【時代伝奇】畳師
語り継がれる話というものは、たいてい誰かの孫が誰かの孫に伝えるような形で残っていく。この話もそういう類のものだ。確かな証拠があるわけではない。記録に残っているわけでもない。ただ、大正という時代の終わり頃、帝都のある一角で、妙に事故死や急死が重なった時期があった。そして、そんな男がいたらしい、という噂だけが残った。
畳師。
そう呼ばれた男がいたという。表向きは畳職人だった。表替えや張り替えを生業とし、屋敷や料亭に出入りしていた。無口で目立たない男だった。常に手袋をしていた。仕事は丁寧で、仕上がりは見事だった。だが、その男には裏の顔があった。殺し屋だった。ただし、彼の殺しは誰にも気づかれなかった。血も流さなければ、痕跡も残さなかった。すべてが事故だった。すべてが自然死だった。そして、ある時期を境に、その男の噂は消えた。
この話は、そんな男の話だ。
大正という時代は、奇妙な時代だった。明治の激動が一段落し、近代化の波が押し寄せていた。帝都には煉瓦造りの洋館と木造の日本家屋が混在し、人力車と自動車が同じ道を走っていた。華族は西洋の舞踏会を開き、軍部は権力を拡大し、新興財閥は富を蓄え、社会主義者たちは地下で思想を練っていた。表向きは浪漫の時代だった。繁華街には百貨店が並び、カフェーには女給が立ち、映画館では活動写真が上映されていた。だが、裏側では静かな暴力が蠢いていた。政治家の不審死、実業家の転落事故、思想家の急病死。表と裏が交錯する時代だった。
そんな時代に、畳師と呼ばれた男がいた。
彼の本名は誰も知らなかった。仲介人ですら知らなかった。畳職人として届け出た名前があったはずだが、それも偽名だったのだろう。記録には残っていない。ただ、彼を知る者たちは、彼のことを畳師と呼んだ。表の顔が畳職人だったからというだけではない。彼の能力が、畳という存在と深く結びついていたからだ。
彼は生まれつき、特殊な体質を持っていた。あらゆる摩擦を感知できた。空気の粘性変化を読み取り、足袋と畳の擦れで体重や癖を識別し、声帯の摩擦で感情の揺れを知り、血流の微細な振動を感じ取った。接触履歴を畳の繊維から推測し、音を振動摩擦として知覚した。そして、死の瞬間、摩擦の減少を感知できた。
この能力は、彼にとって祝福ではなく呪いだった。少なくとも、幼少期はそうだった。
彼が生まれたのは、帝都の下町にある畳職人の家だった。代々続く職人の家で、祖父も父も畳を作り、畳を張り替えてきた。母は早くに亡くなり、祖母が彼を育てた。そして、彼が物心ついた頃から、彼の体は異常だった。
衣服が肌に触れるだけで、激しい刺激が走った。風が頬を撫でるだけで、無数の針が刺さるような感覚があった。布団に包まれれば、全身が圧迫されるような苦痛があった。食事をすれば、食べ物が喉を通る摩擦が、焼けるような痛みとして感じられた。歩けば、足裏と地面の接触が、絶え間ない衝撃として伝わってきた。
普通の子供なら泣き叫んだだろう。だが、彼は泣かなかった。泣くこともできなかった。泣けば、涙が頬を伝う摩擦が、さらなる苦痛となった。声を出せば、声帯の振動が、耐え難い刺激となった。彼は黙って耐えるしかなかった。ただ、じっと耐えるしかなかった。
父も祖母も、彼の異常に気づいていた。だが、どうすることもできなかった。医者に診せても、原因は分からなかった。当時の医学では、そんな体質を説明することはできなかった。彼は病弱な子として育てられた。学校にも行けなかった。外に出ることすら辛かった。強風の日や豪雨の日は、情報過多で気を失うこともあった。
だが、彼には一つだけ、救いがあった。畳だった。
