#17 隙
「予告通り現れたことは褒めてやろう。だが、この状況でどう私を倒すつもりだ?」
ライムルド騎士団長はすでに立ち上がって抜刀し、こちらを睨みつけている。狭い部屋に合わせて、その剣も短い。しかし私の短剣よりは長いから、刺し違えればあちらの剣が先にこちらに届く。まるで隙がない。真っ当にぶつかれば、こちらに勝ち目はないな。
「返事はない、か。まあいい、お前に一つ、提案がある」
攻めあぐねている私を見て、ライムルドが言い出す。
「なんだ」
「お前、我々の仲間にならないか?」
すでに勝者気取りだ。心臓は見えないが、おそらくやつのそれは今、真っ赤に光っていることだろう。
「今すぐ武器を置き、両手を挙げれば、お前に降伏の意思ありと認め、そのうえで仲間にしてやろう。さもなくば、お前はここで確実に死ぬ。どちらが賢明な選択か、考えずとも分かるだろう」
やつの心臓が見えないことは予想していた。やつは今、鎧を着ている。その鎧の鉄板が、心臓の光を隠している。戦艦カンディアのあの医師が、そうなることを示唆していた。
そして、私と同じ能力を持つというこの騎士も、その事は知っているだろう。なにせ、こいつは立場上、普段から鎧を着た者を相手にしている。経験上、知らぬはずがない。もちろん防御の意味もあるが、同じ能力を持つ私から心臓を隠すため、敢えて鎧を着込んだと考える。
「そんなこと、やってみなければ分からない」
「なんだ、つまり答えは拒絶か。心臓も見えぬくせに、どうやってこの私に勝とうと言うのか?」
今の言葉で、確信した。やはりこいつ、私にも心臓が見えていることをすでに知っている。
「油断が隙を生み、隙が勝利をもたらす。それだけのことだ」
「それは、油断があれば成り立つが、油断なくしては成り立たない勝利条件だな」
「お前はルフェーブル商会と手を組み、この王都の商業を牛耳ろうとした。何人もの商人、行商人が路頭に迷うこととなった。それが、お前を殺す理由だ」
「正義気取りも大概にしろ。その商人たちが生きていた方が、その何倍もの貧民を路頭に迷わせることになっていた。果たして、どちらが正義だ?」
こいつは、ルフェーブル会長の護衛をしていた騎士らとつながっている。正確に言えば、自身の部下をルフェーブル会長の護衛として送り込んでいた。例の、放火をしようとした二人の騎士のことだ。
そして、ルフェーブル会長と同様に、自らの正しさを疑わない。だから、これ以上話しても無駄、ということだ。
だから私は、決意する。いつものように札を投げ、ロウソクの火を消す。
部屋が、真っ暗になる。いつもならば、相手の心臓の放つ光を頼りに、短剣を突き立ててそれを刺すところだ。
が、今回、その手は使えない。むしろ、向こうはこちらの心臓の位置を正確に把握しているはずだ。いつもとは、逆の立場だ。
だが、これこそがアルマローニの言う「隙」を作るための作戦である。あのホテルの会議室で、私はアルマローニからその策について聞いていた。
◇◇◇
「なんだと!? どういうことだ!」
「どうもこうもない。十中八九、そうなる」
「それでは、私に勝ち目などないということになるじゃないか」
アルマローニは、騎士団長が鎧を着て、自らの心臓を隠すであろうことを私に話す。それは私の勝利条件の一つが消える、と言うことに他ならない。
「そんなことはない。その場合、お前の心臓は向こうに丸見えで、こちらは見えない、ということになる」
「だからそれは、私がいつも使っている手を、逆にやられるということじゃないか。どこに勝利できる秘策があると言うんだ?」
「考えてもみろ。暗闇の中、相手はお前の心臓しか見えないんだ。その時、その騎士団長はどうすると思う?」
「それは当然、私の心臓を狙ってくる」
「そうだ。それこそが、やつにとっての隙になる」
◇◇◇
私は護身用に、携帯シールドを持っている。これまで仕事では使ったことがなかったが、ここで初めて、これを使う。
相手は、まっすぐ心臓を狙ってくる。つまりだ、その心臓の前で、このシールドを張ったならどうなるか?
