#18 元締め
「次の仕事の話だ」
騎士団長を倒してから三日後、私は司令部に呼び出され、そこでアルマローニからそう告げられる。おそらくはそうだろうと思っていたから、特に驚きはしない。
「と、その前に、聞きたいことがある」
「なんだ」
「お前、今日は妙にツヤツヤしていないか?」
これから仕事の話をしようというのに、どうでもいいことを尋ねてくる。そういえば、心臓の色がいやにピンク色だな。
「カッサーノのやつに、ショッピングモールにできたばかりというマッサージ店に連れて行かれたのだ。二時間もかかったのだぞ」
「まったく、スキンケア・マッサージに通う暗殺者など聞いたことがないぞ。特に胸元のあたりがだな……」
またこの男は、私の全身を舐め回すように見つめ、心臓をピンク色に光らせる。何を考えているのやら。このまま帰りたくなってきた。
「いかんいかん、お前のせいでまた本題を忘れるところだった」
いや、私は何もしていないぞ。ただ呼ばれてここに来ただけだ。強いて言うならば、カッサーノがオススメと言って譲らなかった、胸元が緩い上着に、少し短めのスカート姿をしていることくらいだぞ。
「次の仕事の標的の名は、アルトリンゲン公爵だ」
つい今しがたまでこの場を覆っていた浮ついた雰囲気が、一瞬で吹き飛ぶほどのひと言を、アルマローニが放ってきた。
「おい」
「なんだ」
「お前、知ってて言っているのか」
「ああ、当然だ」
「相手は、宰相になろうと言うほどの大貴族だぞ」
「そうだ。そして貴族の頂点になるべく、反対勢力を次々と消していった男でもある。お前を使ってな」
と、私を指差しながらそう告げるアルマローニ。無論、私は反論できない。当時は知らぬことだったとはいえ、結果的にここに来る前の私は、そのアルトリンゲン公爵の野望のために働いていた。それは、紛れもない事実だ。
「……その、公爵が自身の野望を叶えるために貴族を殺していったことが、今度の仕事の理由だというのなら、私もそれに加担した者の一人だ。つまり、私も同罪ということになるが」
「いや、今回の仕事は、その野望が原因ではない。第一、私は『夕顔のシン』という暗殺者はすでに葬った。今、私の前に立っているのは、死神姫というコードネームの暗殺者だ」
と、アルマローニはそう言うが、実際のところその「夕顔のシン」は生きており、今こうしてお前に全身を舐め回すように見られているところだ。現に私は、ここに来てから殺めた者すべてから「夕顔のシン」だと認識されていた。私の過去は、消えてなどいない。
「では聞くが、アルトリンゲン公爵は何をやらかしたというのだ。私が知る限りでは、別に善行も非道な行いもしてはいない。殺す理由など見当たらないと思うが」
「そんなことはない。お前がここに来て以来、倒したすべての諸悪の者を操る、いわば元締めというべき人物だ」
「どういうことだ?」
「お前はただ、王都内で悪事を働く者を消してきたというわけでは無い。税役人、奴隷売買、商業の独占、これらすべては、ある一つの目的のための資金源であり、その目的をなすべく動いているのが、アルトリンゲン公爵というわけだ」
「なんだ、その一つの目的というのは」
「いずれ、お前もそれを知る日が来る。そうだな、お前がすべての仕事をやり遂げたなら、お前がこれまでなしてきた数々の罪をすべて赦免できる、それくらいのインパクトがあるものだ、とだけ言っておこう」
この男、何をもったいぶるんだ。いずれ知れることなら、今教えてくれても良さそうなものだ。が、こいつは口が固い。こういう時は、いくら聞いても教えてくれはしない。だから私は、それ以上は何も尋ねなかった。
意味も分からず、私は次の仕事に取りかかることになった。しかし、今度ばかりは少し気が重い。ついふた月前までは、私はその公爵のために働いていたんだぞ。その相手を、まさか自分の手で倒さねばならない日が来るとはな。
しかしだ、このところの仕事はすべてルフェーブル商会がらみだったが、その前から私はある一つの目的を阻止するために動いていた、というのか。
そういえば、ライムルド騎士団長は私を仲間にしようとした。今思えば、ルフェーブル会長はすでに亡く、その上で私を誘ったということは、それとは別のなにかのために動いていた、ということを示唆していたのか。
その目的とは一体、なんだ?