彼の家は畳職人の家だった。作業場には畳床が積まれ、畳表が並び、い草の香りが満ちていた。そして、彼がその作業場に座っているとき、苦痛が和らいだ。畳の繊維を読むことで、刺激が情報に変換された。痛みではなく、情報として処理できた。
畳は規則正しい。繊維の配列は整然としている。い草の織り方は一定の速度を持っている。その規則性が、彼の混沌とした感覚を整理してくれた。彼は畳に触れることで、世界を理解し始めた。摩擦は苦痛ではなく、情報だった。刺激は痛みではなく、知識だった。
彼は作業場で過ごすようになった。父が畳を作る様子を見ていた。畳床を作り、畳表を張り、畳縁を縫う。その一連の作業を、彼は摩擦として感じ取った。針が布を貫く摩擦、糸が引かれる摩擦、い草が折り曲げられる摩擦。すべてが情報として彼の中に流れ込んだ。
そして、彼は気づいた。摩擦には個性があった。父の手つきには独特の調子があった。畳職人としての長年の経験が、その摩擦に刻まれていた。無駄な動きがなく、力の配分が完璧だった。その摩擦は美しかった。澄んでいた。不協和がなかった。
だが、世の中の摩擦がすべて美しいわけではなかった。
ある日、客が来た。新興の実業家だった。成金だった。声が大きく、態度が横柄だった。値切ろうとし、父を見下すような口調で話した。彼はその男の声帯の摩擦を読んだ。濁っていた。不快だった。傲慢さと欲望が、その摩擦に滲んでいた。男が畳の上を歩く音も不快だった。乱暴で、配慮がなく、畳を傷つけるような歩き方だった。
彼はその男を嫌った。初めて、誰かを嫌うという感情を持った。摩擦が濁っている者。接触が乱暴な者。周囲に不協和を広げる者。そういう存在が、世界を汚していた。
そして、彼は考えた。もし、そういう存在が消えたら、世界はもっと静かになるのではないか。もっと澄んだ摩擦だけが残るのではないか。
だが、まだその時は、それは漠然とした思いだった。彼はまだ子供だった。ただ、静かに畳の作業場で過ごし、父の仕事を見ているだけだった。
転機が訪れたのは、彼が十二歳の冬だった。祖母が亡くなった。
祖母は老衰だった。ゆっくりと、静かに衰えていった。彼は祖母の部屋で過ごすことが多かった。祖母は優しかった。無理に話しかけず、ただ彼の傍にいてくれた。祖母の摩擦は穏やかだった。呼吸のリズムは規則正しく、心拍の振動は落ち着いていた。
だが、ある夜、その摩擦が変わった。祖母の呼吸が浅くなった。心拍が弱くなった。血流の振動が減少していった。そして、ある瞬間、すべての摩擦が止まった。
静寂だった。
完全な静寂だった。祖母の体から発せられていたすべての振動が、消えた。摩擦がなくなった。刺激がなくなった。苦痛がなくなった。それは、彼にとって初めて体験する、本当の静けさだった。
彼は驚愕した。そして、理解した。死とは、摩擦の終わりだった。すべての振動が止まる瞬間だった。それは、救いだった。少なくとも、彼にとっては。
その夜、彼は祖母の傍でずっと座っていた。摩擦のない体。動かない体。静かな体。それは美しかった。安らかだった。世界を乱さない存在だった。
そして、彼は思った。もし、不快な摩擦を発する者たちが、この静寂に至ったら、世界はどれだけ美しくなるだろうか。
それが、彼の思想の始まりだった。
彼は畳職人として成長した。父から技術を学び、作業場を手伝い、やがて一人前の職人になった。彼の仕事は見事だった。摩擦を完璧に読み取ることができる彼は、畳の繊維の状態を正確に把握し、最適な張り替えを行うことができた。客の評判も良かった。無口だが、仕事は確実だった。
そして、彼は屋敷や料亭に出入りするようになった。華族の邸宅、政治家の別荘、軍人の官舎、実業家の豪邸。畳職人として、彼は自然にそういう場所に入ることができた。そして、彼はそこで、様々な摩擦を読んだ。
