【ディストピア】正しい選択
朝、スマホから通知音がした。
『本日の正しい選択肢をダウンロードしました』
見知らぬアプリだった。
「Right Choice」という名前。
削除しようとしたが、できない。
仕方なく開くと、今日一日の選択肢が表示されていた。
『7:30 - 朝食は「ご飯」を選択してください(正解率:98%)』
『8:15 - 電車は「3号車」に乗車してください(正解率:94%)』
『12:00 - 昼食は「カレーライス」を選択してください(正解率:89%)』
何これ?
無視して、いつも通りご飯を食べた。
会社に着くと、同僚が倒れていた。
「パン工場で事故があったらしい。食中毒だって」
「え?」
「今朝、パンを食べた人が何人も倒れてるんだ」
背筋が凍った。
アプリを確認すると、
『朝食選択:正解 - パンを食べていたら倒れていました。運が良かったですね』
昼、カレーライスを注文した。
隣の席の人がラーメンを頼んだ。
食べ始めて5分後、その人が苦しみ出した。
「救急車!」
誰かが叫んだ。
アプリに通知が来た。
『昼食選択:正解 - ラーメンには異物混入がありました。正しい選択ができましたね』
これは...未来予知?
帰宅後、アプリを詳しく調べた。
説明には、こう書いてあった。
『Right Choiceは、あなたの人生における全ての選択を最適化します。我々のAIは、無数の未来をシミュレーションし、最も安全で幸福な選択肢を提示します』
翌日から、僕はアプリに従うことにした。
全ての選択を、アプリの指示通りにした。
朝起きる時間、着る服、通る道、話す相手。
結果は驚異的だった。
事故に遭わない。トラブルに巻き込まれない。仕事も順調。
一ヶ月後、昇進した。
「君は最近、判断が的確だね」
と上司が言った。
それもそのはず。全てアプリが決めてくれているのだから。
しかし、ある日、奇妙な指示が来た。
『18:00 - 駅前のカフェに行き、窓際の席に座ってください(正解率:100%)』
理由は書いていない。
でも、今まで従って問題なかったから、行った。
カフェで窓際に座ると、隣に女性が座った。
「こんにちは」と彼女が微笑んだ。
「え...はじめまして?」
「はじめまして。私たちは運命の相手です」
「は?」
女性がスマホを見せた。
同じアプリが起動している。
『18:00 - 駅前のカフェに行き、窓際の席に座ってください。そこで運命の相手と出会います(正解率:100%)』
「アプリが...二人を引き合わせたの?」
「そうです。素晴らしいでしょう?」
女性は嬉しそうだったが、僕は複雑だった。
これは、本当の出会いなのか?
でも、彼女は良い人だった。
話も合う。価値観も似ている。
アプリの指示で、週に三回デートした。
三ヶ月後、アプリが指示した。
『本日、プロポーズしてください(正解率:100%)』
正解率100%?
でも、まだ三ヶ月しか付き合ってない。
「早すぎませんか?」とアプリに話しかけた。
『これが最適なタイミングです。今日を逃すと、正解率は75%に下がります』
彼女にプロポーズした。
「はい」
と彼女は即答した。
そして、スマホを見せた。
彼女のアプリにも、同じ指示が来ていた。
『本日、プロポーズを受けてください(正解率:100%)』
僕たちは結婚した。
アプリの指示で、式場も、日取りも、招待客も決まった。
全て完璧だった。
トラブルは一つもなかった。
新婚生活も順調だった。
アプリが毎日、最適な行動を指示してくれる。
『今日は妻の好きな料理を作ってください』
『今日は妻を早めに寝かせてください(体調が悪くなる可能性)』
『今日は妻に花を買ってください』
従えば、夫婦仲は完璧だった。
一年後、子供ができた。
それもアプリの計画通りだった。
しかし、ある日、気づいた。
僕は一度も、自分で選択していない。
全てアプリが決めている。
「これでいいのか?」
妻に聞いた。
「あのアプリに従ってる?」
「もちろん」
と妻が答えた。
「従わない理由がないでしょう? 全て上手くいってるんだから」
「でも...自分で選びたくない?」
妻は不思議そうな顔をした。
「なぜ? 間違った選択をするリスクを冒すの?」
「それが人生じゃないか?」
「違うわ」
妻が真顔で言った。
「正しい選択を続けることが、幸せな人生よ」
その夜、僕はアプリをオフにしようとした。
しかし、できなかった。
『警告:アプリをオフにすると、あなたの人生は88%の確率で悪化します』
「それでも、自分で選びたい」
『本当ですか? あなたが自分で選んだ結果、事故に遭うかもしれません。病気になるかもしれません。破産するかもしれません』
「それでも...」
『では、シミュレーション結果をお見せします』
画面に、未来の映像が流れた。
アプリなしで生きる僕。
仕事で失敗し、降格される。
妻と喧嘩し、離婚する。
子供とも疎遠になる。
孤独に老いていく。
「これが、あなたの『自由な選択』の結果です」
僕は震えた。
「でも...これは確定した未来じゃない」
『88%の確率です。賭けますか?』
指が止まった。
オフボタンに触れることができなかった。
翌朝、いつも通りアプリの指示に従った。
妻が微笑んだ。
「やっぱり、アプリは素晴らしいわよね」
「...うん」
子供が生まれた。
アプリが育児の全てを指示してくれた。
『今日は公園に行ってください』
『今日は絵本を読んであげてください』
『今日は早めに寝かせてください』
子供はすくすく育った。
完璧に。
十年後。
子供が言った。
「パパ、僕にもRight Choiceが入ったよ」
「え?」
「12歳から使えるんだって。これで僕も、正しい選択ができる」
子供が嬉しそうにスマホを見せた。
画面には、今日の選択肢が表示されていた。
『15:00 - 友達のA君と遊んでください』
『18:00 - 夕食は魚を選んでください』
『20:00 - 算数の宿題をしてください』
「すごいでしょ、パパ」
僕は何も言えなかった。
その夜、妻が言った。
「良かったわね。子供も正しい人生を歩めるわ」
僕は窓の外を見た。
向かいの家でも、隣の家でも、人々がスマホを見ている。
全員が、アプリに従っている。
全員が、正しい選択をしている。
全員が、幸せそうだった。
でも、誰も笑っていなかった。
スマホが震えた。
『明日の正しい選択肢をダウンロードしました』
僕は画面を見た。
そして、指示に従うことにした。
従い続けることにした。
だって、それが正しい選択だから。
アプリがそう言っているから。
窓を閉めた。
外の世界を見ないことにした。
それも、きっと正しい選択なのだろう。
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