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仮面は僕より先を走っていた

夜、蛍光灯の白い光が、六畳の部屋の机を照らしていた。

椅子に座り、ノートPCの画面に向き合う。

タイムライン上をなぞる指先は、昨日より迷いがない。

映像と音のわずかなずれ、色味の調整、テロップの呼吸。

それらが、少しずつ自分の手の中で形になっていくのがわかる。

完成した動画を再生すると、胸の奥がじんわりと温かくなった。

たった数分の短い映像。

誰かに見せる予定もない。

それでも、画面の中で確かに動いているそれが、少しだけ僕を救った。

時計を見ると、深夜一時を過ぎていた。

投稿サイトを開きかけて、指が止まる。

「まだ、出せるほどじゃない」

その囁きに従い、静かにPCを閉じた。



週末、大学時代の仲間数人とカフェに集まった。

他愛ない会話の流れで、ひとりが言った。

「そういえば佐久間、動画編集やってるんだろ?今どれくらい稼げてる?」

胸の奥を、冷たいものが撫でていった。

本当の答えは、ゼロ。

依頼もなく、公開した作品も一つもない。

なのに、口が勝手に動いた。

「まあ、ぼちぼち。知り合い経由で案件やっててさ。週に数本くらいかな」

「すげえな、もうプロじゃん」

笑いが起きる。

誇らしさより、薄さが残った。

熱いコーヒーを飲んでも、味が遠かった。

席を離れ、窓の外に視線を移す。

ガラスに映った自分の顔は、どこか輪郭が曖昧だった。

取り繕った言葉だけが浮かんで、表情が置いていかれているように見えた。



数日後、職場の先輩に呼ばれた。

「佐久間、動画に詳しいって聞いた。部署紹介の動画を作りたいんだ。手伝えるか?」

息が詰まった。

望んでいた言葉のはずなのに、嬉しさより先に不安が押し寄せる。

評価されたのは、僕ではなく“僕のふりをした誰か”だった。

その事実が胸の奥に沈んだまま、口だけが先に進む。

「……もちろん、任せてください」

その声は、やはりどこか他人のものに聞こえた。



夜、帰宅してPCを開いた。

白い光の下、素材を並べる。

「できる。これと、これを重ねて……あの動画みたいに仕上げればいい」

何度も動画を見返し、真似て、少しアレンジを加えてみる。

けれど、どうやっても不慣れな手つきが隠しきれない。

一般の人なら気づかない差だろう。

けれど、編集者や業界の人なら、一瞬で見抜くだろう。

その想像だけで、指先が強張った。

天井を見上げる。

頭に浮かぶのは、先輩の依頼ではなく、カフェでのあの笑い声だった。

“プロじゃん”

“すげえな”

その一言に、どれほど自分を削ってきたんだろう。

画面の中の素材が、急に無色の断片に見えた。

未来につながるどころか、床にこぼれた欠片みたいに散らばっていた。



深夜三時。

編集ソフトを閉じ、ベッドに横になる。

眠れないまま、時間だけが静かに流れた。

努力はしている。

少しずつ、できることも増えてきた。

それでも――

“見られたい自分”が、本当の自分を追い越してしまった。

追いつこうと背伸びを続け、つま先立ちのまま歩き続けていたら、

いつの間にか、息が続かなくなっていた。

目を閉じると、胸の奥でかすかに声がした。

「仮面は、どこまで行っても仮面だよ」

その声は、自分でも聞こえないふりができるほど小さかった。



依頼動画は、締切までに完成した。

先輩は「ありがとう、助かった」と笑った。

周囲も褒めてくれた。

けれど、その夜。

PCに映る自分の顔から笑みが消えていることに気づいた。

褒められたのに、心が動かなかった。

成功したはずなのに、満たされなかった。

評価されているのは、依然として“仮面”の方だった。

その事実が、静かに胸を締めつけた。

仮面を被っていた時間が長くなればなるほど、

外す時、自分の顔を思い出せなくなるのではないか。

暗い画面に映る自分を見つめる。

その顔が、どこの誰なのか、少しだけわからなかった。

PCの電源を落とすと、部屋は闇に沈んだ。

呼吸の音だけが、微かに残った。

仮面は、今日もまだ剥がれない。


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