#19 急転
「アルトリンゲン公爵の殺害犯が、捕まったそうだ」
公爵が死んでから、一週間ほどがたったある日のこと。アルマローニに呼ばれてやってきたら、こんなことを告げられる。
「何を言っている。その犯人は今、ここにいるじゃないか」
「そんなことは分かっている」
「ならば聞くが、その捕まった犯人とは誰なのだ?」
「グスマン侯爵だ」
「いや待て、誰だ、その貴族は?」
「うーん、まずいことになった。間違いなく向こうは、濡れ衣を着せたままグスマン侯爵を処刑するつもりだ。それはまずい、なんとか手を打たねば……」
ブツブツと一人で悩み始めてしまったぞ。そのまま、一人の世界に入り込んでしまったアルマローニを置いて、私はその部屋を出る。
結局、私は何のために呼ばれたのか。要領を得ない会話をされただけで、何が起きているのかがまるで見えなかった。
はっきりしていることは、そのグスマン侯爵という貴族が無実にも関わらず罪に問われている、ということぐらいか。それだけは確信をもって言える。何せアルトリンゲン公爵を殺めた張本人は私であり、それを命じたのはアルマローニだからだ。グスマン侯爵という貴族が、この件に関わっているはずがない。
が、アルマローニのあの狼狽ぶりを見るに、重要な関係者であることは間違いないな。気になる。
「えっ、グスマン侯爵?」
ということで、カッサーノに探りを入れてみた。
「そうだ。どうやらアルトリンゲン公爵殺害の罪で、捕まってるらしい」
「へぇ、それは酷い話よねぇ。その公爵をぶっ殺した本人は、ここにいるっていうのに」
こいつ、喧嘩売ってるのか? 私は思わず憮然とする。
「あれ、もしかして、怒った?」
「いや、別に怒ってはいない」
「うーん、怒ってる顔も可愛いなぁ。ねえ、今どんな気持ちぃ、ねえねえ」
といって、私の顔をその胸に埋めてくる。こいつ、私を何だと思っている。
「あれぇ、カッサーノさんとラウラ様、相変わらず仲がいいですねぇ」
と、そこにエルバがやってきた。
「そうなのよ、どお、羨ましいでしょう?」
「そんなことないですよ。どちらかと言うと私、そうやって同性同士がいちゃいちゃしているのを見るのが大好きなんです。それだけで、ピザ三枚くらいはいけますねぇ」
「へぇ〜、さすがは敵地で十二人を相手にした伝説のヤリ手助手だねぇ。性癖も尋常じゃないわぁ」
「またまたぁ、カッサーノさんだって、なかなかのものですよ」
皮肉の言い合いにも聞こえてくるが、これでこの二人はうまくやれているのだから不思議だ。だがエルバよ、お前の大きいのも私に当ててくるな。ますます私が虚しくなるだろう。
「てことで、せっかくだからお風呂行かない?」
「いいですね、行きましょう!」
「あ、そうか、それじゃ私は……」
「何言ってんのよ、ラウラちゃんも行くんだよ」
「そうですよ、ラウラ様」
「ええーっ……」
グスマン侯爵のことを探ろうとやってきたのに、なぜか司令部内にある風呂場へ行くことになった。なんだって私が風呂場に……釈然としないまま、私はなすがままに連れていかれる。
駆逐艦の風呂場とは違い、ここには女の軍人もたくさんいるから、風呂場には駆逐艦以上に女の姿を見かける。
……ここにいるみんな、私のより大きいな。それに比べて、私のこの二つの膨らみは、もはや膨らみと呼ぶのもおこがましい。もしかして私は、男だと思われているんじゃないか? さっきから視線を感じる。落ち着かない。
いや、そうじゃないな、私の素性を知っているからこそ警戒しているのだろう。この建屋の中で、私の正体を知らないものなど、ほとんどいないからな。
