10ライアン
ライアンは昔からローザが好きだった。お互いに嫡男と一人娘だったので諦めていたが弟が生まれた。希望が出来たと思っていたが、ローザが婚約してしまった。幸せなら仕方がないと思っていたら傷つけられて婚約破棄になった。
相手の男は素晴らしい彼女を手に入れておきながら精神的に浮気をしてローザを蔑ろにして傷つけた。何故恋心に蓋くらい出来ないのだ、万死に値するだろう。
だが清純で美しさの増したローザを手放してくれたことはお礼を言っても良いかもしれない。
ライアンは一見穏やかそうだがそれは愛する者にだけだ。懐に入れたら最後まで愛を注ぐがそれ以外はどうでも良いと思っている。
ミランもローザが好きなのは分かっていた。ローザ以外は気がついていると思う。
彼女は一度の失敗で自己肯定感がかなり低くなっていた。それも自分が悪いわけではないのにだ。第二王子の婚約者は、父に付いていった短期の商談があった時に向こうの国の夜会で見かけた。確かに美人だったがローザの方が絶対好みだ。
だから留学して来てくれて一緒に暮らすようになりローザを思い切り甘やかした。ソフィアが直ぐに懐いた。
ミランも赤くなっていたので好きになったのが分かった。
兄弟で異性の好みが同じだとは思わなかった。
どちらを選ぶかはローザに任せようと思うが、ローザにははっきり告げないと分かってもらえないだろうと思っていた。傷つけられたので恋愛関係のことに壁を作っているからだ。
劇場の特等席での観劇、高級レストラン、最高級のドレスに宝石。自然な場所にさりげなく連れていき羽を伸ばさせるようにした。デビュタントのパートナーは絶対に譲れなかった。ミランは卒業式後のパーティーのパートナーというご褒美があるのだから。
デビュタントは伯父上が最高級のシルクの生地にシフォンを何枚も重ねたスカートに小粒のダイヤが散りばめられているドレスで、ウエストに紫色の太いリボンを結ぶ可愛い物を送ってきた。ドレスに合わせた純度の高いダイヤモンドのネックレスとイヤリングに柔らかそうな革の靴も一緒だ。
朝からメイドに磨かれたローザは少し化粧をしていて後ろに花が舞っているかのように美しかった。
「ローザとても良く似合っているよ。花の中の妖精のようだ」
「お兄様も素敵です」
ライアンは白の正装に身を包んでいた。前髪を上げているので整っている顔がより目立っていた。
「さあ行こうか、お姫様」
玄関には両親とミラン、ソフィアが見送りに来ていた。
「お姉様とても良くお似合いです。綺麗ですわ」
「ローザ、良く似合っている。美しい。自信を持つと良い」
「お見送りありがとうございます。行って参ります」
馬車までエスコートをして乗り込んだ。
国が違うが宮殿にはいい思い出がないのかもしれない。王子殿下とダンスをしライアンと踊ったら直ぐに帰りたがった。
花の妖精のようなローザはかなり注目を集めていたので、それを妬みと誤解したのかもしれない。これ以上見せびらかすのも癪なので早めに連れて帰ることにした。
※※※
変装しての街歩きはローザのわくわくが伝わってきて楽しませて貰った。性格も良く頭も良い。私を選んでくれたら婿に入り誰からもローザを守る自信がある。
そうなれば侯爵家はミランに継がせよう。父上が厳しく鍛えてくださるだろう。
さあ、ローザを口説きにかかろうか。
「ローザ、庭を散歩しないか。色々な花が見頃だよ」
「喜んでご一緒しますわ」
暫く花の中を歩くと東屋がありそこにお茶の用意をさせた。
「こうして花の中にいると現実を忘れそうになるね。でも目の前の美味しいお茶やお菓子は本物だ。頂こうか」
「はい、おいしい紅茶ですわね。香りが良くて深みがあります。スイーツも色とりどりで可愛いですわ」
「紅茶は最近出始めたばかりの物だ。口に合って良かった。スイーツはうちのシェフの手作りだ。段々と腕を上げているだろう。この間ミランから何か貰った?」
「はい、ピンクダイヤのピンキーリングをいただきました」
「小指に着けているそれかい?良く似合っている」
そう言うとローザの前に跪いた。
「私と結婚して欲しい。ローザの家に婿として入り一生守らせて欲しい。余所見はしないしローザだけを愛すると誓うから」
「えっ、兄様を男性として見たことはありません。勿論大好きですが恋愛感情ではなくて・・・」
「分かっているよ。断られてもここでの居場所がなくなるわけではないから安心して欲しい」
と言われても居心地が悪くなるのは確かだろうとローザは困ってしまった。
「我が家には昔から伝わる家宝のような薬があってね、ご先祖様が昔愛情を忘れる秘薬を魔女に作ってもらったそうだ。愛している相手に浮気をされ苦しんだ末に、どうしても相手への感情を無くしてしまいたくてお願いしたそうだ。その時の薬が家宝になって残っているんだ。ローザは不安があるだろうからその薬の話をしたんだ。生涯裏切ることはないと約束しよう。信じられなければ父に聞くといい。家を継ぐ者にしか教えられていない薬なんだ。もし断られても薬に頼らず潔く諦めると誓うよ」
「秘薬ですか。お兄様のことは大好きですが、また裏切られたらどうしようかと次に進むのがまだ怖いのが本音です。それに侯爵家はどうされるのですか」
「侯爵家はミランに継いで貰う。まだ言ってはないけどね。僕はローザが小さい頃に遊びに来ていた頃からずっと好きだった。けれど嫡男だったから一度は諦めた。でも君は自由になった。もう諦めたくないんだ。君を守る自信はあるよ。
例の公爵令嬢も父の付き合いで行った夜会で見かけたけれど僕はローザの方が綺麗だと思う。好きなタイプは人それぞれだ、自分を卑下する必要はないと思う」
ライアン兄様はエリザベート様を見ても心を動かされなかったのね。その名を聞くだけでチクッとした痛みを感じていたのに段々平気になってきている。ライアン兄様ならずっと裏切らないでいてくださるのかしら。けれど人の心は分からない。アレクで思い知らされたではないか。ローザは思考の海に沈んでしまった。
「ローザ、僕を見て。一生君しか愛さないと約束する。信じられなければさっき話した薬を君に渡しておこう。不安になったら飲めば良い。相手に対する愛情が消える薬だよ。毒ではないから安心して。君の中から僕への気持ちが無くなるんだ。君に忘れられるなんて怖くて余所見なんて出来ないよ」
「結婚して兄様が万が一浮気をしても薬を飲めば愛情がなくなるから辛くないと言うことでしょうか」
「そうだよ、屋敷から追い出せば良い。でも浮気なんてするつもりは無いけど。ゆっくり考えて」