ですから」

「神代さん、何か変わりましたね」

「え」

「前より、穏やかになった気がします」

 凰牙は笑った。

「そうですか」

「ええ。良い変化だと思います」

 凰牙は、頷いた。

 確かに、自分は変わった。

 ジャンパーに支配されるのではなく、ジャンパーを使いこなすようになった。

 それが、凰牙の成長だった。


---


 数年後、凰牙は伝説的なジャンパー・ハンターになっていた。

 多くの犯罪者を捕まえ、人々を救った。

 だが、凰牙は決して慢心しなかった。

 常に、刹那の言葉を思い出していた。

「ジャンパーは、人間を変える」

 凰牙は、それを忘れなかった。

 だから、凰牙は人間でいられた。

 ある日、凰牙は刹那が服役している刑務所を訪れた。

 刹那は、凰牙を見て笑った。

「来たか」

「ああ」

「俺の言葉を、覚えているか」

「ああ」

 凰牙は頷いた。

「お前の言う通りだった。ジャンパーは、人間を変える」

「そうだろう」

「だが、俺は変わらなかった」

 凰牙は言った。

「お前の警告のおかげで、俺は自分を保てた」

 刹那は、意外そうな顔をした。

「そうか」

「ああ。だから、礼を言いに来た」

 刹那は黙った。

 やがて、刹那が言った。

「俺は、間違っていたのかもしれない」

「何が」

「復讐なんて、意味がなかった」

 刹那は俯いた。

「俺は、ただお前を憎みたかっただけだ」

 凰牙は、刹那の肩に手を置いた。

「刹那、まだ遅くない」

「何が」

「やり直せる」

 刹那は、凰牙を見た。

「本当に、か」

「ああ」

 凰牙は微笑んだ。

「お前は、良い警官だった。また、そうなれる」

 刹那は、涙を流した。

「ありがとう、凰牙」

 凰牙は、刹那の頭を撫でた。

 そして、立ち去った。

 凰牙は、空を見上げた。

 青い空が広がっていた。

 凰牙は、歩き始めた。

 ジャンプせず、歩いた。

 それが、凰牙の選択だった。

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