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4.rock 'n' roll widow

「俺の母晶子が名家の出だということは知っているな。父親である先代当主は、娘をぜひ華藤の花嫁にしてくれと言って、母を連れて押しかけてきたそうだ」

 はぁ、なるほど。あちらからの縁談だったのね。

「再三断りを入れたにもかかわらず、全く聞き入れなかったらしい。あの家らしい話だが、とんでもない結果になった」

「浩一郎さんが晶子さんを気に入ったんでしょう。だったら、あちらも満足だったんじゃないの?」

「違う」

 え?何が?

「母は父の縁談相手に連れてこられたんじゃない。あちらの祖父が母を押し付けようとしたのは――父の祖父、つまり曾祖父の陽介だ」

「!…!?」

 名家って、何考えているのよ。娘の人生を一体なんだと。

「晶子さんって、お幾つでしたっけ?」

「父と同い年だ。当時は20代の前半だな」

「おじいちゃんと孫じゃない。それが、結婚?」

「曾祖母が亡くなってから、戸籍的には独身だったからな。寡夫になってから、そういう女性がいなかった訳じゃないらしいが、いわゆる粋筋の玄人ばかりで、華藤の家に入れるようなことはなかった。当人も再婚する気は皆無で、ましてや自分の息子より年下の妻などいらんと宣言したそうだが、欲に目がくらんだ奴に道理を説いても無駄だった」

 いや、あの…欲ってなに?。

「まして2匹目のドジョウを狙って縁談を持ちかけてくるような輩に、常識を期待する方がどうかしていたんだ、まったく」

 はい?

「2匹目の…なんですって?」

「ああ、すまない。そこから説明しないとわからないな。――当時20代前半だった母だが、実はその前に1度結婚していたんだ」

「ええぇー、バツイチだったってこと?」

 名家のお嬢様に、離婚歴があったなんて。

「いや違う――違わないか。早々に終わった結婚という点では同じだな」

 なんのこっちゃ?

「母は前夫とは、離別ではなく死別だ。高校を卒業してすぐ結婚して、3年――いや4年か、そのくらいで相手が亡くなった」

「つ、つまりここへ来た晶子さんは未亡人だったってこと?」

 えーっと、確か女性には再婚禁止期間があって、今は100日だけど、その時分なら確か半年。ってことは、晶子さんは大体23・4歳くらい…。

「それは、随分苦労されたんでしょうね」

 どんな経緯(いきさつ)だったか知らないけど、10代後半から20代前半でそんな状況なんて。

「苦労か。確かにそうだな、親に早々売り飛ばされて、本人にはまったく咎がないのに、不名誉な死に方をした男の妻だと勝手に蔑まれ、遺産は半ば取り上げられた挙句、余命わずかな老人をあてがわれようとしたんだ。それは大変なものだっただろう」

 いや…なんの…ことなの、本当に。

「あの…それって本当に晶子さんのこと?ドラマかなんかの粗筋じゃなくて」

「まごうことない事実だ」

「う、売り飛ばされて、不名誉な死に方って?」

「あの腐った一族のやり方が、最悪の形で噴出した結果だ」

 それって、貴方の親戚ですよねぇ。

「母の前夫は…」

 それなりに美味しい料理を食べているのに、彼の表情はとても苦い。

「殺されたんだ。いわゆる金と痴情のもつれとやらで、長年の愛人に刺されて死んだ」

「!」


 今から30年以上前、日本はとてつもない好景気に沸き上がっていた。

 その話はわたしも聞いたことがある。二束三文で買った土地が億単位のお宝に化けて、いろんな会社の株が天井知らずに上がりまくり、投資やらなんやらのマネーゲームで大金持ちがポコポコ生まれてた時代だったって。

 晶子さんは18歳でそんな好景気で儲けまくってた中年男に売り飛ばされた――いや、結納金や支援金目当てて結婚させられた。

 そこに否も応もない。この家で育ててもらったからには言うことを聞けと、無理矢理婚姻届けにサインさせられたんだそうだ。

 相手は幼な妻より20歳も年上の再婚男。

 晶子さんの実家は何度も言うように歴史のある名家だから、昔から所有してるけど使ってない土地がかなりあったそうで、名家の由緒とそんな余剰土地目当てで晶子さんを望まれたんですって。

