11 意外な追い風
「父上が母上を口説く時にも使ったようなんだ。交際期間が短すぎて考えられませんと断られそうになって焦ったらしい。結局攫って来たわけだけど」
「母国でも有名なお話ですわ。国を越えた世紀の恋として本にもなっていますのよ」
「本当かい?知らなかったな。ソフィアの恋愛本の中にもしかしたらあるかもしれないね。でも父上たちには内緒にしてあげて欲しい。きっと照れるだろうから」
「分かりました。でも何故私なのでしょうか。兄様なら選び放題だと思うのですけど」
「言っただろう、初恋なんだ。家系かもしれないが愛が重いのかもしれない。忘れられないんだ。ローザは心が綺麗だ。裏切った者や図らずもその相手になった者にも悪意を向けない。清純で可愛くて頭もいいし一生寄り添うならローザが良い」
「もうそれぐらいで良いです。褒められるのに慣れていないので、恥ずかしすぎます」
真っ赤になって俯いてしまったローザも可愛かった。どうか私を選んで欲しい。
ライアンは祈るような気持ちになった。
「ローザが自信を無くしたのは奴の心変わりのせいか、それともまさか褒められたことがないとか?」
「両方です。友人のような関係だったので特に何も言われることもなく淡々と過ごしていましたの」
「信じられない、目の前にローザがいたらつい口に出してしまうだろうに。とんでもない馬鹿だったのだな」
この時ライアンは奴がヘタレだったことも考えたが、敵に塩を送るようなことはするものかと口を閉じた。今更どうあがいても渡すわけがないのだから。
ローザはライアンに告白されたことに驚いていた。兄様なら安心かもしれない。万が一の時には秘薬もある。自分は後を継ぐ運命にあるのだ。誰かといずれ結婚をして家を継いでいかなくてはいけない。それが自分の務めだと分かっていた。
確かにライアン兄様は穏やかで包みこんでくれるような優しさがある。叔父様の手伝いをずっとしていて、頼りになるし領地経営のパートナーとしては十分だ。
「ローザ、ゆっくりでいいよ。考えてくれるようになっただけでも嬉しいんだから」
と言うと髪をひと掬いして唇を落とした。
ローザはすっかり翻弄されてしまった。
※※※
そんなある日叔父様が宮殿から大急ぎで帰って来た。領地の為の報告が必要な書類を提出する為に登城していた時に、信頼している陛下に近い相手から掴んだ情報らしい。
ライアンに第一王女からの婚姻の要請が近くあるらしい。王家から要請されるということは王命だ。ライアンの気持ちを知っている叔父は何とか断ろうと急いで帰って来たという訳だった。
「王女殿下は自由奔放な方ではありませんか。見目の良い騎士ばかりを侍らせていると噂の我儘な御方です。
我が家の財産などあっという間に無くなるでしょう」
母が詰め寄った。
「だから出来ればローザとの婚姻を決めてしまいたい。国外であれば国際問題になりかねないから流石に諦めると思うのだ。どうだろうか、嫌でなければ助けてはくれないだろうか」
「私でお役に立てればかまいませんわ。でも今度はミラン兄様にターゲットが移りませんか」
「ミランはこれから領主の勉強をしてもらわなければならない。それでもと言ってきたら遠縁の幼子と仮の婚約を結ばせようと思う。いずれ王女殿下が他国に嫁いでくれれば解消するという契約を結ぼうと思っている」
「侍っている近衛と結婚されれば宜しいものを」
叔母様が呆れた様に言われた。
「元々気まぐれなお方だ。飽きたら首にしているらしい。嫌々傍にいる者もいるという噂もある」
「それでライアンが目を付けられたということなのですね、迷惑なことですわね。ローザが良いと言ってくれて助かりましたわ」
「ライアン兄様始め叔母様達には助けていただきました。私が出来ることであれば何でも致しますわ」
こうしてライアンとローザの婚約はあっという間に決まった。
ミランやソフィアにも伝えられた。
ミランは涙を呑むことになったが、侯爵家の危機に文句を言うような男ではなかった。ソフィアはローザ姉様が本当の姉になると聞いて大喜びだった。
国の両親にライアンから告白されたことに加え、この度の出来事を報告したローザは無事許しを貰うことが出来た。
貴族の婚約は王家の許可が必要になる。侯爵夫妻とライアンとローザは登城をして国王陛下に挨拶をすることになった。今回は母国でも登城しなくてはいけない。緊張のあまり胃が痛くなったローザだった。
叔母一家と一緒だとはいえきらびやかな宮殿にローザは圧倒された。
ライアン兄様がにっこり笑ってくれたので肩の力が抜けた。
陛下は王者の風格を纏った方だった。
「我が国の太陽であらせられます国王陛下にご挨拶申しあげます。サミュエル・バルリングでございます」
「この度は令息の婚約おめでとう」
「大変有難き幸せでございます。国王陛下」
「そなたはローザ・キャロウ伯爵令嬢だったな。隣国の者か、豊かな領地を持っているようだな」
「恐れ入ります、その通りでございます」
「ライアン・バルリング、キャロウ伯爵令嬢を想っているようで何よりだ。幸せにするのだぞ」
「勿体無いお言葉でございます」
一体陛下はどこまでご存知なのかと恐ろしくなったバルリング侯爵一家だった。
ライアンの素は僕です。侯爵令息を意識した時に私になります。ミランの素は俺です、騎士なので。意識をすると私と言います。
誤字報告ありがとうございます。次回で最終回になります。