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勇者物語No.10〜婚約者の王太子が冤罪をふっかけてきたので、勇者と結婚することを決めました〜

作者: 雅せんす
掲載日:2026/08/18

「コレット・マグレーン公爵令嬢。あなたは王太子殿下の婚約者でありながら、勇者カインと浮気し、この国の乗っ取りを画策した。よってここに、断首刑を申し渡す」


 相変わらずこれみよがしに煌びやかな王城の謁見の広間で、宰相が手に持った詔書を粛々と読み上げた。


 壇上では、国王が厳しい表情で私を睨み、王妃が不快げに扇子で口元を隠した。

 王太子ルドワルは、私に裏切られたというような苦渋の表情を作り、そこには純真無垢を貼り付けた聖女リリが気遣わしげに寄り添う。


 私は、表面だけどうにか整えた茶番劇を前に、半眼で彼らを見つめた。



 嗚呼、まさか三年に渡る魔王討伐の旅から戻って、こんな冤罪をふっかけられるなんて思いもしなかった……。



◆◆◆



 ――時を遡ること、三年前。


「ぼぼぼぼぼ僕が勇者ですか!?」

 王城の謁見の広間で、目をぐるぐるさせて村人Aのような青年が叫んだ。


 この世界では、三百年に一度の周期で魔王が復活した。

 毎回、ランダムに様々な国に復活する魔王だが、今回は運悪く、私の住むタウガン国で復活してしまったのだった。


 しかしよくできたもので、魔王が復活すると自動的に聖剣が勇者を選んでくれることになっていた。

 そうして選ばれたのが、この村人Aのような青年、カインさんだった。


 謁見の広間は、全体的にどうだ、豪華だろう!?とそれぞれがやかましく主張しているような装飾に加えて、その両脇に立つ着飾った貴族達も合わさり、目がチカチカする色彩の暴力のような空間となっていた。


 そんな中、前方真ん中に一人ぽつんと立つカインさんは、場違いにもほどがあった。


 伸びてボサボサの黒髪に、こけた頬。薄汚れて穴の空いたボロ切れのような服に、痩せ細ったひょろりとした体躯。

 彼は、辺境の小さな貧しい村の天涯孤独の青年だった。


 ただ唯一、その背には荘厳な剣が背負られていた。


 壇上の豪奢な椅子には、見目だけは美しい国王と王妃が座っていた。

 並んで座る王太子ルドワルも、二人によく似た金髪碧眼の美貌の青年だ。その性格の悪さもそっくりだったが、両親同様に上手く外面を作り上げ、聡明で勇敢な王太子ということになっていた。


 残念なことに、私の婚約者である。

 私は、真っ直ぐな赤い髪に吊り目がちなアメジストの瞳、顔立ちは美しい部類だと思う。

 しかしながら、やらかすルドワルに口喧しく注意し続けた結果、とことん嫌われてしまっていた。


「安心せよ。何も其方にだけ、魔王討伐を任せることはせん。王太子であるルドワルも共に魔王討伐に向かわせる」

 国王の言葉に、ルドワルがドヤ顔で立ち上がった。


 周囲の貴族達が、「おお!」と期待の歓声を上げたが、私はギョッとしてルドワルを見た。

 根性責任皆無、接待指導で磨き上げられたのはやたら高い自尊心だけの彼に、一体何ができると!?


「でしたら、神殿からも聖女リリを同行させよう」

 ローブ姿の、清貧とは?と首を傾げたくなるでっぷりとした神殿長が、神官達の一群からせかせかと進み出た。

 

