#4 生活
「う、うう……」
暗殺者である私は今、大変な危機を迎えている。私はこのカッサーノという女の前で、暗殺者にあるまじき無防備な姿をさらけ出している。
「うふふ……こういうのに、慣れていないのねぇ、ラウラちゃんは。大丈夫、私に身を任せてくれればいいのよ」
そしてカッサーノは、生まれたままの姿をさらす私の肩に、そっと手を添える。
「そんじゃ、もう一回シャワーぶっかけるよぉ! 目ぇ瞑って!」
「ひええぇ!」
頭の上から、温めのお湯が降り注がれる。まるで夕立ちのような勢いの水の粒が、私に注ぎ込まれる。水を雨状に変えて噴き出すシャワーという仕掛けが、私の泡だらけの髪からその泡を洗い落とす。
もちろん、まかり間違えば、私の髪に注ぎ込まれていたのは、ギロチンで切り落とされて噴き出した自身の血飛沫であったかもしれないことを思えば、こんなのはまだ生易しい仕打ちである。が、この女、私の身体を清めるなどと称して、さっきからあの太い腕で私の全身と髪にいやらしく触れて、泡だらけにしてくる。
こんな恥辱にさらされるのならばいっそ、死んだほうがマシだったか?
「わぁ、お人形さんみたい。きれいな銀色の髪だねぇ」
と、散々イジられた後にお湯に浸からされて、そこから全身にまとわりつく水滴を妙に柔らかで水を吸い取る布を使って拭き上げられる。そして今は、ドライヤーと称する熱風を吹き出す不可解な仕掛けを使い、私の髪を乾かしているところだ。
この女の持つ大きめの服を着せられ、私の銀色の短めの髪が熱風になびく。だが、不快さはない。むしろ、心地良いとすら感じる。私の全身を覆っていた穢れのようなものが洗い落とされて、身軽になった感じがする。
その心情を反映してか、鏡に映る私の胸の心臓は、淡い柑橘色を灯している。こんなに穏やかな気分になれたのは、両親が殺されて以来、初めてのことだ。
優しく櫛を通すカッサーノ。まだ夕べの疲れがとれていない私は、次第に睡魔が襲いかかる。
「あらら、もう眠くなったの? うふふ、子供みたいで可愛い」
まどろむ頭で、この女にされるがままの自身の姿を、鏡越しに見ている。警戒すべき相手ではないと悟ったからだろうか。つい心が緩んでしまう。
そこからどうにも、記憶がない。気づけば、私は寝台の上にいた。
柔らかく、清潔な布団。窓からは、淡い日の光が差し込む。目覚めた直後は、ここがどこか一瞬、見失う。もしやここは、天国か?
「おっはよー、ラウラちゃん」
無防備で無神経な叫び声が、私のこのおぼろげな頭に届く。と同時にここが天国などではないことを知る。思えば、私が天に召されることなどあり得ない。死ねば地獄の釜へ真っ逆さま。そういう稼業だから、当然だ。
「なーに不安げな表情してるのよ。ご飯だよ、ご飯」
不安なのではない、訝しんでいる、ただそれだけだ。
「今日から訓練するんでしょう。しっかり食べて、バンバン暗殺しなきゃ」
人聞きの悪いことを平然と口にするこの女だが、お前、暗殺者の仕事というものがどういうものか分かってるのかと問いたい。
などと文句を言ってはみたが、ここの食事は、美味い。
「んん~っ!」
あまりの美味さに、不本意ながらうなり声が出てしまう。今食べているのはパンだが、表はカリッと硬く焼けているというのに、中は綿のように柔らかい。
「まーた変な声が出てるよ。ラウラちゃん、そんなに美味しいのぉ?」
この女はそんな私を見てからかうが、生まれてこの方、これほど芳醇で、しかもこれほど濃厚なバターの添えられたパンなど食べたことがない。声が出ない方が、人としてどうかしている。
その脇にある目玉焼きというやつにも驚いた。卵を一人一つ使う料理というだけでも驚きだが、その上から香辛料の類いをふんだんに使っている。おまけに、さらにその脇にはベーコンとかいう肉。薄っぺらいが、食べ応えがある。これで軽い食事だというから驚きだ。昨日などは、パンに挟まった大きなひき肉の料理「ハンバーガー」なるものを食べたが、あれなどはもはや貴族でも食べたことがないのではと思わせるほどの贅沢だ。
