表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界は静かに壊れている【ショートショート集・短編集】  作者: 御影のたぬき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/83

【ディストピア・風刺】完璧な民主主義

【本作はフィクションです。特定の政治思想や政党を支持・批判するものではありません】

 選挙の日。

 投票所はいつもと違った。

 従来の紙の投票用紙ではなく、巨大なタッチパネル式の機械が並んでいる。

「これが新しい投票システムですか」

 有権者の一人、田中一郎が係員に尋ねた。

「はい。今回から導入された『完璧民主主義システム』です。画面の指示に従って投票してください」

 田中は機械の前に立った。

 画面には、候補者の名前と顔写真が表示されている。市長選挙だ。

 候補者は三人。

 一人目、佐藤誠。現職市長。五十五歳。安定を重視する保守派。

 二人目、鈴木花子。元教師。四十二歳。教育改革を訴える改革派。

 三人目、山田太郎。実業家。三十八歳。経済発展を掲げる新人。

 田中は、鈴木花子に投票しようと思っていた。彼女の公約に共感したからだ。

 しかし——

 画面に新しいメッセージが表示された。

『あなたの投票を最適化しますか?』

「最適化?」

 田中は首を傾げた。

 画面には説明文が続く。

『完璧民主主義システムは、あなたの過去の行動、思考パターン、価値観を分析し、あなたにとって最も利益をもたらす候補者を推薦します。最適化を希望しますか?』

 下には、二つのボタン。

『はい』『いいえ』

 田中は迷った。

 最適化——つまり、機械が自分の代わりに最適な候補を選んでくれる、ということか。

「便利だな」

 田中は、何気なく『はい』を押した。

 画面が切り替わる。

『分析中——』

 数秒後、結果が表示された。

『あなたに最適な候補者は——佐藤誠です』

「佐藤?」

 田中は驚いた。自分は鈴木に投票するつもりだったのに。

 しかし、画面には詳細な説明が表示されている。

『あなたの収入、家族構成、居住地域、消費傾向から分析した結果、佐藤誠の政策があなたに最も利益をもたらします。具体的には、減税政策により年間十五万円の節約、地域インフラ整備により通勤時間が十分短縮——』

