#6 助手
「ぜひ私に、ラウラ様の手助けをさせてください!」
お風呂から上がり、全身綺麗になり、ピンク色の奇怪な服に身をまとったあの娘が、こんなことを言い出した。
「ええーっ? そんなこと、私に言われてもねぇ。そういうのは、本人に頼まないと」
「いや、エルバよ、私のことを他言しなければいいだけだから、何もそこまで求めてはいない」
この助け出した娘だが、名をエルバという。歳は19歳で、私よりも一つ年上だ。
そんな娘が、私の助手になりたいと言い出した。
「いえ、私、夕顔のシン様に会ったら、ぜひお手伝いしたいと思ったんです!」
「だから、さっきも話した通り、私は世直しだの金銭をばらまいたりだの、したわけじゃないから」
「だけど今は、悪徳な貴族をぶっ殺す正義の殺し屋様じゃないですかぁ。そんなお方に出会えたのも何かの運命! だから私、殺し屋になります!」
物騒なことを言い出したぞ、この娘。だから、私は正義などではない。人の命を奪う、悪人だ。そんなやつに肩入れしたいなど、正気の沙汰ではない。
「なるほど、それはいいかもしれないな」
ところがだ、そんな平民の娘の言い分を、あっさりと肯定するやつが現れる。
「おい、アルマローニよ、お前何を言っているのか……」
「いや、単独行動というのはやはり危ないと考えていたところだ。それに、次の仕事はどうしても、一人では不可能だ」
「なんだ、次の仕事はもう、決まっているのか?」
「そうだ。先のワインガルトナー伯爵とも関わりのある相手だ。そいつを倒さねば、真の解決とはいかない」
租税役人を倒しただけでは、解決ではないのか。どんな相手か見当もつかないが、まあいい、私はただ、依頼された者の心臓を短剣で突き刺すだけだ。
「その相手は、誰なんだ」
「いや、分かっていない」
「分からない?」
「そうだ。全力で探索しているが、残念ながら我々の力及ばず、だ」
アルマローニが弱音を吐いた。これほどの情報収集能力を持つ相手でありながら、及ばない相手がいることに驚きだ。相手は、かなりの大物だろう。
「と、いうことでエルバ、お前にも協力してもらわねばなるまい」
「はい! ラウラ様の助けになるのなら、喜んで!」
「少しばかり、辛い任務になると思うが、かまわないか?」
「一番辛いところを助けてもらったのですよ。多少のことは、大丈夫です!」
「そうか」
そう力強く答えるエルバだが、どうにも悪い予感しかしない。良からぬことに、この平民娘を巻き込むことになるのではないか。私は懸念する。
「今日は、この司令部脇の仮眠所で休み、明日、家に戻るといい。家族が心配しているだろう。なお、明日までにエルバの通門証を作っておく。それがあれば、この塀の内側の街と司令部に入ることができる」
「はい、承知しました!」
「それから、ラウラ」
「なんだ」
「明日、行くところがある。同行せよ」
エルバは明日、自宅へ帰ることになる。一方で私は、どこかへ連れて行かれるようだ。どこに行くというのか? まあいい、どのみち私には、待っている家族はない。
その日は、この司令部横の小さな建物の中にある、簡素なベッドの上で寝ることとなった。エルバはといえば、ベッドに入るや否や、スースーと寝息を立てて寝始めた。思えば、今日は色々なことがあり過ぎた。さっきまでは意気揚々だったが、いざ寝床に入ると、安心したのか眠りに落ちてしまった。
そんな私も、すぐに眠りに落ちる。「夕顔のシン」から「死神姫」と二つ名を変えてからの初めての仕事を、どうにか終えることができた。
もっとも、私はまだ「シン」という名前から逃れることはできていない。それを、目の前で寝息を立てて眠る平民娘から教えられる。
その、翌日のこと。
「それじゃ明日、またきます!」
そう告げて、エルバは塀の外へ出ていく。彼女の住む、いわゆる貧民街と呼ばれるところへ消えていった。
「では、我々もいくぞ」
一方で、アルマローニと私は、別の方角へと歩き始める。なお、私は軍服を着せられている。あくまでも「軍人」としてこの男に付き添うことになっている。
王都に入り、中央の広場から大きく回り、貴族の屋敷が集まる場所、貴族街と呼ばれるところへ足を踏み入れる。
そして、たどり着いたのは、見覚えのある屋敷の前だった。
そこはまさに、私が昨日、立ち入った場所。すなわち、ワインガルトナー伯爵の屋敷だ。
「ああーっ、あなたぁ〜! どうしてこんなことに!」