 聖女リリが、軽やかに壇上に上がった。

 目に優しくない濃ゆいピンクのツインテールに、同じくピンクの大きな瞳。フリフリフワフワのローブもピンク。


 印象としてピンクの一言の聖女は、リリ・カナン男爵令嬢だ。

 本当に、どうして神様はリリを聖女に選んだのかと襟首を揺さぶりたい気持ちでいっぱいだが、彼女はその愛らしい顔立ちと人懐こい性格で、国民に絶大な人気があった。


 しかし、私は彼女を動く災厄と認識している。

 リリは、無自覚とわざとを天才的に織り交ぜていろいろやらかすのだ。

 先日も舞踏会で他国の美形王子に突進し、すわ暗殺かと国際問題に発展した。


 結局、その尻拭いは私に丸投げされ、どうにか戦争は回避できたものの、本当に大変な思いをさせられた。


 国王も、神殿長も、二人を勇者に寄生させて、その名誉と名声を手にしようと目論んでいるのだろう。

 

 しかし、彼らが勇者と一緒に行ったら、救われる世界も滅んでしまう……。


「畏れながら申し上げます」

 私は仕方がないので、貴族の集団から一歩前に進み出た。


「また出しゃばって」

 ルドワルが、小さく悪態をついてその美貌を顰めた。

 だがしかし、私だって出たくて出ているわけではない。

 