 田中は、その数字を見て考え込んだ。

 確かに——自分の利益だけを考えれば、佐藤の方がいいのかもしれない。

「まあ、いいか」

 田中は、佐藤誠に投票した。

 同じ日。

 全国で、同じことが起きていた。

 有権者たちは、次々と『最適化』を選択していた。

 なぜなら——誰だって、自分に利益をもたらす候補者を選びたいからだ。

 そして、完璧民主主義システムは、完璧に計算する。

 誰が当選すれば、誰が得をするのか。

 誰が損をするのか。

 すべてを数字で示す。

 有権者たちは——その数字に従った。

 結果——

 市長選挙は、佐藤誠が圧勝した。

 しかし、それだけではなかった。

 全国の選挙——国会議員選挙、知事選挙、市議会議員選挙——すべてで、『最適化』された候補者が当選した。

 そして——その候補者たちには、ある共通点があった。

 全員が、『現状維持』を掲げる保守派だった。

 一ヶ月後。

 田中は、テレビのニュースを見ていた。

 画面には、新しく当選した市長、佐藤誠が映っている。

「市民の皆様の信任を得て、私は再び市長として働くことができます。今後も、安定した市政運営を——」

 佐藤は、いつもと同じことを言っている。

 田中はリモコンでチャンネルを変えた。

 次のニュース。

「本日、国会で新しい法案が可決されました。この法案により、完璧民主主義システムが、すべての選挙で義務化されることになります」

 田中は眉をひそめた。

「義務化?」

 ニュースは続く。

「これにより、有権者は自動的に『最適化』された投票を行うことになります。政府は、これを『効率的な民主主義の実現』と説明しています」

 自動的に?つまり、選択の余地がないということか?田中は不安を覚えた。

 その時、スマートフォンが鳴った。

 友人の鈴木からだ。

「もしもし」

「田中、見たか? あのニュース」

「ああ、今見てる」

「やばいぞ、これ。俺たち、もう自分で投票できなくなるんだ」

「そうだな——」

「おかしいだろ。民主主義って、自分で選ぶことじゃないのか?」

 田中は、黙り込んだ。

 確かに、鈴木の言う通りだ。

 しかし——

「でも、最適化された方が、俺たちにとって得なんじゃないか?」

「得?誰にとっての得だよ」

「俺たち、有権者にとって」

「本当にそうか?」

 鈴木の声は、真剣だった。

「俺、調べたんだ。完璧民主主義システムがどう動いてるか」

「何が分かった?」

「このシステム、個人の利益を最大化するって言ってるけど、実際には、現状を維持する候補者ばかりを推薦してる」

「現状維持?」

「ああ。改革派とか、新しいことをやろうとする候補者は、リスクがあるから推薦されない。システムはリスクを嫌うんだ」

 田中は考えた。

 確かに、佐藤誠は何も新しいことをしない。ただ、今までと同じことを続けるだけ。

「それって」

「そう。俺たち、変化を選べなくなってるんだ」

 三ヶ月後。

 田中は、市役所の前で抗議デモに参加していた。

 数百人の市民がプラカードを掲げている。

『民主主義を取り戻せ』

『自分で選ぶ権利を』

『機械に支配されるな』

 田中もプラカードを持っていた。

 しかしわ市役所からは、何の反応もない。

 それどころか、警察が、デモ隊を取り囲んでいた。

「解散してください。許可されていないデモは、違法です」

 警察官が拡声器で呼びかける。

「何が違法だ! 俺たちには表現の自由がある!」

 デモ参加者の一人が叫んだ。

 しかし、警察官は、淡々と続ける。

「完璧民主主義法により、選挙制度に対する抗議活動は、民主主義の妨害とみなされます」

「民主主義の妨害? ふざけるな!」

 デモ隊は、激昂した。

 しかし、警察は、容赦なくデモ隊を排除し始めた。

 田中は逃げようとしたが腕を掴まれてしまった。

 警察官だ。

「あなたを逮捕します」

「何の罪で!」

「民主主義妨害罪です」

 田中は連行された。

 留置場。

 田中は、鉄格子の中で座っていた。

 何人もが同じ部屋に入れられていた。全員、デモに参加していた市民だ。

「こんなのおかしいだろ」

 一人の男が呟いた。

「俺たち、ただ意見を言っただけなのに」

「完璧民主主義法——あれが、すべての元凶だ」

 別の女性が言った。

「あの法律ができてから、何も変わらなくなった。政治家は同じ顔ぶれ、政策も同じ。まるで時間が止まったみたい」

 田中は頷く。

 確かに、この三ヶ月、何も変わっていない。

 新しい法案も、新しい政策も、何もない。

 ただ、『現状維持』が続いているだけ。

「なあ、みんな」

 田中が口を開いた。

「俺たち、何か間違えたのかもしれない」

「何を?」

「最適化、あれを、受け入れたことだ」

 田中は、自分の選択を振り返った。

「俺は、楽をしたかった。自分で考えるのが面倒だった。だから機械に任せた」

「俺もだ」

 男が頷いた。

「でも、それが、こんな結果になるなんて」

「民主主義って、面倒くさいものなんだよ」

 女性が言った。

「自分で考えて、自分で選んで、自分で責任を取る。それが民主主義だ」

「でも、俺たちはそれを放棄した」

 田中は苦笑した。

「完璧な民主主義なんて、存在しないんだ。不完全で、面倒で、時には間違える。それが、本当の民主主義なんだ」

 一週間後。

 田中は釈放された。

 罪には問われなかったが、『要注意人物』として記録された。

 家に帰ると、妻が待っていた。

「お帰りなさい。大丈夫だった?」

「ああ、なんとか」

 ソファに座った。

「なあ、俺たち、これからどうすればいいんだろう」

「分からない、でも、諦めちゃダメよ」

 妻は、真剣な顔で言った。

「あなたが言ってたでしょ。民主主義は、不完全で面倒なものだって」

「ああ」

「だったら、面倒でも諦めずに戦い続けるしかないわ」

 妻を見た。

「そうだな…」

 その時、テレビのニュースが流れた。

「本日、完璧民主主義システムに対する違憲訴訟が、最高裁判所に提出されました。訴訟を起こしたのは、全国市民団体連合——」

 田中は、画面を見つめた。

 まだ、戦っている人たちがいる。

 諦めていない人たちが。

「俺も、何かできることがあるはずだ」

 田中は立ち上がった。


 半年後。

 最高裁判所の判決が出た。

『完璧民主主義法は、憲法が保障する選挙の自由を侵害する。よって、違憲である』

 法律は廃止された。

 完璧民主主義システムも撤去された。

 再び、紙の投票用紙が戻ってきた。

 田中は、投票所で投票用紙を手に取った。

 候補者の名前を、自分の手で書く。

 それは、面倒な作業だった。

 しかし——

 田中は、その面倒さが愛おしく感じた。

 これが、民主主義なんだ。

 自分で考えて、自分で選ぶ。

 間違えるかもしれない。

 後悔するかもしれない。

 しかしわそれが、自由ということだ。

 田中は、投票用紙を投票箱に入れた。



 五年後。

 田中一郎は、市議会議員になっていた。

 あのデモから、彼は政治に目覚めた。

 自分で政治を変えようと思った。

 そして、市民の支持を得て、当選した。

 今、田中は議場で演説している。

「私たちは、五年前、民主主義の危機を経験しました。完璧を求めるあまり、自由を失いかけました」

 田中は議員たちを見回した。

「しかし、私たちは学びました。民主主義は、完璧である必要はない。不完全でいい。大切なのは、自分たちで選び、自分たちで責任を取ることです」

 議場から大きな拍手が起きた。

 田中は微笑む。

 完璧な民主主義など、存在しない。

 しかし、不完全でも、それが人間の作る民主主義だ。

 そして、それこそが、本当の自由なのだ。

 その夜、田中は妻と食事をしていた。

「今日の演説、良かったわよ」

「ありがとう」

 ワインを飲む。

「なあ、もし完璧民主主義システムが戻ってきたら、どうする?」

「戻ってこないわよ」

 妻が笑う。

「だって、みんな学んだもの。楽な方法には、必ず罠があるって」

「そうだといいけどな」

 窓の外を見た。

 街には明かりが灯っている。

 そこには、何千、何万という人々が暮らしている。

 それぞれが、自分の意志で、自分の人生を選んでいる。

 不完全で、時に間違えるけれど——

 それが、人間だ。

 そして、それが——民主主義だ。

 田中は、そう信じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