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#20 英雄

 王都の中央広場の真ん中には、大きな石舞台がある。

 そこは普段、何もない殺風景なだけの平らな石造りの舞台なのだが、今そこには、大きなギロチン台が置かれている。

 ここは時に、公開処刑の場所と変わる。磔、火炙り、斬首、水没など、王国開闢以来、三百年近くの間に、様々な処刑がここでは行われてきた。

 その名残か、あるところは鮮血を吸い続けて赤黒く変色し、ある場所は火刑の名残りの炭で黒ずんでいる。

 それゆえに、普段は誰も近寄ろうとしない石舞台ではあるのだが。この日ばかりはその周囲が大勢の人で賑わう。

 公開処刑とは、娯楽の少ない王都の人々にとっては一大イベントだ。処刑が行われる広場の周りには、多くの屋台が立ち並ぶ。色とりどりの屋台には、飲食物に雑貨、装飾、金物の類いが売られている。また、その日の罪人の罪状が書かれた瓦版を読み上げる弁士が現れ、人々がその言葉に聞き入る。

 実におぞましい光景ではあるが、この文化レベルの人々にとって、罪人が死ぬ瞬間を見ることは娯楽の一つなのだ。正義が悪人を裁き、その悪の死によって正義が示される。その勧善懲悪の凝縮された興行が始まるのを、今か今かと待っている。


 やがて、大きな窓のない馬車が現れる。罪人を乗せていると一目でわかるその乗り物からは、粗末な衣服をまとい、首と手首を鎖で繋がれたいかにも大罪人という風情の男が降ろされる。執行人の一人が、その鎖を引いて錆びたギロチンの待つ石舞台へと歩みを進める。うつむき、絶望に苛まれた罪人が、力無く歩く。

 その反対側からは、青白い正装に星のような紋章をつけた三人の人々が石段を登っている。罪人の死を見届け、その魂がこの場に残って悪霊となるのを防ぐために教会から遣わされた神職者たちだ。手には魔除けの香を焚き、悪魔が寄り付くのを防いでいる。


 処刑執行人、罪人、聖職者が揃うと、いよいよ執行に向けての儀式が始まる。が、そこにいつもならば姿を見せないはずの人物が現れる。

 赤い複雑な刺繍をいくつも編み込んだ服に、金色の杖。その杖の先端には、この国の王族にのみ赦された紋章が刻まれている。それを持つ者が王族であることは、一目瞭然だ。

 そんな王族が臨席する、異例の処刑執行の場。ざわつく人々に向かって、執行人が叫ぶ。


「皆の者、聞けーっ!」


 ざわついた王都中央のこの広場は、一瞬で静けさを取り戻す。皆、固唾を飲んで次の処刑執行人の次の言葉を待つ。


「ここにいるのは、公爵殺しの大罪人、ロベルト・グスマンである!」


 自身の名を呼ばれ、虚ろながらもギロッとした目つきでその処刑執行人を睨みつける罪人。その顔には、無念と怒り、そして諦めの入り混じった表情が浮かんでいる。

 執行人は、続ける。


「この者は、王国貴族である地位を利用して民を苦しめていたばかりか、自らの私利私欲のためアルトリンゲン公爵を殺害し、我がフロマンデラ王国の秩序を乱し、混乱に貶めた張本人である!」


 広げられた羊皮紙に書かれた罪状を読み上げる執行人のその声を、固唾を飲んで聞き入る大勢の大衆。そして執行人はしばらくその大衆を見回した後、最後の一文を読み上げる。


「よって、国王陛下の代理人、アラリック殿下の御前にて、この者を斬首刑に処す!」


 執行人がこの一言を放ち、手に持っていた羊皮紙を下ろすと、大衆からは割れんばかりの歓喜の声が沸き起こる。それは、大罪人と名指しされた元貴族へ向けられた憎悪でもあり、アラリック殿下を讃える声でもある。