「魔王討伐ですので、勇者様には第一騎士団が一緒に行くのはいかがでしょうか?」

 ルドワルとリリが一緒に行くのを止められないにしても、せめて精鋭部隊を付ければどうにかならないかと思った。


「何を言っている。第一騎士団は、儂を守らなくてはならんだろう」

 キリリと答える国王も、やはり使えない御仁だった。


 カインさんが、縋るような目で私を見つめた。

 さすが勇者様。この短い会合の中でもいろいろ察したみたいだ。


 まるで、捨て犬が見捨てないでと必死で訴えるようにこちらを見ている。


 私は、仕方がないので覚悟を決めた。


「それでは、不肖私もご一緒いたします」

 お母様が辺境伯令嬢だったため、剣はお祖父様に習って多少の腕前はあった。野営や料理もできる。

 何より、あのルドワルとリリが勇者様の邪魔をしないように見張ることは私しかできないことだろう……。





 こうして、私も一緒に魔王討伐の旅に行くことになったのだが、その旅は過酷を極めた。


 主に二人のせいで……。


「リリ、こんなところイヤ!」

「俺は王太子だぞ!?」

 二人はとにかくわがまま放題だった……。


「申し訳ございません。本日は、宿ではなくテントで一泊となります」

 今日も飽きずに騒ぐ二人に、私は心を無にして謝った。


 その少し離れた場所では、カインさんが速やかにテントを組み立て、終わると私に頷いた。

 私はそれを横目で確認して、二人にばれないように小さく頷いた。


「どうぞ、お二人はテントでお休みになっていてください。あんまり騒ぐと魔獣が来てしまいますよ」

 私が言ったタイミングで、茂みに潜んだカインさんがガサガサと茂みの枝を揺らした。


「キャ! ル、ルド君、怖いです。早くテントに入りましょう」

「しょ、しょうがないからお前の言う通りにしてやろう」

 二人はやっとおとなしくテントに入り、しばらくすると甘い空気が中から漏れ始めた。

 この旅で、ルドワルとリリは早々に恋人同士になっていた。


 私はやれやれとため息を吐くと、茂みに向かって小声をかけた。

「カインさん、ありがとうございます」

「いえ、こちらこそいつもお二人をお任せしてしまって申し訳ございません」

 私達はそのままそっとその場を離れた。


「ところでカインさん、聖剣がないようですが?」

 いつも背中に貼り付いている聖剣が今は無くなっていた。


「ええ、たまに消えてしまうのですが、そのうち戻ってくると思います」

 カインさんが、まるで放し飼いの動物のことを話すように言った。


 聖剣は、まだまだ謎の部分が大きい。


「コレット様。今日も剣術を教えていただけますか?」

 急に勇者となって戸惑うことばかりだろうに、カインさんは精一杯努力していた。


「もちろんです。カインさん、随分筋肉も付いてきましたね」

 暇さえあれば、カインさんは腹筋をしたり腕立てをしたりと体を鍛えていた。


 ガリガリだった彼は、私がせっせと料理を食べさせているうちに頬のこけも消え、体はしなやかな筋肉に覆われるようになってきた。


「よろしかったら、髪を縛りましょうか?」

 元々長めだった髪は旅の間に肩を超え、前髪も邪魔そうに見えた。


「いえいえ、そんなお手を煩わせては申し訳ないです」

 カインさんは、慌てたように両手を振った。

 見た目は変わったけど、腰の低さは出会った頃のままだ。


「後ろに一つに縛るくらい、なんの手間もありません」

 私はしきりに恐縮するカインさんを気にせず、強引に飾り紐で髪を後ろに一つに縛った。

 手入れをするようになった彼の髪は、大分艶が出てきた。


「あと、前髪も切りませんか?」

 前髪もとうとう鼻にかかるようになってしまっていた。

「……では、よろしくお願いします」

 カインさんは困ったように逡巡したが、すでに私がハサミを用意しているのを見て、断るのは無理だと判断したようだ。


「はい」

 私はカインさんに切り株に座ってもらうと、前髪を左手の人差し指と中指で挟んだ。

「目を閉じていてくださいね」

 チョキンと軽やかな音と共に、カインさんの黒髪が地面に落ちる。

 

 あまり短く切りすぎないように注意しながら、チョキチョキと切っていく。

 やっと現れた鼻は、想像したより高く鼻筋が通っていた。精悍な頬と薄い唇、形良い鼻のパーツに、あれ?と思った。


 そして、とうとうカインさんの閉じられた目が現れると、私はピタリと手を止めた。


「コレット様?」

 ゆるりと開いたその瞳は、蜂蜜を煮詰めたような甘やかな琥珀色で、長いまつ毛に覆われている。

 長い前髪を切って現れたのは、彫刻のように美しく整った顔立ちだった。


 息が触れるほど、顔を近づけていた私はその甘やかな琥珀色の瞳と目が合った瞬間、真っ赤になった。

 ただでさえ、努力家で優しく真面目なカインさんにドキリとすることが多かったのに、これはいけない、格好良すぎる。

 聖剣は顔で勇者を選んだのではと、思わず疑いの目を向けたくなった。


「ち、近い」

 焦ったようにカインさんは後ろに体を引いて、コロンと切り株から落ちた。


「大丈夫ですか!?」

「は、はい」

 私は慌てて、カインさんに手を差し出した。

 そっと握られた、私の手をすっぽり包む大きく優しい手。


 思わず、彼の琥珀色の瞳に吸い込まれるように見つめ合ってしまう。


 しかしテントがギシリと揺れる音がして、私はハッと我に返った。


「えっと、その、剣術。そう、剣術を教えるのでしたね」

「は、はい。よ、よろしくお願いします」

 



