#11 帰投
「敵艦隊との距離は!?」
「およそ30万キロ! ほぼ射程内です!」
「そろそろ来るぞ、砲撃に備え!」
「高エネルギー波、探知!」
「回避運動! 急げーっ!」
怒涛のような機関音の中、艦長の絶叫が響く。次の瞬間、青白い光が窓の外に現れる。
あれは確か、銃という武器が放ったものと同じやつだ。あれをかなり大きくしたやつに見える。ということは、あれを食らえばひとたまりもないということにならないか。
また、光ったぞ。あれの小さいやつしか知らないが、もし当たれば……生きた心地がしない。
「よし、速度が乗ってきた。引き離しにかかる。全艦、最大戦速を維持!」
死線の狭間を彷徨っているような現状を、この男は嬉々として対処している節がある。暗殺者である私よりも、だ。やはりこのアルマローニという男は、軍人なのだと思い知らされる。まるで水を得た魚のようだ。
「敵艦隊、なおも追尾中!」
「速度では、こちらのほうが上だぞ。なんとしても敵後方に食らいつく」
「ですが准将閣下、さすがに後方へ回り込むのは無理です。相手は30万キロ彼方にいて、全力運転中なのですよ」
「超出力運転の限界まで、あと十分!」
相手の見えないままの追いかけっこが始まってからしばらく経つが、一向に終わる様子がない。アルマローニと他の軍人との間の切羽詰まる会話のみが、ことの深刻さを私に感じさせてくる。
さすがに、ビリビリと響く床やけたたましい音にも慣れてきた。が、時折光る青色のあれにはなかなか慣れない。私はアルマローニの脇に置かれたこの簡易な椅子の上で、ただ今の追っかけっこが終わるのを願うばかりだ。
このままただ、撃たれてばかりの状況が続くかと思っていたが、その状況が一変する。通信士と呼ばれる軍人が叫んだこのひと言がきっかけだった。
「味方艦隊百隻、救援に来ます! 距離およそ四十万キロ!」
どうやら、援軍が来たようだ。すると、見えない敵の動きが急に変わる。
「敵艦隊、反転! 逃走に移ります!」
「形勢逆転だ、こちらも一斉回頭、敵艦隊を追え!」
えらく興奮気味だな。この男でも、ああも熱くなれるのか。感心する私だが、そんな私に容赦のない試練が再び襲いかかる。
「敵艦隊後方を捉えました!」
「よーし、全艦、砲撃開始だ!」
「はっ、全艦、砲撃開始!」
「砲撃開始、撃ちーかた始め!」
やれやれ、やっとこちらが撃つ番になったか。そう安堵したのも束の間、とてつもない衝撃が、私を襲う。
キーンという甲高い音が響いたかと思うと、まるで落雷のようなガガーンという轟音が響く。私は思わず、椅子の上で伏せる。
「ひぃっ!」
窓の外が、眩い光に覆われる。機関音など問題にならないほどのつんざくような落雷音、これほど恐怖を感じる音を、未だかつて聞いたことがない。
「逃がすか、撃って撃って撃ちまくれ!」
指揮官としての本領発揮といったところか、アルマローニのやつ、ツバを飛ばしながら、興奮気味に攻撃を続行させている。間断なく続くあの轟音に、私はただ椅子の上で縮み上がりながら、それが終わるのを待つしかなかった。
「まもなく、救援艦隊が敵艦隊前方に到達します!」
「理想的な挟撃態勢だな。あと一息だ、敵を追い込め!」
目の前の机のようなところを叩きながら、アルマローニは叫ぶ。モニターと呼ばれるものには何やら映ってはいるが、あれが何を意味するものかは今もって理解できない。断続的にバリバリと響く音と、窓から入る真っ白な光に怯えながら、私はただ小さな身体を震わせるばかりだ。
「敵艦隊、全艦消滅!」
それからしばらくして、あの十隻の敵が消えたことを知らせる声が響く。このひと言で、ようやく戦いの終わりが訪れる。急に静けさがこの艦橋内を覆うが、急に静かになったためか、耳の奥ではキーンという音が鳴り響いている。