 そんな混濁した大衆の声の元、罪人の手と首から鉄の輪が外される。二人の執行人に抱えられて、生き血を吸って錆びついた無情なる刃のその下に、まさに連行されようとしていた。

 が、そんな歓喜の最中に、異様な姿の人物が一人、石段を上るのが見える。

 全身、黒づくめの服に、黒い布を顔に巻いたその人物は、明らかに執行人ではない。小柄ながらその異様な姿は、人々の目に留まる。無論、処刑執行を進める執行人、そしてアラリック殿下もその姿を捉える。


「誰だ、お前は!」


 罪状の書かれた羊皮紙を持つ執行人が、その黒づくめの奇妙な人物に尋ねる。広場を囲んでいた一部の衛兵が、石舞台のそばに駆け寄ってくる。

 突然、迷い込んできたこの者が、執行人に答えてこう叫ぶ。


「私は、『夕顔のシン』!」


◇◇◇


 大衆が、再び静かになる。それはそうだろう。なにせ暗殺者(アサシン)が白昼堂々と現れて、しかも名乗りをあげたのだから。

 私自身、どうしてこんな場所に出てくることになったのか、まだ腑に落ちていない。だいたい私は闇に紛れ、相手の心臓の放つ光のみを頼りに短剣(ダガー)を突き立て、その光の源を潰すことを得意とする暗殺者(アサシン)だ。それが、群衆の注目する石舞台の上に立ち、処刑を行おうとする執行人や衛兵に囲まれながら名乗りを上げる。いくら顔を隠しているとはいえ、正気の沙汰ではない。

 が、私はアルマローニの言葉を思い出す。昨日、やつはあの場でこう言い放った。


◇◇◇


「なんだって、つまり公開処刑の行われる王都中央広場の石舞台の上で、アラリック殿下を刺せ、と?」

「そうだ」

「お前、自身の言っていることを理解しているんだろうな?」

「無論だ」

「では尋ねるが、公開処刑といえば、白昼に大勢の群衆が集まっている場所で行われるものだ。衛兵も数多くいる。ただでさえアラリック殿下はその衛兵らによって守られている上に、不意打ちがきかない。それでどう暗殺者(アサシン)が戦えというんだ。無謀過ぎるにもほどがある」

「当然だ。まともに当たれば、お前に勝機など、欠片も存在しない」

「ならば、なぜそんな場所に私を送り込む? 私に死ねというのか」

「そんなはずはない。むしろお前は、英雄になれる」

「さっきから、お前の言っていることがよくわからないな。気でも触れたか」

「至って正常だ」

「おかしなことを口走るやつの『正常』という言葉を、どう信じろと?」

「私の話す策を、まず聞け。お前も納得するだろう。まずはお前は名乗りを上げる、その後、アルトリンゲン公爵を殺したのは自分だと暴露する」

「なんだと、処刑台の前で、大罪人だと公言するのか」

「その上で、アラリック殿下の罪状を言い上げるんだ」

「いや、暗殺者(アサシン)の言う事など信じるやつはいないだろう」

「そうでもないぞ。『夕顔のシン』という存在は、思いの外、大衆ウケがいいと聞く。勝機はある」

「その場で、ギロチンにかけられる可能性の方が、遥かに大きいだけだと思うが」

「それについては大丈夫だ。実は、助っ人が現れることになった」

「助っ人?」

「強力な助っ人だ。アラリック殿下など、敵うはずもない相手だ。それゆえに、あまり頼りたくないのだが……しかし、そうも言ってられんな。ともかく、まずはやつの罪を、群衆に知らしめるんだ」


