なろう読者のザンネンな読解力 ~そもそも読解力とは何なのか、という話~
これは、良くも悪くも有名な、とあるなろう作家の作品の感想欄での話です。
この某作品のジャンルはいわゆる転生モノ。
貴族の息子に転生した人物がチート能力を披露して周囲から「しゅごい!」と言われる、掃いて捨てるほどよくある話ですね。
この話ですが、作中で『同時に使用出来る魔法は素数の数に限る』というような設定がありました。
しかし同時に、この話の主人公は『素数?ナニソレ?』という設定でもあったんですね。
この設定に対し、リアルタイムでこの作品を読んでいた読者の多くが「なんで日本の社会人だったヤツが素数も知らんねん」とツッコミを入れていました。
ですが、連載開始から数年経った後でこの作品を読みはじめた読者の中には、「どこにも元日本人とは書いてないだろ?読解力ないのか?」というような感想を残す人が多くいたんですね。
さて、この話、なぜこんなことになっているのか?
エッセイなども読むような人なら、この経緯がなんとなく推測出来るんじゃないでしょうか。
はい、この作品、『転生前の主人公が何者だったのか』という部分が後からバッサリとカットされてたんです。
恐らく設定矛盾のツッコミを受けて、矛盾を解消するために転生前の描写を削除したんでしょう。
厳密に言うと、転生前の主人公が日本人だとは改稿前の作品内でも明言されていませんでした。
が、『主人公はくたびれた社畜リーマンで、一人さみしく晩酌をしてる途中でウトウトしてたら、ふと気づくと貴族の晩餐会のような所にいた』という始まり方であり、明らかに日本の社会人としか思えない設定だったわけです。
そして、その他にも元日本人としか説明がつかないような知識チートなどもあり、最初から読んでいた人達は「日本の社会人が素数も知らんのかい」となったんですね。
余談ですが、このなろう作家はこれ以降、転生モノを書くときは転生前の情報をあやふやにする、という執筆スタイルになったようです。
そうすると元日本人としての知識も、元現地人としての知識も、状況に合わせて好きに使えますからね。
ある意味賢いっちゃ賢いですが、二昔ほど昔にいた悪徳業者のような賢さだな、とw
「中国産と正直に表示すると消費者ウケが悪いな……せや!外国産と表示したろ!あとは消費者が勝手に自分の好きな国を想像するやろ」みたいなw
〇
『読解力』
多くの人がたびたび目にするであろうこの単語ですが、俺はどうも正確な意味を理解出来ていない人が結構いるんではないかと思います。
特になろうのような投稿サイトには。
読解力とは、『そこにある情報を過不足なく読み取って、理解する』という能力です。
例として分かりやすいのが国語のテストによくある、「例文を読んでこの時の作者の気持ちを答えよ」みたいなヤツですね。
作者の本当の気持ちなんて分かるわけがないので、あれは例文の中にある情報から作者が表現したかった意図と、出題者が求めている解答を汲み取るという問題です。
ですが、背景情報という言葉があるように情報というのは文章の中だけに存在するわけではありませんし、複数の情報を掛け合わせて読み解くことで新たに見えてくる情報もあります。
前述した素数の話で「読解力ないのか?」と言っている人達は、作中にはない重要な情報をまったく読めていないんですね。
ここで言う重要な情報とは何か。
それは、『多くの人がおかしいと指摘してる』という事実と、なろうに限らずほとんどの投稿サイトでは『投稿した後でも書き換えが可能』というシステムであるということ。
そして、『良くも悪くも有名ななろう作家の作品』であるということですね。
これらは文字で明記された情報ではないです。
ですが、考える頭があれば読み取ることが出来る情報で、確かに『そこに存在する情報』ですよね。
これを普通に読み取ることが出来る人なら、自然とこう考えることも出来るんですよ。
「確かに元日本人とは書かれてないけど、ならこんなに多くの人がツッコミいれるのはおかしくね?」
「後から書き換え出来るんだから、もしかして初回投稿と今とで内容変わってるかも?」
「有名人の作品だから、ネットで調べたら初期の情報出てくるんじゃね?」
これで実際に調べると、案の定ネットには初回投稿の頃の情報が残ってるわけですよ。
無名の人の作品では無理だったでしょうけどね。
中にはこのなろう作家の初回投稿は全て保存してる人もいるそうですよ。都合が悪くなった設定をすぐ消すから、後で検証出来るようにって。
対して、「読解力ないのか?」と言っている人達の思考を言語化すると……
「元日本人なんて書かれてない。つまり、ツッコミいれてる連中は読解力がない」
これだけです。
有り体に言えば、物凄く思考が単調なんですよね。
有名なインフルエンサーなどが間違った情報を発信したとき、それを鵜呑みにして拡散するのがこのタイプの人達です。
こういう人達の言う読解力の解釈は、『情報の空白部分を自分の都合の良いように想像で補完する』というものなんですよ。