 私は、魔王討伐の旅をする中でどんどんカインさんに惹かれ、そして、それは彼も同様だった。


 とはいえ、私はルドワルの婚約者だ。

 ルドワルが平然とリリと浮気しているからといって、私も同じところまで落ちるつもりはない。

 お互いの気持ちを感じながらも、私とカインさんは仲間としての距離感を保って旅を続けた。




 カインさんがその距離を超えてきたのは、本当にただ一度だけ。


 魔王を無事に討伐したその時だけだった。


 私は、カインさんにプロポーズをされた。

 それは泣きたくなるほど嬉しかった。

 その胸に飛び込んで、彼と幸せになりたいと思った。


 しかし、私はそのプロポーズを断わり、別れを選んだ。

 カインさんが守ってくれたこの国の未来を守れるのは、私だけだと理解していたからだった。



◆◆◆



 こうして、私は自分の幸せを諦めて、国のためにルドワルを支えることを選んだのに――。



「コレット・マグレーン公爵令嬢。あなたは王太子殿下の婚約者でありながら、勇者と浮気し、この国の乗っ取りを画策した。よってここに、断首刑を申し渡す」


 ギラギラと嫌味なほど煌びやかな王城の謁見の広間、惨めな私を見せしめるために集められた貴族達はその王命にざわりと空気を揺らした。


 王都に戻った私とカインさんは、魔王を前に戦いもせずに王都に逃げ帰っていたルドワルとリリの証言によって捕らえられた。


 ルドワル劇場によると、私は無知な勇者を誘惑して誑かし、不貞を繰り返したうえ、勇者を使ってこの国を乗っ取ることを画策したのだそうだ。

 そんな真実に欠片も掠らない話を、ルドワルは苦悶の表情で、時に声を荒げ、いかに自分が魔王討伐のためにその屈辱の日々に耐え忍んできたか切々と訴えた。


 そして、勇者と共に魔王を倒した今、私の罪を白日の元に晒し、厳しい処罰を決断したと、毅然とした表情で宣ったのだった。


 悔しいが、品行方正を装うルドワルの演技力は、まったくのでたらめなのに鬼気迫る説得力があった。


 要するに、リリとの桃色の日々と敵前逃亡を無かったことにしようと必死なのだ。それは、神殿も王家も同様で、ルドワルの言葉を支持した。

 カインさんに対しては、勇者ではあるけど平民なので何を言っても証拠にならないのと、褒美でも与えとけばいいだろうという侮りが透けて見えた。


「私は、何も恥じることをしていません。浮気をしていたのは、殿下と聖女様ではありませんか」

 もちろん、こんな王命を素直に受け入れられるわけがない。

 

「黙れ! 言うに事欠いてそんな事実無根をでっちあげて恥ずかしくないのか!?」

「そうです。ちゃんと、悔い改めてください」

 ルドワルとリリが、ものすごいブーメランな言葉を吐いた。


「コレット、残念だ。其方を信じて王太子妃に選んだというのに…」

「これ以上、無様を晒すのはおやめなさい。見苦しいですよ」

 そこに、真実を知っているであろう国王と王妃が加わった。彼らも、可愛い我が子を守るために私を処刑したいようだ。


 お父様は、悔しげに唇を噛むものの無言を貫いた。

 公爵家のために、娘を切り捨てることを選んだのだろう。

 それは、悲しいが仕方がないと思った。


 この場に、私の味方は誰もいなかった。

 ただ、一人を除いて……。

 

「ふざけるな! コレット様は魔王討伐の過酷な旅を支え、女の身でありながら共に戦い、そのおかげで魔王を討つことができたんだ。王太子殿下は、聖女様と浮気三昧、魔王を前に逃げ帰るしかしてないじゃないか!」

 我慢できないように、カインさんが叫んだ。


「え? 逃げ帰った?」

「王太子殿下と勇者様が力を合わせて魔王を討伐したんじゃないのか?」

 集まった貴族達が、ざわざわと囁き合った。

 

 旅の間ずっとカインさんは、王太子であるルドワルの前では恐縮しておとなしく従っていたから、まさか声を上げるなんて思いもしなかったのだろう。


「ぶ、無礼者! 平民の分際で口を開くな!」

 真っ赤な顔をして、ルドワルが怒鳴り散らした。

 


