#21 束の間
「いい知らせが、二つある」
アラリック殿下を倒して、一週間後のことだ。私はアルマローニに呼ばれて、司令部の将官の部屋に来ている。
「で、その知らせとはなんだ?」
「一つは、エウリック王太子殿下の名で、ラウラのすべての罪を赦免する、というものだ」
確かに、いい知らせだ。これで大手を振って、王都を歩くことができる。と言っても、今までも隠れていた覚えはないのだが。
「で、もう一つだが、グスマン侯爵の身分回復がなされ、さらにこれまでの功績を讃え、公爵の位を得た」
「そうか、助かった上に、報われたな」
「ついでに、アルトリンゲン公爵がなるはずだった宰相の座に、グスマン新公爵がなることが決定したそうだ」
これを聞いた私は、少し複雑な気分だ。アルトリンゲン公爵が生きていたなら、その座に座っていたのは間違いなくそのお方だった。さらに言えば、そのお方が宰相の座に座るべく、かつて私は暗躍していた。
悪い言い方になるが、それをグスマン新公爵が横からかっさらっていったようなものだ。いや、それだけの功績のあるお方であることは認めるが、なんとなく釈然としない。
「おっと、忘れるところだった。もう一つ、お前に関わる話がある」
そんな私にまだ、アルマローニは話すことがあるという。
「なんだ、話とは」
「司令部とお前との契約だが、現時刻をもって破棄するものとする」
ああ、そういえば、そういう契約を結んでいたな。罪も消えたことだし、これで自由になれる。さて、明日から私は、どう生きようか。
ここでの仕事でかなりの蓄えがあるから、当面は困らない。その間に職を探すとして、どうしようか。あの娼館に戻り、やはり娼婦になるしかないか。うーん、しかし今さら娼婦と言うのも……
「おい、ラウラ!」
と、アルマローニが私を呼ぶ。
「なんだ、いきなり大きな声で呼ぶな」
「お前、今、娼婦になろうなどと考えていなかったか?」
なんだ、今の考えを読まれていたか。それとも、顔に出ていたのか。どちらにせよ、契約がなくなった今、こいつには関係のない話だ。
「まったく、娼婦などという職業は、お前には一番似合わない。女として見られるかどうかというレベルだと言うのに……」
いちいちうるさいやつだな。余計なお世話だ。だったらなぜ、私にこんな格好をしてこいと、この男は命じたのだ。
そう、私は今、およそ暗殺者らしからぬ姿をしている。白いワンピースドレスに、麦わら帽子。首には赤いリボンを巻き、胸元が大きく露出されている。
おまけに昨日、カッサーノに連れられて、例のマッサージ店で念入りに肌の手入れをさせられたばかり。ツヤツヤの肌が、胸元からもよく見える。
こんな格好をさせておいて、何が女として見られない、だ。現にお前の心臓は、さっきからピンク色に光り輝いているぞ。この姿に興奮している証拠じゃないか。
そんな私を、いつもの如く舐め回すように見てくるアルマローニは、話を続ける。
「いかんいかん、また本題からそれてしまうところだった。今の話にはまだ、続きがある」
「続き?」
「加えて、総司令部からの決定を告げる。現時刻をもって、ラウラはウインナ司令部付き特殊部隊の所属とする。なお、これまでの功績を考慮し、上等兵待遇とする。エルバについても同様である。以上だ」
そこで私は、正式にここに組み込まれることが確定してしまう。だが待て、私の意思とは無関係に、勝手に決められたぞ。
「おい、私はまだ入るとは……」
「王都で英雄扱いされている『夕顔のシン』を、このまま野放しにはできない。ならば、我が軍の一員として組み込めば、王国にとっても我々にとっても都合がいい。さらに、お前も安定した職に就ける。ウインウインな解決策だ。そうは思わないか?」
そうかぁ? それはつまり、私が軍属になるということだぞ。字も書けず、銃も使えず、胸も小さい私が軍属だと? 正気の沙汰ではない。
「と、言うことで、司令部付きとしての最初の任務だ」
が、この男は、もう私が軍人になったという前提で、強引に話を進める。ふりふりの服に、司令部には似つかわしくない麦わら帽姿の私は、やや憮然としたままアルマローニの話を聞く。
「これより、私とともにショッピングモールへ出向くぞ」
「は?」
「なんだ、不服か」
「いや、それのどこが任務なのか、説明願おうか」
「我が特殊部隊の一員となれば、今まで通り暗殺ばかりというわけにはいかない。情報収集のため、人々の間に溶け込まなくてはならない事態だってありうる。そのために、社会の中に出向いてその空気を知ることも、重要な任務だ」
私はそう説明を受けるが、なんだか胡散臭いな。お前とともにこんな姿で歩くことは、こっちの街の常識では一般に「デート」と呼ばれる行動様式に該当するのではないか。それを任務だといい切るこの男の強引さには、呆れる他ない。
こうして、私とアルマローニは司令部を出て、ショッピングモールに出向く。
と、そこで私は、いきなりとんでもない場に遭遇する。
「ええ〜っ、ほんとぉ〜、エルバ嬉しい〜」
「そうか、じゃあまた、今夜にでも、ね」
「うん、分かったぁ、エルバ待ってるぅ〜」
あれは、エルバだよな。いやに胸元の開いた服を着て、奇妙な口調で話してはいるが、そもそも自分のことをエルバと言っていたし、間違いないだろう。
が、こいつ、こんなしゃべり方をするやつだったか?