◇◇◇


 などと言われ、私は今は、ここに現れて、自らを名乗ったところだ。私は続ける。


「今、無実の者が、ギロチンにかけられようとしている。それを見逃すことはできない!」


 私がこういい切ると、執行人が私にこう返す。


「無実? 無実だと? 何をもって、グスマンが無実だと言い切れる!」

「簡単なこと、私が、アルトリンゲン公爵殺しの張本人だからだ!」


 私のこのひと言で、群衆がざわめき始める。すると執行人が私にさらに尋ねてくる。


「面白いことを言い出すやつだな。つまりお前は、白昼堂々と処刑されるために現れた暗殺者(アサシン)ということか?」

「違う、私はアラリック殿下の罪を明らかにするために、ここに来た!」

「は、殿下の罪だと!?」


 ますます、群衆がざわめいてきたぞ。そりゃそうだ。いきなり話が、第二王子に移ったからな。それを聞いたアラリック殿下自身が、前に出る。


「おい、そこの卑しき暗殺者(アサシン)! 私の罪とはどういうことだ!」

「アルトリンゲン公爵は、多くの罪深き者を率いていた。人頭税という架空の税を取り立てたワインガルトナー伯爵、禁制の奴隷売買を行ったシャーテルロ侯爵、王国の商店を次々と潰し商業の独占を謀ったルフェーブル商会。その悪事を知った私は、その元締めである公爵ともども倒した」


 これらの者が次々と死んでいったことは、大衆も知っていることだ。それが私の仕業と知って、どう思われてるか。そして私は、このひと言を言い放つ。


「そして私はすべてを知った! それら悪事が皆、アラリック殿下の差し金であると! それらをもみ消すため、無実のグスマン侯爵を今、亡き者にしようとしているのだと!」


 かなり飛躍した言い方だが、こっちはわざわざ自身の罪を暴露し、おまけに白昼堂々と現れたんだ。敢えて不利な状況で命を張った暗殺者(アサシン)の言い分に、大衆はどう感じただろうか。

 当然、あの王子は焦る。それを如実に表す行動に出る。


暗殺者(アサシン)の言う事など、信じられるか! こやつも捕らえて、この場で処刑せよ!」


 王子の周りにいた衛兵が、私を取り囲む。衛兵らは抜刀し、私をジリジリと追い詰める。もはや、逃げ場はない。私も短剣(ダガー)を抜くが、これだけの人数を相手に戦えるはずもない。

 アルマローニの言っていた、強力な助っ人が現れるのを、ただただ祈るしかない。


「待てっ!」


 あわや、私が衛兵らに捕り抑えられようというその時、ようやく「助っ人」が現れた。群衆らの後ろ、二頭立ての馬車から降り、その人物は姿を表す。

 アラリック殿下と同じく、いやそれ以上に豪華な刺繍入りの服をまとい、王族の紋章の入った杖を持っている。それだけではない。その頭上には、王位継承者の証である、冠をつけている。


「我は、王太子のエウリックである! その者の言う事は、すべて真実である! これは、国王陛下もお認めになられていることであるぞ!」


 そう、助っ人とはつまり、アラリック殿下よりも遥かに上のこのお方、エウリック王太子殿下のことだ。私がアラリック殿下の罪状を明らかにした後に現れることになっていた。まさに、間一髪ではあったが。

 そして、王太子殿下はこう言い放つ。


「自らの私利私欲のため、王国を大混乱に陥れたその罪、断じて許し難い! よって、国王陛下の名において、アラリックを死罪に処す!」


 それを聞いた群衆は歓喜の声をあげる。公開処刑の場で、思いもよらぬ大どんでん返し。こんな処刑は前例がない。ともかく罪人はグスマン侯爵から、それを仕切っていた第二王子に移った。

 そして、それを執行するのは、私の役目でもある。

 アラリック殿下の、心臓が見える。形勢が逆転し、恐怖で青色に変わっている。事態の急変に戸惑う衛兵の合間を抜けて、私はアラリック殿下の胸元に飛び込んだ。


「ぐわぁーっ!」


 群衆の目前、白昼堂々と、私は王族を刺した。正確にその心臓を貫き、一瞬で絶命したアラリック殿下は、私の足元にドサッと倒れる。返り血が、顔を覆う黒い布にかかる。その瞬間、群衆がワーッと大歓声をあげ始めた。