 ――その時、バン! と無遠慮に広間のドアが開いた。



「お〜い、聖剣。上映時間に遅れちまったか?」

 場の空気など読まずに、倒したはずの魔王がひょっこり現れた。


「いやいや、時間ぴったりっすよ〜」

 どこからともなく、街にいる若者のように軽い声が答えた。


「おお、良かった。おい、間に合ったぞ」

 私達が呆気に取られている前で、倒したはずの魔物達までズラズラとやってきた。

 その大きさは人間サイズになっているが、その恐ろしい造形は変わらない。


「いや、今回はマジでいいの撮れたっすよ! 記念すべき10回にふさわしい出来っすよ〜」

 また声がしたと思うと、魔王を倒した時に消滅したはずの聖剣が頭上に現れた。


「それは楽しみだ。おい、人間共もさっさと座るがいい。始まってしまうぞ」

「な、な、な、なんで、魔王が!? 討伐したんじゃないのか!?」

 国王がガクガクと震えて魔王を指差した。


「わ、私は倒したところを見ていません。おい、カイン。これはどういうことだ!?」

 ルドワルが、あっさり自分が倒していないことを暴露したが、残念ながら、魔王を前に恐慌状態の貴族達の悲鳴に紛れてしまった。


「うるさい! 静かにしないと、滅ぼすぞ」

 魔王が咆哮し、貴族達がシンと静まり返った。


 私達は今までの冤罪劇も有耶無耶なまま、わけもわからず魔王に従って床に座った。


「じゃあ、始めるっすよ〜」

 聖剣が軽い調子で言うと、魔王がパチリと指を鳴らした。


「キャア!」

「な、なんだ!?」

 私達の前に、いきなり壁サイズの大きな四角い画面が現れ、流麗な文字が浮かび上がる。


「な、なんだ?」

「は? 勇者物語No.10?」

 私達が目を白黒させていると、魔王と魔物達が俄かに拍手を始めた。


「よ! 待ってました!」

 彼らは私達の前の床に座って、ワクワクした様子でその画面を見ていた。

 ざわざわとした空気の中、とりあえず危険がない様子に私達は戸惑いながらも前方の画面を見た。


 すると、初期のまさに村人Aだった頃のカインさんが映し出された。


「え? 僕!?」

 カインさんが驚いた声をあげた。

 四角い画面には、痩せ細ってボロ布を纏ったカインさんが畑を耕していた。


 今は惚れぼれするような均整の取れた筋肉に、星空のような黒髪、切れ長な琥珀の瞳の、神話の男神のような美しい姿のカインさんだが、初めの頃はこんなにもヒョロヒョロで頼りなげだった。


『物語は、この村から始まった』

 どこかで聞いたことのある渋い声が流れた。


「魔王様、いい声っすよね!」

「そうであろう?」

 魔王がムフンと満足げに鼻を鳴らした。

 まさかの魔王の声だった……。


 とりあえず、国王やルドワルが討伐云々しゃべってる部分は編集のうえ大幅カットされ、私の「それでは、不肖私もご一緒いたします」と言った場面が大きく映し出された。

 映像の中のカインさんが、そんな私をどこか眩しいものを見るように見つめていた。


「あらあら」

「まあまあ」

 ご婦人と令嬢方がニヨニヨとした表情になる。


「うわあ……。気持ちがダダ漏れだ……」

 カインさんが真っ赤になって顔を両手で覆った。

 私もこんな初期からカインさんは私を想ってくれていたのかと、つられたように顔が赤くなった。


 その後は、魔王討伐の旅の様子が鮮明に、時には音楽と共に映し出されていく。


 カインさんが体を鍛える場面や、私が作った料理を美味しそうに頬張る場面。サービスのように、上半身裸のカインさんが水浴びをしている場面では「キャア♡」と嬉しそうな黄色い歓声があがった。


 そして魔物との戦いの場面では、男性陣と魔物達が「そこだ!」「いけ!」「負けるな!」と声援があがり、魔物が倒れるたびに盛大な拍手が起こった。


「今の俺! 今倒されたの俺!」

 苦戦して倒した四天王のリザードマンが立ち上がって自慢げに言っているのを、私はどこか遠い目で見てしまった。

 あんなに心配して、あんなに死闘を繰り広げて、カインさんがボロボロになって倒したのに、あのリザードマンはピンピンして尻尾をバシバシとしている……。


 いえ、ちょっと待って、確かこのあとは!


 緊迫した音楽が流れ、血だらけで倒れたカインさんに走り寄る私がアップで映る。


 本当にちょっと待って!?