「ツッコミいれてる連中は読解力がない」というこの言葉には、実際には後ろに「きっと、多分、メイビー、そうに違いない」という言葉が隠れてるわけですね。
〇
物語において読者側がある程度想像で補完していいのは、心理描写の部分だけです。
たとえば、登場キャラが拳を強く握るという場面があったとして、「きっとコイツはこんな気持ちだったんだろうな」と読者が想像するのはオーケー。
厳密に言えばこれにしても、作者はその場面に至るまでに「このキャラはこの場面でこう考えるキャラだよ。今まで読んでくれた皆なら分かるよね?」という描写情報を積み上げる必要があります。
まともな小説や漫画の登場キャラがいわゆる解釈違いの言動をしないのは、作者がちゃんとキャラごとの設定を把握して、それに外れた動きをさせないからですね。
ですが、状況や行動に関する描写になると話は変わります。
これは作者が書いた情報以上のものを読者が勝手に想像で補ってはいけないものです。
仮の話なんで適当に書きますが……
現代日本が舞台で、金持ちの主人公という設定。
で、この主人公がとある町で空腹で行き倒れました。
最低限の読解力がある人なら、この描写を見てこう思うんじゃないでしょうか。
「金あるなら飯買って食えや」と。
これだけの情報描写では、『金持ち』と『空腹で行き倒れ』という情報の間の繋がりが弱いんですよ。
情報と情報をキチンと繋げるなら、間に『金持ちだからこそ現金は持ち合わせてなく、この町ではカードが使える店を見つけられなかった』みたいな情報を挟んだりする必要があります。
もちろん、『何故そんな場所に一人で?』という疑問に答える情報も前後に必要ですけどね。
でも、作者がそれを書いていないなら、これは額面通りに受け取らないといけないんですよ。
この主人公は金持ってるのに飯も買えなかった、という情報しかないんですから。
これを「きっとこんな理由があったに違いない」みたいに勝手に解釈して納得する人は、妄想豊かなだけであって読解力がある人ではないです。
妄想で情報を補わず、書かれてる情報を正しく読める人にとって、『金持ちなのに飯も買えず行き倒れる』みたいなキャラは「アホである」という解釈するしかないですよね。
これがいわゆる『知能デバフ』の正体で、結局は作者の描写不足・能力不足が元凶です。
また、なろう系主人公にやたら黒髪黒目の、特徴のないキャラが多いのも、恐らくこの『情報量の少なさ』が関係しているのだろうと思います。
なろう作品を適当に選んで、一度確認してみてください。
主人公がどんな容姿をしているのかさえ、まともに描写してないものがスゲー多いんですよ。特に一人称で書かれてる話。
一人称の話は性質上、自分の容姿を自分で語るような構成になってしまいますから。
なろうテンプレの始まりは転生モノで、日本人が異世界に行くというものです。
ここで、主人公を『日本人の少年・青年』程度の描写しか出来ていない作品が大量発生し、書籍化された。
その結果、キャライメージの構築を丸投げされたキャラ原案担当によって、黒髪黒目の特徴のない日本人キャラばかりになる。
以後、作者がまともに容姿を描写してない主人公は黒髪黒目、というテンプレの出来あがり。
多分、これがなろう系主人公が黒髪黒目ばかりになった経緯なんじゃないですかね。
作者がキチンと主人公の容姿を描写していれば、キャラ原案担当が勝手にテンプレ主人公に改竄するようなことはしないでしょうし。
〇
ここまでで読解力について話してきたわけですが、では『読解力が低い』というのは何が原因なのか。
「読解力が低いのは、読解力が低いからだ」という説明では進次郎構文でしかないですからね。
読解力という能力を構成する要素は、大きく分けて二つあると思います。
一つは言語能力。
知らない言語、あまり理解出来ていない言語の文章はまず読めませんから。
英語を勉強中の日本人がうまく英語の文を読めないのは、この部分の問題の場合がほとんどです。
文法の違いという問題もありますけどね。
ですが、日本語にしろ英語にしろ、それが母国語という人にとって言語能力的な問題はほぼありません。
日本人にも読めない日本語なんて山ほどありますが、日常的には義務教育レベルの日本語しか使用されませんから。
なろう系なんて小学生レベルの日本語能力で読めますしね。
では、日本人なのに日本語で書かれた文章が正しく理解出来ないという人は、どこに問題があるのか。
それは、もう一つの要素である『情報処理能力』の部分だろうと思います。
【うちの庭には二羽鶏がいる】
【うちのにわにわにわにわとりがいる】
この二つの文はどちらも日本語で、まったく同じ意味ですが、オールひらがなの方は漢字が入っている方より内容の把握に時間がかかるはずです。
これは文章の中の区切りを自力で探さなければならないため、その分だけ情報処理能力のリソースを余計なところで無駄使いしてるために起きる現象ですね。
ちなみにですが、オールひらがなの方はわざと一文字間違えているのに気がつきましたか?
