第93話 ボクのオモテナシとお見送り。
話はまとまり、昼食となる。
醤油ベースのトロミの加わった具沢山スープ、それに合わせた様に、少し硬めに作られたソッポイ家のパン、浸しながら食べると味が染み込んで美味しい。
アヒージョのオイルみたいって言えばイメージがつくかな?
ボクは狐鈴と和穂を連れて、サドゥラさんのテーブルで一緒させて貰う。
「昨夜は本当に良いものを見せてもらったよ、歌姫としても生活できるんじゃないか?
是非今度はヤラタとラナトゥラにも実物を見せてやりたいな」
サドゥラさんはそんな冗談をいいながら、笑顔を向けてくれる。
この方が、2週間前には自ら死に足を向けていた者とは誰も思えないだろう。
「ええ、それは勿論です。
歌……は別として、本当に素敵な衣装でした。成功の要はこの衣装だと思います。おかげで大事な役目をこなす事ができました」
「いやいや、アキラさんの自身の素材と歌が魅力を引き立てた、服は飾りだワシはそう思っているよ」
「ありがとうございます」
すると、サドゥラさんが何かを思い出したかの様に、突然真顔になる。
「そうそう、昨日は衣装の事が気掛かりで話す事を忘れていたのだが……」
そう言ってサドゥラさんは話を切り出す。
仕事に対して本当に真剣な方なんだなって改めて思った。
もっとも、ラナトゥラさんの失踪までは貴族の衣装作りをも請け負う様な方なのだから当たり前なのかもしれないけど。
「先日、ソーニャさんが店にやって来たんだよ。目が見えないのに、お供もなしでな」
「そうなんですか、元気にしていましたか?」
ボクはワーラパント男爵家で、死の直前で狐鈴によって命を繋げられた、少女を思い出す。
あの時は、両目をくり抜かれ、耳は削ぎ落とされ腱も切断され、恐怖のあまり白く色の抜けてしまった毛色、自らむしり取られた髪、血の滲んでいた姿の少女を直視できないでいたが……。
「ああ、抜けてしまった髪の色はそのままになっているが、少しずつ生え戻ってきていたな。
また装飾品を求めて、ご贔屓にしてくれてるよ。
それで、どうやって目も見えない状態で1人で来たのか聞いたら、仲間に案内して貰ったなんて言っていたんだよ。
店に入るなり、あちこちに体をぶつけて危なっかしい状態だったから手を貸す形になったんだけど……」
すると、こちらに耳を向けスープを飲んでいた狐鈴が手を止め、話に入って来る。
「そりゃ、そうじゃろ、ソナタの店にはラナトゥラの姿を見たり、話ができるように結界を張っておるからの。
いくらアキラの作った磁器を装着していても、普通の霊体では店内には入れんじゃろうて、外に閉め出された状態になってしまった様じゃ、店に入るなり仲間に頼れない盲目の少女に戻ってしまったのじゃ、次からはその様にちゃんと対応してやるか、外で話を聞いてやるとよい」
「なるほど……それで……悪い事してしまったな」
サドゥラさんは表情を曇らせ納得したようだ。
「聞けば、今狐鈴さんが言っていた磁器が、ソーニャさんと仲間を繋いでいるそうだな。
彼女等のように、ラナトゥラを近くに感じながら出かけられる様なアイテムがあるのならば譲ってもらえたら……って思っていたのだ……」
「ほむ、なるほどの。
ソーニャは目が見えないから、邪魔になる様な情報が入らない分、よりハッキリ周りにいる仲間の声を聞く事ができているのじゃ。
ソーニャ程ハッキリ感じることができるかわからないが、ワチもアキラが作るあの磁器が普通の者にはどう干渉されるのか気にはなるのぅ」
「ボクはサドゥラさんの力になれるなら、お手伝いさせていただきたいと思います。
ただ、知っておいて欲しいのは、誰の御霊にでも対応できる様な万能な魔道具の類ではなくて、対象になる方の遺骨が原材料のひとつになる創造品だという事です。
