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3.Twins, brothers and, Brides

「何と言うか…したしないという問題じゃなくてだな、要は自分が担うはずだった責任を、まるっと弟に押し付ける結果になったことだろう」

「は?」

 わたしが心底わからないといった態度だったからだろうか、浩和さんは大きく溜息をついて、顔を上げた。

「少しは不思議に思わなかったのか?君の祖父は双子とは言え長男だ。本来なら華藤の家を継いで、会社の社長になるべきは、彼の方だったはずだぞ」

「あ…」

「しかもだ、家を出たその後、まったくと言っていいほど実家と係わろうとしなかった。連絡すらロクに取らず、冠婚葬祭の全てを無視して生きてきている。――50年もだ」

 言われてみれば。

 わたしは父方の親戚がいるなんて、お祖父ちゃんに頼まれるまで全く知らなかった。

「父親の葬式にも母親の法事にも一切出席せず、葉書の1枚も寄こさない。もしかしたら、兄弟にしかわからない連絡方法があったのかもしれないが」

「お祖父ちゃん、なんでそんな…」

 この世で一番よく知っていると思っていた人が、全く知らない面を持っていた。

 なぜかそれがとても怖い。

「そんな顔をするな。家族に黙っていたのは無理もない」

「え?」

「要は照れ臭かったんだろう。弟の恋を成就させるために、身を引くどころか何もかもを渡すことになったなんて、身内には言いづらいだろうからな」

「はぁあー!?なにそれぇ?」


 私の祖父、華藤(わたる)と大叔父の(かける)は双子として戦争の最中に生まれた。

 祖父の渉は大学の法科を卒業後、20代半ばで家を出た。

 その前年に母の聡子さん(曾お祖母さん)が亡くなって、彼はかなりの遺産を相続してたんですって。

 彼女自身の功績とか節税のためとか色々あって、華藤の財産はかなり聡子さん名義になってたらしい。大半は曾お祖父さんが相続したけど、これまた税金対策とかで息子2人にもかなりのモノが譲られたんだとか。

 そのほとんどが華陽グループの株式だったけど、現金も1人で当面なんとかやっていける程度はあったから、若き日のお祖父ちゃんは既に成人していたことも相まって、面倒な実家の事業からさっさと逃げ出した。

 って、言われてたんだけど。

「その実、自分に来ていた縁談の相手を弟に譲った――ってこと?」

「そういうことだ。今の時代ではあり得ん話だが、祖母は()()()()()()との縁談で連れてこられた。しかし蓋を開けてみれば、長男ではなく次男と惚れ合って、さてどうする?兄を蹴落とすか駆け落ちするか、というところまで追いつめられていたらしい」

「随分と情熱的なことで」

 あの大叔父さんがねぇ。いかにも大物って感じの印象しかなかったけど、そうか、若い頃にはそんなロマンスがあったのね。

「君の祖父はそれにいち早く気づいて、弟の恋路を応援するべく出奔したんだ。正直そこまでやらなくてもよさそうなものだが」

「いえ、それ多分自分のためでもあったと思うわよ」

 お祖父ちゃんはとにかく人に要らない指図されるのを嫌がる。我儘っていうのとも違って、自分が納得するまであきらめないって言うか、あるべきものがキチンと収まらないままに、誰かの都合で有耶無耶にされたり誤魔化したりが嫌いだ。