『死なないで、カインさん!』

 泣き叫ぶ私。


 貴族達は鼻を啜り、涙をハンカチで拭く人もいる。なんだったら魔物達も泣いている。


 しかし、私はそれどころではない。


「駄目ーーーーーーー!!!! ストップ!!!!」

 私は、絶叫した。


「コレット様?」

 あまりの剣幕に、隣に座っていたカインさんがびっくりした顔で私を見ている。


 アワアワとしているうちに、私が口移しでカインさんにポーションを飲ませているアップが、いろいろな角度から、しかもしっかりくっついた唇と唇まで生々しくこれでもかと映った。


「フギャ〜〜〜〜!」

 私は叫ぶしかできない。

 しかし、それを上回る歓声と拍手が物凄い熱量で沸き起こった。


「え? コレット様」

「ち、ち、ち、違うのです。だってリリさんは治してくれないし、聖剣がポーションを出してくれて、あの、だって、カインさんが死んじゃうと思って無我夢中で、わ、私は」


 人命救助とはいえ男性の唇を奪うなんて破廉恥な行為、カインさんに嫌われてしまうのではと、彼を涙目でチラと見ると感極まったように抱きしめられてしまった。


「嬉しいです。愛しています」

「カ、カインさん、人前です」

 私はすっぽりと腕の中に収まって、口では抵抗しつつもあまりの心地よさに、無意識にその背中に手を回してしまっていた。

 

 そうこうしているうちに、とうとう大詰め。魔王との戦いだ。


 みんなが手に汗握り、応援することも忘れて、その死闘を食い入るように見守った。

 そして、ついにクライマックス。カインさんは聖剣を魔王の胸に突き刺し、魔王と聖剣は光の粒子となって消滅した。


 この後は、あの場面だ。

 私は、そっとカインさんから離れた。


『コレット様、僕が魔王を倒すことができたのはあなたが支え、共に戦ってくれたからです。愛しています。どうか、僕と一緒に生きてくれませんか?』

 カインさんは精悍なその頬に流れる血と汗をぐいと拭って、私に跪いて手を取りプロポーズした。


 それは、この旅で初めてカインさんが私に見せた熱だった。

 