 その男は確かに商才があったようで、持ってはいるものの使い道も価値もないと思われてた土地をうまく使って妻の実家にも大いに利益をもたらした。

 ところが。

 1990年から始まった総量規制による景気後退。いわゆるバブル崩壊で、なにもかもがパァになってしまった。何十年かぶりに贅沢をした名家は、先祖代々の土地をあっという間に失い、前より貧しくなってしまった。

 そして、晶子さんの夫は――。

「その男はかなり事業を縮小する羽目にはなったが、なんとか持たせていた。しかし、本人は良くても愛人にその手腕は無かったようだな」

「愛人って…若い妻がいたのに」

「元々その男は女癖の悪さで前の妻に愛想をつかされたような奴だったそうだ。母と結婚する前に何人かは整理したが、2人か3人は変わらず囲って店を持たせるなどしていた」

 酷い、女の敵だ。

「犯人の女は前の妻がいた頃からの仲で、1番長く付き合っていたそうだ。バブルで経営していた店が潰れかけて、パトロンに泣きついた。が、男は当時のご多分に漏れず自分もかなり苦しい状況で、とても余分な金を出す余裕はない。で、助けてほしいと訴える愛人に別れ話を持ち出した」

 最悪だわね。

「もちろんある程度の手切れ金は渡すつもりだったようだが、そんなもので何とかなるような状況ではなかった。で、話し合いをしていた店を出たとたん、キレた女に後ろからブスリとやられた」

 うわ、それは…。

「その後の混乱は――まぁ言わずもがなだろう。結局会社は畳むことになり、母は大分目減りしていたとは言え亡夫の遺産を相続して実家に帰った。が、そこで父親に住まわせてもらいたいなら金を寄こせと強要され、財産のかなりを取り上げられる羽目になった」

 晶子さん、なんて酷い話。

「そこであの家の連中は、娘をただ売り飛ばすだけでなく、相続によって財産をモノにできると悟ったんだ」

 なにその犯罪者クサイ考え。

「晶子さんを曾お祖父さんの嫁にって…2匹目のドジョウを狙うって、そういうこと?」

「そうだ。華藤の財産を狙ってのことだ」

 完全に今言う所の後妻業じゃない。

「本人に責任があることでもないのに、殺人などという不名誉な死に方をした男の未亡人だなんだと母を貶めて、家のために金をもたらせて来いと、金持ちの老人に引き合わされた。これがロクデナシでなくてなんだ」

 ロクデナシ以外の何物でもありません。はい。

「そんなバカどもの思惑は、父によって木端微塵にされたが」

 ああそうでした。晶子さんは結局同い年の男と結婚して今に至ってるんでした。

「あの、浩一郎さんは晶子さんとどこで…?」

「華藤の本宅だ」

 それって。

「当時の父は華陽商事に入社して3年目くらいの若手社員で、縁談こそ多くあったらしいが、結婚などまだまだ先だと仕事に集中している時期だった。ところが選りによって祖父の再婚相手にどうかと言って連れてこられた母を見て、一目惚れした」

 えーと…。

「結婚歴があるとか、前の夫は殺人だったとか――実家がとても面倒だとかも全て承知の上で母に求婚して、その勢いは周りをドン引きさせたと聞いている」

 それってどんな迫り方だったんでしょう。

「向こうの親御さんはどうだったの?お祖父さんじゃなくて跡取りの孫なんだから、結果オーライだと思うんだけど」

「とんでもない、あちらにしてみれば想定外もいいところだ。長生きしてもあと数年だろう老人と違って、まだ若い夫など自分たちが先に逝く率が高い。遺産をモノになど期待できるわけもない」