さっさとあがろう。私はどこまでいっても、汚れた存在だ。そう思いながら、そそくさと身体を洗い終えると、浴槽へと向かう。
が、そんな私に近づいてくる奴がいる。
「ねえ、あなた、ラウラさんよね」
女が一人、私のすぐ横に寄り添うように入ってきた。誰だ、こいつ。私は警戒する。
「避けなくても大丈夫よ。私、あなたの正体も知ってるし、その上であなたのこと、尊敬してるから」
「いや、尊敬など、されるようなことは……」
「何言ってんの、こう言っちゃ何だけど、あなたがバッサバッサと貴族を倒すから、王都の人たちの間ではあなた、英雄なのよ」
「は? 英雄?」
「やっぱり、自覚ないのね」
「私のやっていることは、綺麗ごとばかりではないからな。それを英雄と言われると、違和感がある」
ふと、私はアルトリンゲン公爵のことを思い出した。やつは自身の罪深さに嘆き、死を選んだ。それを私は、手助けした。そんな私が、英雄などであろうはずがない。
「でもね、私、この司令部でも貴族の接客を担当しているから、王都の人たちの気持ちはよく分かるなぁ。貴族っていうのは、ほんとにクズなんだから。女と庶民は、見下して当然てやつが多くてね……」
なんだか知らないやつから、べらべらと話しかけられて、出るに出られなくなってしまった。誰なんだこいつは……と、私はふと今のこの女の言葉を思い出し、風呂の中で立ち上がった。
「おい!」
「な、なに!?」
「今、貴族の相手をしているって、そう言ったな」
「そうだけど……」
「なら、グスマン侯爵という人物のことを知っているか?」
「ええ、知ってるも何も、グスマン公爵様は、よくここに来ている貴族よ」
偶然にもこんなところで、グスマン侯爵を知る人物に出会った。
「そいつが捕まったらしい。その理由が知りたい。知っているか?」
「ええ、アルトリンゲン公爵様を殺害したとか何とかで……」
「そいつを殺ったのは私だ。だから、明らかな冤罪だぞ」
思わず、私は風呂場の中でとんでもないことを口走ってしまった。が、そんなことくらい、皆すでに知っていることだろう。そう思い直す。
「……ええ、その通りなんだけど、そういうのは関係ないんじゃないかな」
「どういうことだ?」
「グスマン侯爵様は、二人の王子の仲介役だったの」
「二人の、王子?」
「エウリック王太子殿下と、アラリック第二王子殿下よ」
唐突に、二人の王族の名が出てきた。それが一体、何の関係があるのだろうか。
「この二人、とても仲が悪いの。もしかしたら、この王国内で内乱が起きるんじゃないかって言われてるくらい、険悪なのよ」
「で、その二人を、グスマン侯爵が?」
「そう、侯爵様が苦労して、どうにか両者の衝突を未然に防いできたの」
グスマン公爵という人物の役割が、見えてきた。が、それがどうして、今度の冤罪につながったのかがまったく見えない。
「なんだ、トリヤーニじゃない」
と、そこにカッサーノが現れた。
「なによ、カッサーノ。何か用?」
「なーに勝手にラウラちゃんと喋ってんのよ」
「いいじゃない、別にあなただけの暗殺者ってわけじゃないし」
といいながら、私はこの貴族の接客担当、トリヤーニという女に抱き寄せられる。
「あー、ちょっと、何してんのよ!」
「あれえ、カッサーノさん、何やってるんですかぁ?」
そこにエルバまで現れた。私の顔を胸に押し付けるトリヤーニ、それを見て不機嫌なカッサーノ、その様子を興味津々で見るエルバ。
ともかく、グスマン侯爵という人物は、あの二人の王族の争いに絡んでいることは何となくわかった。が、それがどうして、冤罪をかけられる羽目に?