まるで発狂するように、棺の上に泣き崩れているのは、その身なりから、おそらく正妻だろう。そのすぐ脇には、黒いドレス姿の見目麗しい令嬢、そして成人前後の息子らしき人物が一人、俯いたまま立っている。
そうだ、これはまさにワインガルトナー卿の葬儀だった。昨日のうちにワインガルトナー卿の遺体は発見され、今日、こうして葬送されることとなった。
つまり、あの棺の中には私によって絶命したあの小太りの髭面の男がいることになる。四人の兵士らに抱えられた棺は馬車に乗せられて、そのまま郊外の墓地へと運ばれるのだという。
その様子を、少し離れた場所から二人、眺めている。
「お前が殺めた相手のその後を、見ておいた方がいいと思ってな」
アルマローニが、私にそう告げる。
「なんだ、殺したことを、後悔させたいのか?」
「そうではない。が、あのような者でも、嘆き悲しむ家族がいるという事実は、目の当たりにした方がいいと考えてな」
なんだ、やっぱり後悔させたいのではないか。この男のやりたいことが分からない。しかし、同時に私は実感する。
今までも、数多くの貴族や商人を、頼まれるがまま殺してきた。当然、このような光景が繰り広げられていたのだろう。私はそれをここで、嫌というほど思い知らされる。
「一つだけ、覚えておいてほしいことがある」
棺を乗せた馬車が動き始め、葬列の集団もその後を追い始めたところで、アルマローニはこう言い出す。
「あれと同じような悲痛にくれる者を、あの棺の中にいる男は何十倍も作り続けてきたのだ。おまけに、やつの家族はあの屋敷の地下で行われていた淫行を知らぬ。やつは、家族の前では良き夫であり、父親だったのだろう。その表の顔に騙されたあの家族らも、被害者と言える。とはいえ、あそこで悲しみに暮れる者たちは、その蛮行に加担していたも同然だ。知らぬこととはいえ、不条理な目に遭わされた大勢の平民たちの涙の上にあぐらをかき、のうのうと暮らしてきたのだ。だから、同情することはない」
随分と辛辣なことを口にする。あの者たちからすれば、優しく頼り甲斐のある当主を亡くしたのだ。そしてその犯人は、すぐ近くでその光景を眺めている。たとえそれが悪人の報いだと分かっていても、複雑な気分だ。
「さて、五日間ほどは仕事はない。しばらく、休みだ」
「それはかまわないが、次の仕事はそれほど急ぎではないのか?」
「明日にでも手をつけたいところだが、タイミングが悪い」
「なんだ、何かあるのか」
「次の狙いは、奴隷商だ」
それを聞いた瞬間、あの棺の男との関係を理解する。そういえばあの男は、地下室で「検品」と称して連れてきた娘にいかがわしき行為をし、使い捨てるように売り捌いていたという。
ということは、それを買い付ける奴隷商というものが存在することになる。が、この王都では奴隷売買は非合法とされている。
「我々の情報では、五日後に競りが行われることになっている」
「そうなのか、ならば、そこに踏み込めばよいのではないか」
「そうは行かない。その場所が分からないというのがその理由だが、おそらくその場所は、この貴族街にあるどこかの屋敷だ」
軍とはいえ、貴族の屋敷にそう易々と踏み込めない。もちろん、この王都には法の秩序を守るための憲兵隊が存在するが、彼らとて貴族らの非合法な行為にはよほどの証拠がないと介入することはできない。ということで、奴隷商の実態が把握できない。
「まさかとは思うが、エルバを……」
「そうだ。奴隷になってもらい、その場所を割り出してもらう」
「おい、おとりにするというのか!?」
「そうだ、どのみち、我々が助けなかったら、本当の奴隷になっているところだった。ならば、おとりにしても問題はないだろう」
なるほど、少々辛いことになると言っていたのはそういうことか。だがそれは、少々どころではないのでは? エルバには、かなり辛い思いをさせることになるぞ。
うう、いいのか、あの娘にそこまで危険な目に合わせても。確かに、私があの晩、あの男を殺さなかったら、同じ目には遭っていたのは間違いない。とはいえ、せっかく救い出した娘だというのに、なぜそんな目に合わせることになるのだろうか。釈然としない。
平民の娘に、おとりなどという危ない仕事を、この男は平然とやらせようとする。前の雇い主である御者、確かゾルターニという名の男爵であったか、その男よりも手段を選ばない。
「無論、五日間を無碍に過ごすつもりはない。エルバには、自身の身を守るための手段と伝授する必要がある。たった五日の間に、それを覚えてもらわねばならない。案外、時間はないぞ」
