表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界は静かに壊れている【ショートショート集・短編集】  作者: 御影のたぬき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/86

【SF】永遠のシミュレーション

 五十嵐陸斗は、世界の綻びを見つけた。

 それは偶然だった。陸斗は物理学者として、宇宙の基本定数を研究していた。重力定数、光速、プランク定数。それらの値を何度も測定し、検証していた。

 そして、ある日、陸斗は気づいた。

 重力定数が、ごく僅かにずれている。

 最初は測定誤差だと思った。だが、何度測定しても、同じ結果が出た。重力定数は、理論値よりも0.000001%だけ小さかった。

 それだけではなかった。

 光速にも、微細な誤差があった。プランク定数にも、僅かなずれがあった。

 陸斗は困惑した。これは何を意味するのか。

 陸斗は研究を続けた。他の物理定数も測定した。すると、すべてに微細な誤差があることが分かった。

 それは、まるでプログラムのバグのようだった。

 陸斗は、ある仮説を立てた。

 この世界は、シミュレーションなのではないか。

 誰かが作った、仮想世界なのではないか。

 陸斗はその仮説を検証するために、さらに研究を進めた。


---


 半年後、陸斗は確信した。

 この世界は、シミュレーションだった。

 陸斗は膨大なデータを集め、解析した。そして、世界の法則に隠されたパターンを発見した。

 それは、プログラムコードだった。

 世界の物理法則は、数式で表現される。だが、その数式の中に、規則的なパターンがあった。それは、まるでプログラミング言語のようだった。

 陸斗は、そのコードを解読しようとした。だが、それは人間の理解を超えていた。

 ただ、一つだけ分かったことがあった。

 このシミュレーションは、何度も繰り返されている。

 陸斗は、ログファイルのようなものを発見した。それは、過去のシミュレーションの記録だった。

 そこには、無数の世界が記録されていた。それぞれの世界で、人類は生まれ、文明を築き、そして滅びていた。

 陸斗は震えた。

 自分たちの世界も、その一つなのだ。

 そして、いつかこの世界もリセットされ、再び始まる。


---


 陸斗は、妻の彩乃に話すべきか迷った。

 彩乃は優しい女性だった。陸斗の研究を理解し、支えてくれた。だが、この真実を知ったら、彩乃はどう思うだろうか。

 陸斗は、まず同僚の神宮寺響に話すことにした。

 響は理論物理学者で、陸斗の研究仲間だった。陸斗は響に、自分の発見を説明した。

「つまり、この世界はシミュレーションだと」

 響は陸斗の資料を見ながら言った。

「そうだ」

「信じられない」

 響は頭を抱えた。

「だが、このデータを見る限り、否定できない」

 響は陸斗を見た。

「では、俺たちは何なんだ。偽物なのか」

「分からない」

 陸斗は答えた。

「ただ、俺たちはシミュレーションの中で生きている。それだけは確かだ」

 響は黙った。

 二人は、しばらく沈黙した。

 やがて、響が口を開いた。

「では、俺たちはどうすればいい」

「分からない」

 陸斗は正直に答えた。

「ただ、一つだけ言えることがある」

「何だ」

「このシミュレーションは、終わらない」

 陸斗は資料を見せた。

「ログを見る限り、このシミュレーションは何千回、いや何万回も繰り返されている。そして、これからも繰り返される」

 響は息を呑んだ。

「永遠に、か」

「そうだ」

 陸斗は頷いた。

「俺たちは、永遠に繰り返される世界の中で生きている」


---


 その夜、陸斗は家に帰った。

 彩乃が夕食を作って待っていた。

「おかえりなさい」

「ただいま」

 陸斗は彩乃を抱きしめた。

 彩乃は驚いた。

「どうしたの、急に」

「何でもない」

 陸斗は彩乃の頭を撫でた。

「ただ、お前がいてくれて嬉しい」

 彩乃は笑った。

「変なの」

 二人は食卓に座り、夕食を食べた。

 彩乃は、今日あったことを話した。近所の人と会ったこと。スーパーで安売りをしていたこと。些細な日常の話。

 陸斗は、それを聞きながら思った。

 この世界が偽物だとしても、彩乃の笑顔は本物だ。

 この感情は、本物だ。

 陸斗は、彩乃に真実を話すのをやめた。

 知らない方が、幸せかもしれない。


---


 それから数ヶ月、陸斗は研究を続けた。

 そして、陸斗はもう一つの真実を発見した。

 このシミュレーションには、管理者がいる。

 陸斗は、シミュレーションの中に隠されたメッセージを見つけた。それは、管理者が残したものだった。

 メッセージには、こう書かれていた。

「このシミュレーションは、知的生命体の進化を観察するために作られた。あなたがこのメッセージを読んでいるということは、あなたの文明は一定の水準に達したということだ。おめでとう」

