第89話 ボク達の前に現れた者、そして終宴。
ああ……皆行ってしまった。
ありがとう、そしてさようなら……。
涙のお別れなんか絶対にしたくない。
ボクは、最後までそう思っていた。
皆の光が消えて行った空を見上げたまま、足の力が抜け、ステージの床にペタンッと尻もちをついた。
スゥはボクの正面に回り込み、和穂は後方から抱きついてくる。
「本当に凄かったであります」
スゥはボクに感想を伝えてくれる。
ボクはもうヘトヘトだ……。
できる事ならこのまま横になりたいくらいだ。
皆に見られる緊張感の中で歌を歌うだけでこの疲労感……更に踊りもできるって、最近の歌手の凄さを改めて感じた。
ボクにできるとしたら、リズムを作るために体を揺するか、感情の表現で手を動かすくらいが精一杯だ。
会場の皆は空を見上げたまま、余韻に浸っている。
狐鈴も空を見上げたまま……。
「……何かくる……」
ボクの耳元でポソッと和穂が呟く。
狐鈴は錫杖を2回床に突き、結界を再展開させる。
空から光が落ちてくる。
それは流星の様に、しかし結界に阻まれ、音も立てず、空中で静止する。
光は宙に浮いたまま、やがて形を現していく。
光を纏った、大きな鳥の様な翼を折りたたんで、白いローブを着込んだ背の高い人物がゆっくりと立ち上がった。
男? 女? どちらともいえない整った顔立ち、ウェーブのかかった肩まで伸びた金髪? 白髪? 離れた位置で、詳しい色までは分からないけれど……その人物はこちらを見下ろしていた。
見た目と、登場の仕方だけで、神様や天使と言われても頷ける。
「そなた何者じゃ? ワチらは最愛の仲間達との別れを惜しんでいる、用があるなら出直して来てはもらえないだろうか……」
肩に錫杖を立て掛け、見上げた状態で狐鈴は言う。
「それはできない、大量の魂魄が昇天するという不可思議な力を目の当たりにしたのだ。
私はアルクリット、我が主リシェーラ様の命により参じた。
ぜひ聞かせて貰おう、神職に値するその強力な力、貴様らはただの人間ではないな、何者だ?
我々にとっても、この世界にとっても、脅威になるかもしれないからな……」
ボク達を上空から冷たい視線で見下ろすその人物は、表情も変えず淡々と質問を突き付けてくる。
「はぁ……良いか、今話した通り、今ワチらには大事な時間なのじゃ、そっとしておいてくれないか……」
狐鈴の面白くない、かつイラついている様子が離れているこちらにも伝わってくる。
あの天使に見える人物……少々上から目線な感じがする。実際、物理的に上にいる訳なんだけれど……。
「目にしたことはないが、リシェーラ様は、この世界……トルッティス大陸の10大天使の1人なんだ。恐らく、あの者は遣いのようだね……」
『あたしも、目にしたのは初めてだが、冒険者からの報告すら聞いた事もないな……いや、聖職者ならお目にかかった事くらいはあるのかもしれないがな……』
ステージの真正面まで駆けて来たシルとナティルさんが、緊張した表情でこちらに伝えてくる。
この世界で精霊は姿を現すのに天使はあまり姿を出さないようだ……。
神様の使い……天使の遣いか……こちらの知っている関係の者に置き換えると、和穂とスゥの様なものかな。
もっとも、狐鈴と和穂が当たり前の様に姿を見せて、ボク達と生活している事が普通ではないのでは?
「リシェーラ?
天使……といったら大神様の使いみたいなものだったかの?
