#12 裏の顔
「ルフェーブル商会という名を、聞いたことがあるか?」
アルマローニのこの唐突な問いに、私は意図を理解できないままこう答える。
「知っているも何も、王都では知らぬ者がいないほど有名だ」
「ほう、ではどのように知られた店か?」
「明朗で平等な店、平民でも貴族でも同じ価格、同じ態度。たとえ貧民相手でも威圧的な態度を取らず、貴族相手でもへつらわず。貧民にも貴族にも合わせた品揃えで、王都に住む多くが良い印象を持つ、そういう店だ」
聞かれるがままに、私は答える。実際、私もルフェーブル商会の店をよく利用する。愛用の短剣も、その商会で手に入れたものだ。
にしても、だ。どうしてその商会の名を、この男は私に尋ねたのだろうか。
「なあ、まさかとは思うが、次の仕事というのはもしや……」
「察しが良いな。そうだ、次のターゲットは、そのルフェーブル商会の会長である、ロドリーコ・ルフェーブルだ」
「おい」
「なんだ」
「私の技は、善良な商人を殺めるために用いられるのか? 無論、依頼とあればこなすが、私がここにきた際に聞かされた話とは、随分とかけ離れているように思うが」
「何を言っている。我々が不必要な暗殺など、させるわけがない。その方針は、未だ変わっていないし、これからも変えるつもりはない」
「ならば、ルフェーブル商会の会長の、どこに問題があるというのだ」
「簡単だ。そのルフェーブル会長は、表の評判通りの人物ではないからだ」
「……ほんとか、それは」
「調べもついている。と、その話の前に、以前に比べて王都内でルフェーブル商会以外の商店が減ったとは思わないか?」
「そうだな……確かに減った気がする。以前は広場の南にある大通りには、雑貨や衣服、貴金属を扱う店がひしめくように軒を連ねていたが、今はルフェーブル商会の店が幅を利かせ、そのほかの店がほとんど見られないな」
「それが自由競争によって引き起こされた、というのであれば問題ではないのだが、そうではないことを我々は知り、かつ、その証拠も掴んでいる」
「そうなのか?」
「そうだ。我々が宇宙に行っている間に、エルバに調べさせた」
何だと? またエルバを使ったのか。危ない目に遭っていなければいいのだが。
「その、エルバに何をやられたのだ」
「簡単だ。ルフェーブル商会の店の一つに、店子として潜り込ませた。あの通りの器量と見た目だ。すぐに会長と接触することができた」
ああ、やっぱり危ないことをやらされている。よりによって、危険と思っている人物と接触させるなど、正気の沙汰ではない。
「で、まさか会長と接触した後、エルバは……」
「酒宴に呼ばれたそうだ」
「やはり、そうなるか」
「陽気なエルバをいたく気に入ったらしい。それで会長自身から、自分が王都内の店を次々と閉店に追い込んでいるという言質を引き出した。無論、それはエルバに持たせた盗聴機器によって記録されている」
「そうなのか。わりとあっさりと、認めたのだな」
「ただ、その手口までは明らかにはしなかった。単に自身の商会に勢いがあり、周りの店が太刀打ちできないのだと風潮しているだけにも聞こえる」
「つまり、決定打ではないと?」
「そうだ。だが、ルフェーブル商会の評判はともかく、周囲の店の衰退ぶりは尋常ではない。前日まで繁盛していた店が、翌日には店を閉じたという話まであるくらいだ。不自然極まりない」
「だが、不自然という理由だけでは、ルフェーブル商会のせいだと言い切れないだろう」
「その突然閉まった店の跡地を、翌日にはルフェーブル商会が引き取った、いや乗っ取ったと言ったら、どうだ?」
確かに、それは不自然過ぎるな。ここ王都で店を始めるには、王国公認の商業ギルドで手続きをする必要がある。一日やそこらで許可が降りるとは思えない。その話が事実ならば、明らかに、その場所をルフェーブル商会が手に入れることを前もって決められていたという証拠だ。
しかし、ギルドというところは王国でもかなり有力な貴族か王族が関わっている。ということは、まさか……
と、それ以上に大事なことを忘れていた。彼女は、どうなったんだ?