ソーニャさんの仲間の遺骨も、磁器製造の過程で失敗が生じ、随分ダメにしてしまっている事も事実なんですよ。
ヤラタさんと、本人さんと相談してから改めて依頼をしてもらえたらと思います」
おそらく、ラナトゥラさんは、昇天していない御霊だから、ソーニャさんの様に店から離れた場所でも、磁器を身につけていることで、ラナトゥラさんを感じる事は可能だと思う。
それに目が見える人にだったら姿も見える様になるのかもしれない……。
「分かった、この件はいったん持ち帰らせてもらうよ」
改めてサドゥラさんは微笑みかけてくれる。
「必要でしたら、この話はお受けしますからね」
ボクも改めてサドゥラさんに伝える。
サドゥラさんも頷く。
「ねぇ、狐鈴、リシェーラさんにならソーニャさんの目を治す事ってできるのかな?」
ボクは声をひそめて狐鈴に問いかける。
「無理じゃろうな、あやつもワチと一緒で神ではないからの……」
それはそうか……。
ボクは大きくため息をつく。
「アキラはどうして、そんなに他人の事に対して残念に思えるのかや?」
「そりゃ他人ではあるけどさ、誰かの欲の為に犠牲になって……身を削られて挙げ句の果てに、死と直面するような人が……救われないのはどうしようも無く悲しく感じるんだよ」
「……アキラらしい……」
隣に座っていた和穂がボクの頭に手を伸ばし、ワシワシと頭をなでる。
そんな光景を狐鈴はため息をひとつついて「しょうがないやつじゃの」と笑いかける。
食後、荷車が次々と列を作ってコロモンへと向かって出発する。
荷車から身体を乗り出した客人達は、手を振りながら「また来るぞーっ」と元気に言葉を残し去っていく。
ボクも「また会いましょうー」と手を振り返す。
コロモンの客人達は去っていった。
「さて、アタシらはもう少しだけ、のんびりするかー」
ナティルさんは頭の後ろで手を組んで、ユリファさん、ルーフェニアさんとワイワイしてる。
「なんじゃ? 一緒に帰るんじゃないのかや?」
狐鈴の言葉にナティルさんはニヤリッと笑い言う。
「そんな寂しい事言うんじゃねぇよ、アタシ達はアレで帰るから、夜中にでも出りゃ朝には追いつくわけよ。
アタシは日頃の疲れをしっかりと癒したいんだ」
ナティルさんは放牧されているゴーレム馬を親指で指して言う。
ははは、なるほどねぇ……。
「アキラさん、せっかくなので、この辺りでお勧めがあったら一緒してもらえませんか?」
ユリファさんがボクに声をかけて来る。
「良いんじゃない? 後片付けはアタシらがやっておくよ」
シルがボクに声をかけて、パーレンさん達のもとへと行く。
「そうですね、今朝入りそびれてしまったのでお風呂でも行きますか……」
ユリファさんは喜び、ナティルさんは苦笑いをする。
「何だ近場に浴場があるわけじゃねーのか?」
ナティルさんは、呆気に取られた表情で言いながら、森の小道を歩く。
「そんなに離れてないですよ。シルの自慢の作品なんですよ」
「ナティルさん、絶対好きなやつですよ」
ボクが答え、ルーフェニアさんが付け加える様に言う。
「へぇー、こんなとこに浴場があったのか」
脱衣室へと到着すると、ナティルさんはそんな感想を言う。
キョロキョロと室内を見回すナティルさんとユリファさん。
和穂はお湯を温めに制御室へと行く。
「先に行ってますよー」
ルーフェニアさんは、早々に服を脱いで、狐鈴の手を引いて浴室への扉を開いて入っていく。
「何だか、凄く綺麗な身体してましたね……」
ユリファさんは狐鈴の身体を見て、ひと言呟いていた。
「そうだな、昨日の見た目も気になってはいるんだけど、あの身体にとんでもない力が宿っているんだからな……」
2人の感想は違ったものを見ているかの様な表現だった。
「ユリファ、先に入ってなー。アタシはアキラと入るからよー」