ヨソの世界の巫女事情なんぞ、ワチらは知らんよ、普通の日に会いに来れば良いものの、コチラの都合を無視する事は宜しくは無いの」
狐鈴は腰に手を当てたまま、ステージ下の2人に声をかける。
結界内にステージの上にいる狐鈴の声は広がっているので、もちろん結界のすぐ上にいる、アルクリットを名乗る人物の耳にも狐鈴の声は聞こえている。
アルクリットの表情がだんだんと強張っていく。
「貴様、リシェーラ様を呼び捨てとは何事かっ!」
アルクリットは口調は強いが、怒鳴る事なく狐鈴へと圧をかける様な非難の声を浴びせ、光でできた三又の矛を手元に出現させる。
「ほぅ……ワチは血の気の多い奴は嫌いではないが、そなたは自分の力量がわかってない様じゃの……
ワチの結界如きを破れぬ様じゃ、ワチには届かんよ」
狐鈴は鼻で笑う。
アルクリットはトライデントで結界に攻撃するも、狐鈴が結界外部の音を消してしまった様で、子供が空中で地団駄を踏んでいる様にしか見えなくなってしまっていた。
ザワザワ……
会場内は上空で行われているアルクリットの抵抗を目にしたまま不安そうな表情を向け、ざわつきを見せる。
「さて、皆の魂は無事送ることができた。想定外の客が来ているようじゃが、ワチが見ているので気にする必要もないじゃろう、皆は残りの食事に手をつけるなり、交流を深めるなり、ゆっくり過ごすと良いぞ」
狐鈴はポンポンと手を叩き、全ての催しが終わったことを告げる。
そして、そのままステージの最前にしゃがんだ狐鈴はステージ下にいるシルに何かを話している。
ボクは狐鈴の背中を見つめていた。
「和穂、どうしよう……
ボクにはどうにもできないけれど、狐鈴が心配だよ……」
ボクは足を伸ばし、背中にのしかかる和穂に体重を預け、首だけ振り返り尋ねる。
和穂はのしかかったまま、ボクの髪飾りを器用に後ろから外す。
「……あの状態の……なら大丈夫……たしよりもずっと強い……から……」
和穂がそう言うなら安心だ。やっぱり神力がいっぱい宿っている状態だと全体的に能力が上がっているみたいだ。
「和穂、折角の衣装汚しちゃう前に着替えに行きた……いっ?!」
ボクが和穂に声をかけていると、和穂は体を起こした様で、体重を預けていたボクはコロンと転がり、空を見上げる形になる。
和穂はステージ後方に向き直り、狐鈴もこちらへと向きを変えていた。
「なに? なに? どうしたの?」
ボクも体を起こし、座ったまま和穂の視線の先へと目をやる。
すると、結界の外に白い外套に身を包み、フードを深く被った、ボクより少し背丈の低そうな人物が立っていた。
いつの間に!?
アルクリットと同じ様に、結界のこちら側に入れない様子で立ち尽くし、こちらの様子をフードの奥から見つめている。
突然現れた事には驚いたけれど、先客のように何かを言ってくるわけでもないので、和穂も狐鈴も近寄るでもなく、声をかけるでもなくただ見ていた。
ボクは何となく、その人物に対してヒラヒラと手を振ってみせる。
すると、その人物はボクに気がついた様で、ピクッとした後、外套のダブダブの袖からニョキッと手を出してボクと同じように、ヒラヒラと振り返してきた。
ん? 案外ノリの良い人? なのかもしれない……。
和穂は「え?」と言いた気な表情で、その人物とボクを交互に見ていた。
「いや、知らない人だよ、でも何となく返してくれそうな気がしたんだ」
「何と言うか、その辺りはアキラらしいと思えるの」
様子を見ていた狐鈴が、やれやれとコチラに声をかけてくる。
「えー?」
「褒め言葉じゃよ。
どれ、上の者に注意を惹き寄せて、気配を消してワチらに近寄ってきた理由でも聞こうかの」
狐鈴はボクの肩をポンポンと叩き、ステージを降りる階段へと向かう。
ボクも慣れない袴の裾を踏まない様にゆっくり立ち上がり、和穂とスゥと一緒に狐鈴を追う様にステージを降りた。
その人物はステージから10m程離れた位置に立っていた。
ステージの上からは姿が見えるが、ステージを間に挟むと会場からは、こちら側は死角になる。
「ワチは稲荷大神の巫女、狐鈴じゃ。
其方が天使リシェーラじゃな」
狐鈴に言われると、その人物は外套のフードを後方へと捲り、顔を露わにする。
背丈はボクより低く、少女体型の狐鈴より少し高いくらい。
混じり気の無い、透き通るような白髪で真ん中で分けたボブカット。
チャコの様にダークエルフをイメージするような小麦色の肌に尖って長い耳、瞳はウメちゃんの様に大きいが、流石に色までは分からない。
体のラインもダブダブの外套でよく分からない。
「いかにも、私はリシェーラと申します。
突然の訪問で誠にすまない……。
人目を避けねばならないので、少々手荒な方法で近付かせて頂いた」
深々と頭を下げるリシェーラさん。
「何で人目を避けないとならないの? 狐鈴だって、和穂だって、直接神様と関係しているのに、別に禁止されているわけじゃないでしょ? 人目につくと力を失うわけなの? それとも世界によって発生するの問題なのかな」
ボクはポロリと、思ったことを口にしていた。
「んー、本来はワチら巫女は、大神様に仕える者として、代わりに社を守ったり、土地を守りながら、時には神通力を使ってヒトの手助けをしながら、そっと見守っているのじゃよ。
人間なんでもできる者が手を貸したら、何でも人頼みになってしまうじゃろ? 自分で苦労する事も大事、苦労が人を育てるモノなんじゃよ。
だから神頼みの時には願掛けとして、好きな物を絶ったり、同等の苦行と言われる御百度参りの様な事を通して祈るわけじゃな。
アキラの場合は、たぶんこちら側が意識して姿を消しても、見えてしまうだろうし、ワチは人というものが好きじゃからな、過ぎた願いを繰り返さない限り、見離す様な事はせんよ。
和穂にとっては、ワチが自由に人前に出ているから、自分だけ姿を消すのも馬鹿馬鹿しく思っているのだろうよ」
狐鈴はボクに振り返り説明してくれる。
「……私は……アキラと……一緒なら良い……」
和穂はボクの腕をとり、その様に伝えてくる。
か、神様……? そんな個人的な事で良いんですか!?
