#15 訓練
「た、頼む、悪かった、見逃してくれ!」
ルフェーブル会長を殺ったその翌日の夜に、すぐに仕事をする羽目になった。今夜の相手は、ルフェーブル会長と組んでその権限を悪用した商業ギルドの役人だ。ギルドの館に忍び込み、私は今、役人を追い詰めている。いつものように木札を投げ、ロウソクの火を消して忍び寄る。真っ青に光る心臓が、私への極度の恐怖の感情を表している。
が、昨日の会長より迷いがない。私はその命の源に短剣を突き立てると、その光はすっと消える。
そのまま真っ直ぐ、私は路地へと出る。アルマローニの待つ車に乗り込むと、その車は勢いよく走り出した。
「案外、小物だったな」
私はつい、そう口走る。あの役人、昨日のルフェーブル会長と比べるのがおこがましいほど、自分のことばかり考える輩だった。もっとも、それが普通なのだろうが。
「この王国の役人など、大半はそんなものだ」
そんな私の言葉に、いちいち反応するアルマローニ。が、妙に実感がこもっているな。実際にその役人とやらの相手をしているようだから、心底うんざりしているのだろう。
「そうだ、次の仕事の相手はもう、決まっている」
私が血糊を拭き取っていると、アルマローニがそう告げてきた。
「誰だ、それは」
「その前に、もう一度宇宙へ行く」
「なんだって? ついこの間、私の目について調べたばかりではないか」
「今回の仕事は、いつもとは違う。だから、準備が必要だ」
と、アルマローニはそれ以上のことを語らない。だが、かえって気になるじゃないか。その相手とはいったい、誰なんだ。せめてそれくらい教えてくれてもよさそうなものだが。
結局その日は、その相手について知らされることなく帰ることとなる。
「ラウラちゃん、明日からまた宇宙だってさ」
翌日の昼過ぎ、遅く起き出して司令部の食堂に現れた私に、カッサーノがそう告げる。
「へぇ、また宇宙に行くんですねぇ」
「何言ってんの、エルバちゃん。あなたも行くのよ」
「えっ、私もですか?」
「今回の目的は、訓練なのよ。二人そろって、戦艦カンディアの射撃場で特別訓練をするんだってさ」
嫌なことを言い出すカッサーノだが、今さら訓練だと? 私は暗殺者として長いことやってきた。そんな私に、何の訓練を受けろというんだ。
訓練と聞いて、エルバのやつは妙にやる気をなくしつつあるが、それでも戦艦カンディアの街にあるという飲食店と美味しい料理の話を聞いて、がぜんやる気を出し始める。相変わらず、調子のいいやつだ。
そして、出港の日を迎える。
「ラウラ殿に、敬礼!」
いざ、駆逐艦に乗り込もうとするや、私は整列する軍人たちの出迎えを受ける。そのずらりと二列に並んだ二十人ほどの軍人の間を、私はバツが悪そうに通り抜ける。
「すごい歓迎ぶりだよねぇ、さすがは英雄」
「えっ、ラウラ様、何かやらかしたんですか!?」
「あれ、エルバちゃんは聞いてないんだ。実はねぇ……」
それから食堂に着くや否や、カッサーノとエルバが勝手に人の話で盛り上がっている。
「えーっ、すごいじゃないですか! そりゃあラウラ様が崇められるわけですね」
「だけどさぁ、そんなラウラちゃんもさ、大気圏離脱時の機関音にビビッちゃってね……」
「えっ!? それで、カッサーノさんに抱きついたんですか! 何それ可愛い!」
余計なことまで言い出すカッサーノに、盛り上がるエルバ。まったく、何が「可愛い」だ。お前だって同じ目に遭えば、同じことをするに決まってる。
しばらく歓談する二人だが、その時は訪れる。
『両舷前進いっぱい! 大気圏離脱、開始!』
この艦内放送が流された直後、あの機関のうなり音が食堂いっぱいに響き、テーブルや椅子がガタガタと震え始める。
「えっ、何これ、きゃあああぁっ!」
案の定、エルバのやつ、騒ぎ始めた。食堂にいる他の軍人らがドン引きするほどの狼狽ぶりだ。ほら、言わんこっちゃない。
一方の私はといえば、これが二度目であり、かつ、これ以上に恐ろしい砲撃音にさらされた経験があるからか、もはや何とも思わなくなっていた。騒ぐエルバの、青白く光る心臓をじっくりと観察できるほどの余裕がある。
「うへぇ、そりゃあラウラ様でもしがみつきたくなるわけですね。恐ろしい音でした……」
「なーに言ってんの。もっと恐ろしい音に、ラウラちゃんはさらされてんのよ」
「えっ、あれ以上に恐ろしい音なんて、あるんですか!?」
機関音が落ち着いた後、そう呟くエルバに、カッサーノのやつはさらに煽り立てる。実際、砲撃音の方が恐ろしかったのは事実だ。もっとも、あれを何度も体験することはなさそうだ。
しかし、だ。エルバの本領は、ここから発揮される。
「えーっ、オルフィーノ大尉様って、こんな可愛らしい絵が好きなんですか!?」
「いや、だからこれは、アニメっていう動く絵なんだよ」