気にはなるが、今はまだ分からない。いずれ知れるというのならば、それまでは死なないようにしよう。私はそう、心に決めた。
「えっ、次の仕事は、私も行くんですか?」
宿舎に戻った私は、エルバを呼んでそう告げる。とはいえ、私はただアルマローニに言われたことを告げただけで、エルバが何をさせられるのかについては、何も聞かされていない。
ということは、どうせろくでもないことをさせるつもりだろう。私はそう確信している。
今度の仕事は、至ってごく普通の暗殺だ。真っ暗を、相手の心臓の光を頼りにそれを狙う。ただし、今度の相手は今までとは違って、大貴族だ。
となれば、見張りの数が半端ではない。それをどうやって突破するか。今回の成功の鍵は、そこにある。
そのためにアルマローニは、エルバを使うと言っているのだが……そうか、何をやらせるのか、何となく見えてきたぞ。
エルバの扱いの悪さに、私は憤りを覚えてしまう。
◇◇◇
ここは、アルトリンゲン公のお屋敷の中庭。大勢の見張りが、庭のあちこちに立っている。
まさにネズミ一匹入れないほどの厳戒態勢が敷かれている。松明が焚かれ、あらゆる死角には人が配置される。
これはあからさまに暗殺者への警戒を露わにしている。王国最強といわれた騎士団長ですら、やられてしまった。となれば、次は自分だとアルトリンゲン公爵は考えたことだろう。
だが、これだけ大勢で見張れば、緩みが生じないはずがない。すでに厳戒態勢が五日続いており、見張りにも徐々に疲れが見え始めていた。
「今夜も来ねえんじゃねえのか?」
見張りの一人が、吐き捨てるように言う。
「おい、隊長に聞こえるぞ」
「大丈夫だよ。隊長ならさっき、詰所の小屋に戻って行ったぞ」
「いや、そうだけどよ」
「だいたい、侵入者ってのは普通、裏口から入るもんだ。こんな表門から堂々とはいるものかよ」
ここは、中庭でも真正面の門に続く広い通り。身を隠す場所もないため、ここを侵入者が通れば丸見えだ。この見張りの言い分ももっともだ。
が、だからといってサボるわけにもいかない。目立つ場所だからこそ、他の見張りの目もあって気が抜けない。それが余計にイライラにつながる。
そんな殺伐とした場所だが、そこに一人、門の方から、誰かがやってくるのが見える。見たところ、娘だ。見張りの一人が、その娘を呼び止める。
「おい、誰だ!」
見張りの叫び声に、身体をビクッとさせるその娘は、しばらくモジモジしながらも、見張りに答える。
「あ、あの……セスコ隊長様の……隊の方でしょうか?」
「なんだお前、隊長の知り合いか」
「え、ええ、実はあの、隊長様からの伝言をお知らせに来たのですが……」
「隊長からの伝言?」
「は、はい、なんでも、夕顔のシンから、予告状が、届いたって」
「なんだと!?」
「そ、それで、その予告には、明日やってくるって書いてあったと、公爵様がおっしゃってたと」
「なんだよ、隊長のやつ、公爵様に呼ばれていたのかよ」
「そ、それだけじゃないんですけど……ああ、それで、2人づつ、小屋で休むように伝えるよう、言われてまして……」
「そうか、で、その隊長はどこにいるんだ」
「も、もうすぐ、戻ってくるんです、今ちょっと、門の影で、お休みしてまして」
「ああ、そうなのかよ。で、なんでお前がわざわざ伝言なんて持ってきたんだよ」
「そ、それは……」
どうにも怪しげな娘だ。が、侵入者にしてはおどおどとし過ぎてて、どうにも頼りない。見張りには、この娘の意図がどうにもつかみかねていた。
が、その娘は意を決したのか、こう切り出す。
「実は私、公爵様より、ここにいる方々を労うために、そのお相手をせよと、言われてまして……」
「は? どういう意味だ」
「その、私の父が、公爵様から多額の借金をしててですね、で、その分を、今日ここで返せと……それでさっきまで、隊長様のお相手を、させてもらってたんです」
涙目で話す娘のこの一言を聞いて、見張りはようやくこの娘がここに現れた理由を察した。