ある屋敷では、主人が女中を虐待していた。女中の足音は怯えていた。畳を歩く時の摩擦が、恐怖で震えていた。主人の足音は傲慢だった。力任せに畳を踏みつけ、支配を誇示するような歩き方だった。
ある料亭では、政治家たちが密談していた。彼らの声帯の摩擦は濁っていた。嘘と欲望が混ざり合い、不協和な振動を発していた。金の話、権力の話、裏切りの話。すべてが不快だった。
ある邸宅では、軍人が部下を罵倒していた。怒鳴り声の摩擦は暴力的だった。空気を叩きつけるような振動が、部屋中に響いていた。部下たちの呼吸は浅く、緊張で体が硬直していた。
彼はそういう摩擦を、すべて記憶した。そして、判断した。誰が世界を乱しているか。誰が不快な振動を発しているか。誰が静寂を妨げているか。
そして、ある日、彼は最初の殺しを実行した。
相手は新興財閥の実業家だった。若くして成功し、傲慢になっていた。工場の労働者を搾取し、贅沢な生活を送っていた。彼の屋敷の畳を張り替えた時、彼はその男の摩擦を読んだ。濁っていた。強欲と暴力が渦巻いていた。周囲に不協和を広げていた。
彼は決めた。この男は消えるべきだ。
方法は簡単だった。彼は畳職人だった。床の摩擦係数を微調整することができた。廊下の特定の場所、階段の特定の段、縁側の特定の板。そこに、ほんの少しの湿気を加えた。目には見えない程度の変化だった。だが、摩擦係数は確実に下がった。
一週間後、その実業家は階段で転倒した。頭を打ち、即死だった。事故として処理された。誰も疑わなかった。階段が古かったせいだとされた。
彼はその報せを聞いた時、何も感じなかった。罪悪感もなかった。満足感もなかった。ただ、世界が少しだけ静かになった、と思った。不快な摩擦が一つ消えた。それだけだった。
そして、噂が広まった。
帝都の裏社会には、仲介人たちがいた。彼らは依頼を受け、適切な実行者に繋ぐ役割を担っていた。そして、ある仲介人が、畳職人が関わった屋敷で不審死が起きたことに気づいた。最初は偶然だと思った。だが、二度、三度と続いた。そして、仲介人は畳職人に接触した。
最初の接触は慎重だった。仲介人は遠回しに話を持ちかけた。ある人物を消したい依頼があるが、興味はあるか、と。畳職人は黙って聞いていた。そして、短く答えた。
「誰だ」
仲介人は依頼主の情報を伝えた。対象は軍部の高官だった。汚職に手を染め、部下を使い捨てにしていた。依頼主はその高官に恨みを持つ遺族だった。
畳職人は答えた。
「その男の屋敷に、畳の張り替えを依頼させろ」
それが、彼の暗殺者としての最初の正式な仕事だった。
彼は高官の屋敷に入った。畳職人として、自然に。そして、高官の摩擦を読んだ。濁っていた。権力欲と残虐性が混ざり合っていた。部下を罵倒する声、金を数える時の指の動き、酒を飲む時の喉の摩擦。すべてが不快だった。
彼は決めた。この男は消えるべきだ。
方法は巧妙だった。高官の寝室の畳を張り替えた。その際、畳床に微細な調整を加えた。通気性を変え、湿度の流れを変えた。そして、布団の位置を少しだけずらした。わずか数センチの変化だった。だが、それで十分だった。
三日後、高官は就寝中に窒息死した。布団が顔を覆い、呼吸ができなくなったとされた。老齢のため、寝返りが打てなかったのだろう、と判断された。事故死として処理された。
仲介人は驚嘆した。完璧だった。痕跡がなかった。誰も疑わなかった。そして、高額の報酬が畳職人に支払われた。
畳職人は金を受け取った。だが、金が目的ではなかった。彼にとって、殺しは仕事ではあったが、理念ではなかった。不快な摩擦音を消すことが目的だった。世界を整える感覚で動いていた。静寂は救いだった。