「へぇーっ、絵が動くんですか。それって面白いんですか?」
「動画があるよ。ほら、こんな感じに……」
「あははははっ、ほんとだ、動いてる!」
あれからまだものの数分しか経たないというのに、食堂内にいる誰かと喋り始めている。あの人当たりの良さは、私には無いものだ。帰る頃までには、この艦内すべての軍人と仲良くなれているかもしれない。
「なんだ、浮かない顔だな」
と、そこに、どちらかと言えば私に近い人物が現れる。
「アルマローニか。いや、別に浮かないというわけではないが」
「そうか、どこか不機嫌で、寂しげな顔だったぞ」
余計なお世話だ。お前にだけは、言われたくない。
「ところで、これから行くところで、私は何をさせられるんだ」
「訓練だ」
せっかくこいつがやってきたのだから、この先のことを聞こうとするが、この通りだ。また、はぐらかされた。
「いや、だから、何の訓練をするというのだ」
「行けば分かる」
このそっけないやり取りは、すでに三度目だ。行かなければ、説明できないような訓練をさせられるのか。それはそれで、不安になる。
「ならば、せめて次の相手くらい、教えてくれたらどうだ」
「今、それを話すと問題がある。訓練を終えた後に、教えることにする」
次の仕事が決まっていると言っていたくせに、その目標を頑なに話そうとはしない。気になるだろう、何をもったいぶる必要があるのか、さっさと話してくれればいいのに。
「おっと、いかんな。そろそろブリーフィングの時間だ」
そんな私の追求をかわそうとしてか、あるいは本当に用事があるのか、スマホを取り出してその画面を見たアルマローニは、何かを思い出したように立ち上がり、食堂から出ていく。
また、一人になってしまった。すぐ横では、エルバが四人ほどの男を相手にきゃあきゃあと騒いでいる。その傍らで、私は一人、ピザを食べる。
「ちょっといいかな」
ところがだ、そんな私に話しかけてくるもの好きもいる。
「なにか?」
「ああ、いや、ラウラさんと話してみたいなぁって思ってね」
男の軍人が、珍しく私に話しかけてくる。前回の旅でも、私はカッサーノとアルマローニ以外とはほとんど会話をしていない。ましてや、わざわざ用事もなしに話しかけてくる者などいなかった。
「失礼だが、誰だ?」
「ああ、僕はメリディアーニ中尉。この艦の哨戒機パイロットをしているんだ」
哨戒機? ああ、あの空を飛ぶ乗り物のことか。司令部から時々、飛び立つのを見かけるが、あれを操る御者のような者ということか。
「で、その空飛ぶ乗り物の御者が、私に何か?」
「何かって、それはもちろん、お礼を言いたくて」
「お礼?」
「先回の航海で、僕らはあなたに救われたんだ。誰もが感謝してるし、当然僕も感謝してる。それを伝えたくて」
なんだ、またあの話か。特に私は誰かを助けようと思ってやったことではない。ただの偶然だった可能性もある。改めて感謝されるようなことだろうかと、私は思う。
「ところで、さ。ラウラさんって、アルマローニ准将と、その、付き合ってるの?」
ところだ、このメリディアーニという男は突然、妙なことを言い出す。
「付き合う? 何のことだ」
「あ、いや、その何ていうか、アルマローニ准将と常に一緒に行動しているから、てっきり准将閣下と男女の仲なのかと思って」
「はぁ? そんなわけ無いだろう」
男女の仲だと? 私が、あの男と。考えられない。だいたい私は女として見られたことがない。胸もないし、髪も短いし、およそ女には見えないだろうが。
と、自分でそう考えて、虚しくなる。自分で自分が女であることを否定してどうするつもりだ。せいぜい他人の心臓が見えて、それを目がけて短剣を突き刺せるくらいしか誇れるものはない。およそ、女らしさなど欠片もないな。
「お前、私が何者か、知っているのか?」
「もちろん、知ってるよ。コードネーム、ワルキューレ。またの名を、夕顔のシン」
「つまりだ、死神姫と呼ばれている私が、男女の仲など築けるわけがないだろう。少し考えれば、わかることだ」
この男の考えを、私は真っ向から否定する。エルバじゃあるまいし、この私が、男と付き合うだと? およそ恋や愛などとは無縁な存在なのだ。私はそう言い切った。
が、それを聞いたメリディアーニという男は、なぜか嬉々として答える。
「えっ、ほんと!? そうなんだ。それじゃあもちろん、僕がラウラさんと付き合っても……」
何やらこの男は言いかける。聞き捨てならないことを今、言いかけなかったか? 私がこの男に問いただそうとしたその時、急にこの男は立ち上がって、敬礼をする。
「し、失礼いたしました、准将閣下!」
振り向くと、そこには私の背後で仁王立ちするアルマローニが見えた。なんだ、この男、いつのまに戻ってきたのだ。
いや、それよりもなぜそれほどまで不機嫌な表情をしているのだ?
