第2話 3
――それは今から銀河標準時で二十五年ほど前の事。
大銀河帝国は、ひとつの反社会的宗教組織の台頭に頭を悩まされていた。
オーティス教団を名乗る彼らは、<大戦>期に未知領域で発見された遺物に宿る、|インディヴィジュアルスフィア《オーティス》を神と崇める集団だった。
その教義は、オーティスこそ真の神であり、ソーサル・スキルは神の恩寵によって与えられた力だというもの。
そして、ソーサロイドこそが神々に選ばれた種属であり、それ以外の種属は等しくソーサロイドに隷属すべきと宣言し、彼らは獣属や機属、純血種達への迫害を開始した。
加えて、帝国内各国での狂信的なまでの布教活動は、時にはテロ行為にまで及んだ。
実在証明が成されている<三女神>を偽神と断じ、その神殿は次々とテロによって破壊されていく。
彼らがサーノルド王国に現れたのは、そんな時だった。
「――我らを国教に認定し、主神をオーティスとすべし!」
一方的な勧告。
これに困惑したサーノルド国王は、銀河皇帝に謁見して対処を願った。
「彼奴らが奉じるオーティスこそが、偽神であり邪神である!」
銀河皇帝の号令一下、邪教狩りが始まった。
だが、狂信的な教団が、それで大人しく引き下がるはずもなく。
「――ならば、我らの神こそが正しいと証明するまで!」
邪神オーティスに仕える神子ティアリスの命に従い、教団は徹底抗戦の構えを見せた。
そして、既知人類圏中の信徒達が、彼らが本拠地とする<大戦>期の遺物――惑星破壊兵器に集結した。
「まず手始めに、サーノルド王国主星を星の海の藻屑とすることで、我らが神の力を示しましょう!」
唐突に突きつけられた最後通牒。
月の向こうにあるにも関わらず、月より大きく空を覆い尽くす黒い星。
惑星破壊兵器は、まさに人々に絶望をもたらす死の星だった。
独自の超光速航行機能を搭載した惑星破壊兵器は、衛星軌道――三つある月の最外縁部に突如出現。
沿岸警備隊が即在に対応しようとしたものの、惑星破壊兵器の圧倒的火力の前に、瞬く間に焼き払われた。
遅れて出撃した航宙軍防衛艦隊もまた、善戦はしたものの、<大戦>期の遺物である強固な装甲に歯が立たず、開戦から一時間と立たずに全滅させられる事となった。
そして、第一衛星のすぐ裏側まで侵攻したオーティス教団は、空を見上げるサーノルド主星の人々に、より深い絶望を与える為、ご丁寧に地表攻撃の時刻を提示した。
それは主星に生きるすべての民が逃げ出すには、到底間に合わないもので……
サーノルド王国の民は、成す術もなく、ただ絶望の色を浮かべて呆然と空を見上げるしかできなかった。
――ああ、誰か……
誰かが呟く。
「――助けてっ!」
それは誰もが願った言葉。
星々瞬く夜空に、宇宙よりなお昏くそびえる漆黒の星。
絶望そのもののそれを見上げながら、民達は口々に願った。
中には半狂乱となって、泣き叫ぶ者までいたほどだ。
「――誰か助けて!」
その瞬間だった。
夜空を真一文字に尾を引いて斬り裂く、蒼碧の輝き。
誰もが目を見張った。
沿岸警備隊はおろか、航宙軍でさえもが全滅させられている今、近海を行く船なんてひとつもないはず。
直後、惑星ネットワーク全域に、語りかけられる男の声。
『――こちら、深宇宙探査艦<シルフィード>。俺は艦長のディラン・ノーツだ』
ひどく男臭い、低い声だ。
けれど、その落ち着いた声色は、打ちひしがれていた人々の胸に静かに弾き渡った。
『状況は把握している。これから本艦は、貴星を救う為の行動を取らせてもらうよ』
無理だ、と。誰もが思った。
軍の艦隊ですら叶わなかった惑星破壊兵器に、人々は絶望し切っていたのだ。
たった一隻の探査艦に、なにができるというのか。
――けれど。
「……んばれっ!」
それは、幼い子供の声だった。
道端で母親に抱かれた小さな男の子が、空を見上げて拳を突き上げる。
「――がんばれっ! キャプテン!」
まるでその声に後押しされたように。
声援が、広がっていく。
それは、いつしか惑星中を包み込むものとなって、ユニバーサルスフィアを伝って、ディラン・ノーツに届けられる。
「――ああ! 任せとけっ!」
ディランは笑みを浮かべて応えた。
目指すは月の向こうに陣取る、黒の星――惑星破壊兵器。
<大戦>期の超科学で造られた漆黒の人工惑星は、こちらの接近に気づいて、その表面に満載された対空兵装を展開したようだ。
「――まるでハリネズミだな。だが、<シルフィード>をナメんなよ!」
――<シルフィード>もまた、<大戦>期の超科学によって生み出された特殊艦である。
その装甲は恒星中心核への突入を可能とし、搭載された兵装は、対異星起源種すら想定されているのである。
惑星破壊兵器から放たれる、千を超える真紅のレーザー。
けれど<シルフィード>は針の穴を通すように、わずかな間隙を潜り抜けて突き進み、ついには惑星破壊兵器の上空五千まで辿り着いた。
「――取っておきを喰らえっ!」
と、ディランは脇のホルスターから古式銃を引き抜くと、コンソールにあるホルダーに銃口を差し込む。
「――吼えろっ! <純白の旋風>ッ!!」
<シルフィード>の艦首にある主砲が、純白の光芒を放った。
それはサーノルド王国航宙軍艦隊の一斉射すら耐えた、惑星破壊兵器の装甲を、まるで紙細工のように容易く引き裂き、中心部まで続く深い大穴を空けた。
