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3.相談

 生徒会選挙戦が始まった。

 候補者同士が演説や張り紙でアピールを続ける中、エヴァンは悩んでいた。

 ちなみに言うと、エヴァンの当選はほぼ確実である。

 何故なら、第一に対抗馬が一人も居ない。他の生徒は、エヴァンが生徒会長に立候補するなら戦うだけ無駄だと早々に諦めてしまったのだ。圧倒的な女子人気に加え、男子陣からもエヴァンの優秀さは信頼を置けるものであり、エヴァンを置いて他に誰が生徒会長になれるのか想像もつかない状況だ。

 一応は単独出馬の場合でも全生徒の四分の一以上の信任票が入らなければ落選となるシステムもあるが、それは女子人気の部分だけでも余裕で越えられる数値だ。

 だから、何もしなくてもエヴァンが生徒会長になるのは決定的なのだ。


 それでは、彼は一体何に悩んでいるのか?それは、副会長の選定である。

 生徒会の役職は、生徒会長、副会長、書記、会計の4種であり、うち生徒会長、書記、会計は立候補者への投票によって決まる。

 しかし、副会長だけは他とは異なる。副会長の役割は生徒会長の代理と補佐であり、生徒会長自身の独断で決めるルールになっている。

 そのせいあってか、周囲の女子生徒の視線がいつもの数倍エヴァンへと突き刺さっていた。クラス内からはもちろんのこと、廊下側の窓や、果ては中庭を挟んで反対側にある教室からすらも熱の籠った視線を送られている。

 エヴァンに副会長に選ばれるということは、すなわちエヴァンにパートナーと認められるのも同義。そう色めき立ってエヴァンにささやかなアピールをかます女子生徒が後を絶たない。

 これでは、副会長に選んだ人物にはどうしても意味が出てしまい、エヴァンとしては選び辛くなってしまうだけなのだが。


「何か悩み事かい?」


 エヴァンが教室の自分の席で憂鬱そうに頭を抱えていると、クリントがやってきて声をかけてきた。


「……分かるか?」

「そりゃ、そんな顔してたらねえ。大方副会長のことだろうけど」

「ああ、その通りだ」


 二人の会話に、周りの空気がピリッと静まる。エヴァンが誰を副会長に指名するか、それは今この学校で最もホットな話題だ。迂闊な発言をすると、それが瞬く間に学校中に広まり、あらぬ噂を生み出しかねない。

 仕方なく、二人は学校の屋上へと移動して、会話の続きを始めた。

 

「で、どの子を副会長にするの?」

「おい、真面目に聞く気がないなら相談を聞いてくれるような雰囲気を出すな」


 いつになく楽し気な第一声を放つクリントを、エヴァンは横目で睨みつける。クリントはそれに怯むことなく、茶化し気味ながらもエヴァンの悩みの核心に触れていく。


「ははっ、ちょっとからかっただけさ。モテ過ぎるのも大変だねえ。今、学校中が君のパートナー選びに興味津々だよ」

「そうだな……。今まで意識してなかったが、まさかここまで周囲から関心を集めていたとは。これでは誰を選んでもあらぬ噂が立つだろう」


 エヴァンは落下防止の手摺に両肘をつけ、項垂れる。ただ生徒会選挙に勝てばいいというだけならば彼にとって容易い問題であったのに、予想外の方向からの問題発生で精神を余計にすり減らしていた。

 その珍しい友人の行き詰まった様子に、クリントは、しょうがない、という風に話を切り出した。


「それなら、僕が副会長になっても良いよ」

「何?以前は打診しても断って来たじゃないか」

「前は、ね。だって生徒会なんて面白く無さそうだし、料理に割く時間が減るだけだし。けど、君が意中の女の子を狙って生徒会長になるなんて、これ以上面白いことは無いんじゃないかって思ってね。副会長という特等席から見させてもらうのも悪くない」


