#13 正義
「おい! 落ちたら死ぬぞ、酔っ払い!」
大声で私は叫び、男を引っ張り上げる。私はてっきり、この男は酔っ払っており、あやまって川に転落しかけたのかと思い込んでいた。
が、救い出してみるとこの男、酔っ払いではなかった。
「な、なぜ止めたんですか! もう少しで私は楽になれたというのに!」
このひと言で、男は身投げをしようとしていたことを悟る。が、私はこう返す。
「馬鹿か! 身投げで死んだ者は天国に行けぬ、自らの命を殺したものとして地獄行きだと、教会でも教えているだろう! 何が楽になるか、だ!」
およそ、無数の人を殺めた私がいうのも何だが、確かに教会では自殺も人殺しの罪を負うと教えている。間違ったことは言っていない。無論、私もその地獄行きの一人ではあるのだが。
「うう……地獄の方がマシかもしれねぇ……この先、どうやって生きて行きゃいいんだよ」
男のくせに、めそめそと泣き始めたぞ。何があったというんだ。
「と、ともかく、話を聞かせろ。誰かに話せば、少しは楽になる」
「は、はい……」
私はその男を連れて、そばにある小さな見張り小屋に向かう。昼間は見張りの兵が使う小屋だが、夜は空いている。仕事の前には身を隠すために使っていたから、そのことを私はよく知っている。
「私は商人で、バルドメロと申します。王都広場の裏通りで、そこそこ大きな飲食店の店主をしていたんです」
意外にもこの男は商人だった。こんな時間に歩き回るほどだから、日雇いの男かと思っていた。
「その大きな店の商人が、なぜこんな夜更けに?」
「店を、取り上げられたんです」
「はぁ? 誰にだ」
「そりゃもちろん、商業ギルドに、ですよ」
急にきな臭い話が出てきた。似たような話をアルマローニからも聞いていたが、まさにそれをやられた商人と出会うことになるなど、思いもよらなかった。
「なぜ、商業ギルドが店を取り上げたんだ?」
「はい、上納金が足りないからと言われ、追い出されたんです」
「なんだ、それでは仕方あるまい」
「そんなことないです! 私は決められたお金はちゃんと納めていたんです! なのに三日前になって急にギルドの役人が来て、今すぐ立ち退けと言い出したんですよ」
「おかしな話だな。上納金が足りないからと言っても、即日に退去を求めるなんてことはないはずだが」
「私も言いましたよ。でも、店も品もそのまま取り上げるから、身一つで出ていけと言われたんです」
「いや、そんなことは……」
「ギルドが当てにならないと、私はあらゆるところに訴えました。が、どなたも聞き入れてくれないんです。この三日間、川の水しか口にできず、家族も使用人も皆、散り散りになって……うう……」
随分と強引な話だ。いくらギルドといえど、そこまでの権限はないはずだが。だがこの男の話に間違いはなさそうだ。なにせ、身投げをしようとしていたのだからな。
「ふむ、それは興味深い話だ」
と、そこにいきなり割り込んできた奴がいる。
「おい、なんでお前がここにいる?」
私は背後に立つその男、すなわちアルマローニに向かって言い放つ。
「それは、お前のスマホの位置情報を頼りに、ここにきたからだ」
「いつからだ」
「たった今、ついたばかりだ」
「ならば、話を聞いていたわけではないだろう」
「お前のスマホを介して、王都に入ってからの会話の全てを把握している。未成年の分際で酒場でエールを飲んでいたこと、行商人らしき男と会話していたこと、すべて筒抜けだ」
いやな男だな。私はそんなことまで監視されていたのか。
「さてと、バルドメロよ。お前、我々のもとで働く気はないか?」
呆れる私を飛び越えて、この男は商人にこんなことを提案する。
「は、働くと申しましても、私は商人でございます。それ以外のことは何も……」
「その商売をしてみないかと言っている。それならば、バラバラになった家族も呼び寄せられるだろう。どうだ?」
「は、はぁ……ですが、あの星の国の街で、それを?」