それから、畳師の名は裏社会に広まった。依頼は増えた。政治家、軍人、実業家、思想家。様々な依頼が舞い込んだ。だが、彼はすべての依頼を受けるわけではなかった。
彼には基準があった。
依頼を受ける前に、彼は必ず対象の摩擦を読んだ。屋敷に畳職人として入り、対象を観察した。そして、判断した。
摩擦が濁っている者は殺した。接触が乱暴な者は殺した。周囲に不協和を広げる者は殺した。不快な振動を発している者は殺した。世界を削るような存在は殺した。
だが、摩擦が澄んでいる者は殺さなかった。静かに生きる者は殺さなかった。周囲を乱さない者は殺さなかった。不快な摩擦音を出していない者は殺さなかった。
ある時、政敵を消したいという依頼があった。対象は若い政治家だった。改革派で、既得権益層から煙たがられていた。依頼主は旧勢力の重鎮だった。報酬は破格だった。
畳師は対象の屋敷に入った。畳の張り替えを口実に。そして、若い政治家の摩擦を読んだ。澄んでいた。理想に燃え、民衆のために働こうとする意志が、その摩擦に現れていた。声は力強く、だが傲慢ではなく、歩き方は自信に満ちているが、乱暴ではなかった。
畳師は依頼を断った。仲介人は驚いた。なぜだ、と問うた。畳師は短く答えた。
「あの男の摩擦は澄んでいる」
それ以上の説明はなかった。仲介人は理解した。畳師には独自の基準があった。金だけで動くわけではなかった。自分の感覚で、殺すべき者と殺さざるべき者を判断していた。
そして、仲介人は畳師のことを、ただの殺し屋ではなく、ある種の審判者として認識するようになった。
畳師の殺しは、常に完璧だった。
ある実業家は、湯船で溺死した。心臓発作を起こしたとされた。だが、実際には、畳師が浴室の床の摩擦係数を調整し、実業家が転倒するように仕向けていた。転倒の際、頭を打ち、意識を失い、湯に沈んだ。事故死だった。
ある軍人は、官舎の廊下で転倒し、首の骨を折った。畳師が廊下の板を微調整し、特定の歩幅で歩いた時に滑るように仕組んでいた。軍人は規則正しい歩き方をする癖があった。その癖を読み、完璧なタイミングで転倒させた。
ある華族は、就寝中に急死した。心不全とされた。だが、実際には、畳師が寝室の通気を調整し、わずかに酸素濃度を下げていた。健康な者なら影響はない程度だったが、その華族は心臓が弱っていた。その状態を摩擦から読み取り、自然死に見せかけて殺した。
すべてが事故だった。すべてが病死だった。すべてが自然だった。捜査されることもなかった。疑われることもなかった。畳師の名は、裏社会でのみ囁かれた。
だが、畳師は目立つことを嫌った。騒がしい依頼主は断った。直接対決を求める者も断った。彼は職人だった。静かに仕事をし、静かに去る。それが彼の流儀だった。
大正という時代は、暗殺が日常だった。政治家の暗殺、軍人のクーデター、思想家の粛清。表向きは浪漫の時代だったが、裏では血が流れていた。だが、畳師の殺しだけは、血を流さなかった。静かだった。まるで、存在しなかったかのように、対象は消えた。
ある時、畳師は興味深い依頼を受けた。
対象は有名な思想家だった。社会主義者で、労働運動を指導していた。当局から目をつけられ、何度も検挙されていた。だが、民衆の支持は厚かった。そして、ある実業家が、この思想家を消したいと依頼してきた。
畳師は思想家の集会に潜入した。畳職人として、集会所の畳を張り替える仕事を請け負った。そして、思想家の演説を聞いた。
思想家の声は力強かった。だが、濁ってはいなかった。理想に燃え、不正に怒り、弱者を守ろうとする意志が、その声帯の摩擦に現れていた。周囲の労働者たちの摩擦も読んだ。疲れていたが、希望を持っていた。搾取されていたが、団結しようとしていた。
