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世界は静かに壊れている【ショートショート集・短編集】  作者: 御影のたぬき


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【SF寓話】最後の客

 深夜2時、僕はコンビニで働いている。

 もうすぐシフトが終わる。客が来た。今日、最後の客だろう。

「いらっしゃいませ」

 客は無言で店内を歩き回った。何も買わずに出て行くのかと思ったが、レジに戻ってきた。

 手には、一つの商品。

「ライフチケット」

 そんな商品、うちにあったっけ?

 バーコードをスキャンすると、画面に表示された。

『ライフチケット - 残り人生:24時間 - 価格:¥0』

「お客様、これ...」

 客が僕を見た。その目は虚ろだった。

「スキャンできましたよね? じゃあ、私の人生は残り24時間です」

「何を言って...」

「あなたも、もうすぐ分かりますよ」

 客は商品を置いて、去っていった。

 ライフチケットを手に取ると、パッケージの裏に説明があった。

『このチケットをスキャンされた瞬間、あなたの残り人生が表示されます。価格は残り時間によって変動します。残り時間が24時間を切ると、価格は0円になります』

 馬鹿げている。

 しかしレジに別のライフチケットが置いてあることに気づいた。

 僕の名前が書いてある。

 手が震えた。

 スキャンしてはいけない。

 でも、知りたい。

 ピッ。

 画面に表示された。

『ライフチケット - 残り人生:72時間 - 価格:¥720』

 三日後、僕は死ぬ?

 いや、ジョークだ。そんなはずがない。

 しかし翌日、体調が悪くなった。

 病院に行くと、医者が深刻な顔をした。

「すぐに精密検査を」

 検査の結果、末期がんだった。

「余命は...長くて三日です」

 ライフチケットの通りだった。

 信じられなかった。昨日まで元気だったのに。

 でも、検査結果は嘘をつかない。

 その夜、僕はコンビニに戻った。

 店内には、無数のライフチケットが並んでいた。

 全て、誰かの名前が書いてある。

 僕は一つ手に取った。知らない人の名前。

 スキャンした。

『ライフチケット - 残り人生:50年 - 価格:¥5,000,000』

 高い。でも、50年も生きられるなら...

 買えるわけがない。そんな金はない。


 そこに店長が現れた。

「買いたいのかい?」

「店長...これ、本物なんですか?」

「本物さ。人生は商品なんだよ。知らなかったのかい?」

「でも、誰が売ってるんです?」

「神様さ。あるいは、運命」

 店長が笑った。

「買うかい? ローンも組めるよ」

「僕には金がない...」

「じゃあ、諦めるしかないね」

 店長はバックヤードに消えていった。

 僕は店内を見て回った。

 安いライフチケットを探した。

『残り人生:1年 - 価格:¥100,000』

 これなら買える。貯金が少しある。

 手に取った瞬間、声が聞こえた。

「それは私のです」

 振り返ると、若い女性が立っていた。

「あなたの?」

「ええ。私はあと一年で死ぬんです。でも...それを誰かに売りたい」

「売る?」

「ええ。私には生きる理由がないから。でも、あなたには必要でしょう?」

 女性は微笑んだ。

「10万円で売ります」

 僕は買った。

 レジでスキャンすると、自分のライフチケットが更新された。

『残り人生:1年3日』

 本当に増えた。

 しかし女性のチケットを見ると、

『残り人生:72時間』

 僕と交換になっている。

「あなた...」

「いいんです」女性が言った。

「三日なら、やり残したことを全部できます。一年も惰性で生きるより、三日を全力で生きる方がいい」

 女性は去っていった。

 僕は複雑な気持ちだった。

 彼女の一年を奪った。

 でも、生きたかった。

 それから、ライフチケットは社会現象になった。

 誰もが自分の残り人生を知りたがった。


 そして、売買が始まった。

 金持ちは、貧乏人から人生を買った。

 老人は、若者から時間を買った。

 ライフチケット取引所ができた。

「本日の相場:残り1年 - 15万円」

 人生が、株のように取引されている。

 僕は買った一年を大切に生きた。


 ある日、気づいた。

 一年が過ぎても、死んでいない。

 レジで自分のチケットをスキャンすると、

『残り人生:1日』

 おかしい。もう一年以上経ったはずなのに。

 店長に聞いた。

「なぜ一年以上生きてるんですか?」

「ああ、説明してなかったかな」

 店長が笑った。

「ライフチケットの時間は、『幸福な時間』だけカウントされるんだよ」

「幸福な時間?」

「そう。辛い時間、苦しい時間、退屈な時間はカウントされない。だから実際の時間より長く生きられる場合もあるし、短い場合もある」

「じゃあ、僕は...」

「一年間、ほとんど幸福じゃなかったんだね」

 確かに、買った一年は不安ばかりだった。

 いつ死ぬのか、本当に大丈夫なのか。

 幸福とは程遠かった。

「残り一日を、幸福に過ごせば?」

 店長が言った。


 僕は街に出た。

 何をすれば幸福になれる?

 美味しいものを食べた。幸福だった。

 好きだった人に会った。幸福だった。

 家族に電話した。幸福だった。

 一日が、あっという間に過ぎた。

 そして夜。

 レジで自分のチケットをスキャンした。


『残り人生:0時間』


 これで終わりか。

 しかし、死ななかった。

 翌朝も目覚めた。

 チケットを確認すると、

『残り人生:マイナス24時間』

 マイナス?

 店長に聞くと、

「借金だよ」

「借金?」

「人生の借金。返済しないといけない」

「どうやって?」

「誰かに幸福を与えるんだ」

 それから僕は、人に親切にすることを始めた。

 困っている人を助ける。笑顔で挨拶する。

 少しずつ、マイナスが減っていった。

 半年後、ゼロに戻った。

 しかし、もう怖くなかった。

 毎日を幸福に生きれば、時間は増えていく。

 誰かを幸せにすれば、自分の時間も増える。

 ライフチケットの意味が分かった気がした。

 それから十年。

 僕は今も生きている。

 毎日、レジで自分のチケットをスキャンする。

『残り人生:不明』

 ある日から、時間が表示されなくなった。

 店長に聞くと、

「計測不能ってことさ」

「どういうことです?」

「君が本当に幸福に生きているから。測れないんだよ、無限の幸福は」

 店長が微笑んだ。

「おめでとう。君は卒業だ」

「卒業?」

「もうライフチケットは必要ない。君は自分の人生を、自分で作れるようになった」

 店長は消えた。

 コンビニも消えた。

 気づくと、普通の街角に立っていた。



 あれは夢だったのか?



 おもむろにポケットに手を入れる。

 チケットが入っていた。

『ライフチケット - 残り人生:∞ - 価格:Priceless』

 僕は笑った。

 そして、歩き出した。

 無限の人生を、生きるために。

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