#3 鞍替え
……おかしい、死んだはずの私は、まだ意識がある。
頭を撃ち抜かれたかと思いきや、そうでもない。胸元を見るが、一滴の血も流れてはいない。
恐る恐る後ろを向くと、壁にはあの青白い光が撃ち抜いたと思しき穴が空いており、ほんのりと煙を上げている。どうやら、外したようだ。
が、この男は私に、不可解なことを言い出す。
「これで『夕顔のシン』と呼ばれた暗殺者は、この世から消えた。今、私の前にはラウラというただの娘が、椅子に縛られているというわけだ」
しゃあしゃあと言ってのける男だが、私はむしろ不愉快極まりない。命をもてあそばれた上に、さらに私の名を軽々しく呼びつつ見下ろしている。
「私を、どうするつもりだ?」
そのいやらしい視線を私に向ける男に、私は尋ねる。どうせ凌辱の末に、本当の死を与えるつもりだろうと思ったが、思わぬ一言が飛び出す。
「取引をしたい」
一瞬、何を言っているのか理解できなかった。が、私はこう返す。
「なんだ、私に娼婦として働けと、そう言いたいのか?」
私がそう言うとこの男、私の身体を上から下まで舐め回すように見るや、こう答える。
「いや、こう言っては何だが、お前に娼婦というのはもっとも似合わぬ職業ではないか?」
抵抗もできぬ私を散々ジロジロと見定めておいてこの言いよう、馬鹿にされたことだけはよく分かる。特に私のこの小さな胸の辺りに視線を送りつつこう言ってのけたものだから、余計に腹が立つ。
「そんなことよりも、私、いや我々は、お前の能力を活かしたい」
「能力?」
「心臓が、見えるのだろう。おそらく今も、私の心臓を捉えているはずだ」
なんだ、そんなことまでお見通しか。私の依頼人である御者、レズニチェク男爵ですら知っているほどだ。誰にも話したことのない本当の名を見抜いたほどの連中が、私のこの力を見抜けぬ道理がない。
「それはそうだが、そんな力を、何に使うというのか?」
「決まっている、暗殺だ」
この男はズバッと、私に殺しを依頼してくる。なんだ、私にとっては、ただ主人が変わるだけではないか。
「腑に落ちぬ。私を易々と捕らえたお前が、その私に殺しを依頼するなど、合点が行かぬ」
「それほど難しい話ではない。我々とて、それほど自由にこの力を使えるわけではない。明らかな悪を裁くにも、膨大な手間と時間がかかる。非合法ながらも、手早く解決する手段を、我々は必要としている。特にここのような、発展途上な星であればなおさらだ」
つまり、自分たちでは手が出せない汚い仕事に、私の薄汚れた手を持つ者を必要としていると、そう言っていることになる。身勝手で理不尽ではあるが、すでに私はその理不尽な環境に、どっぷりと足を突っ込んでいる身であることを思い出す。
「だが、用済みになればお前も、私をレズニチェク男爵と同様、私を消すつもりではないか?」
「どうかな。ただ、お前が上手く我々の生活になじむことがかなえば、それは不可能になる」
「なぜ、そう言い切れる?」
「我々のところでは、お前の住む世界と比べて命の価値が重い」
どこまで本気でしゃべっているのだろうか。いうことがいちいち、抽象的で理解しがたい。
「もし、私がお前の依頼を断ったなら?」
「その時は、レズニチェク男爵と同じ運命をたどることになる。それがどういうことか、お前にも分かるだろう」
さらりと言ってのける男だが、それは私に選択する余地がないと言っているのと同じだ。断れば死罪、進んでもいずれ殺される運命、ということか。
だが確実に言えることは、この男の話に乗ればしばらくは生き延びることができる、ということだ。死が、先送りされる。もっとも、それほどの価値のあることのようには思えない。希望のない人生が、延長されるだけだ。
「分かった、その話、受けよう」
しかし、だ。そこまで考えながらも私は、この話を受けることにする。つまり、生き長らえる事を選んだ。ただしそれは、死を恐れてのことではない。
この街にあるもの、この男が使った数々の技や仕掛け、そういうものに、少なからず興味が沸いた。それを知るだけの時間を得られるならば、その方が良いと考えたからだ。