 これほど派手な暗殺など、この先起こりえないだろう。その歴史的な瞬間に立ち会えた彼らは、間違いなく幸運だ。


 が、暗殺者(アサシン)にはまだ、やることがある。

 そう、家に無事帰るまでが、暗殺だ。


 私は執行人ではあるが、同時に罪人でもある。それまでの罪に加えて、執行人でもない上に罪状なしに王族を群衆の前で殺した大罪人だ。この場からすぐに、去らなければならない。

 私はこの混乱に乗じ、石舞台を飛び降りて、その裏に回る。そこには水路の蓋がある。その蓋を開けて、中に飛び込む。

 水路は細く、私くらいの小柄な者でなければ通り抜けられない。衛兵が追ってきても、追従できない。

 さらにこの時期のここの水路は、水がない。雨の少ない今の季節、川の水位が低く、この水路に水を流すことができない。それゆえに、逃走路としては最適だ。

 その中で、私は顔に巻かれた黒い布を取る。さらに黒い上着をも脱ぎ捨てる。第二王子の返り血を浴びたそれらをすべて脱ぎ捨てた後、七つ目の上穴の光を見つけた私は、その穴から外に出る。

 そこは広場から少し離れた、閑散とした場所。崩れた廃屋の脇に、草で覆われた荒れ地だ。そこに、大きな白い乗り物が待機している。私が穴を飛び出すと、そのハッチが開く。


「ラウ……ワルキューレちゃーん、こっち!」


 危うく私の本名を呼びそうになるカッサーノに導かれて、その白い乗り物、哨戒機に飛び込んだ。ハッチが閉まると、パイロットが叫ぶ。


「ワルキューレ回収、直ちに発進する」


 今回は車ではなく、哨戒機を使う。車では検問で止められる恐れがあるからだ。その哨戒機だが、先日の旅で知り合ったメリディアーニという男が操縦する。一旦、空に飛び立った後、王都を離れて遠回りしつつ、宇宙港へと戻ることになっている。


「いやあ、見事だったよ、さすがはラウラちゃん」


 徐々に高度を上げる哨戒機からは、あの中央広場の様子が見える。まだ、群衆の興奮はさめていないようだ。石舞台を取り囲み、湧き立っているのがここからもわかる。


「ドローンからの中継画像で観てたよ。ラウラさん、すっかり英雄だね」


 そう述べるのは、パイロットのメリディアーニだ。が、私自身はそんな自覚はまったくない。

 顔を隠し、王族を刺し、おまけにその直後にその場から逃げ出した。そんなやつが英雄だなんて、とても言えないだろう。私は決して表舞台に出てはいけない、暗殺者(アサシン)なのだ。


「私は、正しいことをしたのだろうか?」


 そんな群衆の騒ぐ様子を空から眺めながら、ふと私はそう呟く。


「この世に、正解などない。が、今回お前は王国にとって、ベターな選択をしただろうことは、胸を張って言えるのではないか」


 そう答えるのは、後ろで黙って腕を組んでいるアルマローニだ。


「王国にとってはそうかもしれない。が、私自身にとっての話をしている。公衆の面前で、あろうことか私は王族を殺したんだぞ」

「ああ、そういうことか。なら、大丈夫だ。むしろベストな選択をしたと言い切れる」

「なぜだ」

「いずれ、分かる」


 相変わらず、もったいぶるやつだな。何が分かるというのか。


 雲の高さすら超えて飛ぶこの哨戒機の窓からは、王国の南に面したバルディーニャ海と、その向こうにある異国の大陸まで見える。その清らかに輝く海が、汚れた自分と対比しており、ただ羨ましく見える。英雄などというものは、私にはふさわしくない称号だ。そういうものは、汚れなき者に贈られるべきだろう。

 そんなことをぼーっと考えながら、ただ遠くの海を眺めていた。

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