#16 同類
「それじゃあ、始めますね」
マッサージ師がそういうと、なにやら背中に冷たいものを塗りたくられるのを感じる。思わず、声が出る。
「ううっ!」
「ああ、大丈夫ですよ。力を抜いて、楽にしてくださいね」
うう、楽になんてできるものか。オイルというやつを背中一面に塗られ、それを押し広げるようにして二の腕や脇の辺りまでべとべとにされる。暗殺者が無防備な姿で人に触られるなど、到底耐えられるものではない。
「ほらぁ、気持ちいでしょう。これが終わると、つるっつるの肌になるんだよ」
「えっ、つるっつるになるんですかぁ?」
「そう、つるっつるにね」
私の向かい側には、エルバとカッサーノが寝そべり、半裸の状態で同様にオイルを塗られている。カッサーノいわく、きれいになれるマッサージだという。途中で合流したカッサーノにそそのかされて、すっかりのせられたエルバと共に、私は半裸姿でここに寝そべっている。まるで、オリーブオイルに漬けられたニシンにでもなった気分だ。こんなもので、本当に肌がきれいになるというのか?
「はい、今度は仰向けになって、楽にしてくださいね」
仰向けにされて、このマッサージ師は私の胸のあたりまでオイルを塗り始めた。エルバもカッサーノも同様だ。
くそっ、あの二人、大きなものを二つ、つけてやがる。あれと比べたら、私のそれは大平原の真っ只中にある小さな二つの丘陵にすぎない。それと比べたらあの二人の胸は、まさに山脈だ。
私自身、自分の身体が哀れに思えてくる。なんという屈辱、ああ早く終わらないものだろうか。そう考えながら、このオリーブ・ニシンの儀式は続く。
そんな長い長い恥辱の時は、ようやく終わりを告げる。
「うわぁ~、これ、本当に私の肌なの?」
その店を出て、エルバが歓喜の声をあげている。が感動したのはエルバだけではない。私自身も、その異変に驚愕しているところだ。
私の肌が、いつもと違ってぷるっぷるだ。おまけに、信じられないほどつるつるしている。
これ以上、自身の今の肌を表現する言葉を知らない。真冬の明け方の、風のない時の王都の端にある大きな池の鏡のような水面のように、水々しく光り輝いている。これが自分の身体だとは、とても信じられない。
「でしょう? だから言ったじゃん、つるっつるになるって」
「ほんとですね、つるっつるです」
こんな陽気な二人でも、この程度の表現しかできないらしい。だが、その言葉以上の強烈な変化を、むしろ私の方が感じている。
だが、暗殺者がこれで、いいのだろうか?
それ以上に、このマッサージとやらにかかった金額に、私は愕然としている。
五十ユニバーサルドルを、このたった一回の施術に支払った。これはあの場末の酒場で頼んだエールと食事の組み合わせの、ざっと十倍の金額だ。あの場の食事を遥かに上回る金額が、たった一度で吹き飛ぶ。まるで、貴族のような贅沢ぶりだ。私が日々、殺めている連中と同じような贅を、私自身が成してしまったことにどこか罪深さを植え付けられる。
「さて、お肌を整えたら、今度はお食事だよ。私のオススメの店に行こう」
続いてカッサーノが、食事のお店に連れて行ってくれるらしい。そういえば、前回の旅ではアルマローニが行きつけの店しか行っていない。カッサーノが選ぶ店とは、どういうところだろうか。まるで貴族のような贅沢なマッサージのあとに行く店だ、それに見合う店なのだろう。非常に興味がある。
が、たどり着いたその店は、意外なところだった。
「よーし、フライドチキン、じゃんじゃん食べるよぉ!」
そう、チキン屋だ。意外にもカッサーノが連れて行ってくれたその店は、贅沢とはいい難い、チキン食べ放題のところだった。
「お肌を維持するには、タンパク質が大事なのよ。だから、チキン最高!」
「そうなんですね、チキン最高!」
