【SFアクション】三千メートルの殺意
2095年。世界は、瞬間移動の時代を迎えていた。
神代凰牙は、ビルの屋上に立っていた。眼下には、夜の街が広がっていた。無数の光が瞬いている。
凰牙は手首の装置を見た。ジャンパー。個人用短距離転送装置。これを使えば、最大三キロメートル先まで瞬間移動できる。
発売から三年。ジャンパーは人々の生活を一変させた。通勤も、移動も、すべてが瞬時になった。
だが、同時に犯罪も増えた。
ジャンパーを使った強盗、誘拐、殺人。犯人は痕跡を残さず、瞬時に逃走する。警察は対応しきれなかった。
だから、凰牙のような「ジャンパー・ハンター」が必要になった。
凰牙は元警察官だった。だが、ジャンパー犯罪の増加に嫌気がさし、辞職した。今は民間のハンターとして、ワープ犯罪者を追っている。
凰牙のスマートフォンが鳴った。依頼だった。
「神代さん、依頼です」
声の主は、神楽透矢。凰牙のサポート役だった。
「内容は」
「連続殺人犯『幻影』。既に五人が殺されています」
凰牙は眉をひそめた。
「幻影、か」
「ええ。ジャンパーを使い、被害者に近づき、殺害後は瞬時に逃走。誰も幻影の顔を見ていません」
「手がかりは」
「ジャンパーの使用履歴を分析しました。移動パターンに規則性があります」
「次の標的は」
「橘柚乃。二十代の女性。明日、彼女が狙われる可能性が高いです」
凰牙は頷いた。
「分かった。彼女を保護する」
「気をつけてください。幻影は、今までのターゲットを一度も逃していません」
凰牙は通信を切った。
そして、ジャンパーを起動した。
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瞬間、凰牙の視界が歪んだ。
次の瞬間、凰牙は別の場所に立っていた。三キロ先のビルの屋上だった。
ジャンパーは便利だが、慣れないと吐き気がする。凰牙は何度も使っているため、もう慣れていた。
凰牙は再びジャンプした。目的地は、橘柚乃の自宅だった。
数回のジャンプを繰り返し、凰牙は柚乃のマンションに到着した。
凰牙はインターホンを押した。
「はい」
女性の声が返ってきた。
「橘柚乃さんですか。神代と申します。あなたの身を守るために来ました」
沈黙があった。
やがて、ドアが開いた。
そこには、若い女性が立っていた。長い黒髪に、不安そうな目をしていた。
「どういうことですか」
「あなたは、連続殺人犯に狙われています」
柚乃は顔色を変えた。
「嘘」
「本当です。今すぐ、安全な場所に移動してください」
柚乃は震えた。
「でも、なぜ私が」
「分かりません。ただ、あなたが次の標的である可能性が高い」
柚乃は迷った。だが、やがて頷いた。
「分かりました」
柚乃は荷物をまとめ始めた。
凰牙は部屋の中を警戒しながら待った。
その時、窓ガラスが割れた。
凰牙は反射的に身を伏せた。
窓から、一人の男が飛び込んできた。いや、飛び込んだのではない。ジャンプしてきたのだ。
男は黒いコートを着て、顔を仮面で隠していた。
幻影だった。
凰牙は銃を抜いた。
だが、幻影は凰牙を無視し、柚乃に向かった。
凰牙は撃った。
だが、幻影は消えた。ジャンプしたのだ。
次の瞬間、幻影は柚乃の背後に現れた。
凰牙は叫んだ。
「伏せろ」
柚乃は床に伏せた。
凰牙は再び撃った。弾丸は幻影の肩をかすめた。
幻影は舌打ちし、再びジャンプした。
凰牙も、ジャンプした。
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二人は、瞬間移動を繰り返しながら戦った。
部屋の中、廊下、階段。凰牙と幻影は空間を駆け巡った。
凰牙は幻影を追った。だが、幻影は巧みにジャンプを使い、凰牙を翻弄した。
やがて、二人はビルの屋上に出た。
凰牙は幻影に銃を向けた。
「逃げ場はない」
幻影は笑った。
「逃げ場がないのは、お前だ」
幻影は凰牙に向かって走った。
凰牙は撃った。
だが、幻影はジャンプし、弾丸を避けた。そして、凰牙の背後に現れた。
凰牙は振り返り、拳を繰り出した。
幻影は避け、凰牙の腹を蹴った。
凰牙は吹き飛ばされた。
幻影は凰牙に近づいた。
「お前では、俺を捕まえられない」
幻影はナイフを取り出した。
凰牙は起き上がり、ジャンプした。
幻影も、ジャンプした。
二人は再び、空間を駆け巡った。
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凰牙は、幻影の移動パターンを分析していた。
幻影はランダムにジャンプしているように見えたが、実は規則性があった。
幻影は、常に三キロの最大距離でジャンプしていた。そして、ジャンプの方向は、常に東西南北のいずれかだった。
凰牙は、次のジャンプ先を予測した。
凰牙は、幻影より先にその場所にジャンプした。