畳師は判断した。この男の摩擦は澄んでいる。
依頼は断られた。実業家は激怒した。報酬を倍にすると申し出た。だが、畳師は動かなかった。仲介人が説明した。畳師には基準がある。金では動かない。
実業家は別の殺し屋を雇った。だが、その殺し屋は失敗した。思想家は警護を固め、暗殺を逃れた。そして、実業家の陰謀が暴かれ、実業家は失脚した。
その後、実業家は不審死を遂げた。階段から転落し、頭を打った。事故死とされた。
仲介人は知っていた。畳師が動いたのだと。思想家を守るためではなかった。実業家の摩擦が濁っていたからだった。搾取と傲慢が、その男の存在に満ちていたからだった。
畳師は善悪で動くわけではなかった。正義のためでもなかった。ただ、不快な摩擦を消したかった。世界を整えたかった。静寂を求めたかった。
ある年の秋、畳師は奇妙な依頼を受けた。
依頼主は老いた華族だった。対象は、自分自身だった。
老華族は病に冒されていた。だが、死ぬことができなかった。医者が延命措置を施し、家族が生きることを望み、彼は苦痛の中で生き続けていた。そして、彼は畳師に依頼した。自分を殺してほしい、と。
畳師は老華族の屋敷に入った。寝室の畳を張り替えた。そして、老華族の摩擦を読んだ。弱々しかった。だが、濁ってはいなかった。長年の人生を生き、多くを見て、多くを経験し、そして疲れていた。苦痛に満ちていたが、怒りや憎しみはなかった。ただ、終わりを求めていた。
畳師は老華族と話した。珍しいことだった。彼はほとんど他人と話さなかった。だが、この老人とは話した。
「苦しいか」
畳師が尋ねた。老華族は頷いた。
「終わりたい」
老華族が答えた。
「家族は」
「家族は、私が生きることを望んでいる。だが、私は終わりたい」
畳師は黙った。そして、老華族の摩擦を読み続けた。痛みがあった。だが、それ以上に、疲労があった。生きることへの疲労だった。
畳師は答えた。
「分かった」
三日後、老華族は就寝中に息を引き取った。安らかな死だった。家族は悲しんだが、老華族の苦痛が終わったことに、どこか安堵していた。
畳師は報酬を受け取らなかった。仲介人が驚いたが、畳師は答えた。
「あの男は、静寂を求めていた」
それが、畳師が唯一、依頼主の意思で殺した相手だった。他のすべての殺しは、畳師自身の基準によるものだった。だが、この老華族だけは、本人が望んだ。そして、その摩擦は澄んでいた。
大正という時代は、やがて終わりに近づいた。昭和が来ようとしていた。帝都は震災に見舞われ、復興の槌音が響いた。社会は変わり、人々も変わった。そして、畳師の噂も、徐々に消えていった。
ある時期を境に、畳師に関する依頼が来なくなった。仲介人が探しても、見つからなくなった。畳職人としての彼も、姿を消した。屋敷や料亭に出入りしなくなった。
死んだのか、引退したのか、それとも別の場所に移ったのか。誰も知らなかった。記録には何も残っていなかった。ただ、ある時期に妙に事故死や急死が重なった、という記憶だけが残った。
そして、噂が語られた。そんな男がいたらしい、と。畳職人で、殺し屋だった男が。摩擦を読み、不快な者を消していた男が。だが、証拠はなかった。記録もなかった。ただ、語り継がれる話だけが残った。
畳師。
そう呼ばれた男がいたという。
だが、なぜ彼が消えたのか。それについても、いくつかの説がある。
ある者は言う。彼は自分自身の摩擦が濁ったことに気づいたのだ、と。殺しを重ねるうちに、彼自身が世界を乱す存在になった。そして、自らの基準に従い、自らを消したのだ、と。
