#10 闇討ち
診察とやらが終わり、私とアルマローニは今、街の中に来ている。
私も、宇宙港の街での暮らしに慣れ始めたところではあるが、ここはあそこの数段上を行っている。とにかく、人も物もけた違いに多い。
食べ物が豊富なのは言うまでもない。見たこともない食べ物が、立ち並ぶ店ごとに置かれている。あるものは香ばしく、あるものは甘ったるく、そしてあるものは刺激的な香りを、私の顔面目掛けて注いでくる。
が、そんな匂いに目もくれず、アルマローニが向かったのはとある酒場だ。
ほんのりと酸味の香り漂うその店内では、独特の匂いを放つチーズと、ピスタチオという豆類の一種、それに薄くて柔らかく、甘辛い匂いを漂わせる肉の入った皿が、目の前に置かれる。それ自体は食欲をそそるものではあるが、ここにくるまでに出会った他の食べ物に比べれば、普段食べているものとあまり違いを感じない。
だが、飲み物は最高だ。ここでは、私の年齢ではお酒は飲ませてもらえないことになっているらしい。が、その代わりに出された柑橘系の飲料は、これまで飲んできたあらゆる飲み物を超えた味だ。さわやかで、ほんのりと感じる酸っぱ味と甘味が、五臓六腑に染み渡る。
一方、アルマローニはといえば、ワインを飲んでいる。やや匂いの強めなチーズを食らいつつ、濃赤色の液体を喉に注ぎ込んでいる。いつもは冷徹で、氷のような心臓のこやつが、ワインを前にどこかいつもより荒々しい態度を見せている。
この男がワインを三杯ほど飲んだところで、いきなり私は絡まれる。
「おい!」
なんだこいつ、飲むとこうも口調が変わるものなのか。私は答える。
「な、なんだ」
「男はだれしも胸の大きさにこだわると思われているようだが、どう思うか!?」
「は?」
なんだこいつ、もしかして私に喧嘩を売ってるのか。お世辞にも大きいとは言えない私の胸元をじろじろと見つつ、こいつは続ける。
「私はな、小さい方が風情があると思っている」
「……どういうことだ」
「どうもこうもない、そのままだ」
そう言いながら、グラスを少し回しながら赤ワインの香りを確かめると、そのままひと飲みでグイッと飲み干す。脇に置かれた瓶から赤ワインを注ぐと、それを片手に回しつつ、再びこちらに視線を向けてくる。
未だかつてない感覚だ。私は、生まれてこの方、女として見られたことがない。だがこの男の目からは、あの娼館で一番の娼婦に注がれる男どもの視線と同じものを感じとる。
まさかこいつ、私の姿に欲情しているのではあるまいな?
「一つ、聞きたいことがある」
「なんだ、お代わりか」
「い、いや、そうじゃなくてだな、どうして私の方ばかり見ているのか」
「決まっている。好みだからだ」
酔いに任せて、とんでもないことを口走ったぞ。もしかすると、私はこれまでの人生で一番、危険にさらされているのではあるまいか。
いかんな。少しこいつの目をそらすことにしよう。私はこう続ける。
「と、ところで、次の仕事はもう決まっていると言っていたが」
「あ? ああ、そうだったな。確かに、決まっている」
上手くそらすことに成功した。私は続ける。
「今度の相手は確か、商人だと記憶しているが」
「商人? そうだったか?」
あ、ダメだ。こいつ、すっかり酒に飲まれている。厄介だな、できれば離れたいところだが、そうもいかない。私は柑橘系の飲み物の入ったグラスを手に取ると、それをちびちびと飲む。
そんな私を見たアルマローニは、いきなり私の肩に手をかける。
「うぐっ!」
変な声が出てしまった。もし今、腰に短剣を備えていたら、衝動でこいつの心臓目掛けてぶっ刺してしまうところだった。そのままこの男は、徐々に私の頬の近くまで顔を寄せてくる。
店内にいる客が、ちらほらとこちらに目線を向けているのが分かる。確かに、こいつの態度は露骨すぎる。私でなくとも、正常ではないことは明らかだ。だが、アルマローニは止まらない。
そいつは右手のグラスをテーブルに置くと、その空いた右手でチーズをひとかけら、取る。それを私の口元までもってきた。
明らかに、あの目は私にそれを食えと言っている。仕方がない、私はグラスを置くと、その口元間際に差し出されたチーズに唇を近づけ、それを口にする。
これでも一応、娼館に身を置いていた者である。どういう対処をすれば男が喜ぶかを心得ているつもりだ。その娼館で一番の娼婦は、男から差し出されたものを、焦らしながら舐めるように口にしていた。それに倣い、私もそのチーズの端の方からのっそりと食らいつき、徐々にそれをかじりながら、細目でアルマローニの顔を見つめる。