 たとえはっきり表に出せないようなことでも、まず一通り精査してから隠すべきところは隠すって感じね。その辺は年の功とでもいうべき腕があるわ。

 だからこそ法律関係の事務所なんてやってられるんだと思う。

 でも自分や身内が係わることに、要らない口出し手出しされることを本当に嫌がるの。って言うか、善意と悪意を見分けるのが本当に上手い人だからね。

 企業経営なんて、上になればなるほどある程度は融通を利かせなきゃやっていけないから、きっとそれが嫌だったんじゃないかしら。

 それでなくても一族経営、後を継いだら公私にわたってあーだこーだ言われまくりの人生になったはず。

 絶対お祖父ちゃんには無理だわ。

「…なるほどな」

 わたしの祖父評価を聞いて、浩和さんはまたもや大きく息を吐く。

「で、大叔父さんはその恋とやらを成就させたわけ?」

「ああ、その譲られたご令嬢というのが俺たちの祖母、佳代子(かよこ)だ」

「良かったわねぇ。お祖父ちゃんも自分の人生を生きられて、万々歳ってことじゃない」

「…実際結婚するまでには、また色々あったみたいがな。兎にも角にも祖父と祖母は結ばれた――が、ここでまたしても面倒が出来た」

「あらら」

「祖母の実家はまずまずの財産家で、経済的な問題は一切なかったが、ロクでもないはみ出し者というのはいるもので、先代の弟とかいう義理の叔父が何かと危険な輩だったらしい。最後は絶縁されて消息不明になったそうだが、それまでに姪である祖母にかこつけて、華藤に金の無心やら危ない事業への投資やらを持ちかけてきたそうだ」

 うーん、金のある所に擦り寄ってくるバカは後を絶たないわよね。

「消息不明って、未だに生死もわかんないってこと?」

「まぁそうだな、少なくとも俺達にまでは話が通ってこない。かれこれ40年近く連絡がないらしいから、おそらくもう生きていないだろうとは言われているが」

 うーん、お金をせびって生きていた人が、成功の噂もなくたかりに来てないってことは、あまり生存は期待できないでしょうね。

「まさかとは思うけど、大叔父さんが裏から手を回して――なんてことはないわよねぇ」

 いや、カネも権力も…後ろ暗いコネもありそうな人だから、ちょっと穿って見てしまったわ。

「それはない。祖父ならそういう手は使わず、真正面から叩き潰す。――ただ」

 ただ?

「祖母に惚れ切っている祖父のために、要らない気を回しそうな者たちなら、いるな」

 あー、えー。それって、子飼いの誰かさんが、勇み足とか…。

 いや、やめとこう。これ以上は妄想の域だわ。

 どうやら浩和さんも同じ結論に達したらしい。わたしたちは同時にぐいと飲み物をあおって、息を吐き出し合った。

 そしてしばしの間の後、浩和さんの話は次に進む。少々強引に。

「で、その後が親父たちだ」

 あ、浩一郎さんたち3兄弟。

「叔父様たちも、なんかあったの?」

「あった。あったからこそ昨夜はあの従妹にウンザリさせられ、和美は我儘放題のバカ娘に成り下がった」

 いやあの…それはさすがに言いすぎなんじゃ。

「親戚・身内と言うのはとどのつまり婚姻によるつながりが(もと)だ、兄弟姉妹もそこから始まっている。だから曾祖父は取り合えず一族の中で結婚させて、これ以上血筋の面倒が広がるのに待ったをかけようとした」

