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世界は静かに壊れている【ショートショート集・短編集】  作者: 御影のたぬき


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【コメディ転生】怠惰の大精霊

 俺の名前は、田中ダイチ。三十二歳。職業は、元プログラマー。


 なぜ「元」かって?それは、俺が死んだからだ。


 死因は、エコノミークラス症候群。


 いや、飛行機に乗っていたわけじゃない。自宅で、ソファに座ったまま、三日間動かなかったのだ。


 トイレにも行かず、食事もせず、ただソファに座ってスマホをいじっていた。水は、手の届く範囲にペットボトルを十本並べておいた。


 三日目、俺は気づいた。足が痺れている。いや、痺れを通り越して、感覚がない。


「ああ、これヤバいやつだ」


 俺は、思った。しかし、動かなかった。動くのが、面倒だったからだ。


 そして、俺は死んだ。血栓が脳に到達して。


 最後の思考は、「ああ、動くの面倒くさかったなあ」だった。


 気がつくと、俺は白い空間にいた。


 いや、「いた」というのも正確ではない。俺には体がなかった。意識だけがあった。


「ようこそ」


 声が聞こえた。すると、光る人型が現れた。


「俺は、神だ」


 神。なるほど。死後の世界か。


「君は、田中ダイチ。三十二歳。死因は、エコノミークラス症候群」


 神は、呆れたような声で言った。


「飛行機でもないのに、エコノミークラス症候群で死ぬとは。珍しい」

「すみません」


 俺は、謝った。いや、声は出なかった。思考が直接神に伝わっているようだった。


「まあいい。君の人生を振り返ってみよう」


 神は、手を振った。すると、空中にスクリーンが現れた。そこには、俺の人生が映っていた。


 小学生の頃。俺は、宿題をやらなかった。面倒だったから。


 中学生の頃。俺は、部活に入らなかった。動くのが面倒だったから。


 高校生の頃。俺は、大学受験の勉強をしなかった。面倒だったから。


 大学生の頃。俺は、講義に出なかった。面倒だったから。


 社会人になってから。俺は、在宅勤務を選んだ。通勤が面倒だったから。


 そして、最後。ソファに座ったまま、三日間動かずに死んだ。


「すごい」


 神は、感心したように言った。


「ここまで徹底的に怠惰な人間は、初めて見た」

「それは、褒め言葉ですか」

「いや、呆れている」


 神は、ため息をついた。


「さて、君をどうするか。普通なら、転生させるところだが」

「転生?」

「ああ。異世界に転生させる。最近の流行りだ」


 神は、説明した。


「しかし、君の場合、問題がある」

「何ですか」

「君は、怠惰すぎる。肉体を持たせたら、また動かずに死ぬだろう」

「それは、否定できません」


 俺は、正直に認めた。


「だから、こうしよう」


 神は、提案した。


「君を、精霊として転生させる」

「精霊?」

「ああ。肉体を持たない存在だ。世界のマナを取り込んで生きる。食べる必要もない。動く必要もない」

「完璧じゃないですか」


 俺は、喜んだ。肉体がなければ、動く必要がない。これは、俺にとって理想的だ。


「ただし」


 神は、付け加えた。


「精霊は、人間と契約して力を貸すことがある。その時は、多少は働いてくれ」

「できる限り」


 俺は、曖昧に答えた。


「まあいい。では、行け」


 神は、手を振った。すると、俺の意識が飛んだ。



 気がつくと、俺は森の中にいた。


 いや、正確には「浮いていた」。俺には体がなかった。ただ、意識と、ぼんやりとした光の球体だけがあった。


 俺は、周りを見回した。いや、見回すという感覚も正確ではない。俺は、360度全方位を同時に認識できた。


 森だ。木々が生い茂り、鳥が鳴き、風が吹いている。


 そして、俺は感じた。空気中に、何かが満ちている。マナだ。


 俺は、マナを取り込んでみた。すると、満たされる感覚があった。まるで、美味しいものを食べたような。


「これは、いい」