別の者は言う。彼は完全な静寂を求めて、どこか遠くに去ったのだ、と。人のいない山奥か、孤島か、あるいは海外か。摩擦のない場所を求めて、彼は旅立ったのだ、と。
また別の者は言う。彼は単に老いて、能力を失ったのだ、と。摩擦を読む力が衰え、殺すこともできなくなり、ただの老人として死んでいったのだ、と。
だが、真実は誰も知らない。
私が聞いた話では、こうだ。
畳師は、ある日、自分の手の摩擦を読んだ。長年、殺しを続けてきた手だった。無数の命を奪ってきた手だった。そして、その手の摩擦を読んだ時、彼は気づいた。
濁っている。
自分の摩擦が、濁っている。
彼は驚愕した。いつからだろうか。最初の殺しの時は、彼は純粋だった。ただ、世界を整えたかった。不快な摩擦を消したかった。だが、殺しを重ねるうちに、何かが変わった。殺すことが目的になっていた。金を受け取ることが当たり前になっていた。依頼を選ぶ基準も、曖昧になっていた。
そして、彼自身が、世界を乱す存在になっていた。
彼は自分の基準に従った。濁った摩擦を持つ者は、消えるべきだった。ならば、自分も消えるべきだった。
彼は仕事道具を片付けた。畳職人の道具を、すべて処分した。そして、ある寒い冬の夜、彼は姿を消した。どこへ行ったのか、誰も知らない。遺体が見つかったわけでもない。ただ、消えた。
そして、それ以降、畳師の噂は聞かれなくなった。
だが、時折、老人たちが語る。大正の頃、そんな男がいたらしい、と。畳職人で、殺し屋だった男が。摩擦を読み、世界を整えようとした男が。だが、その男も、やがて自分が世界を乱していることに気づき、消えていった、と。
それが、畳師の話だ。
真実かどうかは分からない。証拠もない。記録もない。ただ、そんな話が語り継がれている。そして、その話を聞くたびに、私は思う。
もし、本当にそんな男がいたとしたら。摩擦を読み、静寂を求め、世界を整えようとした男がいたとしたら。彼は幸せだったのだろうか。
おそらく、幸せではなかっただろう。彼は生まれた時から、苦痛の中にいた。摩擦が苦痛だった。世界そのものが苦痛だった。彼が求めた静寂は、死の静寂だった。すべてが止まる瞬間だった。
そして、彼は人を殺した。数えきれないほど殺した。だが、彼にとって、それは殺しではなかった。世界を整える作業だった。不協和を取り除く作業だった。
だが、最後に、彼は気づいた。自分自身が不協和だったことに。自分自身が世界を乱していたことに。そして、自らを消した。それが、彼なりの筋の通し方だった。
もし、彼が今も生きているとしたら、どこかで静かに暮らしているのだろうか。摩擦のない場所で、誰とも関わらず、ただ静寂の中で。
だが、そんな場所は、この世界には存在しない。生きている限り、摩擦は避けられない。衣服を着れば摩擦がある。食事をすれば摩擦がある。呼吸をすれば摩擦がある。生きることそのものが、摩擦だ。
ならば、彼が求めた完全な静寂は、死以外にはなかった。そして、彼は死を選んだのかもしれない。自らの手で、自らを消したのかもしれない。
だが、それも推測に過ぎない。真実は誰も知らない。
ただ、確かなことが一つある。
大正という時代、帝都のある一角で、妙に事故死や急死が重なった時期があった。そして、そんな男がいたらしい、という噂だけが残った。
畳師。
そう呼ばれた男の物語だ。
この話を聞いて、あなたは何を思うだろうか。そんな男が本当にいたと思うだろうか。それとも、ただの作り話だと思うだろうか。
私には分からない。だが、この話を語り継ぐ意味はあると思う。なぜなら、この話は、ある真実を含んでいるからだ。