これほどの待遇、これはきっと、とてつもない依頼が来るに違いない。まさか、陛下でも狙わせるつもりか? いくら私でも、国王陛下を狙うのは無理だ。警備が厳重過ぎる。
などと食事を終えて、その後は司令部とやらに再び向かう。そこで、またあの男が出てくる。
そして、その司令部の脇のただっ広い場所へと連れてこられた。
「来たな。では早速、道具の使い方を教える」
と言って、アルマローニは目の前の机には四つの道具が置かれている。まるで鈍器のような道具に、太い腕輪、小さな板、そして宝石商が使う眼鏡のようなものが見える。
「こっちから、脳波共振器、携帯シールド、鍵解除器、そして暗視スコープだ。それぞれ順に、使い方を教えよう」
といって、まず鈍器のようなものを持ち上げる。あれで殴るのか? いや、そんなもの使わずとも、私には短剣があるというのに。
「こいつは、要するに人を気絶させる道具だ。頭に近づけ、これを押す。すると向けられた人物の脳波に共鳴して一瞬で気を失わせる。そういう使い道のものだ」
「なぜ、そんなものを?」
「目標は、殺る。だがそれ以外は極力、殺すな。今まではやむを得ず命を奪ってきただろうが、これを使えばどんな相手でも一瞬で気を失うから、命を奪う必要がなくなる。なお、目標が予想以上に健闘し倒せぬ場合にも、これを用いて相手を止めてから始末する、という使い方もできる」
随分とえげつない道具であると分かった。が、今までも何人かの見張りとやり合ってきたし、中には不本意ながら殺してきた者もいる。なるほど、そういう相手にこれを使って、不要な殺しを避けよというのか。
「で、二つ目だ。これは携帯シールドというやつだ。これは口で言うより、実際に使ってみた方が分かりやすい」
といって、この男はその大きな腕輪を私の腕にはめる。
「まずは、その腕輪にある赤いスイッチを押せ。その後、顔の前にその腕をかざせ」
いちいち意味不明な命令を私にしてくる。が、いわれたまま、私はその赤い突起物を押すと、それを顔の前にかざした。
「よし、ではそのまま、そこを動くな」
そういうとアルマローニは、腰に手をやる。と、いきなり拳銃とかいうやつを取り出して、こちらに向けた。
あっと思うまもなく、バンッという音と共に青い光が私の頭目掛けて放たれる。あれの威力は、すでに経験済みだ。もしかして、私はこの場で殺される? そう思ったが、あの腕輪の手前でその青い光は消えて、代わりに猛烈な火花が飛び散った。
不思議なことに、私には傷一つない。一体何が、起きたというのか?
「見ての通りだ。この携帯シールドは、ビームすらも弾き返す。ましてや、王都の剣や槍、弓矢など、相手にもならない。ただし、扱い方を間違えると自身の顔も飛ぶから、注意するように」
ああ、これはつまり見えない「盾」ということか。いかなる武器も、あの拳銃の放つ光ですら、これを弾き返す。だがこの盾は自分をも弾き飛ばすから気をつけろという。恐るべし盾だ。
で、三つ目の鍵解除器とは、この板状の道具を扉の鍵に当てると、勝手に鍵を開けてくれる。王都にある鋼鉄製の鍵であれば、磁気と呼ばれる力で勝手に解除してくれるという。四つ目の暗視スコープというのは、真っ暗闇でも辺りが見える、そういう道具だ。
その後、別の訓練場所へと向かい、一通りの道具の使い方を学ぶ。あの鈍器以外は、実際に使ってみてその威力と使いどころを肌で覚える。これらを納めた腰袋を、最後に渡された。
「これで、準備は終わった。いよいよ明日から、働いてもらう」
そう男は私に告げる。私は尋ねる。
「相手は、誰だ?」
まさか本当に、国王陛下を殺れとでも言いだすのではあるまいか。そう構えていた私に、アルマローニはまったく予想だにしない人物の名を出す。
「フロマンデラ王国貴族、伯爵の位を持つ、ワインガルトナー卿だ」