いや、待て。どうして私がこいつに、わざわざ媚びを売らねばならないんだ? などと思いつつも、乗りかかった舟から降りるわけにもいかず、半ばやけくそに娼婦のような態度を取り続けた。そして、最後にチーズをつまむその指に、口をつける。
うう、気持ち悪いぞ、私。およそ、暗殺者がやることではない。指ではなく、心臓を刺す方が性に合っている。などと考えつつも、私はその男の胸元に目をやる。
その心臓は、かつてないほどの輝かしい光を放っている。まるで、太陽のようだな。どうなっているんだ、この男の心臓は。
そのまま上に目を移すと、目の玉をひん剥いたように開いて、顔中を真っ赤に染めた男の顔が目に入る。すると男は慌てて右手をワイン瓶に移すと、残りのワインをグラスに注いで、そのまま一気にそれを飲み干す。
かと思うと、今度はポケットから白くて丸いものを二粒取って、それを手の平の上に置くと口に投げ入れる。そばにあった水を流し込むと、そのままフォークで肉料理をとって一心不乱に食べ始める。
奇妙な反応だな。このままもう少し、からかってやりたいところだが、周りの目もある。この辺で止めておこう。私は再び柑橘類の飲み物を口に運ぶと、そばにあったピスタチオの殻を割ってその中身を食らう。
しばらくの間、無言で食事を続けていたが、ふと見れば、アルマローニはいつもの冷徹な表情に戻っている。おかしいな、もう酔いが覚めたのか?
「うむ、やっと酔いが取れたな……」
そういえばさっき、白いものを二粒飲んだが、あれは酔いを覚ます薬だったのだろうか。ここには、そんなものもあるのか。だが、そのおかげでようやく私は、さっきまでの危険な状況から抜け出せた。
「す、済まない、場所を変えようか」
冷静に戻ったアルマローニは、おそらくさっきまでの自身の行動を恥じているのだろう。テーブルの上にある食べ物を詰め込むように口に入れると、そそくさと店外に出ようとする。
私も、周囲の目が気になる。だいたい、暗殺者が目立ってはダメだろう。そう思った私も、アルマローニと共に逃げるように店の外へと向かう。
「さっきは、少し調子に乗り過ぎた。忘れてくれ」
道すがら、アルマローニは私にそう告げる。変な奴だな、ついこの間、私を捕らえ銃を向けたやつとは思えない狼狽ぶりだ。思わぬ表情を垣間見せたこの男に、私はつい可笑しくなって、思わず笑みを浮かべてしまう。
「……可笑しいか?」
そんな私を見たアルマローニは、訝しげな顔で私にそう告げる。私としたことが、隙を見せすぎてしまったようだ。我に返り、私はアルマローニにこう切り出す。
「あそこだ」
「……何だ、あそことは」
「あれだ、あの賑やかしい、甘い匂いを漂わせているあの店に行きたい」
「そうか、ならば行こうか」
そうアルマローニは言うと、ほのかに香ばしくも甘い香りをまき散らすその店へと向かう。
そこで私は、パンケーキなるものを始めて口にすることとなる。
しかし、だ。アルマローニはといえば、あの冷徹な表情を崩さない。終始無言で、パンケーキを食べる私をただじっと見つめている。
その翌日、と言ってもここはずっと昼間ではあるが、時計の上では翌日を指したその日にも、あのリヴァモーアという医師のもとに向かい、再び目を調べられる。
初日に、私の目が電磁波なるものを捉えていることがわかったが、それ以降は目立った発見はなく、無為に診察を終えることとなる。その後もまた、街へ向かい、食事をする。あの男とともに。
だが、アルマローニは決して酒を口にすることはなかった。初日のあれで、凝りたようだ。
その次の日には駆逐艦2110号艦へと戻ることとなり、真っ暗な宇宙へと逆戻りする。
その、帰り道のことだ。
「あと、八時間ほどでウインナ港に到着する」
アルマローニから艦橋に呼び出された私はひと言、こう告げられる。が、わざわざ呼び出したにしてはそっけない。
「それ、だけか?」
「それだけだ」
一体、何がしたかったのだろうか。そんなことを言うために、私を呼び出したのか。まさか、私の姿を見たいがために呼んだというのではあるまいな。
あの一件以来、少し私はこの男と距離をとるようになった。暗殺者としての勘、いやあの時、私の中で何かが壊れそうな、そういうものを感じた。その先にある見えざる恐怖に慄いている。それを察したのだろうか、アルマローニのやつ、敢えて私を呼び出していつも通りの態度を見せ、それを和らげようとしたのだろう。