 俺は、思った。食べる必要がない。ただ、漂っているだけで、マナが勝手に体に入ってくる。


 俺は、完全に静止した。動く必要がない。ただ、浮いているだけで、生きていける。


 これは、天国だ。


 数時間後、俺はまだ同じ場所に浮いていた。動いていない。


 その時、人間が現れた。若い女性だ。魔法使いのような服を着ている。


「あ、精霊だ」


 女性は、俺を見て喜んだ。


「初めまして。私は、エリナ。魔法使いです」


 エリナは、俺に話しかけてきた。しかし、俺は答えなかった。面倒だったから。


「あの、聞こえますか?」


 エリナは、不安そうに聞いた。しかし、俺はまだ答えなかった。


 すると、エリナは何かを察したようだった。


「もしかして、瞑想中ですか?」


 瞑想?いや、ただ怠けているだけだが。


「そうか、精霊は深い瞑想に入ることがあるって聞いたことがある」


 エリナは、一人で納得した。


「邪魔して申し訳ありません。では、瞑想が終わったら、声をかけてください」


 エリナは、去っていった。


 俺は、思った。これは、便利だ。何もしなければ、勝手に「瞑想中」だと思われる。


 俺は、そのまま浮いていた。


 数日後、エリナが戻ってきた。


「あの、まだ瞑想中ですか?」


 エリナは、心配そうに聞いた。俺は、まだ答えなかった。


「数日も瞑想とは、すごい集中力だ」


 エリナは、感心した。


 俺は、内心で笑った。集中力?いや、ただ面倒なだけだ。


 しかし、エリナはさらに誤解を深めていった。


「きっと、世界の真理を探求しているんだ」


 真理?いや、何も考えていない。


「私も、見習わないと」


 エリナは、俺の隣で座禅を組み始めた。


 俺は、困惑した。いや、困惑する気力もなかった。ただ、浮いていた。



 一週間後、エリナはまだ俺の隣にいた。


「精霊様、まだ瞑想を続けているんですね」


 エリナは、尊敬の眼差しで言った。


 俺は、思った。そろそろ何か言った方がいいかもしれない。しかし、面倒だ。


 その時、別の人間が現れた。中年の男性だ。魔法使いの長老のような雰囲気だった。


「エリナ、何をしている」

「師匠!この精霊様と、一緒に瞑想しているんです」

「精霊?」


 長老は、俺を見た。そして、驚いた。


「これは、高位の精霊だ」

「高位?」


 エリナが聞いた。


「ああ。このマナの密度を見ろ。普通の精霊の十倍はある」


 長老は、説明した。


「そして、一週間も微動だにしない。これは、深い瞑想の証だ」


 いや、ただ動いていないだけだが。


「この精霊は、おそらく数百年は生きている。そして、世界の真理に到達しようとしている」


 長老は、真剣な顔で言った。


「エリナ、この精霊と契約できれば、君は強大な力を得られるだろう」

「本当ですか」

「ああ。しかし、このレベルの精霊と契約するには、相応の対価が必要だ」


 長老とエリナは、俺の前にひざまずいた。


「偉大なる精霊様、どうか私たちと契約を」


 長老が言った。


 俺は、考えた。契約?面倒だ。しかし、断るのも面倒だ。


 俺は、何もしなかった。


 すると、長老は言った。


「沈黙か。これは、試練だな」

「試練?」


 エリナが聞いた。


「ああ。精霊様は、私たちが本当に契約に値するか、試しているんだ」


 いや、ただ面倒なだけだ。


「では、私たちは修行を積んで、また来よう」


 長老とエリナは、去っていった。


 俺は、思った。これは、うまくいった。何もしなければ、勝手に去ってくれる。



 一ヶ月後、長老とエリナが戻ってきた。しかし、今回は一人ではなかった。十人以上の魔法使いを連れていた。


「偉大なる精霊様」


 長老が言った。


「私たちは、一ヶ月間修行を積みました。どうか、契約を」


 全員が、俺の前にひざまずいた。


 俺は、困った。これは、面倒なことになってきた。


 しかし、俺は何もしなかった。面倒だったから。


 すると、長老が言った。


「まだ、試練は続くのか」


 長老は、考え込んだ。そして、気づいたように言った。


「そうか、精霊様は、私たちに何かを教えようとしているんだ」

「何をですか」