人は誰しも、何かを感じている。五感を通じて、世界を認識している。だが、その感じ方は、人それぞれ違う。ある者にとって心地よいものが、別の者にとっては苦痛かもしれない。ある者にとって美しいものが、別の者にとっては醜いかもしれない。
畳師は、摩擦を通じて世界を感じていた。そして、その摩擦の濁りや澄みで、善悪を判断していた。それは、独自の基準だった。誰にも理解されない基準だった。だが、彼にとっては、それが真実だった。
そして、彼は自分の真実に従って生きた。そして、自分の真実に従って消えた。
それは、ある意味で、純粋な生き方だったのかもしれない。
だが、同時に、孤独な生き方でもあった。誰にも理解されず、誰とも分かち合えず、ただ一人で世界と向き合い続けた。そして、最後には、自分自身すら許せなくなった。
畳師の物語は、そういう物語だ。
特殊な能力を持った男の物語。だが、その能力は祝福ではなく、呪いだった。そして、その呪いと共に生き、その呪いと共に消えた男の物語だ。
大正という時代は、遠い昔になった。あの時代を知る者も、ほとんどいなくなった。だが、この話だけは、語り継がれている。
畳師。
そう呼ばれた男がいたという。
そして、この話は、これからも語り継がれていくだろう。真実かどうかは分からないまま、ただ、噂として、伝説として。
なぜなら、人は不思議な話を好むからだ。説明できないものを好むからだ。そして、畳師という男は、まさにそういう存在だった。説明できない能力を持ち、説明できない基準で動き、説明できない形で消えた。
だが、もしかしたら、この話には別の意味もあるのかもしれない。
畳師が殺した者たちは、本当に世界を乱していたのだろうか。摩擦が濁っていた、と畳師は判断した。だが、それは畳師の主観だった。他の者から見れば、その者たちは普通の人間だったかもしれない。あるいは、必要な存在だったかもしれない。
畳師は、自分の感覚だけで、人の生死を決めていた。それは、ある種の傲慢さだった。神のような傲慢さだった。そして、その傲慢さに、彼自身が気づいた。だから、消えた。
この話は、そういう警告を含んでいるのかもしれない。
自分の感覚だけで世界を判断してはいけない。自分の基準だけで他人を裁いてはいけない。なぜなら、それは傲慢だからだ。そして、その傲慢さは、やがて自分自身を滅ぼすからだ。
畳師の物語は、そういう教訓を含んでいるのかもしれない。
だが、それも、私の解釈に過ぎない。この話を聞く者は、それぞれ違う解釈をするだろう。ある者は、畳師を英雄だと思うかもしれない。悪を裁いた者だと。ある者は、畳師を悪魔だと思うかもしれない。無辜の者を殺した者だと。
だが、畳師自身は、おそらく、そのどちらでもなかった。彼はただ、自分の感覚に従って生きた。そして、自分の感覚に従って消えた。それだけだ。
大正という時代は終わった。昭和が来て、平成が来て、令和が来た。世界は変わり続けている。だが、人間の本質は変わらない。今でも、摩擦はある。不協和はある。濁った存在はある。
もし、今の時代に畳師がいたとしたら、彼は何を感じるだろうか。誰を殺すだろうか。それとも、殺すことをやめるだろうか。
分からない。だが、おそらく、彼は今の時代にも適応するだろう。形を変えて、方法を変えて、だが本質は変えずに。そして、静かに、誰にも気づかれずに、不快な摩擦を消し続けるだろう。
だが、それは想像だ。畳師はもういない。大正の時代に消えた。そして、噂だけが残った。
この話は、ここで終わる。
畳師という男がいた。摩擦を読み、静寂を求め、世界を整えようとした男が。だが、その男も、やがて自分が世界を乱していることに気づき、消えていった。
大正という時代の、ある一角の、ある男の物語。




