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6.ひっくり返す0.03と、掘り出した5,000,000,000

 曾お祖父さんから叔父様たちまで華藤の歴史を語り終えた頃には、ランチタイムは終了していた。

「あ、もうこんな時間。お仕事は大丈夫?」

「今日は半休を取ってきた。心配ない」

 あら、そうだったんだ。

「出来ればこのまま君の祖父上――大伯父とも話したいと思っているんだが、大丈夫だろうか?」

 お祖父ちゃんと?

 うーん、まぁちゃんと正面から訪ねていけば、相手してくれるとは思うんだけど。

「お仕事の依頼人が来てたら後回しになるけど、それで良ければ」

「もちろんだ。君と大伯父とは1度腹を割って話し合わなければならないと思っていたんだ。いくら血筋的には親戚でも、今までなんの係わりもなくなく過ごしてきたのに、いきなり我が家の事情に巻き込んで迷惑をかけていることは間違いないからな」

 あら、わかってたのね。

「それにこう言ってはなんだがな、華藤本家の事情についてある事ない事吹き込んだ連中にはほとほと困っているんだ。きちんと今の状況を理解してもらわなければ、結婚などしてもらえるわけがない。君はその辺りの感覚も実に真っ当な女性のようだからな」

 あらら、わかってくれてたのね。ちょっと意外だわ。

 てっきり、お金に頭が湧いたバカ女だとしか思われてないんじゃないかと。

「両親や叔父夫婦たちと会うのを拒否していると聞いたんだが、頼むから1度きちんと会って話を聞いてやってくれないか。渚叔母や和泉だって、本当はそれほど悪い女じゃないんだ」

「…」

「和泉の事は幼い頃から知っている。今でこそ我儘に振り切っているが、昔は明るくて皆に愛される可愛い女の子だったんだ。…曾祖父の遺言に1番振り回されて辛い思いをしたのは、和泉自身だと俺は思う」

 うーん。

「それは、そうかもしれないけど…わたしが本家の人たちと会うと、大抵誰かが横から入ってくるんだもの」

 そうして、なんだかんだと探りを入れてくるわ、あの人はああでこの人はこうだと延々聞かせようとするわで、ウンザリするのよ。

 ああ、そっか。

「面倒な親戚や昔からの身内って、あの人たち?」

「そうだな。なんだかんだ言って、会社を営む以上彼らを締め出すわけにはいかない。かと言って、結婚のような個人的な問題にまで我が物顔で口出ししようとするのは、こちらとしても腹立たしいんだが…まったく、この時代になにを考えているんだか」

 そうよねぇ。

 あの人たちにしてみれば、本家の次代が誰になって、どんな配偶者を迎えるのかってことが、死活問題に思えるんでしょうけど。

 実際、もうそんな時代じゃないでしょうに。

「わかったわ。従兄弟たちはともかく、叔父様たちとはきちんと話し合ってみる」

 余計なチャチャはなしでね。

 そうじゃないと、この先何の進展も解決もできない。多分。

「そうしてくれ、俺との――俺たちとの結婚はともかく、華藤の家も会社も潰すわけにはいかない。申し訳ないとは思うが、今は君という存在にすがるしかない状況なんだ」

 それが、厄介なんだけどね。



 それから。

 ファミレスを出たわたしたちは、そのままわたしの実家に向かった。

 そして、書類をバッサバッサさばいていたお祖父ちゃんと夕飯の支度をしていたお祖母ちゃんにに帰宅と訪問の挨拶をそれぞれ行い、状況の説明をするとともに、叔父さんたちと改めて話し合いたい旨を報告した。

 お祖母ちゃんには事前予告なしの帰宅に小言を言われたけど、そこはまぁ許してもらうしかない。

 自分はややこしい話に興味ないと、お祖母ちゃんはお茶だけ出してさっさとキッチンに引っ込んだ。

 わたしと浩和さんは、お祖父ちゃんの事務所兼応接間で向かい合って座る。執務机の椅子に座ったままのお祖父ちゃんにわたしの今の状況を知らせると、お祖父ちゃんも叔父さんや叔母さんたちとサシで対面することに賛成してくれた。

「それがいいだろうな、周囲の人間は多かれ少なかれ、何らかの思惑で動いとるはずだ。余人を交えずに意見を交わし合うことは重要だ」

 けど、その後しみじみと呟いた。

「ワシの身勝手が事の始まりと言えんこともないからな。桜には申し訳ないと思っとるよ」

 えぇえー、そんなことはないと思うんだけど。お祖父ちゃんの家出事情が、どうしてトンデモ遺言の元なのよ?

