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世界は静かに壊れている【ショートショート集・短編集】  作者: 御影のたぬき


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【異能力日常譚】タイムリープは5秒まで

「ああああああ!!!」

 朝7時50分。田中健太は叫びながら起きた。27歳、平凡なサラリーマン。そして今日も寝坊だ。

 慌てて着替えて、歯も磨かず、髪もボサボサのまま駅へダッシュ。電車に飛び乗り、なんとかギリギリ会社に到着。

「はぁ...はぁ...」

 息を切らしながらオフィスに入ると、部長が立っていた。

「田中!遅刻だぞ!」

「すみません!電車が...」

「電車?お前、髪ボサボサだぞ。寝坊だろ」

「それは...」

「言い訳するな!今月3回目だ!始末書書け!」

 健太は頭を下げた。最悪の月曜日だ。

 昼休み。健太は自販機でコーヒーを買おうとした。ボタンを押す。

 ガコン。

「あれ?」

 お金だけ取られて、何も出てこない。

「ちょっと!」

 自販機を叩く。その瞬間、視界がぼやけた。

 次の瞬間、健太は自販機の前に立っていた。ボタンを押す前だ。

「今...何が...」

 もう一度ボタンを押す。ガコン。今度はコーヒーが出てきた。

「...夢?」

 午後の会議。部長が資料を配っている。

「では、今月の売上について——」

 健太はペンを落とした。カランッ。静かな会議室に音が響く。

 部長が睨む。「田中、集中しろ」

「すみません...」

 恥ずかしい。その瞬間、また視界がぼやけた。

「え!?」

 健太は会議室にいた。部長が資料を配っている。

「では、今月の売上について——」

 健太はペンを握りしめた。落とさないように。会議は無事に終わった。

 退社後、健太は公園のベンチに座っていた。

「何が起きてるんだ...?」

 試しに、わざと缶コーヒーをこぼしてみた。バシャッ。ズボンがびしょ濡れに。

「うわっ!」

 次の瞬間、時間が巻き戻った。健太は缶コーヒーを持ったまま、ベンチに座っていた。こぼす前だ。

「まさか...」

 健太は何度も実験した。わざと転ぶ。大声で叫ぶ。石を投げる。全部、約5秒前に戻る。

「これは...タイムリープ能力だ!!」

 健太の目が輝いた。「これで人生変えられる!」

 翌朝、健太は元気に出社した。昨日遅刻した分を取り返すため、早めに来た。

 同僚の佐藤美咲が通りかかる。26歳、優しくて美人。健太の片思い相手だ。

「あ、おはよう、田中くん」

「おはようございます!佐藤さん、今日も綺麗ですね!」

 美咲が微笑む。「ありがと——」

 その時、後輩の山田太郎が横から割り込んできた。23歳の天然ボケだ。

「先輩!昨日のデート、どうでした?」

「え?」健太が戸惑う。

「ほら、合コンで知り合った人と——」

 美咲の表情が曇る。「...じゃあ、仕事するね」

 美咲が去っていく。

「ああああ!」健太が叫ぶ。「山田!余計なこと言うな!」

「え、だって本当のことじゃないですか」

「戻れ!!」

 時間が5秒戻る。美咲が通りかかる。

「あ、おはよう、田中くん」

「おはようございます!佐藤さん、今日も綺麗ですね!」

 美咲が微笑む。「ありがと——」

 山田が近づいてくる。健太は即座に山田の口を塞いだ。

「んむっ!?」

「山田、ちょっと黙ってろ」

 美咲が不思議そうに見る。「...何してるの?」

「いえ、山田が変なこと言おうとしたので」

「変なこと?」

「いえいえ、何でもないです!」

 美咲は首を傾げながら去っていった。健太は安堵のため息をついた。「危なかった...」

 午後の会議。部長が新企画について説明している。

「この企画、どうだ?意見を聞きたい」

 健太は思わず言った。「正直、微妙だと思います」

 会議室が凍りつく。部長の顔が真っ赤になる。

「微妙?お前、俺の企画を否定するのか?」

「いえ、そういう意味では——」

「もういい!田中、お前は今月の新規プロジェクトから外す!」

「ええっ!?」

「戻れ!!!」

 時間が5秒戻る。部長が聞く。

「この企画、どうだ?意見を聞きたい」

 健太は慎重に答える。「素晴らしいと思います!さすが部長です!」

 部長が満足そうに笑う。「そうか!じゃあ田中、お前がこの企画のリーダーだ!」

「ええっ!?」

 結局、余計な仕事が増えた。

 昼休み、健太は美咲と二人で食堂にいた。チャンスだ。

「佐藤さん、実は——」

 告白しようとした瞬間、山田が乱入。