「おい、お前、何しに来た」
「いや、忘れ物だ。うっかり、これを忘れてしまった」
といいながら、テーブルの上に置かれている紙の束を持つ。その間も、メリディアーニをにらみつけている。
別に、メリディアーニに肩入れするわけでは無いが、何もしていない男が、身分差を見せつけられるがごとくにらまれているのを、ただ黙って見過ごすのも癪だ。なんだか、この男を助けたくなってきた。
「感謝された」
私はひと言、アルマローニにそう言い放つ。
「何のことだ」
「今、この男から、先日の旅で私が敵の気配を察したことを感謝されたぞ」
「そうか」
「仕事柄、感謝などされる立場にないことは承知している。が、そうはいっても、人の役に立てていると知り、それを言葉で伝えられることは悪いものではないな。人を指揮する立場の者なら、それはわきまえたほうがいいだろうと、そう思ったぞ」
すると今度は、アルマローニのその不機嫌な視線は私に向けられる。が、私はその目に薄ら笑みで返す。するとアルマローニのやつ、黙ってその場を去って行った。メリディアーニはその後ろ姿を、敬礼しつつ見送る。
「いやあ、助かったよ」
で、私はまた、この男に感謝される。
「気にするな。ひと言、言い返したくなった。それだけだ」
「でも、准将閣下相手にまったく動じないなんて、さすがは英雄だ。ますますラウラさんのこと、す……あ、いや、尊敬しちゃうよ」
笑顔を浮かべ、ピザを頬張る私の顔を見つめるメリディアーニという男だが、その心臓はといえば、ピンク色に光っている。あまり見たことがない色だ。そういえば、アルマローニの心臓もたまにこういう色を出すことがあるな。どういう感情を示しているんだ、これは。
さて、そんな一件があり、アルマローニをかわしたわけだが、その反動が、後にやってきた。
それは、戦艦カンディアにある射撃訓練場というところにたどり着き、訓練を始めた時のこと。
「おい、お前、絶対わざと外しているだろう。たるみ過ぎだ」
この皮肉たっぷりなひと言を私に投げかけるのは、アルマローニだ。
「いや、言われた通り、あれを狙っているつもりなのだが」
「本当か? あの大きな的の端にすら、かすりもしていないぞ。どうやったら、あの大きな的を狙って当てられないということができるのか、逆に聞きたいくらいだ」
こいつ、腹が立つ物言いだな。それではまるで、私が無能みたいじゃないか。
いや、これに関しては、確かに私は無能だな。
何をしているのかといえば、私は今、拳銃というやつを撃つ訓練をしている。これが、次の仕事に不可欠だとアルマローニがそう主張する。
いや待て、これが使えるなら、私の出番はないだろう。そう私は反論したのだが、ともかく銃の使い方を心得よと言ってきかない。渋々私は、銃の訓練を受けることとなった。
「やったーっ、当たりました!」
隣でエルバも同じ訓練を受けているが、あちらはすでに何度も的の真ん中に当てている。指導官いわく、才能がある方だと言っていた。それに引き換え、私はまったくダメだ。
「なんてことだ。暗殺者のくせに、銃の一つもロクに使えないとは……まったく想定外の事態だ」
頭を抱えるアルマローニだが、それ、私の無能ぶりを知らしめるためにわざとやってないか? あの時の仕返しを今、されているように感じる。
だいたい、私は暗がりの中を相手の心臓が発する光を頼りに接近して、その心臓を突き刺すことしかやったことがない。明るい場所で遠くから何かを狙い、それを正確に射るなど、まったく経験外だ。だから当然、当てる感覚を得られない。当たるわけがないだろう。
苛立ちがつのる。これはすべて、自身の無能ぶりに向けられたものではあるが、なぜ急にこんな訓練をすることになったのか、私は未だに聞かされていない。
「はぁ、困ったな。戦術を練り直さねば」
ぼやくアルマローニだが、ぼやきたいのはこっちだ。わざわざ宇宙にまでやってきて、なぜ自身の無力さを思い知らされなければならないのか?