「ねえ、トリヤーニ、ラウラちゃんと何の話をしてたの?」
「さあ、何の話かしら?」
「なによ、同期の私にも話せないっていうの?」
「うふふ、ラウラさんと私だけの秘密よ」
「あの、何の話をしてるんですかぁ? もしかして、ラウラ様の取り合い?」
私は、三人の柔らかい胸に挟まれる。柔らかい感触を感じながら、私は想いにふけっていた。
そろそろ、はっきりせねばなるまい。私はそう感じる。
そこで風呂から上がったすぐ後、私はすぐにアルマローニの元へと行った。無論、この件を聞かせてもらうためである。
「なんだ、風呂上がりで私の元に来て、どういうつもりだ?」
少し機嫌の悪いアルマローニの元へ、私はやってきた。が、その機嫌とは裏腹に、心臓の色が妙にピンク色をしているのが気になる。
「グスマン侯爵が、エウリック王太子殿下と、アラリック殿下の間を上手くとり持っていたと聞いたが、今回の件、それと何か関係があるのか?」
それを聞いた途端、アルマローニの心臓の色が一瞬、赤く光る。どうやら、確信をついたらしい。
「おい、その話、どこで……まあいい、そろそろ話しておいても問題ないだろう」
アルマローニはそう言うと、私の目を見つつ、語り出す。
「そこまで知ったということは、エウリック王太子殿下とアラリック殿下の仲が険悪だと言うことも、当然聞いているな」
「ああ、内乱になるかもというほどの状況だと聞いたが」
「そうだ。だから我々は、それを防ぐために動いていた」
アルマローニはそう言ってのけたが、そこで私はふと、思い当たる。
「おい、まさか、私の今までの仕事というのは、その一環か」
「そうだ」
ああ、やはりな。そんなことだろうと思った。が、それはそれで合点がいかない。私が殺ったのは、租税役人に奴隷売買人、商会の会長に商業ギルドの役人、騎士団長、それらを陰で操っていたという公爵だ。
どこをどう見ても、それが二人の王族につながらない。ますます謎が深まり、混乱する私に、アルマローニはこう話し出す。
「お前が倒した人物は皆、アラリック派の者ばかりだ」
「あ、アラリック派?」
「つまりだ、アラリック第二王子殿下を、国王にしようと企む連中だ」
「おい、すでにエウリック王太子殿下が、次期国王に決定してるのではないのか?」
「そうだ、このまま順当に行けば、王太子殿下が国王になられる」
「ならば、そのアラリック派とやらは何を考えている」
「決まっている。エウリック殿下を亡き者にしようとしていた。そういうことだ」
だんだんと、事の重大さが見えてきた。そんなことが、この王都の中で渦巻いていたのか。
「要するに、アラリック派はそのために必要な工作資金を集めるために、ルフェーブル商会をはじめとする数々の輩を使っていた。その資金源を、お前が次々と倒していった。いや、正確にはアルトリンゲン公爵だけは違うな。やつは宰相の座を得るためにアラリック第二王子に接近しただけに過ぎないが、結果としてそれが、王太子殿下に歯向かうこととなった。それを悟ったからこそ、お前に命を差し出すようなことをしたのだろう」
「なるほど。つまり私は、アラリック第二王子の野望とやらを阻止するために動いていたと、そういうことか」
「そうだ。資金源を断ち、強力な後ろ盾を失えば、自ずと力を失うと思っていた。が、今度の冤罪事件をしかけてきた」
「つまり、そのグスマン侯爵を捕らえさせたというのは、もしかして……」
「当然、アラリック殿下だ」
「だが待て、グスマン侯爵は両者の仲介役をやっていたのだろう。しかも、アラリック殿下は後ろ盾を失い、孤立した状態だ。その最中に侯爵に冤罪をかけて仲介役をなくせば、むしろ不利になるのはアラリック殿下ではないのか?」
「いや、そう単純な話ではない。これはつまり、アラリック殿下の宣戦布告のようなものだ。グスマン侯爵がこの冤罪で処刑されたなら、この両者の亀裂は決定的なものとなる。当然、国内は大混乱に陥る。アラリック派とエウリック派との間で、確実にいざこざが起こる。窮地に追い込まれたアラリック殿下は、その混乱に乗じて自身の勢力を取り返そうと企んでいる。一か八かの、賭けに出たということだ」
ようやく、私のここまでの仕事の意味、そしてグスマン侯爵の冤罪の持つ重大さに気づかされる。
国内の抗争となれば、いくらこいつらの持つ力を持ってしても、それをおさめるのは簡単なことではないだろう。いや、むしろ両者がこいつらの持つ強力な武器を手にして、それを使って激しい戦いを繰り広げるかもしれない。場合によってはこの王都ウインナが、いや王国全土が、業火に包まれてしまう。それだけは、なんとしても避けなくてはならない。
「そこでだ、お前に最後の仕事がある」
と、この状況でアルマローニのやつは、仕事の話をし始めた。
「まさか、アラリック殿下を殺れというんじゃないだろうな?」
「そのまさかだ。他に誰がいる」
「私に、王族殺しの大罪を犯せというのか?」
「王国の平和のためだ、やるしかあるまい」
この男、簡単に言ってくれるが、あの王族を殺すとなると、公爵の比ではない規模の護衛を突破する羽目になる。エルバが数十人は必要だ。
「時間がない。それに、王族を狙えるチャンスもそれほど多くない。が、明日、絶好のタイミングがある。そこで殺るしかない」
「明日? 明日に何があるんだ」
「うむ、実は……」
アルマローニが、その機会とやらを教えてくれる。が、それを聞いた私は、愕然とする。
そこは、暗殺者が出向く場所ではないだろう。何を考えているんだ、こいつは?