こういうことを平気で言う男だ。せっかく助けた者を、危険な目に晒すことに何の躊躇いもない。私なども、捨て駒くらいにしか思っていないのだろうな。そういう感情がヒシヒシと伝わってくる。
「ええっ! それじゃあ、エルバちゃんも好きにしていいんですね!」
「いや、ここに住むわけではないから、最低限の習慣を教えてくれと……」
「わっかりましたぁ! カッサーノ兵曹長、殺し屋二名のサポート係を引き受けました!」
人聞きの悪いことを言う。この将官が集まるこの部屋で、そんな大きな声で「殺し屋」などと言わないでほしい。
「おい、カッサーノ。頼むから、この場で殺し屋などとと言うな」
「えっ、でもここにいる将官閣下たちは、ラウラちゃんのことを殺し屋だって知ってるよ?」
「それはそうだが、そういう問題じゃなくてだな」
「大丈夫だよ。立派なことしてるんだし、もっとその小さな胸を張って堂々としようよ」
うるさいやつだ、胸が小さくて悪かったな。ひと言、いや、ふた言以上多い。私はともかく、エルバはまだ人を殺めたことはない。殺し屋と呼ぶのはまだ早いだろう。
「おっはよーございまーす!」
そんなやり取りの翌日、エルバは再びこの司令部にやってきた。やる気は、十分すぎるほどある。
「エルバ、母親はどうだった?」
「はい! 私が帰ってきて、大喜びでしたよ」
「まさか、私のことを話してはいないだろうな?」
「大丈夫ですよ、何も話してませんって」
「ならば、ここにくることを、どう話したのだ」
「星の国の人に助けられた上に、その街で仕事をもらえたって話したんです。お母さん、大喜びでした」
随分と大雑把な説明で納得するその母親もどうかとは思ったが、この娘がこれから、どんな目にあわされるのか、あるいは何をさせられるのかを、母親はおそらく知らないだろう。いや、本人ですら、覚悟を決めている様子はない。
「さて、エルバよ。お前にはこれから、ラウラの助手となるべく簡単な護身術を身に着けてもらう」
「はい! 頑張ります!」
なればこそのこの意気込みだが、それも昼食を食べるころにはかなり参ってしまう。
「うへーん、大変だよぉ、死にそうだよぉ」
そりゃあそうだ。ただの平民が、いきなり暗殺者の助っ人となるのだから、並大抵のことではない。それくらいのこと、想像できなかったのか?
「まだまだだ、あれでは、壁に張り付いたナメクジのごとく、一撃で返り討ちにされるぞ。もう少し、しぶとさがないとだめだな」
「えーっ、まだやるんですかぁ!?」
もう涙目で見ていられない。そこまでして、こんな小娘を助手などにしなくてもいいのではないか。かえって足手まといだ。
が、アルマローニがこの娘に、こんなことを言い出す。
「そうだ、エルバよ。お前にもコールサインを考えてある」
「こーるさいんって、なんですかぁ?」
「二つ名、とでもいえばいいか」
この言葉に、エルバが反応する。
「えっ、私に、二つ名!?」
「そうだ。まさか本名で呼ぶわけにはいかない。だから当然、特殊な呼び名が必要となる」
「それって、どういう名前なんですか! 聞きたいです!」
なんだ、急に復活したぞ、この娘。そんなに二つ名が特別なのか?
「エルバのコールサインは、『ヴォルヴァ』とする」
「ヴォ……ヴォルヴァ?」
「神話の中に出てくる、ワルキューレを目撃し、それを伝えたとされる流浪の巫女の名だ。ワルキューレを補佐する役としては、適切な名前だと思うが」
それを聞いて、しばらくぽかんとするエルバだが、さっきまでの意気消沈としたあの姿が一変し、やる気がみなぎってくる。
「分かりました! それではこのエルバ、いや、ヴォルヴァ、ワルキューレ様のため、あのしごきにも耐えてみせます!」
いいのか、変にやる気を引き出してしまったぞ。がつがつと食事を食らい、再び訓練場へと戻っていくエルバだが、巻き込んでしまった私としては、その後ろ姿に、後ろめたさを感じる。
それから五日の間、落ち込んではいきり立つのを繰り返しつつ、どうにか訓練課程を終える。見違えるほど強化されたエルバは、剣やシールド、それに基本的な護身技ならば使いこなせるほどに成長する。
そしていよいよ、次の仕事に入ることとなる。
だが、エルバはというと、せっかく覚えた剣やシールドなどの道具は用いず、発信機のみを取り付けられ、ある場所へと送り込まれる。
すなわち、奴隷市場へ、である。