「ところでラウラ、お前、この距離ならば、当てられるか?」
最後に、私は的の前に立たされ、それを撃てと言われる。目の前にある的だ。さすがの私でも、当てられる。引き金を引き、バンッと音を立てて、持っている銃から青白い光が放たれる。
「やはりお前は、接近戦に向いているということか」
穴から微かな煙を出す的をじっと眺めつつ、そう呟くアルマローニ。そこで私は、この男に尋ねる。
「おい、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか」
「何をだ」
「仕事の、相手だ」
「ああ、目標のことを、まだ話してはいなかったな」
あれだけ尋ねても教えてくれなかったくせに、なんだこのとぼけ具合は。やはり私は、バカにされてるのだろうか。
「今度の相手の名は、ラウムルドという」
「貴族か?」
「いや、騎士団長だ」
それを聞いて、私は慌てる。
「おい待て、騎士を相手に、仕事をしろというのか!?」
「なんだ、今までだって、見張りの騎士を何人も倒してきたのだろう。今さら、驚くことか?」
「騎士団長ということは、騎士の中でもずば抜けたやつだぞ。そんなやつ相手に、一介の暗殺者が敵うと思うか?」
「だからこその訓練だ。銃というアドバンテージを得れば、たとえ相手が一流の騎士だろうが、負けるはずがない。そのはずだったのだが……」
当てが外れたと言わんばかりだな。実際、そうなのだから仕方がない。だが、私に銃の腕前まで求めるというのはいささか贅沢過ぎるのではないか?
「まあいい、ゼロ距離射撃ならば当てられることは分かった。それを元に、戦術を練り直そう」
ぶつぶつと何かをつぶやきながら、アルマローニは射撃訓練場の端にある建物の中へと入っていく。
が、私は、どうすればいい?
「訓練終わりみたいですし、せっかくだから街へ行きませんか!」
で、アルマローニが姿を消した途端、エルバがずっと抱えていた欲求をあらわにし始める。
「いや、そうしたいのはやまやまだが、私はあの街のどこに何があるかなんて、知らないぞ」
「だーいじょうぶですよ、そういうのは、人に聞けばいいんです!」
いや、それはそうだが、そもそもまずここに人がいない。一体、どうしろと?
「すいませーん! 街へ行きたいんですけどぉーっ、どうやって行けばいいですかぁーっ!?」
ところがエルバのやつ、大声で叫び始める。すると、アルマローニが入っていった建屋から、見知らぬ軍人が一人、出てくる。
「なんだ、騒がしいぞ! こんなところで何を叫んでいる!」
えらく不機嫌だ。おい、エルバ、怒らせてしまったじゃないか。どうするんだ。
「あのぉ、私たち、アルマローニ様から街へ向かうように言われたんですけどぉ、どうやって行けばいいか、分からなくってぇ」
が、そんな軍人の機嫌など意に介すことなく、しゃあしゃあと要求を通そうとするエルバ。しかもこいつ、勝手にアルマローニの名前を使ったぞ。
「えっ、准将閣下が!? 仕方ないな、ちょっと待て」
ところがこの軍人、まんまと乗せられる。しばらく待っていると、タクシーが現れた。
「これに乗って、まずはホテルを目指せ。嫌でも街にたどり着ける」
「うわぁーっ、ありがとうございますぅ!」
エルバが笑顔を見せると、この軍人、少し赤くなった頬を見せる。なんだ、こいつもエルバに魅せられたか。
「ふんふーんふんふんっ! 楽しみですねぇ~」
鼻歌交じりで、えらくご機嫌な様子のエルバと共に、私は街へと向かう。無人のタクシーは、殺風景な射撃場から細いトンネルを抜けて、街へと入る。
「あ、カッサーノさんから、連絡来ました」
「カッサーノから? で、なんと」
「こっちに来るなら、一緒に行動しようって書いてありますよ」
あれ、エルバって文字を読めたのか? こいつ、いつの間に文字を勉強したんだ。それにしても、こういう道具への順応性が高いやつだ。
「一緒にって、どこに行くつもりだと?」
「お食事前に、マッサージに行こうって書いてあるんですが、マッサージって、何ですか?」
そんなこと、私に聞かれても知るわけがない。そういえばカッサーノのやつ、マッサージでお肌が綺麗になるなどと言ってたな。どういうものかは知らないが、あまり関わりたくはないな。
「私はいい、一人で街を巡ってみることにする」
「えーっ、せっかくだから、行きましょうよぉ」
嫌な予感しかしないのだが、私も行かなきゃダメか? 私はただ、訓練の疲れを癒したいのだが。
大勢の人々が歩く街並みの間を抜けるタクシーに乗りながら、私はふと、アルマローニの言葉を思い出していた。
次の相手は、騎士団長だと言った。かつてない厳しい仕事が、待ち構えている。浮かれるエルバのすぐ脇で、私は不安を胸にその街並みを眺めていた。