その答えは、私の目の前で今、起こる。
バシッという音を立てて、火花が散る。シールドが、まさにライムルド騎士団長の剣を弾いた。と同時に、火花がこの騎士団長を照らす。
「ぐわっ!」
この一撃で不意を突かれたライムルドは、持っている剣を落とす。と同時に、私の目前に、自らの胸を晒す。
もっともそれは、鎧で覆われている。が、それは今回、私が持つ武器の前では無力だ。私は背中に隠していたその武器を、鉄で覆われたやつの胸の前に突き出す。そして、引き金に指をかけた。
あの時、アルマローニは、言った。
「お前の銃の腕は最悪だ。が、ゼロ距離ならば当てられる。その程度の腕があれば、今回は勝てる」
まさに今、その至近距離に相手がいる。
もはや、心臓が見える必要はない。火花が照らしたその一瞬で、私はこの男の急所の位置を見定めた。
そして私は、引き金を引く。
バンッという乾いた音が響く。と同時に、目の前で青白い光が弾ける。やつの胸を覆う鉄の鎧は、まるで薄いパイ皮を指で突いたような穴が開く。
その穴から、血飛沫が噴き出した。
ほんの一瞬の出来事だが、それが何秒間にも感じられた。が、私に勝ち誇っていた騎士団長は、鉄をまとったただの肉塊と化してその場に倒れ込む。
「はぁ……」
今回は、かつてないほど緊張した。初めて暗殺人の仕事を始めた時でさえ、これほどまでの緊張と恐怖には襲われなかった。まさに、紙一重の戦いだった。
予告なしに騎士団長の屋敷に侵入し襲う、という選択肢もあった。が、それはむしろプロ相手に危険だとアルマローニは言った。こういう相手はむしろ小細工をした上で攻める方が、勝利の可能性を引き上げることになる。アルマローニが言った通り、確かに私はあっけなく勝利した。いつも通りやっていたら、ここに倒れていたのは、私だったかもしれない。
暗視スコープを使い、辺りを見渡す。出入り口を見出すと、物言わぬ鎧の主に無言の別れを告げ、私はその館を出る。石畳の路上には、あの黒い車が停まっている。その後ろの扉が開くと、私は飛び乗る。扉が閉まりきらないうちに、車は走り出す。
「上手くいったな」
アルマローニがひと言、そう呟く。
「ああ、上手くいった。今回ばかりは、運が良かっただけだ」
私はこう答える。
「いや、運も実力のうちだ。運を引き寄せるだけの何かを、お前は持ち、あの騎士団長は持たなかった。ただ、それだけだ」
私のことを認めてくれているのか、それとも結果論を述べているだけなのか、今ひとつ解釈に困るひと言が私に投げかけられる。何と答えればいいのだ? 言葉が見つからない私はただ黙って、車の外の風景を眺める。
真っ暗だが、時折、松明を持った騎士が歩くのが見える。騎士ではあるが、鎧は着ていない。それはそうだ、戦や訓練でもなければ、普通は鎧などしない。
そう考えると、あの騎士団長は決して油断などしていなかった。剣も、室内であることを考慮し、わざわざ短いものを用意していた。ただ一つ、私がシールドを使うことを、想定していなかったという点を除けば、だが。
そのたった一つが、勝敗を決めた。
「ところで、お前に一つ、聞きたいことがある」
あの戦いを振り返っている私に、アルマローニが何かを尋ねてくる。
「なんだ」
「お前、そういえばどうやって部屋のロウソクの灯りを消しているのだ?」
何を聞くのかと思えば、そんなことか。私は傍に携えている木札を取り出して見せつつ答える。
「この木札だ。これをロウソクの火に向かって投げ、その火を消している」
私の仕事ぶりはすべて把握されているかと思っていたが、そんなことも知らなかったのかと、私は思った。が、アルマローニはそれを意外そうに聞いていた。
「それだ。考えてみれば、実に不思議だな」
「何が不思議なのだ」
妙なことを言い出すやつだ、と私は思った。が、アルマローニがこんなことを言い出した。
「同じ飛び道具である銃は当てられないのに、どうして木札を当てることができるんだ? 私から見れば、銃を当てる方がはるかに簡単だぞ」
そうアルマローニは私にそう告げる。そうか? 別に木札を当てることは、さほど難しくないだろう。
「何を言っている。こんな木の札など、こういう感じで狙えば、思い通りに当てられるものだろう」
「いや、お前の言う『こういう感じ』というのが、私には解し難い。真っ直ぐではなく不安定な軌道で飛ばすものの方が、お前は狙えると言っているのだ。野球に例えれば、ストレートよりもカーブボールを投げる方がストライクを取りやすいと言っているようなものだぞ。おかしいだろう。お前、どういう感性をしているんだ?」
もはや、何が疑問なのかが私には理解しかねる。銃の方が、よっぽど難しいだろう。目では捉えられないほど速く飛ぶものを当てるのだぞ。ゆっくり飛ぶものの方が、予測しやすいだろう。
結局、私とアルマローニは、この件ではまったく話が噛み合わなかった。この男はやはり、理解し難い。