ユリファさんは、ナティルさんに促されるまま衣類を脱ぎ、丁寧に畳んで浴室へと入っていく。
「えーっ! すごっ……」
ユリファさんの言葉を途中に扉が閉まる。
すぐに制御室から和穂が戻ってくる。
「おぅ、おかえり。
んで、アキラちょっと聞きたいんだけど、昨日に比べて何か喋り方が流暢になったんじゃないか?」
和穂からボクに向き直り、ナティルさんが言う。
「天使の加護ですかね、毎日皆と話がしたいって祈っていたら、今朝になって、何となくですが、わかる様になって……」
「ははん、なるほどね……アキラならそんな普通じゃ有り得ないような加護があってもおかしくもない、か……」
ナティルさんは頭をワシワシと掻き、豪快に上着を脱ぐ。
ナティルさんの背中にはいくつも傷がある。
そして右胸や、割れた腹筋にも大きな傷があった。
「あん? どうした、アタシと入るのが恥ずかしいのかい?」
ナティルさんは頬を指で掻きながら言う。
「いえ……たくましい身体だなって思って……」
「な……そんな風に、言われたことなかったな……」
ナティルさんは顔を赤らめる。
「はやく……」
ズシッと和穂がボクにもたれ掛かる。
「和穂は同性でもため息の出る様な、凄くエロイ身体をしてやがるな……」
ナティルさんは自分のアゴに手を当て、マジマジと見つめる。
和穂は恐らく無表情だろう。特に変わった反応はない。
「ナティルさん、ボクの方が恥ずかしいんだけれど……」
「いや、アキラも魅力的だよ、うん」
「まぁ、和穂に比べたら貧相ですけど……それじゃ行きましょう」
ボクは浴室の扉を開ける。
浴室から湯気が流れ込んで来る。
「へぇ〜、こりゃすげぇな」
ナティルさんは驚きの声をあげる。
狐鈴やルーフェニアさん、ユリファさんの姿は既になかった。
「ここはほんの一部なんですよ」
「ほほぅ、そいつは楽しみだ」
ナティルさんは目をキラキラさせる。
ボク達は最初に身体を洗う。
ボクはもう随分お湯の出し方に慣れた。
「んー、鬱陶しいなぁ……」
姫カットにしてから初めてのお風呂になったわけだけれど、頬に張り付く髪の毛が鬱陶しく感じる。
頭を軽く拭いてメガネをかけると、隣にはいつもライオンの立髪をイメージする髪の毛が全部濡れて、降りてしまい、刈り上げも隠れたナティルさんがコチラを見た。
「なんだ? アキラは風呂入る時もそれつけてるのか?」
「かけないと何も見えなくて危険ですから……って、誰かと思いましたよっ」
「うっせ、さっさと身体洗って湯舟に入ろうぜっ」
ナティルさんと話をしていたら反対側にいる和穂に肩をチョンチョン突っつかれる。
「アキラ……約束。身体洗って……」
ジッとボクを上目遣いで見つめる和穂。
「ん……了解。ナティルさん、ボク達は少し時間がかかりそうなので、良ければ先に皆のいる外で楽しんでいてください」
「本当、アンタらは仲が良いんだな」
和穂の尻尾を泡立てているボクの姿を見てナティルさんは苦笑いをする。
「おー、ようやく来たかー、確かにコレは凄えな。最高だよ、1日いても飽きねーだろう」
ボクが和穂を満足させ、内浴室から出てきたところを、ナティルさんが岩風呂からコチラへと声をかけてくる。
「ボクもそう思います。中々忙しくて実行に至らないんですけどね……」
ボクはナティルさんの前のデッキを通り過ぎ、ぬるめの場所より、岩風呂へ入る。
「これは本当に良いなー、ルーフェニア、交易当番アタシも入れてもらえないかな?」
「「ダメですよっ」」
ナティルさんの、発言にルーフェニアさんとユリファさんが声を合わせて否定する。
「ちぇ……ギルド休み作って慰安旅行で来るのも良いかもなー」
ナティルさんは顔を半分沈めブクブクとする。
「それいいですね、たまにはサブマスにもキッチリ仕事させましょうっ!