「ともあれ、今夜の主役は先ほど天に送った御霊達なのじゃよ。
ここに集まった者達にとって、かけがえのない者達を送ったのだから、慎んで余韻に浸っていられる様にとワチは望んでいるのじゃよ。
苦労をかけてすまないが、其方との話の日は改めて貰いたい。
ワチらはだいたい、この場所この荷車にいる事が多いので、人目を気にする様ならば、直接コチラにくると良い」
リシェーラさんに向き直った狐鈴は、改めて今日という日の大事さを伝えた。
「承知した、改めて出直します。
でも、ひとつだけ聞かせてもらいたい。
貴女と同じ格好をしている者は、きっと私と同じ様に神様に仕えし者なのだろう。
姿を完全に消していた私に手を振った、色の違ったお召物を纏っているそこの女性も同じなのですか?
それとも2人が仕えし神様なのでしょうか?」
リシェーラさんは、狐鈴の後ろにいるボクの方に視線をよこし訪ねてくる。
「ボクは普通の人間ですよ」
ボクが答えると「え……」と、驚いた表情で少しかたまってしまう。
「アキラは特別なんじゃよ、其方が本気で姿を消しても見えるんじゃ。
そうじゃの、アキラあれを見せてやると良いじゃろ、らいせんす? じゃったか?」
ボクは狐鈴に言われるまま、右手で冒険者ギルドで作ってもらったカードを出現させリシェーラさんへと手渡す。
「えっ? えっ? えっ? 精霊使いなんて職、実在するんですか? それに僧侶? しかも天使と同職と話していたお2人とも契約してるって……?!」
リシェーラさんは軽く混乱してしまっている。
「まぁ、その辺は今度改めて訪ねてきた時にゆっくり話してやろう。
ワチはアキラが特別な人間だと思っておるんじゃ……其方もきっと分かると思うぞ」
そう言って狐鈴は無邪気な笑顔をリシェーラさんへと向ける。
リシェーラさんはボクを暫く見つめ、頷く。
「楽しみにしていますね」
そう言葉を残し、微笑んでフードを被りスッ……と去っていった。
ボク達は荷車に戻り化粧を落とす。
ボクとしては着物も脱いで解放されたいところだったのだが、お揃いの着物で喜んでいる和穂によって「もうちょっとだけ……」と言われてしまい、着替えられずにいた。
会場に降りたら汚してしまいそうだったのでステージへと戻る。
上空を見ると、先ほど騒がしかった、アルクリットさんはリシェーラさんと共に帰っていったのか、諦めたのか、姿は見えなくなっていた。
ボクは会場内のだいぶ減ってしまった参加者達の為に、故郷を思う歌を歌う……。
御霊の消えた空に向かって盃をかざす者がいる。
目を閉じて静かにボクの歌に耳を傾ける者がいる。
ボクは目を閉じると、ついさっきボクにお礼を述べてくれた、旅立った者達の声が頭の中に甦る。
ボクにできる事、皆喜んでくれて本当に良かった、ボクの方こそありがとう……。
こうして、送別の宴はゆっくりと幕をひいた。
お帰りなさいませ、お疲れ様でした。
な、ん、と、本日初投稿からちょうど1年を迎えました。イエイッ!
読者から自由に世界を作る側として経験して、本当に小説家の皆さんの凄さに、ただただ、尊敬するばかりの1年でした。
そして、自分の作り出している世界を読みに来てくださる皆さんにも大変感謝しています。ありがとうございます。
素人の作る世界観なので、読みにくさや、呆れられている事も、多々あったかと思います。
今でも十分読みにくい状態でご迷惑をおかけしていますが、100話を越えたら、過去の内容も少しばかり読みやすい様に手を加えたいなと思っています。
物語りを作る上での登場人物も、実はイラストを起こしながら書いているので、皆さんにイメージしやすい様、どこか話のキリの良くなったところで人物紹介を入れたいなと思っています。
そんな、今後を考えていたら長文になってしまいましたね……スミマセン。
本当に、何千何万と数ある名作の中で、『巫女達と異世界転移!?ただ霊感があるだけのボクが気付けば精霊使いに…』に寄り道して下さった皆さんに感謝です。
これからも本日の喜びを胸に、引き続き頑張りたいと思っております。
それでは、また次の話でお会い出来たら嬉しいです。
いつも誤字報告ありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。