「おい、エルバ」
「あ、ラウラ様じゃないですか。あれぇ? もしかして今、デートですかぁ?」
いやらしい言い方だな。こいつ、こんなに軽い女だったか。それを見たアルマローニも、怪訝な顔をしている。
「ヴォルヴァ、我々は今、極秘任務中だ。むやみに話しかけるな」
「そうだったんですね。という私も、あの任務中ですけど」
「あの任務とは?」
「忘れたんですかぁ? 准将閣下が依頼された、物品横領の件ですよ」
「おい、もしかして、今の相手が……」
「ええ、それで今夜、会う約束をしたんです」
なんとこいつ、欲情赴くままに男を誘っていたわけではなかったのか。にしても、あの口調はどうにかならなかったのか。
「おい、エルバよ。お前のあの喋り方だがな……」
「ああ、さっきのあれですか?」
「聞いてるこっちが恥ずかしくなるような口調だったぞ。あれはなんとかならないのか」
「でもラウラ様、あの物言い、こっちの街の男には、なぜか効果抜群なんですよぉ」
え、そうなのか。聞いててクラクラしてきたが、あれがこちらではウケがいいのか。
そんなエルバと別れ、さらに奥に進むと、満面の笑みで歩いているカッサーノに出会う。
「あれぇ、ラウラちゃん、なにそんな可愛い格好で、准将閣下と一緒にいるのぉ?」
こいつの喋り口調も、時に気になるな。私は答える。
「これでも、とある任務の一環だ。仕方ないだろう」
「へぇ~、ラウラちゃんにこんな格好させて、こんな場所を歩くことが、任務ねぇ……准将閣下、職権乱用じゃないですかぁ?」
こいつも言いたい放題だな。まあそう言われても仕方のないことを、アルマローニはしている。
カッサーノとも別れ、しばらく歩くと、あるお店が見えてきた。カフェの類いだが、その店先に立つ人物に、見覚えがある。
「バルドメロじゃないか」
私はその男に、声を掛ける。するとその店主らしき男は振り返り、私に笑顔を見せる。
「ああ、ラウラさん。それに、アルマローニ准将閣下までいらしてたんですね」
「お前、王都のあの店はどうした?」
「あちらも健在です。とにかく、毎日すごい人ですよ。で、勢いに乗って、こっちにも店を出すことになったんです」
ああ、そうだったのか。それでここにいるというわけか。
「そうだ、大きな声では言えませんが、ラウラさん、『夕顔のシン』は今、大変な事になってますよ」
「大変な事? それはどういうことだ」
「もはや騎士団長をも超える英雄扱いですよ。で、公開処刑に現れた、あの時の真っ黒な姿の人形がいつの間にか作られてて、王都では大変な人気商品なんですよ」
はぁ? 私の人形だと。誰だ、勝手にそんなものを作ったのは。抗議したいところだが、まさか表立ってその人物に「私が本物のシンだ」と言い出すわけにもいかず、放置するしかない。それを知っての上での商売、なんて商魂だ。まさか、会長を失ったルフェーブル商会の復讐ではないだろうな。
「ところで、あの時のお礼がまだでしたね。どうです、私のおごりで、何か召し上がっていきますか?」
と、そうバルドメロが言うので、私とアルマローニはその言葉に甘えて、何かをいただくことにした。
店は決して広くはないが、落ち着いた場所だ。ほんのりと、甘い香りが漂う。
バルドメロの方を見ると、女と共に接客しているのが見える。ああ、あれがあの時、離れ離れになったと言っていた家族か。店を出して、今では夫婦で切り盛りしているのが分かる。
「まずはコーヒーは頼むとして、食べるものはどうする」
メニューを開きながら、アルマローニが私に尋ねてくる。そういえば、この店はアイスクレープから始まったが、私はあれをまだ食べていない。
それを頼んでもらおう。そう私は思ったが、ついさっき、エルバが言っていた言葉を思い出す。
私の姿を見ただけで、この男の心臓はピンク色に染まる。ということは、この上にあの物言いを加えれば、どうなるのだろうか? そんな好奇心が、私の心の中でふと沸き起こる。
そこで、私は少しうつむきながら、上目遣いにアルマローニへこう言い放つ。
「ラウラ、アイスクレープがいいなぁ〜」