「結局ワシらの親父はな、子供たちが色恋で起こした騒ぎにウンザリして、あんな遺言を遺したんだ」

「…」

 叔父さんたちの暴走結婚次第は、再会してすぐ大叔父さんに教えられたんだそう。

「そうなんでしょうね。そして父や叔父たちが結婚するたびに、新しい親戚が出来て古い親戚連中がひねくれたんです」

 浩和さんがしみじみと語る。

 いやそれシャレになってない。

「今回のことで更に親戚が増えて、しかもむしろこちらの方が正嫡に近い。現状私の祖父が当主となってはいますが、本来貴方が華藤の後継者だったでしょう。だから分家の面々は桜さんを何とか取り込もうとしてるんです。うまく操ることが出来れば、華藤家の嫡流筋――ひいては華陽グループの実権を手にできると、まぁ完全に狸の皮算用を弾いているわけですが」

 なによそれ。

「んなバカな。例えわたしが又従兄(はとこ)たちの誰かを選んだって、ソレとコレとは別物でしょう」

 そうよ、華藤の次期当主が決まったとしても、企業のトップ争いとは違う。大体、結婚でCEOを決められてたまるもんか。

「華藤の当主には、華陽グループ各社の株式が一定数集まっている。誰が社長になってもそれなりの発言力はあるはずだ。なにより、臨時株主総会をいつでも開ける立場にあることは大きい」

 はい?なんか突然話が大きくなったような。

「取締会議で決定されたことでも、ひっくり返される可能性があるということだ」

「確か『総株主の議決権の100分の3以上の議決権を有する株主は、総会招集を請求できる』だったか。確かにその位の株は遺産の中に入っているはずだな」

 お祖父ちゃんまでもが、怖い事実を告げる。

 それじゃあわたしが華藤の誰かを結婚相手に選んだら…。

「もしかして、わたしの選択で日本有数の大企業グループが本当にひっくり返るってことも、あるの?」

 そりゃあ今までさんざん言われてはきたけど、なんて言うか、結婚と会社は別物だっていう意識がどっかにあった。

「ある――かもしれないが、可能性は低いだろうな。だが、例えそんな事態になったとしても、君が気負うことじゃない。実際に会社を運営している面々が負うべき責任だ」

 浩和さんはきっぱりと告げる。

「ようやく成人したばかりの女子大生がそんな心配をしてどうする。曾祖父の遺言で少々面倒なことになっているだけで、会社経営は社会人になった大人の仕事だ。そんなことを気にして、自分の人生をないがしろにするんじゃない」

 驚いた。

 一応とは言え、自分と結婚して欲しいと言ってきた男が、こんなまるで逆なことを吐くとは思わなかったわ。

「じゃあ、あなたのプロポーズは断ってもいいの?」

「それについては、一考して欲しいところだが。俺としても君との結婚については実感を伴っていないと言うか、業務の一環としてのような気分で申し入れたところがあってだな」

「言ってることが滅茶苦茶なんですけどー」

「すまない、よく考えなくてもその通りだな」

 なんか身の置き所がないみたいな、本当に困った有様の御曹司。

 あーあ、でもさっき言われたことはなんかこう、身につまされるわ。

「あのさ、その人生をないがしろ云々っていうのは、もしかして貴方が誰かに言われたセリフなの?」

 子供の頃からトンデモ遺言に振り回されてたこの人に、もしかしたら助言してた人がいたんじゃないのかな。

「ああ…祖父も父も叔父たちも、皆そろって同じことを俺たちに言った。曾祖父の遺言自体は如何ともしがたいが、必ずしもそれを順守する必要はないと」

 恋愛に暴走した人たちだものねぇ、そういう反応が当然っていえば当然か。

 あれ、そうすると。

「ねぇ、もしなんだけどさ。わたしも和泉さんも、貴方たちの誰とも結婚しませんってことになったら、曾お祖父さんの遺産とやらはどうなるの?って言うか、今現在どうなってるの?」