ああ、やっと終わった。それにしても、彼らの戦い方というものを、私は図らずも知ることとなる。私の使う短剣など、あの青い光の前では無力すぎる。そう考えると私はあの時、御者の依頼でアルマローニを始末すべく忍び込んだことがいかに無謀な行為であったかと、ただただ思い知らされるばかりだ。
が、急にあの初老の艦長が、すっと立ち上がる。アルマローニに向かって敬礼をすると、艦長は私が前にズカズカと歩み寄り、私の前に立ちはだかる。
あれ、私は何かやらかしたのか? 椅子の上で硬直する私に、艦長はこう告げる。
「あなたのその勘のおかげで、我々は助かった。あなたがいなければ、全滅していたの我々の方だったかもしれない。艦を代表して、感謝申し上げる」
そう述べると、艦長は私に向けて敬礼をする。それに呼応するかのように、この艦橋内の軍人らも一斉に立ち上がって、同様に敬礼をする。アルマローニも少し笑みを浮かべて、敬礼している。この不意打ちに、私はどうしたらよいか分からず、見よう見まねで敬礼を返す他なかった。
「いやあ、大活躍だったね、ラウラちゃん」
それからしばらくして、私はカッサーノとともに風呂場にいた。私はただ先ほど流した冷や汗を洗い流さんと、浴槽に浸かるばかりだ。そんな私の肩に手をかけるカッサーノ。
「にしても、こんな小さな身体のどこで、連盟軍の殺気を感じたのかなぁ。胸だって、こんなに小さいのに」
などといいながら私の胸のあたりを弄ってくるこの女は、随分と失礼なやつだと思いつつ、なすがままにされていた。さっきまでのあの恐怖を思い出し、その場で縮み込むしかなかったあの時の心情が蘇る。
「そういえば、カッサーノはあの戦艦カンディアにいる間、何をしていたんだ?」
「ああ、私ね、あそこの街に行きつけのマッサージ店があるのよ」
「マッサージ? なんだそれは」
「全身をくまなく磨いてくれるところよ。しかも今回、三日間も滞在するっていうからさ、気合い入れてやりまくってきちゃった。だからほら、お肌がこんなに綺麗になったのよ」
といって、この女は二の腕のあたりを私に見せびらかしてくる。話を聞く限りではいかがわしい店としか聞こえないが、確かに肌は綺麗だ。
「そういうラウラちゃんは、どうしてたのよ」
「私はアルマローニに連れられて、診療所とかいうところで目の検査をやった」
「そうか、それが目的だったもんね」
「その後は、食事などで外に出たくらいだな。ああ、そういえばスマホというやつを買ってもらったな」
「まさか、アルマローニ准将と一緒に行動してたの?」
「そうだ」
「ええーっ、ラウラちゃん、知らない間に准将閣下とデートしてたんだ」
なんだか人聞きの悪いことを言い出したぞ。そもそも私は、女として見られていない。初日だけはつい調子に乗ってしまったが、あの後のアルマローニの反応を見る限りでは、自身が女としての魅力に欠けていると自覚している。
「そうそう、予定よりかなり遅れたけど、あと一時間ほどで帰投するってさ。いやあ、ラウラちゃんがいなかったら私も、生きて帰れなかったかもしれないんだよねぇ。せっかくのマッサージ代が、台無しになるところだったわ」
などといいながらこの女、両手で私の左右の胸を触りながらそう呟く。が、確かにその通りだと思った。なによりも、私の異変に気づき、私の勘を信じて行動したアルマローニのおかげでもある。奇妙な旅であったが、おかげで私はいろいろと経験することとなった。もう二度と、あんな経験は御免ではあるが。
それからしばらくの後、私は王都ウインナに帰ってきた。




