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1.弱点

 そこには明白な実力差があった。身体のバランスの取り方、剣を振り抜く速さと力、そして相手の動きを読む洞察力に至るまで。

 しかし、エヴァン・ザッカリアの剣が模擬戦の相手の肉体に届くことはない。この模擬戦は相手の体に剣の刃が触れれば勝ちであり、剣は刃が潰されている上に多少の怪我は控えている回復魔法使いの生徒によって即座に回復されるにもかかわらず、エヴァンは寸前で剣を引っ込めてしまう。


「くっ、舐めやがって!」


 その不自然な動きを察知した対戦相手の男子生徒は、馬鹿にされているのだと思い込み、こみ上げた怒りを全て剣に乗せ、エヴァンに振りかざした。

 当たれば摸擬戦用の剣であろうと大怪我をしかねないその一撃、しかし、次の瞬間には男子生徒の剣は宙を舞い、カランと地面に落下していた。


「くぁっ!?」


「勝者、エヴァン・ザッカリア!」


 審判をしていた兵士科の教師が、無駄に勇ましい声で高らかに宣言する。男子生徒の剣が弾き飛ばされ、剣を持っているのがエヴァンだけになり、これ以上の戦闘は不要だと判断されたのだ。

 エヴァンは激しく打ち合った後にもかからわず呼吸を一つも乱さずにその宣言を聞き届けると、対戦相手の様子を確認してから安堵の息を一つだけ吐いた。


「舐めていたわけではなく、新しい戦い方を試させてもらっただけだ。不快にさせたのなら謝る」

「こ、このぉ……!イケメンな上に剣術も魔法も勉強もトップなお前が、更に負けた奴に気遣いまで見せるとか、どこまで完璧なんだよぉぉぉぉ!」


 器の差を見せつけられ、男子生徒は悔しさのあまりベソをかきながら演習場から飛び出していった。


「ああエヴァン様、剣を振るう姿が洗練されていて麗しい……!」

「相手の剣を弾き飛ばして勝つなんて、もう達人よね!」


 校舎の窓から別の科の女子生徒たちが頬を緩めながらエヴァンの戦い様を鑑賞していた。が、彼女たちも授業中であり、授業に集中するよう教師に叱られる羽目になった。教師も既に何十回も同じ注意をしており、最近は効き目の無さにうんざりし始めているところではあるが。

 何しろエヴァンは、平民であるにもかかわらず、『凍土の王子』などと呼称されるほどにモテているのだ。端正な顔立ちと華麗な戦闘動作は多くの女子生徒を魅了し、全く笑わない冷ややかな面すらも『クール』だと良く受け取られてしまう程だ。ちなみに、『凍土』というのはその『クール』さと、彼が土属性魔法の使い手であることに由来している。

 そんな周囲の視線も知らず、エヴァンは凛とした表情でその場を立ち去る。


(これで今年度の模擬戦は最後。後一年、一年耐え抜けば……)


 心の中ではそんな苦悩に満ちた自己励奮の言葉を浮かべながら。


 これは、文武両道、才色兼備な生徒、エヴァン・ザッカリアの学校生活の一部分を切り取った物語である――。





 エヴァンは赤色が嫌いだ。

 彼が10歳の時、冒険者だった両親の二度と魂の宿らない肉片と化した姿を目してしまった。

 十分な稼ぎを得て暮らしやすい王都で悠々自適に生きる冒険者にありがちな、腕の低下による凡ミスからの死である。かつては名を馳せた一流冒険者であっても日頃の訓練を怠れば当然腕はなまる。

 エヴァンの両親も、かつての栄光を過信し、気紛れに高難易度の依頼を受け、王都近郊のダンジョンであっけなく魔物の餌食となってしまった。

 他の冒険者によって持ち帰られた遺品と遺体は唯一の遺族であるエヴァンの元へ届けられる。血と肉の塊でしかなくなった両親の姿が幼い子供にどれほど深刻な影響を与えるかなど考えられもせずに。

 それ以来、彼の目に映る赤という赤は全てどす黒く変色し、吐き気を催す悪臭と共に脳内を埋め尽くしてしまうようになったのだ。


 そんなトラウマを抱えたまま、彼は15歳を迎えた。15歳になった後の最初の年始、全ての人類は神の代行人である神官から身分証と共に職業の啓示を授かる。神によって任命される職業は正しくその人の天職であり、真面目にその職業の道を歩めば食いはぐれることはない。

 エヴァンも、冒険者や兵士のような危険と隣り合わせで血を見るのが明らかな職業でなければ、何であれ真っ当にその道を歩もうと考えていた。


 しかし……。あろうことか彼に与えられた職業は、兵士だった。

 神はその人に最も合った職業を与えてくれる、だから大丈夫。そんな希望も空しく、エヴァンは神に見放されていると嘆くしかなかった。

 身分証に記された職業以外に就くことは禁じられている。

 別の職業に就く為の救済措置として、『強い意志をもって特定の職業になることを神に願う』という手段もあったが、残念ながらエヴァンには『血を見る職業でなければいい』という消極的な願いしかなく、神に届くことは決して無い。

 そんな打つ手無しの状況下に置かれても、エヴァンは必死に解決策を見いだそうとした。その結果思い付いたのが、『兵士であっても血を見ることの無い』身分になるという手段だった。

 兵士の仕事は国の治安維持で、有事の際は最前線に立ち危険から国民を守ることが要される。その危険が人であれ魔物であれ、血を見ないというのは難しい。

 それでは血を見ない兵士の身分とは何か?その答えは、王族の身を守る『王室近衛兵』である。常に王族の側に控え、いざという時に戦い身代わりとなってでも王族を守るのが役目であるが、このアースウィン王国の歴史において近衛兵が戦闘を要するような事例は一度も起きていない。エヴァンはそこに活路を見出した。

 近衛兵になるには、兵士になるための職業学校の兵士科を、成績がトップの状態で卒業する必要がある。

 だからエヴァンは学校入学直後から、死に物狂いで勉強と訓練を重ねていった。卒業までの3年間さえ耐え抜けば、この『赤のトラウマ』に苦しまされることも無いと信じて。

 そうして、エヴァンは座学・実技共に兵士科トップの成績を誇るまでになり、周囲からは『完璧超人』と評されるまでになったのだった。

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