3 旅立ち
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アレクが領地へ送られた。婚約が解消されて沢山の慰謝料を貰いローザの生活は穏やかになっていた。
しかし長い間婚約者兼友人として過ごして来た関係が無くなり何故か心にぽっかり穴が空いたような気持がしていた。あれだけ早くアレクとの婚約を解消したいと動いていたのに、叶うとこれからどうして良いのか一歩が踏み出せないでいた。
平穏なのに心が弾まないのだ。
悔しいので学院の仲の良いお友達を招待してお茶会を開催した。そこでの話題は学院での婚約破棄の多さについてだ。
皆様私と同じ様な立場の方が多いらしい。つまりエリザベート様に心を捧げた婚約者ときっぱりお別れされた方と、それでも受け入れた方だ。政略的に受け入れざるを得ない方や諦め切れない恋しい方である場合にのみ踏み止まっていらっしゃるのだ。恋は盲目なのだろう。誰を責める訳にもいかず、どうか未来に幸あれと願うしか出来ることはないのでお茶会の雰囲気は微妙なものになっていった。
「お嬢様、浮かないお顔ですがすっきりなさったのではないのですか?」
「そうなんだけどね、婚約も解消出来てすっきりしたはずなのだけど、不幸せになって欲しいとは思っていないけど、幸せになって貰いたいわけでもないの。何か中途半端で消化出来ていなくて、自分でもどう落とし所を付ければいいのか良くわからないの。それに私の様な方が他にもいらっしゃるのだそうよ。ご本人に罪は無いけど違う意味の傾国の美女よね」
「大きな声では言えませんが私もそう思います。何も起こらなければ良いですね。お嬢様は優し過ぎるのです。婚約者として仲良くされていたのに踏みにじられたのですからもっと怒られても良いと思います。
今まで頑張っておられたのですから、これからはゆっくりされたら良いではありませんか。たまには旅行も良いかもしれませんよ」
「そうね、旅行もいいけど若い内に留学しても良いわね。違う環境に身を置いてみるのもありかもしれないわ。今のうちに見聞を広めておくのも良いかもしれない。叔母様のいらっしゃる隣国にお邪魔しようかしら。大好きな従兄妹達もいるし賑やかで良いかもしれないわ。グレース、お父様に時間をいただきたいとお願いしてきてくれるかしら」
「畏まりました、お嬢様はお若いです。これからでございます」
グレースは大切なお嬢様が漸く前を向く気になってくださって嬉しくなった。元婚約者のクソぼんぼんはお嬢様を大事にしなかった。失ってから本当の価値に気づいても遅いのだ。
一生後悔して大泣きしろ‼と寝る前に願うことにした。
※※※
ローザの叔母様は隣国の侯爵家に嫁いでいて息子が二人に娘が一人の五人家族だ。我が国に仕事で来ていた叔父様が夜会で妖精のように美しい叔母様に一目惚れして口説き倒し攫うように結婚したそうだ。
幼い頃は両親に連れられて遊びに行くと温かくもてなしてくれ休暇があっという間に過ぎてしまい、従兄妹達と離れがたく涙が止まらなくなった頃もあった。
「またおいで」と言ってくれた叔母様一家の温かさが懐かしくなったローザだった。
そんなことを思い出すなんて、やはり心がささくれているのかもしれないとローザは自分を労ることにした。
ローザが父の執務室を訪ね、隣国へ留学したいと伝えると
「そこへ座りなさい。それも良いだろう。父様たちは寂しいがローザが心を癒やせるなら反対はしない。安易に婚約を決めてしまった親としての罪もあると反省しているんだよ。ローザの他にも似た様な令嬢がいるようで、やらかした令息は領地にやられたり廃嫡されたりしたそうだ。けじめを王家に見せなければならないからな」
「そうなのですね。私だけではないのですね。自分だけが不幸だなんて思わないことにしますわ。お父様達のことは恨んでなどいません。良かれと思ってしてくださったことですもの。心が移ろうなんて誰にも分かりませんでしたもの」
「親としてそういう可能性も考えておかなかったのは駄目だったと言えるのだよ。留学は良いが必ず帰って来ておくれ、ローザの居場所はここだ。良いね、約束だ」
「はい、約束します。お父様もお母様も使用人も領民も大切な人達です。もっと勉強をして帰って参ります」
「そんなに頑張らずに楽しんで来ると良い。色々な手続きをしておこう。信頼のおける護衛を三人とメイドを二人付けよう。住むのは叔母様の屋敷だ。ローザからも手紙を書きなさい。帰って来る頃には噂など忘れ去られるだろう」
「お父様ありがとうございます。大好きです。これからお母様にもお話をして来ますね」
部屋に行くと陽だまりで刺繍をしている母がいた。
「お母様環境を変えたいので留学に行って来ようと思いますの。先ほどお父様に許可をいただきました。ご安心なさってね。叔母様のお屋敷でお世話になろうと思っていますの、きっと賑やかに過ごせます」
「そうね、今の貴女にはそれが良いと母様も思うわ。ごめんなさいね、小さな時から仲が良さそうだからきっと上手くいくなんて勝手に婚約を決めて大切な娘を傷つけてしまったわ」
「仕方のないことですわ。彼の方は本当に綺麗な方なのです。私でも憧れるくらいの淑女なのですもの。何から何まで及びませんでした。彼は恋をして私との絆などあっという間に無くしてしまいました。ただそれだけです」
「ローザちゃん、無理をしなくて良いのよ。悲しいのに笑わなくてもいいの。貴女はもっと綺麗になるわ。彼の方は華やかだけど貴女は清純そのものよ。
今にもっと匂い立つようになるわ」
「母様、本当は悔しいんです。恋しい訳ではないのですが、育んできた絆があっという間でした。情けなくてプライドがズタズタになりました」
気がつけば母の胸にすがって思い切り泣いていた。母は背中をずっと撫でていてくれた。
「きっとこれから良いことが起きるわ。ね、悪いことの次は良いことしか起こらない。隣国に会いに行くわね。お買い物したり美味しい物を食べましょう」
「はい、お母様。新しい生活を楽しみますわ」
こうしてローザは嫌な思い出を捨て、隣国へ旅立ったのだった。
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