「いや、この王都で商売をするんだ」
アルマローニめ、とんでもないことを言い始めたぞ。私は反論する。
「おい、王都で商売などできるわけがないだろう」
「なぜだ?」
「王都で商売をするには、商業ギルドから出店の許可証をもらわないといけない。でなければ不許可商人として罰せられることとなる」
「そういう法の及ばない場所が、王都の中にもあるんだ」
「及ばない、場所?」
「中央広場のすぐ傍に、国王陛下より頂いた軍の直轄地がある。あそこならば宇宙港の街と同様、治外法権な場所だ。そこで商売をすること自体は、許可証なしでも違法にならない」
「はぁ? 軍の土地で、商売をしろと?」
「別に禁じられたことではない。どのみち中途半端な土地で、使い道もなく持て余していたところだ」
妙に乗り気なアルマローニだが、私はどうにも引っかかる。この男が、何の考えもなしにそんなことを始めないことくらい、私は知っている。何か企みがあるに違いない。
「おい、何を企んでいる」
「どういうことだ?」
「お前が考えもなしに提案することなどあり得ない。短い付き合いだが、それくらいはわかる」
「うむ、なるほどな。簡単にいえば、ルフェーブル商会に喧嘩を売るためだ」
「商会に、喧嘩を売る? そんなことをして、どうするつもりだ」
「我々とて、王都内での商業勢力の急変がルフェーブル商会のしわざだという確たる証拠を握っているわけではない。ならば、それを確実にするために敢えて行動に出ることも必要だ。この件はちょうど攻めあぐねていたところだから、これはいい機会だな」
やはりそうだった。こいつ、しっかりこの男を使おうとしている。まるで、エルバのように。
「だが、どうする。店をやるといっても、いつから始めるんだ」
「明日からだ」
「あ、明日?」
「そうだ。昼前までには店の一つや二つ、作れるだろう」
「いや、作れないだろう、普通」
「我々を並の集団と思うな。見せてやろうじゃないか、我が軍の力を」
商会相手に、戦争でもするつもりか。物騒なことを口走るのは、ルフェーブル会長だけではないようだ。
「そうだな、広場のすぐそばであるから、まずは食べ物を売るのがいいだろう。ちょうど気温が上がり始めた季節だからな、甘くて冷えたものならば飛ぶように売れるだろう。となれば……」
なぜか商人そっちのけで、勝手に商売を始める気満々で計画を練り始めている。だが、明日からといっても、店員はどうするつもりだ? 品だけ揃っても、店主一人では心もとない。
という私の心配をよそに、この男は勝手に話を進めてしまう。そして翌日、本当に王都内に店を構えてしまった。
「いらっしゃいませーっ!」
「い、いらっしゃーい……」
で、その店で売り始めたのは、アイスクレープだ。黄土色の薄い皮で包んだ、冷たいクリームやアイスと新鮮な果物を詰め込む。その甘ったるい香りが、この広場中に広がる。つられて大勢の客が現れる。
というのは良いのだが、なぜかその売り場の売子として、エルバと私が駆り出された。真っ白なワンピースに、ピンク色のエプロン。頭には赤い頭巾。およそ暗殺者らしからぬ姿だ。
どうせなら作り手に回りたかったのだが、それは調理ロボットとかいうやつがせっせと作ってくれているから不要だという。だから私まで、売り子にまわされた。
「この赤いのちょうだい!」
「はぁい! いちごクレープ一つ! 毎度ありぃ!」
「嬢ちゃん、俺はこの青いやつ!」
「は、はい……ミントパフェ、ですね……」
にしてもエルバよ、こいつ、売り子としての器量は抜群だ。ルヴェーブル会長の目に留まったというのも納得だな。暗殺者の助手などやめて、この店で雇ってもらった方がいいんじゃないのか?
にしても、なぜ私が売り子に? いやいや、まずいだろう。私はクレープではなく短剣を握るべき女だ。こんなところで顔をさらして、客に笑顔を振りまくなどあり得ない立場の人間なのだ。
どうして、こうなった?