「そうか、では早速、契約に移ろうか」
そういうとこの男は、何やら紙を一枚、私の前のテーブルに置く。そして私の後ろに回り込むと、両手を拘束していた枷を外す。が、足はそのままだ。
「その契約書にサインした後に、足も開放する」
つまり、私は契約を結ばなければ自由を得られない、ということか。いや、身体は解放されても、それ以上の自由が得られるかどうか。
が、私はそもそも、字を書くことができない。ペンを渡されても、何と書けば良いのか。躊躇う私に、男はこう告げる。
「なんだ、字が書けないのか?」
また私を馬鹿にするこの男。が、事実だから反論のしようがない。不機嫌ながらも頷くしかない。
「ならば、拇印で代用だ」
「ぼ……ぼいん?」
「親指にインクをつけて、指先の模様を紙に押し写すことだ」
一瞬、卑猥な響きが聞こえたように感じたが、そうではなかったようだ。要するに指先の模様を押し当てよと言っているだけか。用意された赤いインクの塗られた布のようなものに指を当てて、それを紙に押し当てる。
するとこの男も、同様に指に赤いインクを塗りつけ、私の指の紋様のすぐ横に押し当てる。並んだ、二つの指先。
「さて、これで契約は完了だ。期限は一年間、その後は契約を更新するか、それともやめるかを選択することになる」
「つまり、私の命は、少なくとも一年延びたということか?」
「そう、とらえてもらってもいい」
何かにつけ、含みを持たせたような話し方をする男だが、約束通り、私の足の枷を外す。ようやく私は、立ち上がることができた。
「で、私に仕事の話をした、ということは、もう標的はいるのか?」
「ああ、いるにはいる」
「誰だ、それは?」
「それを話す前に、まずは訓練だ」
「く、訓練?」
「そうだ。まさか今まで通りのやり方で暗殺者を続けさせるわけにもいくまい。我々の持つ道具とその使い方を、お前に与える」
意外な申し出だ。捨て駒な私に、この連中が使う道具を与えてくれるというのだ。
「道具というのは、その拳銃と申すものも含むのか?」
「いや、武器の類はダメだ」
「なぜだ。短剣よりも、確実に相手を殺傷できるではないか」
「これを使えば、我々の関与がバレる。我々の文化、技術の痕跡を残さず殺らねばならない。そのために、お前を雇うと決めたのだから」
なんだ、あの拳銃とやらは使わせてはもらえぬのか。あれ以外にどんな道具があるというのか。いずれにせよ、あまり期待できぬか。なにせ私は、捨て駒なのだから。
「心配するな。今までより、もっと楽にこなせるだけの道具を用意する。それよりもだ」
再び、私の身体をジロジロと凝視する男。なんだ、その道具とやらで私に娼婦になれとでも言う気か。
「その前に、住居や身なりを整えねばならんな。訓練は、その次だ」
が、その前にごく普通のことを提案される。そう私に言うと、アルマローニは私を手招きする。
「実は、お前の世話係をすでに任命している」
「世話……係?」
「こっちの暮らしは、王都とはかなり異なる。となれば、それを教える者が必要だ」
「なんだ、てっきりお前が付き添うのかと思っていたのだが」
「そんなわけがないだろう。私は男で、お前は女だ。何かと支障がある。だから、女性士官にお願いした」
そんなことまでわざわざやってくれるのか。私も暗殺者として、あの御者、つまりレズニチェク男爵からそれなりの待遇を受けていた。が、住む場所として与えられた娼婦の館の一室と、毎回の仕事でもらう金貨五枚以外には何ももらっていない。が、ここは住む場所に加えて、その世話をしてくれる者までつけてくれるという。
重そうな鉄の扉が開かれて、私はアルマローニと共に外に出る。ドアの脇には見張りの兵士が立っており、アルマローニが出ると立ち上がって敬礼をしている。どうやら、こちらの兵士の敬礼も我々のそれと同じらしい。
それにしても、ここは窓もなく、薄暗い場所だ。灯りはあるが、いやに小さい。夜中でもあれほど明るく照らせる灯りを持ちながら、なぜここはこれほどまでに暗い?