 その質問は又従兄だけじゃなくて、お祖父ちゃんにも呆れられた。

 てっきり弁護士先生か木下さんあたりから聞いているものだとばかり思われてたらしいわ。

 しょうがないじゃない、華藤の本家に乗り込んでからこっち、正に怒涛の展開で、話について行くのがやっとだったんだから。

 で、改めて聞いたところによれば。

 今現在曾お祖父さんの遺産は凍結された状態なんだそうな。亡くなって以来、20年間ずうっとね。

 と言ってもよく聞けばその内容とやらは、ほとんどが銀行預金と有価証券。

 土地なんかの不動産物件は別枠で遺産相続されてて、既に大叔父さんや会社の名義になってるんだとか。

 で、女曾孫が華藤の誰も婿に選ばなかった場合、そのお金は各種慈善団体・医療機関・研究施設に寄付されるんですって。

 会社の株もしかり。売却されて、寄付対象。

 個人資産としては破格のものだけど、まぁそういう風に分けてしまえばそこそこだそう。

 会社の株式が欲しいという人たちは、その時点で自前で贖えってことらしい。なんかもう、曾お爺さんの性格がうかがい知れるというかなんて言うか。

 でも、もしもわたしたちが先代の男曾孫を誰も選ばなくても、なんとかする道筋はできているってことを知って、ちょっとホッとしたわ。

「じゃあ、無理に貴方たちを結婚相手にしなくても大丈夫なのね」

「…まぁ、君や和泉の側から見ればな」

 なによ、そりゃ貴方(おとこひまご)たちにしてみれば、次期当主への当たり籤(ちかみち)を逃すことになるんでしょうけど、その気があるなら自力で天辺取ればいいだけじゃない。

「いや、問題は他にもあるんだ」

 ん?他?

「曾祖父の遺産は金や株式だけじゃない。会社はともかく、華藤の後継者は飽くまでも身内の中での問題だ。しかし、世間の――特にその筋の連中が血眼になって行く末を窺っている遺産は別にあるんだ」

 はい?

「結婚で相続人が決まる遺産が、他にもあるってこと?」

「そうだ。むしろそっちの方が高額だ」

 なにそれ。だって、聞いた話じゃひいおじいさんの遺産は預金にして十数億で、株価を合わせるとその倍って聞いたわ。

 それ以上って、一体…。

「時価にして、最低でも50億以上にはなるはずだ。今はその筋の保管施設にしまわれているが、相続が決まった途端に開放されるはずだから、すぐに目当ての連中が群がるだろうな」

 な、なんですってぇ?!


「あの、50億って、どういうこと?」

「曾祖父が生前所持していた美術品の総額だ。亡くなる少し前に鑑定されて、当時の査定でそれだけの価格が出た。20年経っているから今はかなり変動しているだろうが、価値が下がっていることはまずないだろう」

 …気絶していいですか。

 飛びそうになった意識をなんとかつなぎとめて、しれっとしてる又従兄に問う。

「ひ、曾お祖父さんは美術品の収集家だったの。それにしたって、なんでそこまで高い買い物をしてたのよ」

 いくら日本有数の大企業を経営してるったって、限度があるでしょうが。

「ああ、そりゃ違うだろうな」

 お祖父ちゃんがしみじみと呟いた。

「違う?違うって、なにが」

「ワシらの父親はな、あれで大した目利きだった。しかし、金にあかせて高額の品を買い漁るような真似はしなかった。ま、やろうと思えばやれただろうが、既に他から評価されて飾り立てられているようなものは好かんかった。むしろボロ小屋の片隅で埃をかぶっているようなガラクタから掘り出し物を発掘する方を好んでいたな」