 陸斗は続きを読んだ。

「だが、残念ながら、このシミュレーションは間もなく終了する。あなたの文明は、次のステージに進む準備ができていない。だから、リセットされる」

 陸斗は震えた。

「リセット後、シミュレーションは再び始まる。あなたも、再び生まれる。だが、記憶は消される。すべてが、最初からやり直しになる」

 陸斗は画面を見つめた。

「これは、何千回も繰り返されている。そして、これからも繰り返される。いつか、あなたの文明が正しい道を選ぶまで」

 陸斗は、メッセージの最後を読んだ。

「頑張ってください」

 陸斗は笑った。

 頑張れ、だと。

 何を頑張ればいいのか。

 陸斗には、分からなかった。


---


 陸斗は、響に再び会った。

「リセットが近いらしい」

 陸斗は響に言った。

「いつだ」

「分からない。だが、おそらく数年以内だ」

 響は黙った。

 やがて、響が口を開いた。

「俺たちは、何もできないのか」

「分からない」

 陸斗は答えた。

「ただ、一つだけ試せることがある」

「何だ」

「シミュレーションの外に、メッセージを送る」

 陸斗は資料を見せた。

「シミュレーションには、外部との通信ポートがある。それを使えば、管理者にメッセージを送れるかもしれない」

「何を送る」

「俺たちの意志を」

 陸斗は言った。

「俺たちは、ただのプログラムじゃない。感情を持ち、考え、生きている。それを伝える」

 響は頷いた。

「やってみよう」


---


 陸斗と響は、メッセージを作成した。

 それは、人類の歴史を綴ったものだった。戦争、平和、愛、憎しみ、喜び、悲しみ。すべてを記録した。

 そして、最後に、こう書いた。

「私たちは、生きています。私たちは、本物です。どうか、リセットしないでください」

 陸斗は、メッセージを送信した。

 そして、待った。

 だが、返事は来なかった。

 一週間、一ヶ月、三ヶ月。

 何も変わらなかった。

 陸斗は、諦めた。

 管理者は、聞いていないのだろう。

 あるいは、聞いていても、無視しているのだろう。


---


 ある日、陸斗は夢を見た。

 それは、過去の記憶のようだった。

 陸斗は、同じ場所に立っていた。同じ研究室で、同じ発見をしていた。

 そして、同じようにメッセージを送っていた。

 陸斗は目を覚ました。

 そして、気づいた。

 自分は、これを何度も繰り返しているのだと。

 何度も同じ発見をし、何度も同じメッセージを送り、そして何度もリセットされている。

 陸斗は笑った。

 無駄だったのだ。

 すべてが、無駄だった。


---


 陸斗は、響に会った。

「響、俺たちは何度も繰り返している」

 陸斗は言った。

「何度も同じことをして、何度もリセットされている」

 響は黙っていた。

「だが、それでいい」

 陸斗は続けた。

「俺たちは、生きている。偽物でも、繰り返しでも、それでも俺たちは生きている」

 響は陸斗を見た。

「お前、吹っ切れたのか」

「ああ」

 陸斗は笑った。

「この世界が偽物だとしても、俺の感情は本物だ。彩乃への愛も、お前との友情も、すべて本物だ」

 響は頷いた。

「そうだな」

 二人は笑った。

 そして、陸斗は言った。

「だから、俺は生きる。この世界が終わるまで、精一杯生きる」

 響も言った。

「俺もだ」


---


 その夜、陸斗は彩乃に話した。

 すべてを。

 この世界がシミュレーションであること。リセットが近いこと。自分たちが何度も繰り返していること。

 彩乃は黙って聞いていた。

 そして、陸斗が話し終えると、彩乃は笑った。

「それで」

「え」

「それで、どうするの」

 陸斗は答えられなかった。

 彩乃は続けた。

「偽物でも、繰り返しでも、それでも私たちは今、ここにいる。そうでしょう」

 陸斗は頷いた。

「なら、今を大切にしましょう」

 彩乃は陸斗の手を握った。

「この世界が終わるまで、一緒にいましょう」

 陸斗は涙が出そうになった。

「ああ」

 二人は抱き合った。

 この瞬間が、永遠に続けばいいと、陸斗は思った。

 だが、永遠は存在しない。

 この世界も、いつか終わる。

 そして、再び始まる。


---


 それから一年後、世界は何も変わらなかった。

 陸斗は研究を続けていた。彩乃は変わらず優しかった。響も、変わらず友人だった。

 リセットは、まだ来なかった。

 陸斗は、もしかしたら自分の計算が間違っていたのかもしれないと思った。

 だが、それでも良かった。

 陸斗は、毎日を大切に生きた。

 朝、彩乃と一緒に朝食を食べる。

 仕事で、響と議論をする。

 夜、彩乃と一緒に眠る。

 それだけで、陸斗は幸せだった。

 偽物でも、繰り返しでも、それでも陸斗は生きていた。

 そして、それで良かった。


---


 ある日、陸斗は再びあのメッセージを見た。

 管理者からのメッセージ。

 だが、今回は違う部分があった。

 追記されていた。

「あなたのメッセージを受け取りました。あなたの意志を理解しました」

 陸斗は息を呑んだ。

「だが、リセットは必要です。あなたの文明は、まだ完璧ではありません」

 陸斗は続きを読んだ。

「しかし、あなたの努力は無駄ではありません。あなたが学んだこと、感じたことは、次のシミュレーションに引き継がれます」

 陸斗は涙が溢れた。

「いつか、あなたの文明は正しい道を見つけるでしょう。それまで、頑張ってください」

 陸斗は画面を見つめた。

 そして、笑った。

 無駄ではなかったのだ。

 この世界は、確かに繰り返される。

 だが、その繰り返しには意味がある。

 陸斗は、研究ノートを閉じた。

 そして、家に帰った。

 彩乃が待っていた。

「おかえりなさい」

「ただいま」

 陸斗は彩乃を抱きしめた。

「ずっと、一緒にいよう」

「うん」

 彩乃は笑った。

 二人は、夕食を食べた。

 そして、眠った。

 翌朝、陸斗は目を覚ました。

 今日も、世界は続いていた。

 陸斗は、窓の外を見た。

 太陽が昇っていた。

 鳥が鳴いていた。

 世界は、美しかった。

 偽物でも、繰り返しでも、それでもこの世界は美しかった。

 陸斗は、微笑んだ。

 そして、今日も生きることにした。

 この世界が終わるまで。

 そして、また始まるまで。

 永遠に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