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#14 善悪の狭間

「来ました、男が二人、熱源探知」

「やはりな。相手は騎士か、それともただの浮浪者か?」

「腕の筋肉量から見て、おそらくは騎士と思われます」

「想定通りだな。やつらが行動に出しだい、確保する」

「はっ!」


 昼間、ここではアイスクレープを売っていた場所だ。その店を閉じた途端、そこにいるのは黒い服で身を固めた、屈強の男が五人だ。無論、ピンク色のエプロンなどしていない。


「松明を、壁に押し付けています。放火しようとしてるのは明白です」

「よし、証拠はおさえた。直ちにやつらを捕らえる。出動!」


 アルマローニ以下、五人の男らが一斉に飛び出す。この店に松明を押し付けていた二人は抵抗を試みるも、こちら側は催涙ガスというものを使って相手の視界を奪うことで、あっさりと捕らえてしまう。松明の火は消され、まるで何事もなかったかのように、この王都の一角は静けさを取り戻す。


「ま、まさか本当に来るとは……」

「昼間にあれだけ、派手に振る舞ったからな。当然だろう。さて、あとはこいつらから首謀者の名を尋ねるとしようか」

「ま、まさか、ここで拷問をなさるおつもりで!?」


 店主のバルドロスは恐々として、捕らわれた二人の方を見る。捕まった男二人も、この店主の言葉を聞いて縮み上がったようだ。口は縛られて声は出せないが、こいつらの心臓は恐怖に包まれて真っ青だ。

 が、アルマローニは冷静に冷酷に、こう言ってのける。


「そんな面倒なことはしない。もっと楽に、こいつらから聞き出す方法があるからな」


 ああ、そういえば私もあの時、その方法で名前などを探られたな。だが、この物言いでは、まるで拷問よりもひどい方法があるかのように思わせる。二人の男の心臓の光は、さらに真っ青になる。

 それに反して、アルマローニの心臓は眩いほど白い。こいつめ、楽しんでいるな。


「さてラウラよ、あの二人、あっさりとルフェーブル会長の差し金だと自白したぞ」


 それから少しして、アルマローニがそう私に告げる。もっとも、あの二人の口には布が巻かれたままで、しゃべることなどできない。

 要するに、捕らえた二人の「脳」に聞いただけだろう。それを自白というのかどうかは知らないが、あの二人の意思ではないことは確かだ。


「今度の仕事に、決定的な証拠など必要だったのか?」

「いや、厳密には必要ない。別にこのまま、仕事をしてもらってもよかったのだがな」

「ならば、なぜこんなことを……」

「一つは、実際に被害者と接触してしまった。身投げをしようと覚悟するほどのことを、そいつはやったんだ。ならば、その恨みはすぐに晴らしておくべきだろう」

「それだけか?」

「もう一つある。そっちの方がむしろ、私にとっては大事な理由だ」


 この仮組みの店の中で、物騒な会話が繰り広げられている。


「お前、私からの依頼を聞いた時に、納得していなかったからな。それが元で、迷いが生じては大変だ。だからこそ、お前が納得できる決定的な証拠が欲しかった」

「なんだ、私のせい、ということか」

「いいじゃないか。おかげでお前は納得し、心置きなくそいつを殺れる。それに……」

「なんだ」

「お前のエプロン姿を見ることができた。それは、何物にも代えがたい」


 危うく、腰から短剣(ダガー)を抜くところだった。こいつめ、私に売り子をさせたのは、自身の欲望からというわけか。


「ところで、一つ聞いていいか?」

「なんだ」

「どうしてこの店は燃えなかったのだ? こんな薄い壁の建屋など、松明を押し当てられればすぐに燃えだしそうなものだが」

「高難燃性の素材を使っているに決まってる。最初からやつらが放火か殺しに来るだろうことは予想がついた。そうでなくても、この手の建物は火を扱うから燃えやすく、そのために三十分以上、火にさらされても燃えない素材をだな……」


 ああ、しまった。余計なことを聞いて語り出してしまったぞ。考えてみれば、火事にならない店くらい、やつらが作るのは造作もないことだろうな。そんな単純なことを、聞かなければよかった。

 が、べらべらと語り出したアルマローニが、ぱたっと話を止める。スマホを取り出して何かを確認している。


「そういえば、こんな時間だな。それじゃ、行くぞ」

「行くとは、どこにだ?」

「決まっている。ルフェーブル会長の居場所に、だ」

「は? おいまさか、今から仕事か」

「そうだ。今ならまだ、手薄だ。あの二人が捕まったことが知れたら、やつらは守りを固める。それに、今なら護衛が少なくとも二人減った状態ということになる。今夜がチャンスだな」