本当か? こんな不健康そうな食べ物は、かえって逆効果な気がするが。山と積まれた骨付きチキンを前に、三人はそれをがむしゃらになってかぶりつく。
ここは一人当たり三十ユニバーサルドルだという。さっきのマッサージ代よりも安い。チキンの他に、フライドポテトやちょっとしたサラダなどがあるが、カッサーノはチキン一択だ。
そんながさつな食事を終えて、ようやく私はホテルに戻る。暗殺者である私の肌は光り輝き、一方で胃の中はチキン臭い。今、仕事をやれと言われたら、無理だろうな。
が、ホテルの部屋に入るや否や、私は突然、アルマローニから呼び出される。ホテル内のとある会議室に来いと言う。
「……おい、どこか変わっていないか?」
で、その会議室に現れた私を見て、アルマローニは私の異変に気づく。が、私はこの男に問う。
「なんだ、まさか私はお前に姿をさらすためだけに、ここに呼ばれたというのか?」
「そんなわけがないだろう。もちろん、次の仕事についての話だ。にしてもだ、うむむ……」
ジロジロと私の身体を舐め回すように見るアルマローニ、その心臓は、ほのかにピンク色を帯びている。何を考えているんだ、こいつは。
「まあいい、そろそろ本題に入ろう」
別に私が話をはぐらかしたわけでもないのに、この物言いだ。気にいらない。この男は時々、意味もなくおかしくなるな。
「で、本題とは?」
「決まっている。今度の目標である騎士団長に勝つ方法、それを話すためだ」
「なんだと、騎士団長に勝つ方法だと!? そんな方法があるのか!」
「と、その前に一つ、話しておかねばならないことがある」
「いやにもったいぶるな。いいから、さっさとその方法とやらを先に話せ」
「そうはいかない。これは、その方法を理解する上で必要な情報でもある。これなくして、その戦術はあり得ない」
「じゃあ聞くが、その情報とは何だ」
「今度の目標、すなわち、ライムルド騎士団長は、お前と同類だ、ということだ」
「同類? まさか、やつも暗殺者だというのか」
「違う、そっちじゃない」
「ならば、何が同じだと言うんだ」
「お前と同じで、心臓が見える能力を持つ、ということだ」
◇◇◇
ライムルド騎士団長は、自身の屋敷の中で目を閉じ、ひたすら待っていた。
大胆にも、王国で最強の騎士の一人と言われるこの騎士団長に、殺害予告が送られてきたからだ。
命知らずにもほどがある。騎士団長相手に、殺害予告だ。暗殺者といっても、それは不意打ちだからこそ強みを発揮できるのであって、予告などすれば、その強みはなくなる。
普通に考えて、返り討ちにあうのは確実だ。無論、それが油断となり、形勢逆転を狙っているのかもしれない。そう考えるこの騎士団長は、鎧を着込み剣を携え、まさに臨戦態勢で予告の主が現れるのを待つ。
しばらくすると、鍵がガチャッと開けられる音が響く。扉がゆっくりと開き、中から銀色の短い髪を持った小柄な人物が現れる。
「来たか、シン」
ロウソクの光で、その銀色の髪が照らされる。同じく、銀色の髪を持つ騎士団長が、太い声でその無謀な暗殺者にそう告げる。
「おい、どうした? お前の心臓が、恐怖で真っ青だぞ」
さらに騎士団長は続ける。それを聞いたその人物は、少し身をかがめて構える。
決して広くないその部屋の中で、両者は対峙する。
◇◇◇
宇宙から帰ってきてすぐに、私は仕事にかかる。そして今、ライムルド騎士団長と対峙している。
恐ろしいほどの殺気だ。これだけ離れていても、びりびりと感じる。
数々の武勇伝を持つという、王国最強の騎士。その評判は伊達ではないということか、これまで出会った相手では、紛れもなく最強だ。
未だかつて経験のない恐怖に襲われる。やつが私の心臓に恐怖の色を見出したが、それは自身でも自覚している。が、それは騎士団長の気迫だけが原因ではない。
今、私が暗殺者となって、初めての事態に直面している。
そう、やつの心臓が、見えないのだ。