「なんだ、隊長の足腰立たなくなるまでヤってたのかよ」
「い、いや、そこまでは……」
「まあいいや、おいロペス、お前と俺が最初に行こうぜ」
「おいおい、隊長を待たなくていいのかよ」
「お楽しみの後だぞ、すぐに戻ってくるもんか。それに、今日は来ねえって相手が言ってんだから、大丈夫だろう」
「暗殺者の言うことだぞ、そんなもんを信じるのか?」
「先日は騎士団長相手に予告して、その通りやってきたって聞いたぞ。今度もそうだろうぜ」
「だけどよ……」
「俺たちだけじゃねえ、他にもたくさん見張りがいるんだ。どうせ入り込めねえよ」
見張りの一人が、もう一人を説得する。無論、自身の職務より下心が優ったのは間違いない。いやらしい目つきで、その娘の大きな胸元をじろじろとみる。
見張りが、娘の手を引いて、控えの小屋へと歩いていく。
不安げな顔の娘だが、口元にはわずかに笑みが見える。その背後を一瞬、影のようなものが走る。
◇◇◇
『ヴォルヴァは作戦通り、見張りの誘導に成功。隙ができた。ワルキューレは直ちに移動せよ。方角は、二、四』
オペレーターが無線で、私に指示を伝えてくる。私は指示された通りの方向に向けて走り出す。エルバが、身体を張って作り出したわずかな隙だ。最大限に、これを活かさねば申し訳ない。
屋敷の壁に取り憑いた。公爵は、ここの二階にいると言う。ドローンのカメラによる分析では、中に見張りは三人。表の見張りの多さに比べたら、中はあまりにも手薄い。
入り口に立つ見張りに、例の棒を当てる。男は一瞬で気を失う。脳震盪というやつを誘発する仕掛けらしいが、命を奪う必要がないのはありがたい。私も無益な殺生は望んでいない。
廊下にいる見張りも排除する。建物に入ってからは、いやにあっさりと進めるものだな。逆に気味が悪い。
だが、特に罠などは存在しないことは、解析班による調べで分かっている。アルマローニが言うには、貴族というものは、罠や見張りといった無粋なものを屋敷の中に持ち込みたがらない。そういうプライドが、命取りとなるのだ、と。
これまで私も何度か多くの貴族らの屋敷に忍び込んできたが、屋敷に入るとほとんど抵抗らしい抵抗もなく目標に辿り着けた。だから、アルマローニのこの言葉には納得だし、現に今も易々とアルトリンゲン公爵の元に辿り着けそうだ。
二階の、いかにも公爵がいそうな部屋の、大きな扉の前に立つ。鍵がかかっており、例の仕掛けで解錠する。扉を開け、中に入ると、そこには一人の老人が立っていた。
私は警戒し、腰にある短剣に手を添えたまま入る。ところがその老人は、私を見て恐怖するわけでもなく、ただため息をつく。
「はぁ……やはり、ダメだったか」
こんな態度を取られたのは初めてだ。私は、この老人に尋ねる。
「お前が、アルトリンゲン公爵か?」
すると、その老人は意外にもあっさりと自身の正体を認める。
「いかにも、わしがアルトリンゲンだ」
あまりにも、あっけなさ過ぎる。このまま私が灯りを消してあの老人を刺したなら、仕事が終わってしまう。だが、それではどこか、納得がいかない。
「お前はルフェーブル会長と騎士団長、いや、それどころか租税役人のワインガルトナー伯爵に、奴隷売買のシャーテルロ侯爵らを扇動し、王都に不要な混乱をもたらした。それを認めるか」
「それだけではないぞ、わしはお前を使って、自らに反駁する貴族どもをことごとく葬った。そうであったな、シン」
なんと、私もこいつの悪事に関与したと言わんばかりだ。いや、実際にその通りなのだが、私はこの貴族のことは知らなかった。同族だと言われても、認めるわけにはいかない。
「なんだ、だから私がお前を殺すことは理不尽だとでも言いたいのか」
「そんなことはない。お前を使い、宰相の座を目指したことは、わし自身が望み、行ったこと。そのことに、お前に感謝こそすれど、恨むことはない」
おかしなことをいい出したぞ。おい、この公爵、何が言いたいんだ。