男と女と交代で休み取れば旅行だってできるじゃないですかっ!!」
ルーフェニアさんがザブリッと湯舟から立ち上がり、ナティルさんの元へと行く。
「アイツらじゃ仕事まわんねぇだろ」
「良いじゃないですか、たまには我々の有り難みを噛み締めればいいんですっ!!」
「ーーっ!!」
「ーーーーっ!!」
ユリファさんも加わり話は更に盛り上がる。
どこの世界も日常って大変なんだな……
あぁ、空が高い……。
ゆったりと雲は流れていく……。
名前も知らない鳥が飛んでいく……。
顔を撫でる風が心地好い……。
ボクは空を見上げたまま目を閉じる。
流石に昨日の禊の時の様に自然と一体化する感じはしない。
ボクの顔に影が落ちる。
「……ん?」
影の正体を確認する為に目を開けようとすると……
「んむーっ!?」
ボクの口が柔らかいものに塞がれる。
次の瞬間ピシャーンッ!!!!と乾いた音が響く。
「ヒャンッ!!!!」
ボクの目の前で、叫び声がし、すぐに視界が明るく戻る。
現状を確認する為に自分の目の前の光景を見ると……
「いだだだだだっ!!!」
お尻に真っ赤な手形を貼り付けた狐鈴の尻尾に和穂が噛みついている。
「ちょ、ちょっとっ、おーちーつーけっ!!」
本気の和穂の力じゃ、どうにもならないだろうけど、ボクが和穂を取り押さえると、案外あっさりと剥がす事ができた。
ナティルさん達は、距離をとった位置で固まってコチラの様子を見ていた。
「うう……ちょっとくらいの戯れ、良いではないか……こんな隙だらけのアキラなんて滅多にないのじゃぞっ」
狐鈴はお尻をさすりながら訴えて来る。
「ウーッ!!」
首元を赤らめながら、和穂は唸り声をあげる。
「かーずーほーっ!」
和穂はボクの声に肩を落として、こちらに向きを変え、耳を垂らし、シュンとする。
「本当、アンタらは仲が良いん……だよな?」
ナティルさんは、ルーフェニアさんと、ユリファさんを自分の後ろにして、少し強張った表情でボク達に言う。
「……のハズですケド……」
和穂はドヨドヨしたものを纏って、ボクの腕に自分の腕を絡めている。
狐鈴にとっては言葉通り、ただの戯れだったようで、ケロッとしてナティルさん達の話に加わっている。
「ほら、和穂、別にボク怒ってないから……」
和穂は湯に顔半分浸からせブクブクやっている。
ザブッと顔を出した和穂は泣きそうな表情をボクに向け、とんでもない事を言った。
「先を越された……」
内容はともあれ、結構な長湯を楽しんだボク達は、今朝訪れた水場へと行く。
別に禊をするためではなく、ボクが個人的に気に入った場所だったからなのだけれど。
「へぇ……ここはまた、何とも、神秘的な場所だな……」
ユリファさんもナティルさんの言葉に頷いて同意する。
「ボク達自身も、あまりあちこち行けてないので、紹介出来るところが少ないのですけど、ボクには凄く好きな場所なんですよ。
ここで魚を獲って、今夜の晩御飯にしますね」
ナティルさんは軽く周囲を歩き回り、ルーフェニアさんとユリファさんは、狐鈴や和穂の魚獲りを見ている。
ボクは和穂から出してもらった食材とフライパン、ショルダーバッグから出したキルトコンロで、おやつ代わりのパンケーキを焼いていく。
「冒険者って、こんな場所をいくつもまわって見てこれるなら、素敵な仕事だと思えます」
熱くて、直に持つわけにもいかず、葉っぱに包んだパンケーキをハンバーガーの様にかじりながらルーフェニアさんは言う。
「何だ? ギルド嬢から、冒険者にでもなるのか?」
指についた蜂蜜を舐めながら、ナティルさんはルーフェニアさんに尋ねる。
「アタシには無理ですよー、食料も獲れなければ、モンスターも処理できませんから……
でも、話しでしか聞いてこなかった、こんな感動的な景色は、自分の体験でしか味わう事ができないんですね……」
何だかもの寂しそうな表情でルーフェニアさんは言う。
「そうだな、不安定な仕事だけど、金じゃ手に入らねぇ、持ち運びのできない感動を体験できるのは冒険者の特権だ。
伝説の冒険者が過去に見た同じ景色を見る事もできる、そこで何を思うかってのは人それぞれだ」
何だか、先生と生徒みたいな2人のやりとりが何だか微笑ましく感じる。
「きっと、アキラ達がまた良い場所見つけて案内してくれるだろうよ」
ナティルさんが人差し指を立てた状態でしれっと言う。
「ですねー」
ルーフェニアさんは元気に返事をして残りのパンケーキを頬張る。
「あはは、頑張って探してみますね」
パンケーキを食べ終えたボクは和穂と狐鈴によって獲られた魚を収納空間にしまえる様に下処理をしていく。