 なんてことだ。今夜中に殺るだなんて聞いてないぞ。だが、アルマローニの言い分にも一理ある。今夜を逃せば、それだけ仕事がやりづらくなる。私はリュックを下し、その中から暗視スコープを取って頭に、携帯バリアを腕に、そして残りの二つの道具が入った腰カバンを腰に着ける。


 それから半刻ほど後には、私はルフェーブル商会本店の前にいた。


「健闘を祈る」


 車から降りた私は、アルマローニにそう告げられる。私は窓の一つから漏れる灯りを避けながら、裏口へと回った。


◇◇◇


「なかなか、戻らぬな」


 ルフェーブル会長が、苛立ちながらそう呟く。召使いが一人、部屋にはいるが、不機嫌に部屋の中を歩き回る会長を前にただ、おろおろするばかりだ。

 部屋の中には二本のロウソクが天井からつるされており、部屋中を照らしている。太いロウソクのおかげか、その光は思いのほか明るい。

 おかげで、窓の外にまでそれが漏れている。それがまさか、ルフェーブル会長の居場所を知らせているなどとはこの時、誰も思わなかったことだろう。

 そんな部屋の扉をノックする音がする。それを聞いたルフェーブル会長は、こう呟く。


「やっとか。長かったな」


 そこで、召使いに命じてその扉を開けさせる。ゆっくりと開かれる扉、その向こう側には、意外な人物が立っている。

 白銀色の短髪に、見たこともない黒服に身を包んだ、娘とも少年ともつかぬ者が、そこには立っていた。


「誰だ、お前は。二人はどうした」


 おそらくこの会長は、王都中央広場の傍に現れた忌まわしい店に火をつけに行ったあの二人の、その使いか何かと勘違いしたようだ。が、それが使いなどではないことを、その直後に知る。


「あの、あなたは……」


 そう言いながら、近づく召使い。が、その者は手に持った短い棒のようなものをその召使いの頭に当てる。次の瞬間、召使いは気を失ったように倒れる。

 それを見たルフェーブル会長は、初めてそれが侵入者であると悟る。


「な、何だ貴様は! 誰か、誰かおらぬか!」


 叫び声を上げる会長だが、誰も来る様子がない。その様子を冷徹な目で見つつ、その人物はこう言い放つ。


「無駄だ、誰も来ない」


 それを聞いたルフェーブル会長は、その人物に尋ねる。


「おい、何をした」

「ここに倒れている召使いと同じことを、この店内にいるすべての者に施した。今ここで意識あるものは、私とルフェーブル会長、お前だけだ」

「な、なんだと……貴様、何者だ!」

「私はワルキューレ、王都では『夕顔のシン』と呼ばれている者だ」


◇◇◇


 私の名を聞いて、一瞬だけその心臓が恐怖を表す青色に変わるが、すぐにそれは赤色に戻る。

 初めてのパターンだな。私を見て死を覚悟し、開き直ったとでもいうのか。


「なるほど、暗殺者(アサシン)か」


 話口調からも、動じている様子はない。まさか、冗談を言っていると思われているのか? 私は腰から短剣(ダガー)を抜き、それを構える。

 が、ルフェーブル会長は依然として動じない。


「お前、王都に住む者だな?」

「ああ、そうだ」


 それどころか、私に語りかけてきたぞ。命乞いをするのかと思いきや、そうではなさそうだ。


「ならば、我がルフェーブル商会のことは知っておろう」

「もちろんだ、明朗で平等、貴族にも平民にも分け隔てなく接する店、実際に私自身もよく利用していた」

「よくわかっているじゃないか。だがそれは、偽りのないわしの理想を具現化したものなのじゃよ」

「理想の、具現化?」

「そうだ」


 何かを語ろうとしている。まあいい、まだ少し、時間はある。最期の言葉くらい聞いてやろうじゃないか。


「わしがこの王都で商売を始めた頃、それはもう酷いものじゃった。平民を罵り、貴族にへつらい、自らの保身ばかり考えている商人で溢れておった」

「それが、どうした」

「それが気にいらぬ、なればわしが、その商人らに取って代わる店を作れば良い。そう考えたのが、今から二十年ほど前のことじゃ」


 なにやら、昔話を語り始めたな。ルフェーブル商会が急成長したのはここ一、二年ほどのこと。それまでは、確かにルフェーブル会長のいう嫌な商人で溢れていたのは事実だ。


「それから、いろいろあった。ともかくわしは、この王都に理想の店を掲げ、広げることにその人生の大半をかけてきたのじゃよ。で、やっとわしはそれを実現できる力を手に入れた」