幻影が現れた。
凰牙は、幻影に銃を向けた。
「終わりだ」
幻影は驚いた。
「どうして」
「お前の移動パターンは、読めた」
凰牙は撃とうとした。
だが、幻影は仮面を外した。
凰牙は、固まった。
その顔は、見覚えがあった。
「刹那、か」
夜月刹那。かつて、凰牙の相棒だった男だった。
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刹那は笑った。
「久しぶりだな、凰牙」
「お前が、幻影だったのか」
「ああ」
凰牙は銃を下ろせなかった。
「なぜだ。なぜ、こんなことを」
「お前のせいだ」
刹那は冷たく言った。
「お前が、俺を裏切ったからだ」
「裏切った、だと」
「三年前、あの事件を覚えているか」
凰牙は思い出した。
三年前、凰牙と刹那はある事件を追っていた。犯人を追い詰めたが、犯人は人質を取った。
凰牙は、人質を優先した。だが、刹那は犯人を撃とうとした。
凰牙は、刹那を止めた。その隙に、犯人は逃げた。
刹那は、凰牙を責めた。だが、凰牙は自分の判断が正しいと信じていた。
それ以来、二人の関係は壊れた。刹那は警察を辞め、姿を消した。
「あれは、仕方なかったんだ」
凰牙は言った。
「人質を見捨てるわけにはいかなかった」
「だが、犯人は逃げた。そして、その後も殺人を繰り返した」
刹那は怒りを込めて言った。
「お前の判断のせいで、多くの人が死んだ」
凰牙は黙った。
刹那は続けた。
「俺は、お前を許せなかった。だから、俺は復讐することにした」
「なぜ、無関係な人を殺す」
「無関係じゃない」
刹那は笑った。
「あの時、お前が見捨てた犯人が殺した人々の遺族だ」
凰牙は息を呑んだ。
「お前は、遺族を殺していたのか」
「ああ。お前に、彼らの苦しみを知らせるために」
凰牙は拳を握った。
「それは、間違っている」
「間違っていない」
刹那は叫んだ。
「お前が間違っていたんだ」
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凰牙は、銃を向けた。
「刹那、もう終わりにしよう」
「終わらせたいのは、こっちだ」
刹那は、ジャンプした。
凰牙も、ジャンプした。
二人の最終決戦が始まった。
街中を、二人は瞬間移動しながら戦った。ビルの屋上、地下鉄のホーム、高速道路。三キロ圏内を縦横無尽に移動しながらの戦いは、まるで空間が歪むようだった。
凰牙は刹那を撃った。だが、刹那はジャンプして避けた。
刹那は凰牙にナイフを投げた。だが、凰牙もジャンプして避けた。
二人は、互いに譲らなかった。
やがて、凰牙は気づいた。
刹那のジャンパーが、過熱している。
ジャンパーは連続使用すると、オーバーヒートする。刹那は、限界に近かった。
凰牙は、刹那を追い詰めた。
刹那は、最後のジャンプをしようとした。
だが、ジャンパーが故障した。
刹那は、その場に留まった。
凰牙は、銃を向けた。
「終わりだ、刹那」
刹那は笑った。
「ああ、終わりだ」
凰牙は、刹那を撃った。弾丸は、刹那の足を貫いた。
刹那は倒れた。
凰牙は、刹那に近づいた。
「なぜ、こんなことになった」
「お前のせいだ」
刹那は苦しそうに言った。
「お前が、俺を変えた」
凰牙は黙った。
刹那は続けた。
「だが、お前もいつか俺のようになる。ジャンパーは、人間を変える」
凰牙は、刹那を見つめた。
「どういう意味だ」
「ジャンパーを使えば使うほど、人間は空間感覚を失う。現実感が薄れる。やがて、何が正しいのか、分からなくなる」
刹那は笑った。
「お前も、いつかそうなる」
凰牙は、自分のジャンパーを見た。
そして、何も言えなかった。
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刹那は逮捕された。
柚乃は無事だった。
凰牙は、依頼を完了した。
だが、凰牙の心には、刹那の言葉が残っていた。
「ジャンパーは、人間を変える」
凰牙は、自分のジャンパーを外そうとした。
だが、できなかった。
ジャンパーなしでは、もう仕事ができない。
凰牙は、ジャンパーを再び装着した。
そして、次の依頼を待った。
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数週間後、凰牙は透矢から連絡を受けた。
「神代さん、新しい依頼です」
「内容は」
「ジャンパーを使った銀行強盗。犯人は複数います」
「分かった」
凰牙は、ジャンプした。
現場に到着すると、既に犯人たちは逃走していた。
凰牙は、犯人たちを追った。
ジャンプを繰り返し、犯人たちを追い詰めた。
だが、その時、凰牙は気づいた。
自分が、どこにいるのか分からなくなっていた。
ジャンプを繰り返しすぎて、空間感覚が麻痺していた。