ナティルさんはボクのとなりの地べたに、どかりと腰をかけている。
「本当手際がいいな、大したもんだ」
腕組みをしたまま、ナティルさんはボクの手元を見て褒めてくれる。
「ありがとうございます。そう言えば、ナティルさんはもう冒険者として旅に出たりはしないんですか?」
ナティルさんは突拍子もないボクの質問に、身体を横に振ってから返事する。
「あん? 今も冒険者やってんぞ。そりゃ昔みたいに、好きな時に出かけて行くようなことはできてないけど、自分の目で見ないと確かめられない調査とかな」
「えと……何か怖くないですか? 見た事ない場所や、強さのわからない様な生物の生息する場に足を踏み入れるのって……」
ボクは冒険って物がまだよく分かっていない。
自分のいた世界では、そうそう命を落とす様な危うい生活はないし、出かけて山登り、それも整備されている土地なんて恵まれている場所だったわけだし……冒険者の考えを何となく聞いてみたかったんだ。
「んー、アキラって案外キモが座っている様で、慎重な人間なんだな」
ナティルさんはボクの質問にキョトンとした表情で返事をする。
「アタシは、何でも1番が良いっ! だってドキドキするじゃんっ、未開の地なんて、アタシの後に道ができて行く事を考えると、その後、どんなに発展した地になっても、最初の1歩はアタシのもんだ。ワクワクするね。
アキラだってまっさらな雪に足跡つけるのは好きだろ、それが思っていた以上に深くても笑えるし……それが冒険ってものなんだろうな。
アタシにとったら、アキラの作る見たこともない料理に口をつける。それだって冒険みたいなもんなんだ、まぁ食べ物って保証はされているワケなんだが、味なんて食ってみないと分かんないしな」
ナティルさんは、胸元で拳を握り、子供が将来の夢を語る時に見せる様な無邪気な表情で、キラキラとした目をコチラに向け、白い歯を見せてニカッと笑う。
何と言うか、これからの冒険生活に対して寄せていた不安が薄れて、ナティルさんの言っている事にも頷けた。
「ありがとうございます、コレからの生活が楽しく送れそうです」
ボクの言葉にナティルさんは頷く。
魚の下処理が終われば、陽も傾き始める良い時間になっていた。
今夜は久しぶりにシルの家での晩御飯となる。
ボク達の荷車はステージ脇からシルのツリーハウスの下へと移動されていた。高いところが苦手な梅ちゃんは、狐鈴と一緒に白夜の世話をしながら、荷車で晩御飯の完成を待っている。
今夜クラマはソッポイ家に行っている。
リンネちゃんのお気に入りのようで時々泊まりにいっているのだ。
だから極力顔を合わせての食事の時は和食を作ってあげたいって思うんだよね。
シルの家に戻ってきて、ボクはナティルさん達に、シルの家の上にあるバルコニーをお勧めする。
流石に全員で上がる広さはないので、3人が戻ってくる間に、晩御飯の調理の準備をする。
3人は高揚して戻ってきた。
あそこは高所恐怖症でなければ、きっと最高の場所だと思う。
今夜の晩御飯は、魚の南蛮漬けを作る。アンの中にツミダケも入れたので、トロミが少し追加されている。
カクモチダケはバター焼きにする。
キッチンで調理をしていると、ルーフェニアさんはボクから調理を学ぶためと、となりに、後方からはユリファさんが見守る形になる。
「これは鶏肉でも美味しくできますよ。人によっては鶏肉の方が好まれています」
南蛮漬けの応用を伝えながら調理を進める。
「アキラさん、これは1回揚げなきゃダメなんですか?」
ルーフェニアさんが質問をしてくる。
「ここの角のやつとってみて」
ボクはこの質問を見越して鍋の端で同じ様に揚げていない魚も煮ていた。
「あら……崩れてしまいます……」
ルーフェニアさんは調理用のレードルで、魚の切り身を持ち上げると、ホロホロッと身が崩れる。
「味は?」
良い感じで色が染みてはいるけど……
匙で掬い出した魚を口元へと運び、息をかけ冷まして口へと入れる。
「うぅ、酸っぱいし、しょっぱい……」
ルーフェニアさんは口をモニモニさせている。
「お水を飲んで、コレを食べてみて」
水を飲ませ、少し落ち着かせてから、一度揚げてある切り身を、ルーフェニアさんの手元の小皿へと乗せる。
「あれ、ちょうど良いと思います。このマプリの葉のピリリとした感じもいいですね」
ユリファさんも同じ様に味見をする。
「なるほど……違いますね」
「まぁ、料理は好みもあると思うので正解はないですけどね、気になったものは試してみるといいと思いますよ。
でも、ルーフェニアさんが交易の当番の時には、食堂のキッチンにも立ってもらいますから、その時は従って下さいね」