 エリナが聞いた。


「静寂の大切さだ」


 長老は、説明した。


「精霊様は、一ヶ月以上も動かず、瞑想を続けている。これは、静寂と不動の境地を示しているんだ」

「なるほど」


 魔法使いたちは、納得した。


「では、私たちも精霊様を見習おう」


 全員が、俺の周りで座禅を組み始めた。


 俺は、思った。これは、まずい。しかし、動くのは面倒だ。


 俺は、そのまま浮いていた。


 数日後、魔法使いたちはまだそこにいた。しかし、ほとんどが眠っていた。


 長老だけが、まだ座禅を組んでいた。


「精霊様、私はまだ修行が足りません」


 長老は、自分に言い聞かせるように言った。


 その時、森に獣が現れた。巨大な狼だ。魔獣だろう。


 魔獣は、眠っている魔法使いたちに向かって走ってきた。


 長老は、立ち上がって魔法を唱えようとした。


 しかし、その時、俺は思った。これは、面倒だ。魔獣が暴れたら、うるさい。静かにしてほしい。


 俺は、わずかにマナを放出した。ただ、魔獣を追い払うために。


 すると、俺のマナが波動となって広がった。魔獣は、その波動に触れた瞬間、恐怖に震えた。そして、逃げ去った。


 長老は、驚いた。


「精霊様が、私たちを守ってくださった」


 長老は、俺にひざまずいた。


「ありがとうございます」


 俺は、思った。いや、ただうるさかったから追い払っただけだ。


 しかし、長老は違う解釈をした。


「精霊様は、動かずして敵を退けた。これこそ、真の力だ」


 長老は、他の魔法使いたちを起こした。


「みんな、精霊様の力を見たか」

「見ました」


 エリナが答えた。


「精霊様は、私たちを守ってくださった」


 全員が、俺にひざまずいた。


「偉大なる精霊様、どうか私たちと契約を」


 俺は、ため息をついた。いや、精霊だからため息はつけないが。


 これは、面倒なことになった。



 数ヶ月後、俺の噂は広まっていた。


「森に、不動の大精霊がいる」


 人々は、そう言った。


「数ヶ月間、微動だにせず、瞑想を続けている」

「その場にいるだけで、周囲のマナが浄化される」

「魔獣すら、近づけない」


 噂は、どんどん大きくなっていった。


 そして、ある日、王国の使者が来た。


「偉大なる精霊様」


 使者は、俺の前にひざまずいた。


「王国は、精霊様の力を必要としています。どうか、お力をお貸しください」


 俺は、無視した。面倒だったから。


 使者は、一週間待った。しかし、俺は何も反応しなかった。


 使者は、諦めて帰った。


 しかし、これが逆効果だった。


「精霊様は、王国の使者すら無視した」


 人々は、噂した。


「きっと、俗世のことには興味がないんだ」

「超越した存在なんだ」


 俺の評価は、さらに上がった。


 数週間後、冒険者のパーティが来た。


「精霊様、私たちにも力を貸してください」


 リーダーらしき男性が言った。


「私たちは、魔王を倒す旅をしています」


 魔王?まあ、よくある設定だ。


「どうか、祝福を」


 冒険者たちは、俺にひざまずいた。


 俺は、考えた。祝福?面倒だ。しかし、何もしなければ、いつまでもここにいるだろう。それも面倒だ。


 俺は、わずかにマナを放出した。冒険者たちに向かって。


 すると、冒険者たちの体が光った。


「これは」


 リーダーが驚いた。


「精霊様の祝福だ」


 魔法使いの女性が言った。


「感じます。マナが、体に満ちています」


 冒険者たちは、喜んだ。


「ありがとうございます、精霊様」


 彼らは、去っていった。


 俺は、思った。これで、しばらくは静かになるだろう。


 しかし、数日後、冒険者たちが戻ってきた。


「精霊様!」


 リーダーが叫んだ。


「私たちは、魔王軍の幹部を倒しました。精霊様の祝福のおかげです」


 冒険者たちは、俺に感謝した。


 そして、この噂も広まった。


「不動の大精霊の祝福を受けた冒険者が、魔王軍の幹部を倒した」


 人々は、驚いた。


「精霊様の力は、本物だ」


 俺の評価は、さらに上がった。



 半年後、俺の周りに神殿が建てられていた。