が、それ以上の会話を続ける何かがあるわけでもなく、私はそそくさと艦橋を出ようと出口に向かう。この艦には、私の素性を知る者が少なからずいる。特にここ艦橋には、そういう人物が多い。それゆえに、後ろめたさを感じる。
用事がないのなら、さっさと立ち去ろう。そう思いながら私がちょうど出口の扉に手をかけた、その時だ。
何だろうか、まるで凄腕の騎士でも睨まれたような、そんな感覚に襲われる。凄味のある殺気、とでも言えばいいか。私は慌てて振り返る。
が、そこには誰もいない。いるのは、艦橋内の二十人ほどの軍属だけだ。そんな殺気を出せるような者などいない。
いや、それは背後ではなく、正面から感じる。まさか、扉の向こうに誰かが……私は、勢いよくそれを開け、身構える。が、誰もいない。
「おい、どうした?」
アルマローニが、私の様子を見て異変に感づいたようだ。
「あ、いや、なんでもない」
「そんなはずがない、今のは、そういう表情ではなかったぞ」
しまったな、無闇に警戒しすぎたか。私は正直にこう告げる。
「いや、なぜだか突然、殺気を感じたのだ」
「殺気だと?」
「そうだ。それも、格別のやつだ。今まで何度か身の危険を感じたことがあるが、それと同じ感触だ」
などと言ってはみたが、確証はない。だが、この感覚により私自身、何度か救われた。屈強の騎士が守る入り口を避けることができたり、不意打ちをかわすこともあった。
だが、ここには味方しかいない。どう考えても、殺意など感じるはずがない。しかし私は、感じたままをこの男に話した。
艦橋内にいる者の目線は冷たい。どの口が言うかと思っていることだろうな。そういう空気をひしひしと感じる。だが、それにも増して殺気のようなものは、その強さを増す。
「もう一度、聞く。それはこっち側、つまり艦の後方から感じるのだな?」
「ああ……そうだ」
「分かった」
アルマローニは私にそう確認すると、くるりと振り返ってこう叫ぶ。
「ナルディーニ艦長!」
「はっ!」
「当艦を反転させて、指向性レーダーにて索敵を行え」
「いや、しかし閣下……」
「命令だ」
アルマローニよりも年上の艦長に向かって、半ば強引に何かを命じている。それを受けて、初老の艦長は渋々ながらも艦橋内で号令を発する。
「航海長、転舵反転!」
「はっ、転舵反転!」
「指向性レーダー、発信用意!」
「指向性レーダー起動、発信用意よし!」
「索敵開始、発信開始!」
目の前の窓で、星がぐるりと回る。灰色のあの駆逐艦も何隻か見える。が、この艦ただ一隻が、他の艦とは異なり後ろ向きになったようだ。
確かに私は殺気を感じたと言ったが、それをアルマローニはなんと捉えたのだろうか。言い出した私が言うのもなんだが、少し過敏に反応しすぎではないか。
と、私はこの感触を正直に告げたことを後悔していたところなのだが、事態は思わぬ方向に動く。
「レーダーに艦影! 数、およそ十、距離三十二万キロ!」
「なんだと!? 光学観測班!」
「はっ、しばし待機を!」
何やら急に慌ただしくなってきた。どうやら、何かを見つけたらしい。それが何かを告げる声が、艦橋奥から発せられる。
「艦色視認、赤褐色、連盟艦隊です! 当艦前方、数、十隻!」
「転舵反転! 通信士、各艦に伝達! 我、敵艦隊を発見せり!」
敵、今、敵と言った。つまり、彼らにとっての敵が現れたと、そう告げている。まったく予想もつかない展開に、言い出した私自身が戸惑っている。
「まさか本当に、敵を察知するとはな。全艦に伝達、全力即時退避! 前進しつつ回頭、敵の背後に回る!」
「はっ!」
「最大戦速、全力即時退避!」
その直後、ちょうど大気圏離脱の際に発せられたような、あのけたたましい機関音が鳴り響く。ビリビリと震える床も気になるが、今は恐れている場合ではない。
「敵艦隊、機関始動。全力でこちらに向かいつつあります」
「追いつかせるものか。機関の性能差を見せつけてやつらを圧倒する」
アルマローニのこのひと言から、その敵との追いかけっこが始まったことを知る。だが、窓の外にはその姿をうかがい知ることは出来ない。
私に分かることは、ただ一つだ。
我々は、文字通りのこの真っ暗闇の中で、危うく闇討ちされるところだったということだ。




