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#1 依頼

 心臓が、見える。

 鼓動が高まり、輝きを増すその臓器は、肋骨を照らし出し、私にその隙間を晒す。


「ま……待て、シン。金ならやる。い、依頼人の倍は出そう」


 貴族というやつは、概ね往生際が悪い。金を積めば、私のような者なら簡単になびくとそう踏んで、いつもこんな提案をする。が、それが守られる保証など、どこにもない。

 現に私の両親は、悪しき貴族によって騙された上で殺された。だから私は、眼の前のこの哀れな貴族の言葉に耳を貸すつもりはない。


 私は、握った短剣(ダガー)をその光の中心めがけて突く。耳元で大きな断末魔を浴びせられつつも、私は心臓の放つ光を見つめる。

 まるで、ランプのロウソクの炎を突くがごとく、その光は木っ端微塵に四散する。同時に、どす黒い飛沫が私に降り注ぐ。生臭いその飛沫の不快臭が鼻に達する頃、心臓の輝きを失ったその貴族は、力なく倒れる。

 その貴族の喉元に触れ、脈がなくなったことを確認すると、私は窓を開け、腰に携えた縄を投げる。一端を窓枠にかけると、綱を伝って私はこの屋敷の中庭へと降りる。

 裏門を出たあたりで、誰かの叫び声が聞こえる。もう見つかったのか、だが遅い。私は走り出し、路上で待つ荷馬車に飛び乗ると、その荷台の上にある麻布を包む。それを見た御者が鞭を振るい、その荷馬車はゆっくりと走り出す。


「殺ったか?」


 血生臭さがうつった麻布の向こうから、私に短く問う御者。


「脈はなかった。光も、消えた」

「そうか」


 私の返答に、短く答える御者。この御者はおそらく貴族か王族には違いないが、私はその者の正体を知らない。ただ言えることは、唯一私が信頼している貴族だということだ。

 殺しの報酬は、いつも前払い。逃走の際も、この通りいつも馬車で迎えに来てくれる。さらに私が「娼婦」であるかのように偽装してくれている。今日のこの依頼でも、表向きはこの御者とお楽しみの真っ最中、ということになっている。いつもなら、ただ黙ってそのまま娼館へと戻り、情事の余韻を惜しむかのように半裸姿でこの御者を送り出す。そして何事もなかったかのように、娼館の控室へと消える。

 ところが、今日に限ってはこの御者、いつもより口数が多い。


「終わって早々だが、次の仕事の話だ」


 依頼の直後に次の仕事の話をするなど、今までなかったことだ。私は麻布の奥で、用意された布と水で血糊を洗い流す手を止め、こう返す。


「次は、どの貴族で?」

「貴族ではない。今度の相手は、あれだ」


 そう私に告げる御者は、右手を上に掲げる。そして、空を指差す。

 見上げる先は、この王都の商人街の建物の合間から見える星空のみ。その星空から、まるで石臼を挽くような重苦しい音が響いてくる。

 現れたのは、空に浮く灰色の大きな船、いや、あれは軍船か。その軍船が、商人街の建屋の上を滑るように進む。やがてそれは、建物の陰で見えなくなる。

 それは半年ほど前に、星の国から来たという者たちの船だ。王宮よりも大きな船を操るやつらは、陛下と交易の約束を結び、王都郊外にある荒れ地に宇宙港なるものを築き、その横に大きな塀で囲われた街を作った。あの船は、その街の方へと向かっている。


「あの塀の向こうに住む星の国の者で、フェデリーコ・アルマローニという男がいる。それが、今度の標的だ」


 御者のこの言葉に、私はただ黙って頷く。依頼されたとなれば、受けるしかない。だが、その相手がいつもと違うことを悟るや、私はこう告げる。


「金貨、十枚だ」

「なんだ、いつもの倍を払えと言うのか?」

「相手が相手だ。それに、さっきの貴族は死に際に、あなたの倍を出すと言っていた」

「裏切られたくなければ、要求を受けろと。分かった、ただし前払いはいつも通り五枚で、上手くいったら残りを払う。こちらもいきなり十枚は用意できない。それでどうだ?」


 踏み倒されそうな予感がするが、たとえそうなっても、いつもの金貨五枚は手に入る。残りを貰えなければ、私はこの稼業から足を洗うきっかけとなる。その時は、本物の娼婦にでもなろう。

 しかし、だ。今度の仕事はつまり、あの塀の向こうということになる。私は塀の向こうのことはおろか、奴らの姿すら知らぬ。空に船を浮かべることができる連中相手に、私などが通用するのだろうか?


 私は暗殺者(アサシン)。人は私のことを「夕顔のシン」と呼ぶ。別に、私自身はそう名乗ったわけではないのだが、王都の人々が私の所業を見て、勝手にそう名づけた。

 夕顔は、朝までにはしぼむ。私が狙った相手は、朝までには確実に命を落とす。それゆえに「夕顔」なのだが、「シン」とは私が正確に「心臓」を貫くことも込めた名前のようだ。


 私には、相手の心臓が輝いて見えるという不思議な能力がある。その鼓動、感情、それらが手に取るように分かる。鼓動が早まり、短剣を突き立てる私を見て恐怖するその者のそれは、炎のような赤色からまるで月明かりのような青色へと変わる。

 その光を目掛けて、私はその短剣(ダガー)を突き立てるだけだ。

 この力は、両親が殺されたその日の夜から発揮された。だから私は、この力は両親からの賜り物だと思っている。

 そして、私の本当の名前は、ラウラという。

 この世に生を受けて、まだ十八年。すでに私は、この年齢以上の数の貴族を殺めている。

 そして私は、新たな仕事に取り掛かることとなる。

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