「ほ、ほら見ろ! やっぱりコレットは勇者と浮気してこの国を乗っ取るつもりだったんだ!」

 ルドワルが、勝ち誇ったように私達を指差した。


 しかし。


『カインさん、ありがとうございます。でも、私は王太子殿下の婚約者なのです。私は、彼を支えてこの国を、民を守っていかねばなりません』


 私は、自分の想いを隠した。

 カインさんのプロポーズを断って、国のために生きることを選んだ。


 どう考えても、私がルドワルと結婚して支えなければ、せっかくカインさんが守ってくれたこの国が滅びてしまうと思ったからだ。


 結果、まさか冤罪をふっかけられるとは思いもしなかったが。


『コレット様……。それでは、どうか僕のこの心だけでも受け取ってください。僕は、あなたの剣として、矛として、この国とあなたを守りましょう』


 夕陽をバックに切なくも見つめ合う私とカイン様。

 雄大な音楽が静かに流れ、名前が書かれた文字がズラズラと浮かんでは消えて、最後に『Fin』と出た。


 広間にいる貴族達は、壮大な物語を読み終わったような熱気あるため息を吐いたあと、戸惑ったようにルドワルとリリを見た。


「王太子殿下と聖女様が言っていたことと違ってないか?」

「というか、王太子殿下と聖女様は何をしてたんだ?」

「戦いの場面には、まったく出てこなかったような?」


 今までのルドワルの主張に、みんなが疑問を持ちざわめいた。


 その時、終わったと思った画面にパッと別の文字がババンと映し出された。


 『王太子物語(笑)』


 みんなが、(笑)がついた『王太子物語』の文字に小首を傾げた。


『リリ、こんなところイヤ!』

『俺は王太子だぞ!? こんなところで寝られるか!』

『いやいや、旅行と勘違いしてる?www』

 そこから映し出されたのは、わがままいっぱいの二人の様子とツッコミだった。


『ギャア〜!』

『逃げ足は 天下一品 王太子www』

 魔物を前に逃げまくる、ルドワルの涙目と鼻水のどアップ。


『リリさん、早く治癒魔法を!』

『キャア〜! 無理! リリ、本当は治癒魔法できない! 全部神殿のやらせだから!』

 血だらけで横たわるカインさんを前に、とんでもない真実を暴露したリリ。


「止めろ! 映すな!」

「い、いや、これは聖女の勘違いで」

「リリ、悪くない! 全部ルド君と神殿が悪いの」

 ルドワルと神官達、リリが慌てふためいて騒ぐが、周囲の目がだんだん冷たいものに変わっていく。


 そして、とどめのようにモザイクのかかったテント内のアハンな二人が映し出された。

「うわあ〜〜! これは、何かの間違いだ」


 顔面蒼白なルドワルの絶叫と、「なんだ、これは!?」「浮気していたのは殿下達じゃないか!」という声で、広間は蜂の巣をつついたように騒然とした。


 しかし映像の中で、ルドワルがいなくなった途端、冷めた表情になったあまりの変わりっぷりのリリに、みんなが呆気にとられて静かになった。


「はぁ〜、ルドワルって正直いまいち。ピーなくせにピーでピー野郎なのよね」

 リリはコキコキと首を鳴らすと、小馬鹿にしたように呟いた。

 よっぽどの言葉を吐かれていたようで、リリの言葉にはピー音が被せられていた。


「キャア〜〜! 止めて! ルド君、こんなの嘘だよ!」

「リリ、お前!」

 一瞬の間ののち、今度はリリが絶叫したが、その慌てっぷりが真実だと如実に物語っていた。


 二人が言い争う中、画面には『この国大丈夫?(笑) Fin』と映って、チャチャラチャッチャララッテントントンと陽気な音楽と共に映像は終わった。


「殿下! これはどういうことかご説明を!」

「いや、これは何かの間違いで」

「わ、儂は何も知らんからな!」

「聖女様、治癒の能力がないとは一体!?」

「えっと、リリ、ちょっとよくわかんない」

「神殿長、我々を騙したのか」

「いや、我々も聖女に騙されて」

「はあ!? リリのせいにしないでよ。あんたらがやれって言ったんでしょ」

 喧々轟々と貴族が詰め寄り、しどろもどろとルドワル達は答えるも、もちろん納得するわけがない。

 

「カインとコレット、ありがとう! いいものが撮れて満足っすよ」

 そんな大騒ぎをよそに、晴れやかに聖剣が私とカインさんのところにやってきた。


「あの、もしや三百年に一度の魔王討伐はこれを撮るためなのでしょうか?」

 私は、まさかという思いで聖剣に尋ねた。

 それはみんなも思っていたようで、ルドワル達に詰め寄るのをやめて、私達に視線が集まった。


「うむ。我ら魔物は、こうして撮影と上映会をして発散しないと、人間を滅ぼしたくなるからな」

「本当に、聖剣として人間を守るのも楽じゃないっすよ」

 大変な事実が判明してしまった。


「じゃあ、これは勇者のやらせだったということか!? 私達を騙して魔王と共謀していたのか」

 なんとか怒りの矛先を躱そうと、ルドワルがカインさんを指差した。


「は? あの死闘をやらせだと?」

 魔王と魔物達が一斉に殺気を込めてルドワルを睨んだ。


「王太子、馬鹿なんすか? いや、阿呆だったすね! ノンフィクションだからこそ、この迫力が撮れるんすよ。じゃなかったら、魔王様達が満足する映像が撮れるわけないじゃないすか」