凰牙は、立ち止まった。
刹那の言葉が、頭をよぎった。
「ジャンパーは、人間を変える」
凰牙は、震えた。
自分も、刹那のようになるのか。
凰牙は、拳を握った。
だが、仕事を続けるしかなかった。
凰牙は、再びジャンプした。
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それから数ヶ月、凰牙は仕事を続けた。
だが、次第に凰牙は変わっていった。
現実感が薄れ、すべてが夢のように感じられるようになった。
ある日、凰牙は鏡を見た。
そこには、疲れ果てた自分が映っていた。
凰牙は、自分が壊れていくのを感じた。
だが、止められなかった。
ジャンパーは、もう凰牙の一部になっていた。
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ある夜、凰牙は街を歩いていた。
ジャンパーを使わず、歩いていた。
それは、久しぶりのことだった。
凰牙は、街の音を聞いた。車の音、人々の声、風の音。
すべてが、新鮮に感じられた。
凰牙は、気づいた。
自分は、ジャンパーに頼りすぎていた。
歩くことを、忘れていた。
凰牙は、立ち止まった。
そして、ジャンパーを外した。
手首が、軽くなった。
凰牙は、ジャンパーを見つめた。
これは、便利な道具だ。だが、同時に呪いでもある。
凰牙は、ジャンパーをポケットに入れた。
そして、歩き始めた。
ゆっくりと、一歩ずつ。
凰牙は、決めた。
ジャンパーに頼らず、自分の足で歩こう。
それが、人間として生きることだと。
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翌日、凰牙は透矢に連絡した。
「透矢、しばらく休む」
「どうしてですか」
「疲れた」
凰牙は正直に答えた。
「ジャンパーに、頼りすぎた」
透矢は黙った。
やがて、透矢が言った。
「分かりました。ゆっくり休んでください」
「ありがとう」
凰牙は通信を切った。
そして、部屋の窓を開けた。
風が吹き込んできた。
凰牙は、深呼吸をした。
久しぶりに、生きている実感があった。
凰牙は、微笑んだ。
これから、どうするか。
凰牙には、まだ分からなかった。
だが、少なくとも今は、ジャンパーから離れよう。
そして、自分を取り戻そう。
凰牙は、そう決めた。
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それから一ヶ月後、凰牙は仕事に復帰した。
だが、今度は違った。
凰牙は、ジャンパーを必要最低限しか使わなくなった。
歩けるところは歩く。ジャンプは、どうしても必要な時だけ。
凰牙は、バランスを取ることを学んだ。
ある日、凰牙は柚乃に会った。
「あの時は、ありがとうございました」
柚乃は笑顔で言った。
「いえ、仕事ですから」
「神代さん、何か変わりましたね」
「え」
「前より、穏やかになった気がします」
凰牙は笑った。
「そうですか」
「ええ。良い変化だと思います」
凰牙は、頷いた。
確かに、自分は変わった。
ジャンパーに支配されるのではなく、ジャンパーを使いこなすようになった。
それが、凰牙の成長だった。
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数年後、凰牙は伝説的なジャンパー・ハンターになっていた。
多くの犯罪者を捕まえ、人々を救った。
だが、凰牙は決して慢心しなかった。
常に、刹那の言葉を思い出していた。
「ジャンパーは、人間を変える」
凰牙は、それを忘れなかった。
だから、凰牙は人間でいられた。
ある日、凰牙は刹那が服役している刑務所を訪れた。
刹那は、凰牙を見て笑った。
「来たか」
「ああ」
「俺の言葉を、覚えているか」
「ああ」
凰牙は頷いた。
「お前の言う通りだった。ジャンパーは、人間を変える」
「そうだろう」
「だが、俺は変わらなかった」
凰牙は言った。
「お前の警告のおかげで、俺は自分を保てた」
刹那は、意外そうな顔をした。
「そうか」
「ああ。だから、礼を言いに来た」
刹那は黙った。
やがて、刹那が言った。
「俺は、間違っていたのかもしれない」
「何が」
「復讐なんて、意味がなかった」
刹那は俯いた。
「俺は、ただお前を憎みたかっただけだ」
凰牙は、刹那の肩に手を置いた。
「刹那、まだ遅くない」
「何が」
「やり直せる」
刹那は、凰牙を見た。
「本当に、か」
「ああ」
凰牙は微笑んだ。
「お前は、良い警官だった。また、そうなれる」
刹那は、涙を流した。
「ありがとう、凰牙」
凰牙は、刹那の頭を撫でた。
そして、立ち去った。
凰牙は、空を見上げた。
青い空が広がっていた。
凰牙は、歩き始めた。
ジャンプせず、歩いた。
それが、凰牙の選択だった。