 いや、俺は何も頼んでいない。勝手に建てられたのだ。


 人々は、俺を崇拝するために、神殿を建設した。立派な石造りの建物だ。


 俺は、神殿の中央に安置された。いや、ただそこに浮いているだけだが。


 毎日、多くの人々が参拝に来た。


「偉大なる不動の大精霊様」


 人々は、俺にひざまずいた。


「どうか、私たちに祝福を」


 俺は、面倒だったので、ごくわずかにマナを放出した。それだけで、人々は満足して帰っていった。


 そして、神官が任命された。長老だった。


「私は、精霊様に仕える神官となりました」


 長老は、俺に報告した。


「これから、毎日精霊様に祈りを捧げます」


 長老は、毎日朝晩に祈りを捧げた。俺は、それを聞いていた。いや、聞こえてしまうだけだが。


 ある日、長老が言った。


「精霊様、一つ質問してもよろしいでしょうか」


 俺は、無視した。面倒だったから。


「沈黙は肯定と受け取ります」


 長老は、勝手に解釈した。


「精霊様は、なぜ動かないのですか」


 長老は、聞いた。


 俺は、心の中で答えた。面倒だからだ。


 しかし、長老は自分で答えを見つけた。


「そうか、わかりました」


 長老は、納得した顔をした。


「精霊様は、不動であることで、世界の中心となっているんですね」


 いや、違う。


「動かないことで、すべてを見通している」


 いや、何も見ていない。


「これこそ、真の悟りだ」


 長老は、一人で納得した。


 そして、この解釈も広まった。


「不動の大精霊は、動かないことで世界の中心となっている」


 人々は、そう信じた。



 一年後、大事件が起きた。


 魔王軍が、王国に侵攻してきたのだ。


 王国軍は、苦戦していた。魔王は強大だった。


 そして、ある日、魔王自身が神殿に現れた。


「不動の大精霊とやらに会いに来た」


 魔王は、巨大な体で神殿に入ってきた。


 人々は、恐怖に震えた。


 魔王は、俺の前に立った。


「お前が、噂の大精霊か」


 魔王は、俺を見た。


「動かないのは、本当らしいな」


 魔王は、笑った。


「では、試させてもらおう」


 魔王は、魔法を放った。強力な攻撃魔法だ。


 俺は、思った。これは、面倒だ。


 しかし、動くのはもっと面倒だ。


 俺は、何もしなかった。


 魔王の魔法が、俺に命中した。いや、命中する直前に、俺の周りのマナが自動的に防御壁を形成した。


 魔王の魔法は、防御壁に跳ね返された。


 魔王は、驚いた。


「何だと」


 魔王は、さらに強力な魔法を放った。しかし、それも跳ね返された。


 俺は、思った。これは、便利だ。マナが勝手に俺を守ってくれる。


 魔王は、何度も攻撃した。しかし、すべて跳ね返された。


 やがて、魔王は疲労した。


「くそ、こいつは本物だ」


 魔王は、認めた。


「不動の大精霊。動かずして、すべてを跳ね返す」


 魔王は、一歩後退した。


「今日のところは、退いてやる」


 魔王は、去っていった。


 人々は、歓喜した。


「精霊様が、魔王を退けた!」


 長老が叫んだ。


「精霊様は、動かずして魔王を倒した!」


 いや、倒していない。ただ、勝手に守られただけだ。


 しかし、人々はそう信じた。


「不動の大精霊は、無敵だ」


 俺の評価は、最高潮に達した。



 数年後、俺は完全に大精霊として崇拝されていた。


 神殿は拡張され、今では巨大な宗教施設になっていた。


 毎日、数千人が参拝に来た。


 俺は、相変わらず同じ場所に浮いていた。動いていない。


 長老は、今では大神官になっていた。


「精霊様、今日も多くの参拝者が来ています」


 大神官が報告した。


 俺は、無視した。面倒だったから。


 しかし、大神官は慣れていた。


「沈黙は、精霊様の深い思慮の表れです」


 大神官は、勝手に解釈した。


 ある日、エリナが訪ねてきた。彼女は、今では王国の宮廷魔法使いになっていた。


「精霊様、お久しぶりです」


 エリナは、俺にひざまずいた。


「あの日、精霊様と出会ってから、私の人生は変わりました」