とまあ、昼ごろからいきなり始めたこの店は、出だしから大勢の客を集めることとなる。エルバの呼び込みが、それだけ効果的だという証拠だろう。実に順調な滑り出しなのは間違いない。
が、そうなると当然、いざこざが起きる。
「おい、そこの店!」
集まった客を押し退けて現れたのは、一人の役人風の男と、二人の騎士だ。
「は、はい、何でございましょう」
「お前、ギルドの許可は取ったのか!」
「い、いえ、ここでは許可が不要だと……」
「そんなはずあるか! 許可がないというのならば、お前をしょっぴくぞ!」
裏にいたバルドメロが出てきて対応するが、おそらくは商業ギルドの役人と思われるその人物に恫喝されている。が、そこにアルマローニが現れる。
「なんだ、我々の直轄地に、何のようだ?」
「なんだ、貴様は!」
「私は地球八○三、遠征艦隊司令部所属のアルマローニ准将だ」
「その准将が、何のようだ!?」
「ここは国王陛下より賜った、我が軍の直轄地。そこに踏み入り恫喝するということは、我が軍への明確なる攻撃意思と考える」
「は? 何を言っている。そもそも、ギルドの許可がなければこの王都で商売ができないことは、国王陛下が定められた法によって定められたこと。それに反するは、国王陛下への明確なる反意ではないか?」
おい、ギルド役人の言ってることのほうが理にかなっているぞ。どうするつもりだ、アルマローニよ。
だがこの男、一歩も引かない。
「その法には、例外がある。宰相、または王族の許可を持つものならば、ギルドの許可を必要としない、と」
「確かに、その通りではあるな。が、その許可とやらをお前は持っているのか?」
そう詰め寄られたアルマローニは、懐から何かを取り出す。
「できれば穏便に済ませたかったが、やむを得ん。ここにその許可がある」
それは、羊皮紙の巻紙であった。封蝋を見た役人は、血相を変える。
「そ、それは……」
「そうだ、エウリック王太子殿下のものだ」
その羊皮紙の封蝋を取り、中を広げて見せつけるアルマローニ。それを見た役人の顔は真っ青だ。
そして、その心臓も真っ青に変わる。まるで、川に飛び込む前にバルドロスが見せたあの時の心臓のように。
「この上で、我々の行動に難癖をつけるというのなら、我々にも覚悟がある。貴殿らも、我らが力の大きさを知らないはずがない。この場は黙って、下がってもらおうか」
それを聞いた役人と二人の騎士は、すごすごと帰っていった。このアルマローニの反撃で、とりあえずの危機は去った。
「はぁい、というわけでぇ、販売再開でーす!」
で、エルバのこのひと言で、再び客が押し寄せる。少し暑さを感じる王都の中央広場に、この冷たいクレープが広がっていく。
「いやあ、まさか翌日にこれほどの商売ができるなんて、思ってもみませんでしたよ! さすがは准将閣下です!」
バルドロスは大喜びだ。これで家族を呼び戻せると、いや、それどころか以前よりも大きな商売ができると息巻いている。
が、あれで商業ギルドの連中が、そしてその後ろにいるルフェーブル商会が黙っているとは思えないな。何かを仕掛けてくるのではないか。
「これで、ルフェーブル商会に喧嘩を売った。ということは、より具体的な動きをしてくるはずだ」
アルマローニが私に、そう耳打ちする。やはりアルマローニもそう考えるか。いや、こいつにとってはむしろそれが狙いだったはずだから、別段おかしくはない。
そして、さらにアルマローニは私に耳打ちをする。
「そのエプロン姿、似合ってるじゃないか」
◇◇◇
「忌々しい、よりによって、エウリック殿下の名を使うなど!」
王都のとある場所、やや太った人物が憤慨しながら、部屋の中を歩き回る。
「だが、我らギルドの力が及ばぬとなれば、どうにもできぬぞ」
「うむむ、やむを得ない。ならばここは、非情の手段に出るより他、あるまい」
太った男がそう告げると、入口に立つ二人の男が頭を下げ、部屋を出ていく。
「なんとしても、あの目障りな存在を抹消せねばなるまい。わしの正義のため、そして、あのお方のためにも」
男が覗き込むその窓の外には、夜が更けた王都の街が見える。円形の中央広場に、連なるレンガ造りの建物が月明かりに照らされてうっすらと見える。
そんな王都の真ん中のある場所で、怪しげな企みが実行されようとしていた。