 聖剣が、小馬鹿にしたように言った。


「うむ。満足いくものでなかったら、この国を消し炭にしていたであろうな。確か、九百年前にやったか?」

「ああ、あれはせっかく選んだ勇者を王太子が魔王討伐直後殺しちゃったんすよね。おかげでラストが最悪……。あの国、三日間業火で焼かれて消えたんすよね〜」


 私はその会話に、歴史で習った突如謎の炎に包まれて消えたというヤチマタ国を思い出す。その原因は、魔法の暴走、自然災害、神の怒りに触れたなど、様々な憶測が飛び交っていたが、その驚きの理由が明かされてしまった……。

 そう考えると、さっさと逃げてくれたルドワルはまだマシだったのかもしれない。


「あれは稀に見る駄作であった。それに比べて、今回の勇者物語No.10は秀逸であったな。なんといっても恋愛パートが素晴らしかった。十周年にふさわしい出来で、我々は大満足である。では、また三百年後に会おう」

 そう言うと、魔王は魔物を引き連れて何事もなく帰って行った。


「じゃあ、ボクも眠って充魔力(充電)するっすね〜! あ、これ、全世界に配信してあるっすから」

 聖剣はおまけのようにとんでもないことを言って、呆気なく消えた。


 その言葉に、国王とルドワルと神殿関係者は真っ青になった。

 こんなものが全世界が見ているなんて、王族と神殿の権威が地に落ちたようなものだ。

 ここぞとばかりに戦争をふっかけられるかもしれない。


「コ、コレットの無実が証明されて良かったではないか。今後も、王太子を支えてこの国を守ってくれ」

「そうだ、コレット。私はリリに騙されただけだ。すぐに結婚しよう」

 国王とルドワルは、この難問題を私に丸投げすることに決めたようだ。


「絶対にお断りですわ」

 もちろん、そんなものは拒否一択だ。

 今回のことで、この国を守るためにすべきことがよくわかった。


「ここに集まる貴族達に問います。このままこの人達が国を治めるのと、私が女王になるのと、どちらがよろしいですか?」

 こんな無能な王族達では、ヤチマタ国のようにいつ国が滅ぶかわからない。


「女王陛下に忠誠を!」

「女王陛下、万歳!」

 貴族達も私と同様の懸念をいだいたようで、あっさり国王達を見限った。


「何を言っているんだ!」

「これは謀反だぞ」

「そうよ、こんなこと許されないわ」

 ギャアギャアと、必死で王族であることにしがみつこうとする国王達は、速やかに衛兵に牢屋に連行してもらった。

 ついでに逃げようとしていた神殿関係者達とリリも、聖女の詐称疑惑の追及のため捕縛した。

 

 さて、残るは私にとっての一番の大勝負だ。


「カインさん、私はずっとあなたが好きでした。どうか、私と結婚して王配となってくれませんか?」

 私は、カインさんに跪いて手を取りプロポーズした。

 もう、この国を守るために幸せを諦めることはやめた。


「はい、よろしくお願いします」

 カインさんは嬉しそうに微笑むと、私の手を引いた。

 間近に甘やかに蕩ける琥珀の瞳が迫ったと思うと、私はびっくりした顔のまま口づけられた。


 どこからともなく現れた色とりどりの花びらが、ひらひらと私達を祝福するように舞った。






 こっそりと『勇者物語No.10』の最後に、私とカインさんのその後が付け足されるのだが、それを知るのはもう少し先のお話……。


 


 



 

お読みくださり、ありがとうございます!


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― 新着の感想 ―
王太子物語(笑)←もうこのタイトルで自分はダメでした 勇者物語節目の10作目は死闘と悲恋からの大逆転ハッピーエンドな感動の名作と番外編コメディの2本立てなんて豪華で良いっすね、涙を拭く時間にちょうど良…
面白かったです! 最後の音楽、気になりすぎる… チャチャラ…?なんだろ? 笑
面白かった。 この上映後なら、「女王になる!」って宣言する気にもなりますね。 愛も国も守れるし、あんなのと結婚しなくて済むのがなにより。 聖剣ってホントはどっち側なんでしょう?やっぱり魔物なの?
感想一覧
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