「おい、そういえばエルバはどうなったんだ!」
「エルバが、どうかしたのか」
「先ほど、ルフェーブル会長と接触したといっていたじゃないか。まさかそのまま、どこかに連れ去られて、夜伽の相手をさせられた、というのではあるまいな?」
「うむ、我々もエルバもそれを覚悟していたのだが、意外にもあの会長は、エルバに指一本も触れず、無事に帰したそうだ」
なんだ、無事だったのか。にしても、アルマローニのやつ、エルバの扱いが少しひど過ぎるのではないか。前回などは奴隷として送り込んでいたし、その前には手ひどい訓練まで施していた。いくら平民の娘だからとはいえ、そこまで遠慮のない扱いはどうかと思う。
それ以上に、ルフェーブル会長というのはそれほど酷いやつだとは思えなくなってきた。今の話を聞く限りは、評判通りの人物ではないか。やはり、こいつの考えすぎではないのだろうか。
とはいえ、私は暗殺者だ。依頼された仕事はこなす。たとえその相手が善人であったとしても、だ。
「ん〜、とってもいい方でしたよぉ」
ところがその日の晩にエルバと夕食を共にしたのだが、ご覧の通りルフェーブル会長との飲食がいたくお気に入りの様子だ。
「そんなにいいやつだったのか」
「ええ、いいやつでした」
「だけどお前、相手は他の商店を潰していると、そう話していたの聞いたが」
「ん〜、確かにそんなことも言ってましたかね? でも、それ以上に王都の商売について熱く語ってましたよ」
「そうなのか?」
「はい、そうなのです」
「ちなみに、なんと?」
「星の国ともつながった新しい時代にふさわしい、新しい商売をするのだ、って言ってました」
ますます、ルフェーブル会長というのは殺すべき人物とは思えなくなってきた。むしろ、アルマローニの側の人間が利用すべき人物ではないか。知れば知るほど、ルフェーブル会長の善人ぶりを認識させられる。
だから私はそれ以上、知ることをやめる。
これ以上のことを知れば、相手の心臓を貫く際に、迷いが生じてしまう。
そのルフェーブル会長だが、今日から三日間、近隣の街に出かけているとのことで、すぐに私が仕事をできるわけではなくなった。その三日のうちに私は、心の迷いを消しておかねばならない。
そこでその翌日の夜、私は敢えて王都ウインナに出かけることにした。
やってきたのは、王都広場から南に少し行ったところにある、とある酒場だ。「夕顔のシン」だった頃は、よくここに来てエールを飲んでいた。
そういえば、私が宇宙港の街に住むようになってから、ひと月ほどになるな。ここに来るのも久しぶりだ。
重い木戸を押して、中に入る。安っぽい酒と肉の臭いが鼻を突く。私はいつの間にか、あちら側に慣れすぎたようだ。こっちの空気に違和感を感じるなど、私も贅沢になったものだ。
だが、この店も少し変わっている。以前は薄暗い魚油を使う灯りだったのに、いつの間にか電灯が使われている。おかげで店内が妙に明るい。
「主人、エールと干し肉、それにガスパチョだ」
カウンターで私は馴染みのものを頼むと、王国銅貨5枚、銀貨1枚を置く。すると店の主人がやってきて、私にこう告げる。
「ああ、嬢ちゃん、なるべくなら電子マネーにしてくれねえかな」
「なんだ、ここでも使えるのか?」
「あっちの人たちも、よく来るんだよ。それに電子マネーの方が、偽金つかまされることもねえからよ」
そんなところまで変わっているのか。むしろ、私にとってはそっちの方が好都合だ。取り出したスマホを、主人が持ってきたリーダーに当てる。あちらの通貨で四ユニバーサルドルが、支払われる。
が、出てきたのはいつも通りの品だ。薄いエールに、塩味が強すぎるガスパチョ、私よりも貧相な干し肉。四ドルもあれば、あちら側ではもう少しまともなものが食える。などと思いながらも、私はエールを一飲みする。
この殺伐とした味が、私を再び冷酷な暗殺者に戻してくれる。以前の仕事でも、善人を何人も殺った。その仕事の前には、必ずこの酒場に来ていた。いくら善人ぶった貴族や豪商であっても、ここにいる平民から搾取し、その生き血を得て栄えているのだと、そう言い聞かせるためでもある。つまりは、自分の行いを正当化するためにここに来る。今度のような仕事なら、なおのことだ。
だが、ここも変わってしまったな。
見回すと、明らかに宇宙港暮らしの奴らがいる。来ている服が、あちら側のものだ。それに話し言葉にもあちら側特有の訛りがあり、すぐに分かる。こんな場末の酒場などに、あっちの人がなぜやってくるのか?