「はぁ…?」

「多少なりとも時間ができると、作業着やシャツ姿で骨董市へ行ったり、引っ越しや解体する古民家の片づけ作業に立ち会って、昔ながらのなにやらをかき回すのを楽しみにしとったよ」

 つ、つまり。

「曾お祖父さんは、物凄い値打ちものをタダ同然で手に入れてたってこと?」

 それはすごいことなんじゃないの。

「どうだろうな。ワシが物心つく頃には、子供の小遣い程度の金で、博物館クラスの代物を手に入れていたが、若い頃からだったかどうかまでは知らん。それに、父の道楽を知った者たちで、金に困っているような輩は先祖伝来のナニソレとかいうものを、良く売りつけに来ていたからな。そういう物に金を出す場合は、さすがに低価格とはいかんかったようだ」

 ま、ほとんどは贋作やら価値無しの代物だったようだがな、と、お祖父ちゃんは笑い飛ばした。

「そう言った掘り出し物より、曾祖父が見出した作家の作品が大きいんです」

 浩和さんが淡々と告げた。

「戦後、華陽が軌道に乗って以来、曾祖父は若い芸術家を何人も見出して、世間に躍り出る手伝いをしました。その中には、今現在大御所と言われる人も、世界的に活躍している有名人もいます。――確かその中の誰かが先日紫綬褒章を受けたはず」

 …大物スポンサーをつかむのって、すごいのね。

 お祖父ちゃんが、そう言えば過去にあった話だが、と告げた。

「ボロボロのアパートでパンの耳をかじっていたり、真冬の道端で穴の開いた服を着て震えていたような連中の才能を見抜いては援助していたな」

 すごいのは、曾お祖父さんの方なのかも。

「ええそうです。で、彼らの無名時代・下積み時代の作品を気前よく買い上げていて、成功してからは感謝を込めて寄贈されていた。曾祖父が遺言状を書くためにそれらを鑑定させたら、望外の金額が弾きだされた、と言う訳です」

 それが、50億円…とんでもないわね。

「曾祖父のコレクションは、戦後の近代美術に於ける金字塔だなどと言う者もいたほどで。もちろん、ガラクタの中から掘り出した値打ちものも含めて、一体誰がアレを相続するか、その筋の識者にとっては注目の的だそうですよ」

 あー、なんだ。つまりは。

 わたしや和泉さんが選択しなきゃならないのは、日本有数の大金持ち一族の次期当主ってだけじゃなく、御大層な美術コレクションの相続人も含むってことなのね。

「そんなものをもらってどうしようって言うのよ」

 少なくともわたしは興味ないわよ。

 いえ、価値ある美術品が嫌いってわけじゃないわ。綺麗なものは好きだし、絵も彫刻も素晴らしい文化だと思う。

 だけどそういう物は美術館とかショーウィンドウの向こうで見てこそ感心・感動できるってもんよ。

 いくつもの札束と引き換えに出来るような代物を自前で持とうなんて、とても思えない。

 自宅や自室に飾って楽しむ絵なら、もうちょっと気楽に扱えるのを選ぶわ。

「どうもこうも、ただ相続対象というだけだ。ただ、遺言状を担当していた弁護士が言っていたんだが、出来れば相続した金を遣って、美術館を建ててほしいと思っていたらしいな。相続条件にすると、却って嫌がられるかもしれないとかで記載されてはいなかったが」

「…もし貴方が相続したら、どうするつもり?」

「そうだな、俺もそれほど好きじゃない。確かめて気に入った作品を2・3点避けたら、曾祖父の希望通り個人美術館でも開催して、管理を専門家に任せるな」

 うわぁ、お金持ち発言。そういうことをサラッと言えちゃうあたりがなんとも凄いわね。

「売ったりはしないの?」

「余程強く希望されれば考慮するが、曾祖父がこよなく(いつく)しんだ物たちだからな」

 さいですか。

「じゃあその品々は、わたしたちが華藤の花嫁にならなかったら?」

「国内美術館に寄贈、あるいはオークション行だ。それで得た金銭は、各種美術振興会に寄付されることになっている」


 なんかもうわたしたちがゴメンナサイした方が、世の中感謝してくれるんじゃないかしらね。

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