が、一つ扉を越えた途端、急に明るくなる。窓があり、外も見える。外を見れば、空が白々と明けつつある。が、その窓の外を覗いて私は驚く。
なんという高さだ。私がこの街に忍び込み、そしてアルマローニのいるとされる部屋のあった場所も、十階というかなり高い場所であった。が、あれをはるかに上回る高さだ。眼下には王都とこの街を区切る高い壁を見下ろすことができ、そしてその向こうに広がる王都を一望できる。
「窓の外が気になるのは分かるが、こちらもさっさと仕事を終わらせたい。こっちに来い」
私の受けた衝撃などもろともせず、私についてくるよう冷淡に促すこの男。私は不機嫌になるが、元々は殺されてもおかしくない身であり、黙ってついていく他ない。
やがて、エレベーターという不可思議な箱に乗せられて、別の階層に移動する。ここは階段など使わずとも、上下に移動する手段があるのだという。が、それをどうやって動かすのかが見当もつかず、ただ私はこの男についていくしかない。
で、とある部屋にたどり着くと、そこでようやく私は、この男以外の人物に引き合わされた。しかも相手は、女だ。
「カッサーノ兵曹長、入ります!」
女でありながら、スカートを纏わずほとんどアルマローニという男と変わらぬ姿で現れた。違いといえば、その青服の飾りがないことと、帽子をかぶっていないことくらいだ。
にしてもこの女、ふくよかな体型をしている。胸も大きい上に、頬もふっくらとしている。まるで貴族の夫人だ。よほど良いものを食べていると見える。
「ご苦労。で、こいつがその暗殺者だ」
随分な紹介の仕方である。が、この物言いから察するに、この女が私の世話係ということか。しかもこの男、私を暗殺者だと包み隠さず紹介する。
が、それを聞いたこの女、とんでもないことを言いやがる。
「何ですか、この可愛い生き物は! 准将閣下、これ、持ち帰ってもいいですかぁ!?」
か……可愛い、だと? 未だかつて私にかけられたことのない言葉が飛び出した。
「おい、カッサーノ兵曹長。言っておくが、彼女は暗殺者だぞ?」
「分かってますよ。それを言ったら我々だって、軍人じゃないですかぁ。似たようなものですよぉ」
「そうか? いや、さすがにそれは無理があり過ぎる気が……」
「ともかく、世話係となったからには、相手が暗殺者であろうが変質者であろうが、並々ならぬ関りで接する必要があります。ご理解いただけましたか?」
妙な理屈でもって、アルマローニという男を説き伏せてしまった。で、私はどうなってしまうのだろうか?
「てことでぇ、ラウラちゃん、ここに慣れるまで、あたしの部屋でいっしょに暮らそ」
「は?」
「そうと決まれば、早速荷物まとめて……って、荷物ないんだよねぇ。まあいいや、帰り際に一緒に、買い物しよう」
「えっ、いや、その……」
「それではカッサーノ兵曹長およびラウラちゃん、これより日常生活構築のため、自室へと向かいます」
私の話など聞くまでもなく、このカッサーノという女はアルマローニに敬礼をすると、私の手を握り急ぎ足でこの部屋を出る。
に、してもだ。
このカッサーノという女の心臓が、真っ赤に輝いているのはなぜだろうか? 私のことを可愛いと言ったくらいだから、私を見て何やら興奮しているのは間違いない。だが、なぜだ?
私は一応、娼館に身を置いてはいたものの、女として見られたことはほとんどない。あの御者ですら、手を出そうともしなかった。
胸も小さく、小ぶりな私に、女を見出すこと自体が無理というものだ。だからカッサーノというこの女の反応が、私にとっては意外だった。
いや、もっと意外なことがある。
先ほどから、ずっと感じていたことだ。
あのアルマローニという男の心臓も、私と目が合う度に、赤みを増して光り出す。
だが、それは何を意味しているのか、私には分からない。