 はぁ、そうなんだ。

「その結果が今の有様だ。このままだと華藤は崩壊しかねない、だから君という存在が救いなんだ」

 と、言われましてもね、無理なものは無理なのよ。



 そこで料理が到着した。

 ウェイトレスさんがランチを配膳してくれてる間、私たちは無言になった。でも間に漂う緊張感は消えない。

 カップルには見えないでしょうね。一応プロポーズもどきはされてるんだけど、それを言ったらビックリされるに違いないわ。


 ごゆっくりどうぞ~、と言ってワゴンが離れていく。

 取り合えず、目の前の皿に乗ったハンバーグに取り掛かることにして、わたしたちの会話は止まっている。

 だけど頭の中は、浩和さんが言った“救い”についてフル回転してる。

 わたしは――。

「救いになれるかどうかなんてわかんないんだけど、わたしはこれ以上振り回されたくないっていうのが正直なところよ」

「…そうだろうな」

浩和さんはまたもや重いため息を吐いた。

「本当に済まないと思っている。君にしてみれば、突然の災厄に見舞われたようなものだろう」

 あら、意外。

「そう思ってくれるのね。他の皆さんはこんな幸運(ラッキー)はないだろうって、含み笑いしてたのに」

 今まで縁のなかったセレブ生活に招かれたんだから恩に着ろよとでも言いたげな有様だったわ。

「次男夫人の渚さんより、いい目が見れるだろうって」

 浩和さんの背中に、ズンと重いものが乗っかったようなマボロシが見えたわ、一瞬。

 さすがに渚さんの名前は破壊力が強いみたいね。

「渚叔母か…華藤に嫁いできたせいで…」

 ん?それって。

「渚さんって、義理の姉妹たちとの確執が原因で、大分はっちゃけたって聞いたんだけど」

「誰が言ったんだ。――まぁ、全く違うとは言わないが、大分誇張されてるぞ」

「そうなの?」

「ああ、そもそも渚叔母が母や夏希叔母と揉めたことはない。むしろ仲は良い方だ。問題は、周囲の連中が嫁たち3人をいちいち比較することだ」

 華藤の長男浩一郎さんは何代も続く名家のご令嬢、次男の宗次さんはごく一般家庭の娘、三男三千彦さんは名を馳せた女性実業家。

 こうして並べてみれば、確かに宗次さんの妻渚さんは他の2人比べて見劣りする。経歴的に。

「宗次さんはどうして渚さんと結婚したの?」

「まぁ確かに知らなければ不思議だろうな。ぶっちゃけ恋愛結婚だ」

 あらま。でもまぁ当然って言えば当然か。

 あの世代の人たちなら、さすがに政略結婚なんて時代遅れだったろうし。

 ただ、華藤の御曹司と普通の女性が、どうやって知り合ったんだろう?

 疑問が顔に出てたみたい。浩和さんは特に躊躇もなく話してくれた。

「実家は人気の居酒屋で、親を助けて働いていたらしい。そこで宗次叔父と知り合って、結婚した」

「じゃあ渚さんはマジで玉の輿(シンデレラ)だったんだ」

 居酒屋の娘が大金持ちの妻になんて、女なら1度は憧れるパターンじゃない。

「そうだな。だが知っての通り、彼女の苦労は結婚してから後だった。宗次叔父を狙っていた分家筋の連中が、こぞって彼女に嫌がらせをしたんだ」

「…それはちょっとどうなの」

「そんな中、先に嫁いでいた義姉と義妹が味方になって、彼女の立場を守っていたところがある。あの3人は、生い立ちも性格も全く違っているが、1周回って気が合う間柄なんだ」

 人ってわからない。

 でもそう言えば、叔母様たちからはお互いの悪口なんて聞いたことがない。他の分家筋の人たちからの評判ばっかり耳に入って来てたわね。

「大体親父――いや父たち3兄弟は、揃いも揃って面倒な恋をして、相手の迷惑も周囲の戸惑いも気にせず押しまくったんだ。最後は『もう知らん、勝手にしろ』と匙を投げられて結婚までこぎつけた」

 はぇ?なんですかそれは。

 叔父様たちが、恋に暴走した人だって言うの?

 いやそりゃ誰にだって若い頃はあったんでしょうけど。

「その中でも宗次叔父は最後で、他の2人に比べれば随分穏やかなものだったから、格差結婚と言ってもさほど抵抗はなかったと聞いている」

「あの…敢えてお伺いしますが、浩一郎さんと三千彦さんは、一体どういう経緯で結婚を?」

 御曹司と飲み屋の姐ちゃんの結婚が、穏やかって…。

「親のやらかしを口にするのは気が引けるが、確かに君には聞く権利があるな。何と言っても、曾祖父の遺言は、主に父たちの結婚事情が原因に違いないしな」

 なんかますます不安になってきた。金持ちのやらかしって、怖い。

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