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世界は静かに壊れている【ショートショート集・短編集】  作者: 御影のたぬき


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【ホラー】なごり

 その集落では、

 夜に自分の名前を呼ばれても、返事をしてはいけない。

 理由を知る者はいない。

 だが守らなかった者が、

 翌朝いなくなることだけは、皆が知っていた。


 俺がその土地に来たのは、

 祖母の葬儀がきっかけだった。

 山に囲まれた小さな集落。

 舗装はされているが、道は妙に曲がりくねっている。

 地図アプリを見ても、途中から現在地がずれて表示される。


「……ここで合ってるのか?」


 車を降りる。

 空気が一段と冷たい。

 祖母の家は集落の一番奥。山を背にするように建っていた。


 玄関に入ると、

 線香の匂いと土の匂い。


 葬儀は滞りなく終わった。

 奇妙だったのは、

 誰も祖母の名前を口にしなかったこと。

「おばあちゃんは、どんな人だったんですか」

 そう聞くと、

 親戚たちはひと時、黙り込む。

「……優しい人だったよ」

 誰も名前を言わない。

 位牌にも戒名だけが刻まれていた。


 その日は祖母の家に泊まることになった。

 古い家の音がやけに大きく感じられる。

 風で軋む梁。

 遠くで鳴く獣。

 そして、どこかで聞こえる足音。


 二階の部屋に入ると、

 床の間に白い紙が置いてあった。

 墨で書かれている。


 よばれたら

 しずかに

 しらないふりを


 裏には、

 名前がびっしりと書かれていた。

 知らない名前。

 消えかけた名前。

 線で塗り潰された名前。


 一番下に、

 祖母の戒名があった。


 夜中、

 はっきりと声が聞こえた。


「……おい」


 低くかすれた声。

 廊下から聞こえる。


「……おい」


 胸がざわつく。

 聞こえないふりをして、布団をかぶる。


「……なあ」


 声は、

 俺の声によく似ていた。


「……〇〇」


 自分の名前を呼ばれた。

 喉が反射的に動く。


 返事をしてはいけない。

 祖母の葬儀の後、親戚達がそんな話をしていた。


 つい、返事をしてしまいそうになる。


 息を殺す。

 廊下を歩く音が部屋の前で止まった。


 障子の向こうに影が見える。

 影はこちらに顔を近づけるように

 ゆっくりと屈んだ。


「……いくね」

 影はそう言った。


 翌朝、親戚の一人がいなくなっていた。

 誰も騒がない。誰も探さない。


「……昔から、あることだから」 


 そう言って、皆、目を伏せた。

 俺は耐えきれず、

 親戚の爺さんに話を聞いた。


「夜、名前を呼ばれたんです。」  


 爺さんは深く頷いた。


「……聞いたか」

「返事をしなければ、大丈夫なんですよね」


 爺さんは首を横に振った。


「今は大丈夫だ」


 今は?

 その夜、声は増えた。

 廊下。天井。床下。


 あちこちから名前が呼ばれる。


 祖母の声。

 知らない子供の声。

 自分自身の声。


 耐えきれず、俺は耳を塞いだ。


 その瞬間

 耳元で


「……きみの番」


 夢を見た。

 集落の昔の光景。

 人々が一人の人間を囲んでいる。

 その者は名前を呼ばれ続けていた。


 泣き叫びながら、返事をしている。

 やがて、声が止まった。


 人々はその者を

「名残り」と呼んだ。

 名前を奪われ、呼ばれることだけが残った存在。

 名残りは器として使う。

 災い。病。死。

 すべてを受け入れる器として。


 目が覚めると家の中がやけに静かだ。


 親戚たちは、皆いなくなっていた。 

 玄関には白い紙が増えている。


 つぎはたのんだ


 俺の名前が書かれていた。


 逃げようとした。


 だが車のエンジンがかからない。

 携帯は圏外。


 背後から、声がする。

「……よばれてるよ」

 振り向くと祖母が立っていた。


 いや、祖母の形をしたもの。

 顔が歪んでいる。


「ここはね」


 祖母らしきモノは言った。


「名前が多すぎると、山が怒るの」

「だから、いらない名前を、残すのよ」


 その瞬間、

 集落中から声が重なった。


「……〇〇」

「……〇〇」

「……〇〇」


 俺は返事をしなかった。









 はずだった。


 声が自分の中から出た。



「……はい」


 誰の声だったのか分からない。




 数日後。

 集落には新しい若者が来ていた。


 葬儀のためだ。

 夜、その若者は祖母の家に泊まる。

 床の間には白い紙。

 よばれたら


 しずかに

 しらないふりを


 廊下から声がする。

「……おい」

「……なあ」


 そして、耳元で囁かれる。


「……名前を、教えて」



 部屋の隅で


 返事を待つものが


 息をひそめている。

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