第4話 8
飛来した飛竜と兵騎が真っ向からぶつかり合う。
咆哮と鋼鉄が大気を震わせ、オリヴァー達冒険者は耳を押さえて木々の陰に隠れる。
「――放てぇッ!」
王宮魔道士隊が連携式のソーサル・テクニック――儀式魔法を放ち、それに合わせるようにバリスタの槍のような剛矢が解き放たれる。
それを合図に、森の入口――今では岸になってる辺りから、投石機の攻撃が開始されて、オリヴァー達を追ってきた飛竜の数はみるみる減っていく。
だが、オリヴァー達に喜びはなかった。
見据える先の湖上には、まだまだ飛竜の群れが飛び交っている。
今回もうまく行った。
だが、次回も無事に済むとは限らない。
「――クソだ! エリシアーナ王女も、近衛の小娘も、こんな作戦考えた上の連中も、みんなクソばっかりだ!」
前髪から滴る水滴を払い、オリヴァーは身を隠した木を蹴りつける。
その時だった。
「――お、オイ、見ろっ!」
すぐそばの木に身を隠していた冒険者のひとりが、驚愕の声をあげて湖上を指差す。
その指し示す方に目を向けて、オリヴァーは息を呑んだ。
水面が柱のように盛り上がり――次の瞬間、飛竜達が小鳥に見えるほどに巨大な竜が姿を現したのだ。
「風竜……」
「――あんなのまで渡って来てたのかよ!」
冒険者達が恐怖に顔を青ざめさせる。
魔王四天王のひとりが飼いならしている火竜と同じくらいのサイズだ。
恐らくはこの群れの主だろう。
滝のように湖水を流れ落ちさせながら湖上に舞った風竜は、その長い首をこちらに向けた。
――咆哮。
それは物理的な圧力をもって湖上を駆け抜けて。
「――――ツァッ!?」
たったひと鳴き。
それだけで兵騎達が薙ぎ倒され、その下敷きになった木々に冒険者達が押し潰される。
後方に待機していたはずの、王宮魔術師達やバリスタ隊からも悲鳴があがっていた。
「――衛生兵っ! クソ! 重傷者だらけだっ!」
運良く無傷だったオリヴァーは、すぐそばで倒木に足を取られている冒険者の男を助け起こしながら叫んだ。
「俺は良い! おまえは下がれ、オリヴァー! ヤツが来る!」
肩を貸した男がオリヴァーを突き飛ばす。
ぬかるみに倒れ込んだオリヴァーの視界に、風竜がこちらに向かって飛来してくるのが見えた。
……絶望が心を塗り潰す。
「……ここで終わるのか?」
自分のものとは思えない、ひどく乾いた声。
もはや、なにも考えられなかった。
迫り来る死を前に、オリヴァーはただ呆然と目を見開いていた。
その時だった。
『――みなさん、お待たせしました!』
作戦用の情報共有スフィアに、舌ったらずな幼女の声が響く。
同時。
遥か上空から、真っ赤な尾を引いて、三つの戦艇が落下してくる。
恐らくは軌道高度突入して来たのだろう。
風竜の咆哮にも匹敵する轟音に、飛竜達が一斉に空を見上げ、風竜も襲撃をやめてその場で滞空している。
戦艇はそのまま湖に突っ込んだ。
爆発するように巨大な水柱が上がる。
船殻を包んだあまりの熱量で水蒸気が辺りを白く染め上げ、押し寄せる大波がオリヴァーのみならず、兵騎すらも押し流していく。
『――アルノー現着……!』
『――ベルディ、目標地点に到達しました!』
『――チャーリーも準備オッケーでさあ!』
と、情報共有スフィアに三人の男の声。
それに応えるように。
『了解。それじゃあ、ステージオープンよ!』
女口調の男の声が、情報共有スフィアに響いた。
ローダイン湖の上空が揺らいだかと思うと、クルーザー級の蒼白の船が姿を現す。
湖の底から三つの光条が伸び上がり、上空に留まった蒼白の船を照らし出す。
『――目覚めてもたらしなさい! バトルフィールドっ!』
先程のとは違う、幼女の声。
オリヴァーはすぐに、それがエリシアーナ王女のものだと気づいた。
彼女のその詞に応じて。
まるで押し広げられるように空間が歪み、湖の水が消失する。
三角錐の空間が出現していた。
多くの飛竜達が、空間の歪みに絡め取られ、三角錐の境界で藻掻き鳴く。
風竜が警戒するように、剥き出しになった湖底に着地して、頭上の蒼白の船を見据えた。
『さあ、舞台は整えたわよ! ステラちゃんっ!』
再び女口調の男の声。
『……行きます!』
幼女の声が響いて。
蒼白の船の船首から、白い光が真っ直ぐに地面へと伸びた。
その中を――白銀の髪を揺らしながら、黒のバトルドレスに身を包んだ幼女がゆっくりと降りてくる。
「――天使だ……」
誰かが呟いた。
『もう大丈夫! こいつはわたしに任せてください!』
その幼女の声に……
「――ちくしょう! こんな事ってあるかよ!」
オリヴァーは思わず涙を拭った。
死を覚悟した。
だというのに、今はどうしようもなく安堵している。
「あんな……あんな小娘の声に……俺は――」
救われたと思ってしまった。
あれほど、ユニバーサルスフィアで批判していた相手に。
「これが近衛だって言うのか……」
そのオリヴァーの呟きに。
『――いいえ』
エリシアーナ王女が直通で答えを返してきた。
『よく見てなさい。オリヴァー・ランドール』
まるで愉しむような、軽い口調。
白銀髪の幼女――ステラ・ノーツが地面に降り立った。
身を低くして威嚇の唸りをあげる風竜。
風竜から見れば、ステラは指先ほどのサイズしかない。
けれど、風竜は明らかにステラを警戒していた。
この距離ですら恐怖を覚える風竜相手に……わずか十歳の幼女が、胸を張って対峙している事実に――オリヴァーは彼女を罵ってしまった事に対する罪悪感を覚えた。
――俺はなんてことを……
そこに、再び舌っ足らずな声が響く。
『みなさん、わたしの所為で大変な目に合わせてごめんなさい』
ステラが風竜に向けて歩き出しながら、そう告げる。
『でも、わたし決めたから……』
風竜の攻撃が届かないギリギリの位置で、ステラは歩みを止めた。
『みんなを、この星を守れるような――エリス様の近衛になるって決めたから!』
ステラが胸の前で左手を握り締める。
その甲で蒼の結晶が強く輝いた。
『――近衛だからじゃない。あの子があの子だからこそ、おまえ達を救うの!
そして……』
誇るようなエリシアーナ王女の声。
『あれが! あれこそが、わたくしのステラ・ノーツよっ!』
その声に応えるように、ステラが高らかに喚起詞を唄い上げた。
『目覚めてもたらせっ! <皇女之剣>ッ!!』
周囲を蒼の輝きが照らし出す!