 そりゃそうだけど。

「さらに言うなら。当時の父は社主の跡取りとは言え平社員、自分の自由になる金など大したものじゃなかった、当主だった曾祖父とは桁が違う」

 確かに。華藤家は大金持ちだけど、そういう点では結構厳しいものね。

 華藤家に相応しいお金の使い方ってのも必要なスキルだとかで、高校生になると華藤家口座のクレジットカードを持たされて、使用状況を逐一監視されるようになる。

 携帯電話の使用料も、電子マネーなんかもそのカードに紐づけされてるらしいわ。

 現金が必要になったら、その都度申し入れして記録を残されるって言うんだから、徹底してるわよねぇ。

 高校生にして世間一般の人たちより裕福にお金を使えるわけだけど、高額に過ぎても安物過ぎても厳しく指導が入るって言うんだから、面倒くさい話よね。

 もちろんまずは親御さんが管理する。だけどその最終監視責任者は本家執事の木下さん。もし彼がこれはマズいと判断したら、かなり激しく叱責されてペナルティを課されるんですって。カードの使用停止とか、外出禁止とかね。

 社会人になれば、自分の収入分はアレコレ言われないけど、華藤家口座のカードを使用した途端、チェックが入るんだとか。

 当時はどんな管理方法だったか知らないけど、そりゃあ平社員の内には大したお金は使えないわね。

「それに、金持の年寄りは探せばいくらでもいる。だから向こうはどんなに父が頼み込んでも母との仲を認めようとはしなかった」

 嫌な話。

「が、そんな無茶は若い者にとって腹が立つだけだ。なにより父も母も当時すでに成人済みの大人で、結婚に関して親の了承が必要な年でも収入無しでもなかった」

「え?ってことは」

「母は結局父に絆されて結婚を承諾した。で、2人は勝手に婚姻届けを提出して、新婚旅行と称した駆け落ちを敢行したそうだ」

 うわ、それって既成事実の強硬じゃ。

「会社に有休をとって1週間の旅行の結果、第1子を授かって帰って来た。そのまま華藤の家に母は住まいして、実家と縁を切った」

 だ、第1子ってことは。

「あー、えー、つまりそれが貴方の出生の経緯(いきさつ)なワケ?」

「そういうことだ」

 な、なんつう無茶苦茶な。そりゃ確かに暴走だわ。

 晶子さんのご実家はさぞパニックになったでしょうね。2匹目のドジョウを狙ったら、大ウナギに餌だけ掻っ攫われたようなもんだわ。

 ま、娘をいいように使い回そうなんて考えるおバカには当然の報いなんでしょう。

 大叔父さんが引退した今となっては、浩一郎さんが華陽グループのトップ。いらない欲をかかずに結婚を認めていれば、さぞおこぼれがあったでしょうに。

 それにしても。

「あのー、どうしてそこまで親御さんの結婚事情をご存じなの?」

 普通、子供にそんなことベラベラ喋んないわよね。

 浩和さんは私の質問に、にっがーい顔で下を向いた。

「母の実家がな、俺が10代半ばから接触してくるようになった。母の後、力を入れた兄や妹娘が次々と失敗を重ねて、あの家は本当にヤバい状態になったらしい。で、縁を切った母や息子の俺にすり寄ろうとあの手この手で近づいてきた」

 はぇ?

 えーと、それって。

「それで事情を説明してくれたのね」

 すっごく分かるわぁ。だって…。

「ああ、あの連中の勝手極まりない理屈で勘違いされたら困るというわけで、一通りの説明をされた。――と言っても詳しいことは、後で木下が教えてくれたんだがな」

 あらー、あの執事さんが。

「あの人、確か長いこと華藤の家を管理してくれてるのよね。お祖父ちゃんも再会して感激してたわ」

 そりゃもう大叔父さんと同じくらい。

「そうだな、華藤の家は木下が支えてくれているようなものだ。長いどころか、父親の代から華藤に尽くしてくれている」

「はい?」

 お父さんから?いつの時代の話なのよ。先祖代々○○家にお仕えするナントカ~みたいな話?