ボクの言葉にルーフェニアさんはビックリする。
「えーっ! ごちそうしてくれるんじゃないんですかぁ?」
ボクは右手の人差し指をルーフェニアさんの左頬に宛てプユプユする。
「ほぉ……いいんですか? ボクは別に構いませんよ。ボクの料理を覚えたらいつでも食べられるようになるんですケレド?」
「ああああああ……そうでした」
ルーフェニアさんは頭を抱える。
ユリファさんは、そんなルーフェニアさんにジト目を送る。
「あぁ、必要でしたら、人材の派遣もジャグラさんが考えてくれるって言ってましたね。
あなたより確かな味を再現してくれるんじゃないかしら?」
ため息をついて話すユリファさんに、ルーフェニアさんは手の平を突きつけ言う。
「それは、ゆずれません。アタシはここの皆さんのファンなんです。料理だって、皆違うのに皆美味しいし、人間としても大好きです。そんな1番のファンとして私が、引き継ぎたいんです」
「す、すごいですね……」
ボクはルーフェニアさんの考えが本当にすごいと思った。
「きっと、ミルフィさんとパーレンさんの料理は正反対のものだと思うし、ボクの料理に関しては特殊のようだけど、それを全部身につけたいって……」
「あなたはそんな技術を身につけて、料理人にでもなるのかしら?」
「いえ、趣味です」
ユリファさんの言葉にルーフェニアさんは即答で返す。
「……まっすぐな思い……良いと思う」
作業台の反対側で当たり前の様に、カクモチダケをつまみ食いしていた和穂は、ウンウンと頷く。
「和穂を料理で唸らせることができたらたいしたものだね」
ボクが和穂の方を向き言うと、和穂は目をキラキラさせる。
「ど、努力します……」
晩御飯を終えてひと息つくと、ナティルさん達は帰りの仕度をはじめる。
ツリーハウスを降りたところで、ナティルさん達を見送りする。
「それでは、シル=ローズさん、数日間でしたが、お世話になりました。
コレから、ウチのコの企画や冒険者達がご迷惑をおかけします。
何度も言いますが、馬鹿な輩がいたら厳しくしてやってください。
もちろん、コイツらに対しても……」
ゴーレム馬2頭の手綱を手に、業者台からボク達に言うナティルさん。
「そんなことしませんっ」
と、抗議の訴えをするルーフェニアさん。
「はは、そしたらまたアタシの良い噂が広がってしまうね」
シルは楽しげに微笑む。
「それでは、また」
と、深々と丁寧にお辞儀をして荷車へと上がるユリファさん。
「皆さん、またすぐ来ますけれど、お元気で」
手を振って笑顔を見せ、ルーフェニアさんも荷車に上がる。
ゆっくりと、3人を乗せた馬車は動き出す。
ボク達は馬車が見えなくなるまで見送りをする。
「アキラ、お疲れさん。
狐鈴、皆を最高の状態で送り出してやれる提案をしてくれてありがとう。
和穂も協力してくれてありがとう。
梅ちゃんは、バタバタした中でしっかり挨拶はできてなかったけれど、コレからもよろしく頼むよ。アタシ達は梅ちゃんを歓迎するよ」
シルは1人づつ肩をポンポンと叩きながら声をかけ、大きく伸びをする。
「ああーっ、終わったーっ! 本当にお疲れ様。アキラ達の歓迎会から、本当に忙しい毎日だったなぁー」
シルはくるりと踵を返しボク達の顔を見て、小さく微笑み、キリッとした表情になる。
「アキラ達だって来たばかりのお客さんだったのにアタシ達の事に手を貸してくれて、本当に感謝してるよ。
皆んなを代表してお礼を言わせてもらうよ。
あんた達がいなければ、きっとアタシ達の今の生活は終わっていたハズだし、流さなくても良い血も沢山流れていただろう。
本当にありがとう、感謝しているよ」
シルはそう言うと、ボク達に向けて、深々と頭を下げる……。
緊張が解けたからだろうか、顔を起こしたシルの目からはボロボロと涙が溢れていた。
「何を言っておるのかや? ワチらはとっくにソナタの家族、皆も一緒じゃろ……世話をかけるが、身元引き受けよろしく頼むのじゃ」
狐鈴はニパッと笑顔でいう。
「シルは……私達の恩人……」
和穂は頷きながら言う。
「さ、今夜も冷えるから家に帰ろっ」
ボクは正面からシルを抱きしめて言う。
シルはそんなボクの体に体重を預け、耳元で言う。
「そうだな、帰ろうアタシ達の家に」
今夜も満天の星空が広がっている。
お帰りなさいませ、お疲れ様でした。
これにて、ワーラパント男爵家によって起こされた騒動が完全に幕引きとなりました。
新たな物語となっていきます。
それでは、この辺りで失礼します。また次の物語でお会いできたら嬉しいです。
いつも、誤字報告ありがとうございます。