その大穴へ。
<シルフィード>は勢いそのまま突っ込んだ。
ありったけの兵装をぶちまけながら、大穴を進む<シルフィード>。
惑星破壊兵器に絶対の自信を持っていたオーティス信者達は、内部侵入を想定していなかったのか、右往左往している間に、あちこちで発生した爆発に呑まれて行く。
やがて<シルフィード>は、最深部へと辿り着く。
ディランは<シルフィード>から、祭壇のようになったそのホールに降り立った。
邪神オーティスを収めたインディヴィジュアルスフィアは、今や惑星破壊兵器のメインスフィアとなって、祭壇の上で黒色の珠として安置されていた。
その前に、ローブ姿の女の姿。
「……神子ティアリスだな」
紫のストレート髪を背中でまとめ、その瞳の色は虹色にも見える金色。
ディランの問いに、彼女はうなずき。
「……今回は、ここまでのようね」
彼女は自嘲気味に笑みを浮かべて、両手を広げる。
「覚えておきなさい。盲目の英雄。
いずれ、私達が――オーティス様が正しかったのだと、人々は知ることになるわ」
「そのオーティスとやらも、ここで壊させてもらうがな!」
ディランはレイガンを放つ。
祭壇の上の黒色の珠は、その中心部を貫かれて色を失い、無色透明になって床に転がり落ち――粉々に砕け散った。
神子ティアリスが、まるで糸を失った操り人形のように、その場に力なく崩れ落ちる。
「……ヒトは、より先に進まなければ――」
それが、後に銀河邪神教団と呼ばれる事になる、狂信集団の――そのトップの最後だった。
彼女の首筋に手を当て、すでに事切れているのを察したディランは、舌打ちをして<シルフィード>へと戻る。
大銀河帝国を揺るがすほどの事件を引き起こした人物の最後としては、なんともあっけなく……そして後味の悪い幕切れだった。
サーノルド王国主星に降り立ったディランは、王族を始め、惑星中の民から歓迎を受けた。
民達の熱狂ぶりは留まるところを知らず、星が助かったこともあって、一週間にも及ぶお祭り騒ぎとなった。
サーノルド国王は、ディランの功績に報いる為に、爵位を始めとする様々な褒賞を用意したのだが、ディランは笑ってそれを固辞した。
「――助けを求める誰かに応えるのに、見返りなんて求めるのかい?」
後にディラン・ノーツの名言禄の最初に刻まれる事になる言葉である。
ならばせめてもと、サーノルド国王は銀河皇帝に助力を求め、ディラン・ノーツに既知人類圏でも百人余りしか存在しない英雄の称号――キャプテンを与えることを提案した。
さすがに銀河皇帝にまで動かれては断りきれなかったのか、ディラン・ノーツはこれを承諾。
こうして、彼の名と乗艦である<シルフィード>の名は、既知人類圏に広く知れ渡る事になったのである。
スタッフロールが流れ始めたところで再生を止める。
そして、わたしは叫んだんだ。
「――な、なにコレ!?」
わたしの声に、みんなぽかんとした表情。
「ああ、アーカイブムービーを観たのね?
どうだった? ディラン様、素敵よねぇ」
「いやいやいや、ウチのおじいちゃん、あんなにイケメンじゃないですっ!」
「まあ、ムービーは俳優が演じてるもの。
一応は似てる人が選ばれてるのよ?
本国のデータアーカイブに、若い頃のディラン様のピクチャデータがあるはずだから、今度送ってもらって見せてあげるわ」
「じゃなくて、あんな……あんなヒーローみたいな事……」
わたしの知ってるおじいちゃんは、孫のわたしの前で隠す事なくおならはするし、修行とか言って、わたしを森の奥に置き去りにするような、頭もおかしいところのある人だ。
そりゃ、普段はすごく優しいし、作ってくれるご飯はおいしいし、お話とかも面白いけど、でもあんな――前世で言うところのハリウッド映画で全米を泣かすような経験をしてたなんて、とてもじゃないけど信じられない。
「まあ、キャプテンとしての活動は、十数年前の未知領域探索を最後に、引退してるものね。
身内のおまえには――まして、この星で隠居生活をしていたのだから、見せなかったのでしょう」
エリス様はわたしの隣に腰掛け、クスクスと笑う。
「そんなワケで、我がサーノルド王家はおまえの祖父――キャプテン・ノーツに多大な恩があるのよ。
だから彼に隠居先も提供したし、同い年の孫が居ると知って、わたくしはおまえを近衛にしたかったというワケ」
おじいちゃんがわたしにあれこれ戦闘技術を叩き込んでたのも、こういう事を想定してたのかなぁ。
そんな風に思っちゃうよ。
でも、不思議と悪い気はしないんだよね。
エリス様はずっとずっとわたしを望んでてくれて、そして一生に一度の力を使ってまで、わたしを助けようとしてくれた。
だから、わたしもこのちょっぴり気が強くて、でもすごく優しいお姫様に応えたいって思うんだ。
「――じゃあ、改めて。
わたし、ステラ・ノーツは、エリス様の近衛騎士として頑張りたいと思います!
よ、よろしくお願いします!」
そう言ってわたしが手を差し出すと、エリス様は嬉しそうに微笑んで、握り返してくれた。
「ええ、末永く頼むわ。わたくしだけの騎士、ステラ」
「――はいっ!」
わたしもまた、笑顔で応えて。
クラリッサとセバスさんが拍手してくれる。
「さて、それじゃあ、そんな近衛騎士ステラの、最初の仕事ね」
と、クラリッサは手元にホロウィンドウを開いて、真剣な顔でわたし達を見回した。