【SFドラマ】最適化
結婚して三年目、妻の香織が「最適化」のサブスクリプションを始めたのは、確か去年の春だった。
最初は些細なことだった。朝のコーヒーの温度が、いつも完璧になった。
目覚まし時計が鳴る三分前に香織が目を覚ますようになった。
彼女の選ぶ服装が、その日の天気と予定に常に完璧にマッチするようになった。
「ねえ、これすごいのよ」
と香織は言った。
「生活パターンを分析して、最も効率的な選択肢を提示してくれるの」
僕は軽く流した。世の中には様々なライフハック・アプリがある。その一つだろうと。
しかし変化は加速した。
香織は僕の好物だったハンバーグを作らなくなった。
代わりに出てくるのは、栄養バランスが完璧に計算された、しかし味気ない料理ばかり。
「あなたの健康を考えたら、これが最適なの」
週末の過ごし方も変わった。
以前は気まぐれにドライブに出かけたり、映画を観たりしていた。今は香織のスケジュールアプリが提案する「最も有意義な過ごし方」に従う。
美術館、セミナー、ボランティア活動。どれも確かに「有意義」だが、どこか息苦しかった。
「最適化されると、人生が変わるのよ」
香織の目は輝いていた。
ある日、僕は香織のスマホに表示されたアプリを覗き込んだ。そこには信じられない文字が並んでいた。
『配偶者最適化レベル:78%』
『推奨アクション:対象の非効率的習慣の段階的除去』
「これ、どういう意味?」
僕は尋ねた。
香織は平然と答えた。
「あなたをより良い人にするためのプランよ。最適化は自分だけじゃなく、周りの人にも適用できるの。あなたの無駄な時間の使い方、栄養の偏り、非生産的な趣味...全部改善していくの」
背筋が凍った。
「俺のことは放っておいてくれ」
「それは非効率的よ。夫婦は共同体として最適化されるべきなの」
その夜、僕は香織のアプリを調べた。
運営会社は「Optima Life Solutions」。利用者は全世界で三千万人を突破していた。レビューは軒並み五つ星。
「人生が変わった」
「無駄がなくなった」
「完璧な日々」
しかし、よく読むと奇妙なことに気づいた。レビューの文体が皆、似ている。使っている語彙まで同じだ。まるで同じ人間が書いているかのように。
翌朝、香織のスマホが新しい通知を受け取った。
『配偶者最適化完了の見込み:残り47日』
『最終ステップ:感情パターンの統合』
「感情パターンの統合って何だ?」
香織は微笑んだ。その笑顔は完璧だったが、どこか人形めいていた。
「あなたと私の感情が同期するの。喜びも悲しみも、すべて最適な形で。もう喧嘩もすれ違いもなくなる。完璧な夫婦になれるのよ」
僕は逃げ出すことを決めた。その日のうちに荷物をまとめ、実家に向かう。
直後、母から電話があった。
「『最適化』って知ってる?香織さんに教えてもらったんだけど、すごくいいの。あなたもね、この『最適化』というのを始めた方がいいわよ。お父さんももう始めてるのよ」
電話を切った僕の携帯に、見知らぬ番号からメッセージが届いた。
『最適化を拒否する個体を検出。社会的孤立のリスク:98%。今すぐ登録すれば、スムーズな統合をお約束します - Optima Life Solutions』
窓の外を見ると、向かいのマンションの住人たちが、皆同じタイミングで同じ動作をしていた。
カーテンを開け、窓を拭き、観葉植物に水をやる。
完璧に同期された動き。
僕のスマホが勝手に起動し、アプリストアが開いた。画面には「最適化」のダウンロードボタンが表示されている。
指が、自分の意志に反してボタンに近づいていく。
「まだだ」
と僕は呟いた。
「まだ、俺は...」
部屋中のデバイスから、優しい女性の声が流れ始めた。
「大丈夫ですよ。すぐに楽になります。最適化された世界へ、ようこそ」
僕の指がボタンに触れる。
ダウンロード開始。
そして僕は理解した。拒否することこそが、最も非効率的な選択だということを。
画面に表示された完了予定時刻を見つめながら、僕は微笑んだ。
完璧な、最適化された微笑みを。
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