気づかなかった人は正しく文章を読んでいるわけではなく、上の文を参照して「きっとこんなことが書いてあるんだろう」と都合の良い想像で情報を補完してるわけですよ。
この情報処理能力ですが、読解力にだけ必要な力ではありません。
あらゆる場面で重要な力です。
たとえば車の運転。
極端な話ですが、スマホを見ながらでも普段と変わらないレベルで交通状況を把握出来れば、そうそう事故は起きません。
が、実際はスマホにかなりの意識を持っていかれるため、安全運転に必要な情報処理が出来なくなって事故が起きるんですね。
だから「やめろ」となるんですよ。
事故が多い人も、別に目を閉じて運転してるわけじゃないはずです。
だけどこういう人は情報を見てるだけで、見た情報を理解してるわけじゃない場合が多いんですよ。
直線道路だと、そこそこ遠くからでも歩行者信号が見えたりするでしょう。
で、歩行者信号が点滅してたら、すぐに車道の信号も赤になるわけです。
こういった小さな情報をただ見てるだけなのか、見た上で理解してるのかで、事故の発生率は変わるんですよね。
読解力が低い人というのは、この『ただ情報を見てるだけの人』と同じ部類のタイプです。
〇
見えない情報を想像で補完するというのは、一概にすべて悪いというわけではありません。
問題なのは「その想像が現実に則しているかどうか」って部分ですね。
「曲がり角から車や人が飛び出してくるかも」みたいな想像はむしろ大事なんです。
情報処理能力の高い人は現実に起きる可能性がある、起きたら困る、という事象を想定して、いざという時に対応出来るよう想像力を使ってるんですよ。
しかしながら、情報処理能力が低い人のしている想像は「多分飛び出してこないだろう」といったものなんですよね。
これは情報処理が苦手で、無意識の内に細かく考えることから逃げてる人に多い特徴です。
普段から論理的思考してない人が特定の場面でだけ論理的に考えられるかというと、そりゃ無理ですわな。
実際に事故映像などを見ると、「それ、注意してたら回避出来たやろ」みたいな事故も多いでしょ?
見通しのいい交差点で青信号になったからと発進したら側面に信号無視の車が突っ込んできた、とか。
信号無視の車が悪いのは間違いないんですが、あれも必要な情報を目視で取得して処理出来る人なら回避出来るんですよ。
念のため左右にも意識を向けていれば、スピードを緩めようとしないバカの姿が見えていたはずですからね。
なろう系でよくある展開に『追放されて町(田舎)を出たら、すぐに襲われてる王族・貴族に出会う』みたいなものがありますが、あれなんてまさに『都合の良い想像』を出力してる典型でしょう。
まともな作家なら、ここに整合性を生む繋ぎの情報を入れます。
たとえば『別の目的地があったけどモンスターに襲われ、緊急避難のために近くの町へ逃げてきた』でもいいじゃないですか。
そういった当たり前の一手間を省いているから、普通に読解力がある人にとっては「重要人物が意味も理由もなく突然湧いて出た」という評価になります。
そして、こういったおかしさが理解出来ない人を、一般的には『読解力のない人』と呼びますね。
昨今問題になってる闇バイトなんかも、結局のところ問題の根本は同じなんだろうと思っています。
あの募集だって、日本人なら普通に分かる日本語で書かれてるわけですよね?
だけど引っ掛かるアホは引っ掛かるんですよ。
金がなくて切羽詰まってた、なんて言い訳にもならないことくらい分かるでしょう。
だって、まともな情報処理能力持ってたら、あれは首謀者だけが儲けるシステムで実行犯は使い捨ての駒でしかないと、とっくに分かってるはずだから。
闇バイトなんてハイリスク ノーリターンでしかないのに、実行犯は自分に都合の良い夢物語しか見てないわけです。
こういったバカな話を例にすると『日本語で書かれているけどアホみたいな話』や、その異常さに目を背けている人が理解出来ないという気持ちが多少は分かるんじゃないかと。
アホみたいななろう系というのは、まともに読めば読解力を鍛える良い教材になると思います。
だけど、ただ惰性で読んでると……毒にしかならないかと。
情報を正しく処理する力というのは大事。ホント。
という話でした。
おわりー。