「その力、すなわち商業ギルドの役人の権限を悪用し、他の商人を排除したのか?」

「人聞きの悪いことを言うでない。自らのことしか考えぬ商人らを排除し、正しき商売の形を作り上げた、ただそれだけじゃ」


 こいつ、自身の行ったことを何も悪びれていない。自身が絶対的な善であると言わんばかりだ。


「おかげで、この王都では誰もが納得する買い物をすることができるようになった。あの宇宙から来たと言う連中が運ぶ品も、貴族ばかりでなく平民にもたらすことができる。上ばかり見ている商人には、そのようなことはできまい。そんなわしを今、ここで殺せば、王都は再び貧乏人を虐げる商人で溢れかえることになるぞ。それが、お前の望みだと言うのか」


 こいつの理想は、本物だと言いたげだな。確かに、ルフェーブル商会の登場によって、私のような者でも多くの品を手に入れることができるようになった。それは、紛れもない事実だ。

 だがしかし、それであの行いが許されることではない。


「お前の理想は、否定しない。だがお前は、間違ったことをしている」

「なんじゃ、わしのどこが間違っていると?」

「店は確かに明朗で平等だ。が、商人に対しては明朗でも、平等でもなかった。むしろお前は他の商人を排除した」

「当然だ。今までの報いを与えただけのこと。それの何が悪い?」

「お前がやったことは、その二十年前にお前が見てきた商人と、何ら変わりがないと言うことだ。結局のところ、お前も自身の理想を実現するため、すなわち自身のことだけを考えていた輩の一人だった、というに過ぎない」


 こいつの正体を、私は見破った。結局のところ、こいつもただ自身のひとりよがりを実現するために邁進した商人の一人ではないか。それがどういう経緯か、商業ギルドの役人すらも味方につけて、より悪質な方法でその野望を成し遂げた。それだけのことだ。

 理想を掲げることが、悪いことではない。ただ理想実現のためにやったことが悪行ならば、その全てが善行とは言えなくなる。


「そうするしかなかったんじゃ! でなければ、王都の者どもはさらにこの先、何年、何十年も苦しめられることになるんじゃぞ! わしが、わしが王都の商売を変えなければ……」


 絶叫する会長をよそに、私は木札を投げて、天井から吊された二本のロウソクの火を消す。真っ暗になった部屋の中で、ルフェーブル会長の心臓が眩く光る。自身の理想を語ることで生じた自惚(うぬぼれ)の心と、私への恐怖が交錯し、青白い不可思議な色で光っている。

 私は、短剣(ダガー)を突き立てる。真っ暗な部屋の中を照らす心臓めがけて、それをひと突きする。太った会長の胸元の脂肪をも貫き、肋骨の隙間から、脈動する命の源を破砕する。


「あ……アラ……」


 猛烈な血飛沫が飛散する中、この男は最期に何かを言いかけるが、そのまま息絶えてしまった。ドサッと音を立てて、その巨体が倒れる。

 入り口の扉の方を見る。気を失った召使いの弱い心臓の光を頼りに、私は扉の外を目指す。


「うまくいったようだな」


 外で待つ車に乗り込んだ私は、アルマローニからそう告げられる。返り血で生臭いままの私は、アルマローニに問う。


「なあ、アルマローニよ」

「なんだ」

「やつは最期まで、自身こそが理想と言って譲らなかった。そんなやつの心臓を、私は貫いた。これは正しい行いだったのか?」


 心臓を貫くこと、命を奪うことが正しい行いなどと、私自身もおかしなことを言っていると感じた。が、そんな私の一言に、アルマローニはこう答える。


「自分こそが正義と思っているやつこそ、厄介なものはない。人は悪に染まって悪行を成すと思われているが、全くの逆で、自身こそ正義だと言うやつが、残虐極まりない行いを平然とやってのける。そんなやつは、生きていてもロクなことをしない。だからこの場合は、お前の方が正しかったと言えるだろう」


 私を気遣って、そう言ってくれたのだろうか。いや、そんなことはない。この男はいつでも客観的だ。私が間違っていたなら、間違いだというだろう。


「もっとも、私とて正しいことを言っているわけではない。この世に、正解などない。それを自覚していれば、たとえ誤った道を進んでいたとしても、その誤りを正すことができるだろう。それだけのことだ」


 ほら、結局こいつは私に気遣いなどするつもりなどない。だから、正解などないと言い逃れをする。しかし、こればかりはその通りだと思う。

 私は多分、善と悪の狭間に立たされていた。その狭間から抜け出すために、私は短剣(ダガー)を振るった。その選択が、果たして正しかったのかどうかは、いずれ解る日が来るのだろうか?

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