と思っていたが、脇に侍らせている女を見て、その目的がだいたい分かった。つまりは、夜伽の相手を探しに来たのか。
そういう女を得るには、娼館が最適ではある。が、娼婦のようにこなれた女が気にいらないという男、あるいは手っ取り早く金を得たいという女がいて、その両者が集うのに使われるのが、場末の酒場だったりする。確かにここは、そういう場所でもある。
「おう、娼婦の嬢ちゃんじゃねえか。久しぶりだなぁ」
と、そこに酒場でよく絡んでくる男に出会う。名は知らぬが、行商人をしているという男だ。
そういえば、私は表の顔は「娼婦」ということになっていたな。一度も男に抱かれたことのない娼婦ではあるが。
「ああ、しばらくぶりだ」
「以前よりも、ふっくらして多少女らしくなったじゃねえか。しかも電子マネー持ってるってことは、あっち側で仕事してんのか?」
「まあな、そんなところだ」
多少とは失礼なやつだな。いや、確かに私が女に見られることなどなかったから、これでもまだ褒めてくれているつもりだろう。
「そういうあんたはどうなんだ。少しは変わったのか?」
「おう、変わったなんてもんじゃねえ。明日から俺は、星の海に出ることになった」
「星の、海?」
「知らねえのか。この空よりもずっと高い場所だよ」
その程度のことは、私だって知っている。そこなら私もつい先日、行ってきたばかりだ。私が驚いたのは、馬車を引く行商人が宇宙に行くと言い出したことに、だ。
「へぇ、行商人も宇宙へ行くのか」
「宇宙?」
「星の海のことだ」
「ああ、あっちじゃそう呼んでるのか。まあ、正確には俺はもう、行商人じゃねえけどな」
「行商人じゃない? なぜだ」
「馬でちんたらと運ぶ時代じゃねえだろう。だから俺は行商人をやめて、星の海の船乗りになるって決めたんだぜ。で、やっと今日、馬が売れて、明日からあっちの雇い主のところで働くことになってな。今日がこの酒場とおさらばする日ってことだ」
「急な話だな。だが、行商人だってまだたくさんいるだろう。急いでやめる必要もなかったんじゃないのか?」
「まあ、そうかもしれねえ。けどよ、他にも理由があるんだよ」
「他の理由?」
「そうだ。最近この王都では、ルフェーブル商会ってのが出張ってるじゃねえか」
いきなり、あの商会の名が出てきた。
「なんだ、俺なんか、変なことを言ったか?」
しまった、私はついルフェーブルという名前に反応してしまったようだ。この男も察してしまったようだ。
「い、いや、最近よく聞くからな、ルフェーブル商会の名は」
「そうだな、明朗で平等、誰にでも紳士な店。そういう話だからな。だけどよ、俺は気にいらねえな」
全く予想外の話が飛び出した。私はその元行商人に尋ねる。
「なぜ、気にいらないと?」
「あの商会、裏で何をやっていると思う。商業ギルドを牛耳ってて、俺たち行商人にあれやこれやと指図してきやがる。こっちは気にいった相手、都合のいい相手を探し出して商売してんだ。それなのに、やれこの店には品を渡すなだの、破ったら通行証を取り消すだの、やりたい放題だ。それが気にいらなくて、行商人をやめることにしたんだぜ」
「そうなのか。だが、それがどうしてルフェーブル商会の差金だと?」
「その品がほぼルフェーブル商会に流れるようになっているんだ。しかも、かなり安く買い叩かれる。どう考えたって、ルフェーブル商会が裏で動いていると思うしかないだろう。ったく、新たな旅立ちの前に、嫌な話を思い出しちまったぜ」
そういうと元行商人は、持っていたワインの入ったジョッキを一気に飲み干す。荒々しく干し肉を食べる様子を見て、私は思う。
意外にもあの商会、あこぎなことをしていたんだな。私としたことが、表の顔しか見ていなかった、ということか。この元行商人とのやり取りで、ルフェーブル商会の姿がおぼろげながら見えてきたような気がする。
要するに奴らは、この王都での商売を独占したいのだろう。商業ギルドとつながっているとなれば、なおのことだ。
しばらくの間、酒場の空気で暗殺者の感覚を取り戻した後、その店を出る。夜の王都を一人、歩いている。
もちろん私は、護身用にいつもの短剣を持ち歩いている。夜道に女一人あるいていれば、盗賊の類が襲いかかってくることもままあることだ。
などと考えていれば、目の前に怪しげな男が一人、歩いてくる。明らかに挙動不審だ。私は腰に手を当てて身構える。
が、変だな。私の後ろを歩くその男、心臓の色が妙に暗い。落ち込んだ時の、薄い青色をしている。
しばらく男は私と同じ方角を歩くが、王都の真ん中を流れる川の橋に差し掛かると、その橋桁に手をかけ、じっと川を覗き始めた。こいつ、実はただの酔っ払いで、飲みすぎて川に向かって吐こうとしているのか。そう私は考える。
と思ったその時、その男は身を乗り出して、川に飛び込もうとする。
危ない、咄嗟に私はその男のそばに駆け寄り、その足を掴んだ。