 エリナは、語った。


「精霊様の静寂を見習って、私は魔法の研究に集中しました。そして、今では宮廷魔法使いになれました」


 エリナは、感謝した。


「すべて、精霊様のおかげです」


 いや、俺は何もしていない。ただ、浮いているだけだ。


 しかし、エリナは信じていた。


「精霊様は、動かずして、すべてを教えてくださいました」


 エリナは、去っていった。


 俺は、思った。これは、楽だ。何もしなくても、勝手に感謝される。


 ある日、若い冒険者が来た。


「精霊様、私にも力を貸してください」


 冒険者は、真剣な顔で言った。


「私は、村を救いたいんです。魔物に襲われている村を」


 俺は、考えた。村を救う?面倒だ。しかし、この冒険者は真剣だ。


 俺は、ごくわずかにマナを放出した。冒険者に向かって。


 冒険者の体が、光った。


「これは」


 冒険者は、驚いた。


「精霊様の祝福だ」


 大神官が説明した。


「その祝福があれば、君は必ず村を救えるだろう」


 冒険者は、感謝して去っていった。


 数日後、冒険者が戻ってきた。


「精霊様!」


 冒険者は、喜んでいた。


「村を救えました。精霊様の祝福のおかげです」


 冒険者は、俺に深く頭を下げた。


 俺は、思った。良かった。


 いや、本当に良かった。面倒なことにならなくて。



 十年後、神様が現れた。


 あの時の、転生させてくれた神だ。


「やあ、久しぶりだな」


 神は、俺の前に現れた。


 俺は、驚いた。しかし、動かなかった。面倒だったから。


「相変わらず、動かないんだな」


 神は、笑った。


「しかし、驚いたよ。君が、大精霊として崇拝されているとは」


 神は、周りを見回した。


「立派な神殿だ。数千人の信者。これは、予想外だった」


 神は、俺に話しかけた。


「君は、何もしていないのに、崇められている」


 俺は、思った。その通りだ。


「いや、正確には、何もしないことで、崇められている」


 神は、分析した。


「君の怠惰が、人々には深い瞑想と映っている」

「君の無関心が、超越した悟りと映っている」

「君の無行動が、不動の力と映っている」


 神は、感心した。


「これは、ある意味、究極の成功だ」


 神は、続けた。


「君は、努力せずに、最高の地位を得た」


 神は、笑った。


「まあ、いいだろう。君は幸せか?」


 俺は、考えた。幸せ?


 俺は、動く必要がない。食べる必要がない。働く必要がない。


 ただ、浮いているだけで、崇拝される。


 これは、幸せだろうか。


 俺は、答えた。思考で。


「はい、幸せです」


 神は、頷いた。


「そうか。ならば、良かった」


 神は、去ろうとした。しかし、一つ付け加えた。


「ただし、時々は動いてもいいんだぞ」


 俺は、思った。いや、面倒だ。


 神は、笑って消えた。


【エピローグ:永遠の怠惰】


 それから、百年が経った。


 俺は、今も同じ場所に浮いている。


 神殿は、さらに巨大になった。今では、大陸最大の宗教施設だ。


 毎日、何万人もの人々が参拝に来る。


 俺は、相変わらず動いていない。


 そして、俺の評価は、さらに上がっている。


「不動の大精霊は、百年間も動いていない」


 人々は、驚嘆した。


「これこそ、究極の悟りだ」

「これこそ、永遠の真理だ」


 俺は、思った。いや、ただ面倒なだけだ。


 しかし、もう説明する気もない。面倒だから。


 俺は、このまま浮いている。


 永遠に。


 なぜなら、動くのが面倒だから。


 そして、それが俺の幸せだから。


 不動の大精霊、田中ダイチ。


 怠惰すぎて、崇められた男。


 いや、もう男ではない。精霊だ。


 しかし、本質は変わらない。


 俺は、怠惰だ。


 そして、それが俺の生き方だ。


 完。

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同作者の完結作品

水が死んだ日

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