言ったそばから、私は顔面に血が上るのを感じる。柄にもなく、恥ずかしいことを口走ってしまった。が、それを聞いたアルマローニの心臓が、大変なことになっている。
橙色とピンク色、それに赤い色が交互に変わりながら眩く光る。今までに見たことのない光り具合だ。それを見た私は、慌ててアルマローニに言った。
「あ、いや……済まない。つい出来心で、とんでもないことを口走ってしまった」
「さ、さすがは、暗殺者だな。危うく死ぬかと思ったぞ。そういうのは、予告してから言え。身体に悪い」
誰が予告などするものか。もう二度とやらないぞ、あのような態度は。暗殺者がやることではない。
コーヒーとデザートを食べ終え、落ち着きを取り戻したアルマローニが、急にこんなことを言い出す。
「そういえば、次の任務は決まっているのだが」
思い出したように言いだすやつだな。いつも私に、ギリギリまで大事なことを隠す癖があるようだ。
「なんだ、またショッピングモールに出向くやつか?」
「いや違う、殺しだ」
クレープの甘い香りが漂う中、この男は物騒なことを口走る。
「おいまさか、また王族の派閥争い絡みではないだろうな」
「いや、今度の相手は、単純に秩序を乱し、人々を苦しめている貴族だ」
「だったら、普通に裁けばいいのではないか?」
「とある公爵がバックにいて、簡単には裁けない相手だそうだ。さすがの王太子殿下も、手を焼いている」
「だから私に、というのか」
「そうだ」
やれやれ、やはり私は、そういう稼業からは逃れられない運命らしい。私はアイスクレープを食べつつ、アルマローニから詳細を聞く。
束の間の、平和だったな。
それから、四日後のこと。
私は王国の辺境に来ていた。
「まもなく、モリエンテス男爵領、サグレダ上空!」
メリディアーニが操る哨戒機が、まさに今回の仕事の目標の住む場所に差し掛かっていた。着陸してハッチを開きその地に降り立つと、王都と比べて肌寒いその空気にさらされる。
「じゃあ、終わったら連絡を。上空で待機しているから、すぐに駆けつける」
「ああ、分かった。では行ってくる」
私はメリディアーニにそう告げる。
「あ、ラウラさん、ちょっと」
ところが、メリディアーニは私を呼び止める。
「なんだ?」
「あ、いや、この仕事が終わったら、一緒に食事でもどうかなと思って」
この男の心臓は今、ピンク色をしている。段々と分かってきたが、あれは好意を表す色だ。こんな心臓を見せるのは、アルマローニとこいつくらいだ。
「生きていたら、な」
そう告げて、私は森の向こうにある屋敷に向かって走り出す。
モリエンテス辺境男爵は、この不毛な地で贅沢三昧な暮らしを続けており、その負担を、この地に住む住人に課しているという。その結果、苛烈過ぎる税によって人々は生活の糧を失い、大勢の子供が栄養失調に陥り、大人も息絶え絶えだという。
食糧援助がなされたが、その物資を横領し、この辺境男爵の懐に入ったという事実もある。それをやったこちら側の人間はエルバによって暴かれ、まさに今、その罪に問われている。
が、辺境男爵の方は、裁きなどない。
その罪に相応しい刑として、私の短剣によるひと突きが与えられることになった。
暗くなるのを待って、私は屋敷に忍び込む。王都と比べたら、ここの警備は甘すぎる。楽勝だ。
そんな屋敷に忍び込み、男爵のいる部屋へと入る。いきなり入ってきた私に、その太々しい男爵が立ち上がり、私に尋ねる。
「誰だお前は! なぜ勝手に、ここに入ってきた!」
男爵の問いに、私は答える。
「私は、夕顔のシン。人々を苦しめ、私利私欲に走るお前を殺すためにやってきた」
私の名を聞いた瞬間、男爵の心臓の色が、真っ青に変わる。
「ま、待て! 金が欲しいなら、いくらでもやる! い、命だけは……」
見苦しい命乞いをする男爵の言葉に、私は一切耳を貸すつもりはない。お前だって、領民相手に同じことをしてきたのだろう。ならばその報いを今、受けてもらう。
そして私は、木札を投げる。ロウソクが消えて、あの男の青色の心臓の光だけが、部屋を照らす。
その心臓めがけて、私は短剣を突き刺した。
(完)