「あのな、木下は執事だが、弟は華陽グループの中でもかなり大きな会社を任されている社長だぞ。いや、もっと言えば俺たちの祖父兄弟は、木下の父親に育ててもらったと言っても過言じゃない」

「えぇぇー!?」

 今日は一体どれだけビックリすればいいんだろう。

「木下の父親は、戦災孤児だったそうだ。父親は戦死、母親は空襲で亡くなり、浮浪児になって生き延びていた」

 …当時はよくあったのかもしれないけど。

「終戦直後、夫が帰って来る前の曾祖母がそんな彼を拾った。その辺りの経緯は今となってはわからないが、以降華藤で木下(父)は働いて暮らすようになった。――昔で言うところの丁稚奉公みたいなものだったと言っていたが、要は曾祖母聡子を助けてあれやこれやと駆けずり回ったわけだ。その中には、まだ幼かった双子の世話も含まれていた。丁稚というより子守だな」

 確かにあの時代、幼児2人を抱えて店も守るなんて至難の業だもの。助けてくれる人は必要だったんでしょうね。

「当時は物資も少なくて、危険な――いわゆる闇市にも行かなくてはならなかった。そんな時、結構目端が利いたらしい彼は重宝されたそうだ」

「それは確かに大事な人材だったでしょうね」

「やがてボロボロになりながらも曾祖父が戻ってきた。そして彼の勤勉さと優秀さを認めて、中途で止まっていた学業を再開するように勧め、結果木下の父は高学歴を得て正式に華陽商事に採用された。最後には華陽グループの中でも大きな会社を興して、曾祖父から祖父までの代を支えてきたんだ」

 なんと、あの執事さんは大物の御曹司だった。

「本人は今、高齢で専門施設に入っているが、息子2人が本家の執事とグループ内大手企業の社長として、華藤を支えている。特に執事の兄は、云わば華藤の生き字引だ。ここ数十年にあった我が家のことを、裏も表も知り尽くしている」

 なるほど。お祖父ちゃんたちの横恋慕・家出ルートも、叔父さんたちの暴走恋愛事情も完璧に把握していると。 

 そりゃ確かに生き字引だわ。

 その上、資産を管理してる立場となれば、華藤であの人に逆らえる人なんていないでしょうね。

 あ、わたし思いっ切り反撃しちゃった…。

 もしかして最初っからあの人を味方につけていれば、ここまで振り回されずに済んだのかもしれない。

「言っておくがな、木下は厳しいぞ。簡単に篭絡できると思うなよ」

 うっ…考えを読まれたわね。釘を刺されてしまったわ。

「わかってます。でも、叔父様たちの結婚に至るやらかしを貴方に教えてくれたのは、木下さんなのね?」

「まぁな。当時は俺も従弟たちも色々と鬱屈したものがあったしな。母の実家のことがなくても、長男である俺には教えておかないとマズいだろうと判断したらしい」

 ああ。

 そうよねぇ、考えてみればあの遺言に振り回されているのは、この人達又従兄連中だわ。

「物心もつかない内に、変な遺言で人生をへし曲げられたんですものね。ご愁傷様。せっかくの青春時代に、恋愛もまともにできなかったんじゃない?」

「…まぁそれに関しては、色々物申したい気はあるが、決してそういう意味で縛り上げられてたわけじゃないぞ。人を好きになるのに強制はできないと、誰よりも祖父自身が知っていたからな。遺言のことはともかくとして、恋愛するのを禁止にはされなかった」

 あら、ってことは。

「誰かとお付き合いしてた経験はアリなんだ」

「まぁ、それなりには。だが今は誰もいないぞ、そうでなければ君に求婚なんてしない」

 いや、そう慌てて言わなくてもいいってば。

 まぁソレはソレとして。

「浩一郎さんの事情は分かったけど、三千彦さんは?末っ子なのにお兄さんの宗次さんより先にそういう問題を起こしたの?」

「ああそうだ。先にどころか、父より前、3兄弟の中で真っ先に大騒ぎを起こした。父の結婚事情が暴走だとすれば、三千彦叔父のソレは爆走だ」

 なに、それ?

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