 以前断られていたためクリントを候補から外していたエヴァンにとって、願ってもない申し出だった。

 周囲から見ても、エヴァンと最も親しいクリントが副会長に選ばれるのは最も自然であることから、変な噂も立たないだろうとエヴァンは踏んでいた。

 まあ、それはそれで一部の女子達には特殊な養分を与えてしまうのだが、それはエヴァンの知り及ぶ所ではない。

 ともかく、最も角が立たない選択肢であるのは間違いない。しかし……。


「……」


 エヴァンの晴れない表情は、一瞬光が差すも、再び曇りに覆われてしまう。


「おや、僕じゃ不満かい?やっぱりさっき君に熱い視線を送っていた女子達から選りすぐりたいのかな」

「いや、そうじゃない。クリントが副会長になってくれるのなら、それ以上のことはない。だがな……」


 そこで言い淀むエヴァン。だが、言い淀めばクリントには伝わる。クリントは気付いているのだ、この完璧超人と謳われる友人が最近になってできた唯一苦手としていることに。エヴァンが表現に困っている時、それは決まって恋愛絡みの話なのだ。


「あー、分かったよ。紅の姫君が落選した時のことを考えているんだね」

「……心を読むな」

「今の君の思考は単純だからね。誰でもこれくらい読めるさ。それで、彼女が落選した時の受け皿に、副会長の席を残しておきたい、と」


 クリントはエヴァンの悩みの本質を理解した。それは、エヴァンの意中の相手であるアンナ・ガーネットの生徒会会計当落の行方だ。

 エヴァンは生徒会長の当選が選挙戦開始前から決まっていたが、アンナはそうではない。

 それどころか、エヴァンが生徒会長になるのが確定したせいで、それを知った女子生徒達からの書記や会計への立候補が大幅に増加したのである。それならば副会長に選ばれずとも、同じ生徒会で密な空間に居られると目論んで。

 そのせいで、アンナの選挙戦は本来よりも数倍厳しいものになってしまっている。

 エヴァンからすれば完全に誤算であった。アンナが会計になるから生徒会長に立候補したのが、まさか自分の首どころかアンナの首まで締めることになろうとは。

 現状エヴァンに興味のないアンナからすれば迷惑極まりない話だ。このような事態を生み出したエヴァンのことを恨んでいてもおかしくない。だから、せめてもの償いに、いや、そこにはアンナの居ない生徒会に意味など無いという下心も含まれるが、ともかくアンナが落選した時のセーフティネットとして副会長の座を残しておきたかった。


「でも、良いのかい?今の所会話すらしたことがない彼女を何の脈絡もなく副会長に指名すれば、それこそ意味が出ちゃう思うけど」

「その時はその時だ。もっともらしい理由、例えばジルに頼まれたことを説明材料にしてもいいし、いっそ開き直って想いを伝えることもできる。それよりも問題なのは、彼女に断られる可能性だな」


 副会長に指名される側にも当然拒否権はある。エヴァンのせいでアンナが落選し、その上でアンナに副会長の指名をはね除けられれば、せっかく健常となったエヴァン心に新たなトラウマが生まれかねない。それがエヴァンが考えている最悪のシナリオである。


「ぷふっ、まさか君が女子にフられる心配に悩まされるなんてね」

「別におかしいことではないだろう。客観的に見れば僕は女子に人気があるのだろうが、万人受けする振る舞いをしてきたわけでもないし、僕のことを好ましく思わない人だって大勢居るはずだからな」


 エヴァンはこれまでの学校生活を思い返す。

 巷では完璧超人などと呼ばれているが、エヴァンは自身対するその評価は過分だと思っている。少なくとも、対人関係においては完璧からは程遠いものだ。

 幼くして天涯孤独となったエヴァンは、人間が幼少期に受けるべき愛情を欠乏し、他人に対する情を感じにくい人間に育った。だから、どれだけ取り繕おうにも、他人に冷たく当たってしまう場面は幾度もあったのだ。顔と成績の良さに助けられ、『クール』として美点に数えられることもままあったが、まともな判断能力を持つ者が見ればその欠点など一目瞭然だとエヴァンは捉えている。


「断るほど君のことを嫌っている生徒は居ないと思うけどねえ。ま、僕のことなんかキープで良いから、どうするかはじっくり考えなよ」

「……悪いな。気を遣って副会長に名乗り出てくれたのに」

「言うほど気は遣ってないさ。君の恋路がどうなるかを見届けたいのは本音だからね」


 クリントはおどけた調子で笑って見せる。いつも思い詰めた顔でひたすらに学業に専念していた友人が、年相応の男子の想い煩いを抱えてくれたのだ。面倒臭がりなクリントも、今ばかりはエヴァンの手助けを惜しむ気になれなかった。


 こうしてクリントによるカウンセリングが無事終了し、エヴァンの心の重石は少しばかり軽くなったのだった。


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