「だが、ルフェーブル商会を始めとする企みは、やはり間違いであった。わしは本当に、大罪人となってしまった。あのようなことが、許されるはずがない」
「な、何を……」
「どうせお前は、何も聞かされてはおらぬのであろう。あるお方が、この王国全土に及ぶ野望を抱き、それにわしが関わってしまったことを」
「なんのことだ!?」
「まあいい、ともかく、わしを殺せ。それでわしは救われる。早うせねば、見張りが駆けつけてくるやもしれぬぞ」
意味不明なことを言った挙げ句、殺せと嘆願する公爵。いや、こいつ本当に公爵なのか? まさか偽物なのではあるまいな。
私は、アルトリンゲン公爵と思われる人物に近づく。私を凝視する公爵の心臓は、恐怖の青みが残るものの、どこか安らかな淡い橙色をしている。覚悟を、決めているようだ。
そして私は、腰から武器を取り出す。それを、公爵に向けた。
が、それは短剣ではない。
「御免」
そう叫んだ私は、手に持ったそれのスイッチを押す。公爵は、気を失って倒れる。それは例の、脳震盪を起こすという護身用のあの棒だ。それを使い、私はアルトリンゲン公爵を気絶させた。
その上で私は、短剣を取り出す。うつ伏せに倒れる公爵の背中からうっすらと見える心臓を、ひと突きする。光は消え、公爵は絶命した。
私は考えた。もしこの人物が替え玉であれば、苦悩は与えたくない。本物であったとしたら、罪を認めて自らその罰を受けると覚悟していたのだから、やはり苦悩を与えたくない。
だから私は、気を失わせてから命を奪った。苦痛を感じることなく、この人物は死んだ。
「随分と、生易しい殺し方をしたものだな」
屋敷を脱出し、逃走中の車の中で、アルマローニがそう私に言う。
「やり方はどうあれ、仕事はこなした。文句はあるまい」
「責めているわけではない。いい配慮だったと、私は思う」
てっきり文句を言われたのかと思ったが、これはもしや、褒めてくれたのか? いや、こいつが褒める要素などどこにもないだろう。となれば、今のは皮肉か?
少し、後味の悪い仕事だった。私は、何を殺したのだ? 諸悪の元締めを倒したはずだが、その実感はない。むしろ、殺したくない相手を殺してしまった。そんな気分だ。
「……そうだ、エルバだ!」
と、その時、私は大事なことを一つ、忘れていた。
「ヴォルヴァか。大丈夫だ、問題ない」
「大丈夫なわけないだろう。見張りの二人に連れ去られたんだぞ。今ごろ、何をされていることか」
「ああ、そういう意味では大丈夫ではないと言えるが、本人は無事だ。いずれ、回収班が彼女を連れ出すことになっている」
連れ出すことって……てことはまだ、あそこにいるってことじゃないか。私一人が脱出し、身代わりのエルバが残されるなど、不憫極まりない。どうしてこの男は、エルバの扱いがこうも雑なのか?
なお翌日、私が殺した相手は、アルトリンゲン公爵本人だということが判明した。王国より、正式に公爵死去の報が出された。
そして、エルバも無事に戻ってきた。いや、あれが無事と言えるのかどうかは分からないのだが。
「いやあ、大変でしたよ。なにせ十二人も相手にしたんですよぉ」
そのエルバだが、ツヤツヤの肌、すっきりとした表情で、何事もなかったかのように現れた。
「おい待て。十二人も、とは何をやったのだ」
「決まってるじゃないですか。男と女が狭い小屋の中でやることといえば、たった一つですよ」
「だが、十二人というのはさすがに……」
「私もびっくりですよぉ。でも、見張りの人が次々に入ってきてですねぇ。一度に三人を相手にしたこともありましたよ」
「さ、三人……」
「にしても、なんか物足りないですねぇ。こっちの街の人の方が、遥かに上手ですよ」
もはや、絶句するしかない。一流の娼婦でも、一晩でそれだけの人数を相手にすることはない。それを、エルバときたら……しかも最後に、聞き捨てならないことを言った気がするぞ。まさかお前、こっち側でもヤッてるのか?
こいつ、暗殺者の助手などやめて、今すぐ娼婦になったほうがいいんじゃないだろうか。