「先輩!一緒にランチしましょう!」

「山田!空気読め!」

「え?何がですか?」

 美咲が笑う。「じゃあ、みんなで食べよっか」

 健太は泣きそうだった。「戻れ...」

 時間が5秒戻る。

「佐藤さん、実は——」

 健太は山田の気配を察知し、素早く美咲の手を取った。

「ちょっと外で話しましょう!」

「え?あ、うん」

 二人は食堂から出た。山田は一人、取り残される。「...あれ?」

 屋上で、健太は美咲に向き合った。

「佐藤さん、実は...」

「うん」

「僕、佐藤さんのことが——」

 その瞬間、屋上のドアが開いた。部長が出てくる。

「おお、田中!こんなところにいたのか!会議の資料、まだか!」

「えっ、今日中ですよね?」

「今すぐだ!」

 健太は絶望した。「戻れ!!!」

 時間が5秒戻る。

「僕、佐藤さんのことが——」

 健太は部長のドアが開く音を聞いた。

「あ、ちょっと待って!」

 健太は美咲を引っ張って階段へ。ドアが開き、部長が出てくる。

「...誰もいないな」

 部長は去っていった。

 階段で、健太は再度挑戦した。

「佐藤さん、僕——」

「田中くん」

「はい」

「もしかして、告白?」

「えっ...はい」

 美咲が微笑む。「嬉しい。私も——」

 その瞬間、階段を誰かが駆け上がってくる音。山田だ。

「先輩ー!資料できました!」

「山田ああああ!!」

 健太の叫びが響いた。

 健太は何度も時間を巻き戻した。だが、そのたびに何かが邪魔をする。

 電話が鳴る。誰かが通りかかる。突然の雨。地震(震度1)。鳥のフン。

「もう無理だ...」

 健太は諦めかけた。

 その夜、健太は一人、バーで飲んでいた。

「5秒じゃ足りないんだよ...」

「告白するのに、5秒じゃ準備できない」

「何度戻しても、結局何かが起きる」

 バーテンダーが言う。「お客さん、恋愛ですか?」

「まあ...そうです」

「恋愛ってのは、タイミングじゃないですよ」

「え?」

「本気なら、何度失敗しても挑戦するもんです」

「...ですよね」

 翌日、健太は決意した。能力に頼らず、告白する。何度失敗してもいい。

「佐藤さん!」

 健太は美咲に駆け寄った。

「僕、佐藤さんのことが好きです!付き合ってください!」

 美咲が驚く。「え...」

 周囲の社員たちが一斉に振り返る。静寂。

 美咲の顔が赤くなる。「...こんな人前で言うなんて...」

「すみません!でも、これが僕の本気です!」

 美咲は少し笑った。「...わかった。私も、田中くんのこと、好き」

「本当ですか!?」

 周囲から拍手が起こる。健太は、能力を使わずに、初めて成功した。

 付き合い始めた健太と美咲。だが、ある日、大きな問題が起きた。

 プレゼン当日。健太は大事なプロジェクトの発表を任されていた。だが、緊張のあまり、USBメモリを家に忘れた。

「やばい...」

 プレゼン開始まで、あと30分。家まで往復する時間はない。

「戻れ!」

 5秒前に戻る。だが、USBメモリは家だ。5秒戻っても、意味がない。

「くそ!もっと前に戻れれば...」

 健太は焦った。

 結局、健太は同僚にデータを送ってもらい、なんとかプレゼンをこなした。だが、準備不足で内容はグダグダ。部長に怒鳴られた。

「5秒じゃ、どうにもならないことがある...」

 健太は限界を痛感した。

 ある日、健太は美咲とデート中だった。遊園地で、観覧車に乗る。

「ねえ、田中くん」

「うん?」

「私、幸せだよ」

「...俺も」

 二人は手を繋いだ。

 その時、健太は気づいた。5秒戻せる能力。それは、大きな問題を解決する力じゃない。でも、小さな失敗を取り戻せる。失言を消せる。恥ずかしい瞬間をやり直せる。

「それで、十分なのかもな」

 健太は微笑んだ。

 観覧車が頂上に達した瞬間、美咲が言った。

「田中くん、目、閉じて」

「え?」

 美咲が健太にキスをした。

 5秒後。健太は真っ赤な顔で固まっていた。

「...戻す?」美咲が意地悪く笑う。

「戻しません!絶対に戻しません!」

 二人は笑い合った。

 その後、健太は5秒戻す能力をうまく活用しながら、普通の人生を送った。失言を戻す。失態を戻す。失敗を戻す。

 でも、大事な瞬間は戻さない。美咲とのキス。プロポーズ。結婚式。全部、一発勝負だった。

「5秒しか戻せない」

 それは制約だけど、同時に、人生を大事にする理由でもあった。

 健太は今日も、小さな失敗を5秒戻しながら、幸せに生きている。

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